一年ぶりに魔王を名乗る人物から警察宛に手紙が送られてきた。魔王という人物は五年ほど前から一般市民を殺害している連続殺人鬼である。魔王と自称するだけあってその殺害方法は常軌を逸していた。被害者はどれも刺殺で殺されており、その後から刃物でズタズタに切り裂かれていた為、死体の損壊が激しいものとなっていた。さらに魔王は不定期的に心臓や肝臓、肺などの特定の臓器を一つずつ奪うという犯行にまで及んでいた。魔王はある程度の冷却期間をおいて犯行を繰り返している為、警察も中々魔王の尻尾を掴めずにいた。
「まったく…。何人も人殺してやがるのに手がかり一つ掴めないってどういう事だよ…。」
警部補の加瀬 風靡は過去の書類に目を通しながらパソコンの画面と睨めっこを繰り返していた。魔王の犯行にかかる時間を調べる為である。今回魔王が送ってきた手紙は単なる手紙ではなかった。いわゆる予告状であったのだ。その内容が以下のものである。
『16 June
Dear Lady,
I'm sure I'm not arrested by you.While you are chasing me,I can kill someone.As the panishment,will you dance a fandango?By the way,Do you know a group called “SPES”?I will kill her in the group and take away her pancreas. Please look forward to see her dead body.I'm looking forward to meet you,too.
Yours truly
魔王
折角の機会なので、この部分を日本語で書いて送るのも悪くはないでしょう。』
魔王を名乗る人物からの手紙の英文は日本人が書いたものであるかのような筆記体であり、ネイティブ特有のものではなかった。警察内部も悪戯であるとしか考えていなかったが、加瀬は何か裏があると睨み、同じような魔王の手紙を探していた。しかし、どれも魔王本人が書いたとは思えないほど字体がバラバラであった。結局決定的な手がかりが何一つ掴めないまま迎えた事件当日、予告状の通り女性がベッドの上でバラバラに引き裂かれており、彼女の体内からは膵臓が奪われていた。
「えー、それではホームルームはこれで終わりにします。用のない生徒は速やかに下校するように。」
そう言って帰りのホームルームを終わらせたのは君塚 君彦の担任である松坂 大吾である。松坂は四十代半ばで中肉中背の体型をしており、それがどことなく威厳を漂わせていた。しかし、そんな彼の言葉を聞き流している者が一名いた。その者の名は君塚 君彦。顔も性格も運動神経も普通な彼が唯一持っているもの。それは生まれながらの巻き込まれ体質であること。この体質のせいで彼は今まで無関係かつ予期せぬ出来事に何度も巻き込まれてきた。そんな彼の望みは人生の平穏。ぬるま湯にどっぷりと使ったような、何事もない平穏な日常である。彼は十八年間に渡る苦悩の末、ようやくそれを手に入れる事ができた。しかしその代償として一人の人間の命が奪われる事になった。それは他ならぬ彼の、彼にとっての探偵であった。仮に君彦をワトソンだとするならばその故人は言わばシャーロック・ホームズのような存在であった。
そんな彼の日常は一言で言えば、無気力。望んでいた未来を得たものの失ったものの大きさを実感し、彼は複雑な心境を抱いていた。そんな彼と同じく、放課後の校舎で未だに帰る用意をせず残っている者がいた。それは彼の事をよく知る人物であるが、彼自身はその者を知らなかった。
「ねぇ、あんたが名探偵の君塚 君彦?」
スマホのニュースの記事を読んでいた君彦は視線を画面から声をかけてきた少女に移す。制服を着たその少女は長い黒髪を靡かせており、そのスタイルの良さは制服の上からでもわかるほどである。少女はいきなり君彦の胸ぐらを掴み、質問を投げかける。
「黙ってないで答えなさい。あんたが名探偵、君塚 君彦かって聞いてるの。」
君彦は一度スマホのニュース記事に視線を移し、湧き上がりかけたその感情を押し殺す。彼にとっては大きなターニングポイントとなる三年間であり、探偵というのは彼にとっては忌まわしき単語であった。
「探…偵…。人違いだ。」
「はぁ?嘘つかないでよ。」
「嘘じゃない。失礼する。」
彼は本心で語っていた。自分は彼女のようにはなれない。今でも魔王の正体を明らかにできていない。その不甲斐なさと悔しさから彼は探偵を名乗る資格など自分にはないと思っていた。
「待ちなさい。」
少女は君彦を引き止めるといきなり男の口内に手を突っ込んだ。あまりにも突然のことに君彦は動揺を隠せないでいた。
「これ以上あたしの質問を無視するなら、あんたののどちんこを触るから。」
少女の脅しに対して君彦が抱いた感情は恐怖ではなく、どうしようもないやるせなさであった。何故何も害を齎していない自分がこんな目に遭わなければならないのか。言わば、彼がよく味わう理不尽さを痛感していた。
君彦は無意識的に少女と距離をとり、彼女の手を口内から吐き出す。
「うわ、最低…。初対面の女の子の指を唾液で濡らすなんて…。ん?これは…。」
「え?っておい!」
少女は君彦の唾液が付着した手で彼の携帯を見た。そこには先程まで彼が見ていたニュースの記事が載っていた。
「魔王…?ほら、こんなの見てるなんてやっぱりあなた名探偵じゃない。ん?」
彼が見ていたニュースの記事は魔王についてのものであった。木嶋は先日の殺人事件の事について事細やかに書かれており、魔王が警察に送った予告状も掲載されていた。少女がそんな君彦の携帯の画面を見ると、彼はあまりの理不尽さに涙を流していた。それを見ても少女は後ろめたさを感じる事なく、彼を軽蔑した眼で見ていた。
「かわいそう…。何の抵抗もできず泣く事しかできないなんて。ああ、そっか。そうだよね。こんな酷いことより本当はこうやって優しく抱きしめられたかったんだよね。」
少女の胸に顔を埋めた君彦はある異変に気づいた。彼女の心臓の音に妙な懐かしさを感じたのだ。その薄気味悪さに君彦は少女と距離を取る。彼の顔は既に汗だくになっていた。
「遊ぶのにそこまで体を張るな。知らない男に胸を貸すな。」
「残念。もう少し遊んであげてもよかったのに。」
少女の今までの行動に対して君彦は文句を言い続ける。そんな君彦に少女は手を差し伸べた。
「夏凪 渚。それが私の名前。」
少女こと夏凪 渚は君彦に名乗り、手を洗うといきなり彼に質問をしてきた。
「まず、何であんた魔王の記事を見てるの?そんなクズ中のクズの記事、あたしのクラスメイトですら気味悪がって見ないのに。」
渚の質問に君彦は一瞬言い淀んだ。魔王は四年前から君彦と探偵が追い続けてきた連続殺人鬼であった。しかし、自身を探偵などと称したりすればまた面倒な事に巻き込まれると判断した君彦はその事を秘密にすることにした。そして何より、魔王の正体は未だに解明されていない謎である。過去に君彦と探偵のコンビで事件の解決に尽力したが、証拠を何一つ残さない魔王の方が一枚上手であった。
「気になって調べてただけだよ…。それと、俺に言う事あるんじゃないのか?」
渚はしばらく君彦を見つめ、考え込むとすぐに答えた。
「あたしの手を汚した事を謝ってほしい。」
「俺が謝るの!?」
「だって人が嫌がることをしたら謝るのは当然でしょ?」
「そのセリフ、そっくりそのままお前に返すが…。…じゃあお前は他人からあんなプレイをされても平気なんだな?」
「そ、それは…。たしかに、ああいう事をされるのは嫌よね普通は…。」
君彦と渚はしばらく話し合いを続けた後、本題に入った。彼女、渚は人を探していた。その依頼をするために渚は君彦に近づいた。渚の話を聞く中で、君彦はある疑問を持った。
「それにしても何故俺が名探偵だと?」
渚はカバンから新聞の記事を取り出した。その記事は全て君彦本人のものであった。
「これに加えて魔王の調査。これで名探偵じゃないならあんたは一体何者なわけ?」
「大袈裟だ。買い被りはよしてくれ…。」
君彦はそう言うとしばらく黙って考え込み、ようやく結論を導き出した。
「人探しか…。探偵にはなれないが助手でいいなら引き受ける。四年前から俺のポジションなんだ。それで?誰を探してるんだ?」
君彦は人探しなら時間がかからないと判断し、渚の依頼を引き受けた。しばらくすると渚は君彦の疑問にこう答えた。
「さあ、それはわからない。あんたにはあたしが探してる人を探してほしいの。」
天国と地獄。人間の作り出した想像上の世界であるが、存在自体はある。人間の想像力の根源は一体どこから湧き出てくるのか。それに対する明確な事実はない。もしかすると、人間の目には見えない何かが我々にインスピレーションを与えているのかもしれない。そんな天界の場に一人の男が現れ、豪邸とも呼べるほどの広さを持つ家のインターホンを鳴らした。
「はーい。」
インターホンの音を聞いた家の主が扉を開く。この家の主は白髪の少女であった。背は男ほど高くはなく、澄んだ瞳をしていた。
「どうしたの?貴方たしかここに来る予定は無かったはずだけど…。」
「お前に用があって来た。」
「仕方ないなぁ〜…。いいよ、入って。」
少女は男に対して意地悪な笑みを浮かべ、男を家にあげた。部屋には銃やナイフなどが置かれてあり、テーブルの上にはピザの入った箱が五つもあった。
「はぁ、お前という奴は…。そんなに食ってると太るぞ。と言うよりも、お前死人だぞ?魂が生きるこの場で空腹という現象は無いはずだが…。」
「死んだとしても、美味しいものは食べてたいじゃん。貴方もいる?」
「要らん。別に今日はお前と食事しに来たわけじゃない。」
楽観的な態度で接する少女を男は冷たくあしらう。男はため息をつくと少女に対して一言言い放った。
「それよりも、死んだというのに随分能天気なもんだな。お世辞や皮肉抜きで羨ましいくらいだ。」
「そう言う貴方こそ、まだ生きてるっていうのに随分テンション低いね。あと、お前じゃなくてシエスタだよ。」
「それはコードネームであってお前の本名ではないだろう。それかもしくは、呼び方を貴様にしてやるか?」
自身をシエスタと称する少女は自身の態度に辟易している男に対してそう言うも、すぐに返答された。
「はぁ…。シエスタで呼ぶ気は無いんだね。あ、そうだ。せっかくだからうちに来た理由を教えてくれない?真面目な貴方が私を襲おうとするはずないし、今日は要請があって天界に来たわけじゃないんでしょ?」
男はシエスタの話を聞き、しばらく考え込んでから口を開いた。
「まぁ、そうだな。用件としてだが、お前にある男の事を尋ねに来た。それだけだ。そしてその男と言うのが…。他の誰でもない、魔王の事だ。」
英語の部分は文法ミスあるかもしれないのでそこはご愛嬌