【MD】^5   作:スターフルーツくん

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第2話「Sleazy Satan」

 

 

 男から魔王のことについて尋ねられたシエスタは一瞬動揺するもすぐに平静を取り戻し、答えた。

 

「あー、何のことかなー?たしかに魔王については調べていたんだけど、結局分からずじまいで…。」

「お前さ、仮説までは立てられていたんでしょ?けど、自身の仮説を確信に変える決定打となる証拠を魔王自身が残さなかったためにお前は未だに確証を持てずにいる。そうじゃないの?」

 

 二人の間に沈黙が続き、シエスタがいつまでもしらを切る腹づもりである事を見越した男はニュースの記事をコピーした紙をシエスタに渡した。

 

「これは…。」

「SPESの人造人間が殺害されたニュースの記事。奴はそれまで、半人造人間に適合する予定の人間を殺してた。言わば間接的にライオンを殺すようなもん。けど、この記事を調査してもらったら被害者はSPESの人造人間だった。奴はとうとう直接的な殺害方法にシフトチェンジした感じってことだな。それまではライオンの餌となる動物を片っ端から殺していたが、遂にライオンそのものを殺し始めた。これは一体どういう事なのかね…。」

 

 シエスタはニュースの記事を見ると、一分も経たないうちに結論を導き出した。

 

「もしかしたら、“赤い弾丸”に酷似した武器を製造できたからSPESの撲滅に本腰を入れたのかもね。」

「どういう意味だそりゃ?」

 

 赤い弾丸。それはシエスタの血を含む事で完成される特殊な銃弾の名であり、一度赤い弾丸を打ち込まれれば、SPESの人造人間はマスターであるシエスタに手出しができない。

 

「三年前、私と助手が魔王を追っている最中に魔王は突然すれ違いざまに私の腕を切りつけてきた。さすがに速すぎて捕まえられなかったけどね。でも、貴方の話を聞いて納得した。私を殺そうと思えばできたはずなのに何故私の腕に切り傷をつけるだけで逃げたのか。」

「なるほどね。その行動すらも、今回の殺人事件を遂行するための下準備でしかなかったってわけか…。イカれてるわ。」

 

 男とシエスタは改めて魔王のSPESに対する只ならぬ執念を感じ取っていた。警察に捕まらずに尚もSPESの人造人間および半人造人間の殺害を繰り返している。

 

「本当に用意周到だよね。」

「それほど奴にも叶えたい目的があるんじゃないの?とは言え、結局は自分の欲望のために命を奪う奴だからそこは許されないけど。」

 

 シエスタと男は事実を元にしてお互いに推測する。すると男はシエスタの部屋を見渡して一言言い放った。

 

「あと気になったんだけど、ここ天界だぞ。お前の命を脅かす奴とか現れないから。それなのに武器を持っておく必要があるの?」

「ここが天界だとしても、危機が訪れないって保障はないでしょ?私は死んでも探偵。守るべきものは守らなきゃ。」

 

 シエスタの言葉を聞いた男はため息をつき、その後再び口を開いた。

 

「『守る』とかいう言葉を無闇矢鱈に使うな。お前が今ここで死んだらどうなるかわかる?魂は消滅して、ここにも現世にも存在しなくなる。完全なる無。『次』は無いぞ。」

 

 男の口調に彼なりの心配が隠されている事を理解したシエスタは彼に対して柔和な笑みを浮かべた。

 

「貴方は優しいんだね。そんな貴方の優しさに免じて、本音を話してあげよう。貴方の言う通り、魔王が誰なのかは仮説の中で目星がついてた。それも死んでからだけど。でも、魔王の事で貴方を巻き込みたくなかった。これは私、いや私達の問題だから。」

「私達…調律者の問題だと?」

 

 男はシエスタの言葉に少々苛立ちながらもそう言い放った。シエスタは男が調律者という存在を知っていることをわかっていたのか、動揺せずに再び男に話しかけた。

 

「うん。私は成し遂げたい。死んでもこの事件を解決したい。」

「言っとくけど、天界が存在すると言ってもあっち側で死んだら全部終わりだからね。お前がこれ以上傷つかないために僕がここにいると言っても過言じゃないんで。」

 

 男はシエスタの身を案じる姿勢を崩さなかった。この世界の理由無き悪意によって殺されたシエスタに同情の念が湧いたのか、或いは単純に彼女を放っておけないという彼なりの使命感からなのか、それは本人にしかわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、君彦は渚を待っていた。先日彼女に依頼された人探しを手伝うためである。しかし渚は約束の時間から十五分が経っても現れなかった。すると、「お待たせ」と女性の声が聞こえた。君彦が声の聞こえた方向に目をやると、そこには胸元を強調した服装をした渚が現れた。

 

「お待たせ…。ってちょっと。彼女でもない同級生をエロい目で見つめるのはやめてほしいんだけど…。」

 

 渚は少々頬を赤らめながら君彦に近づく。君彦は渚を見つけるとそれまで寄りかかっていたガードレールから離れ、彼女に言い放った。

 

「…言わせてもらうが、彼氏でもない同級生の男子におっぱいを押し付けてきた奴が何か言ったか?」

「喜んでたくせに。」

 

 君彦は渚に反論され、否定できなかったことで口をつぐんだ。

 

「そんな事より夏凪、十五分遅れだぞ。時間はちゃんと守れ。」

「女の子は何をするにも準備に時間がかかるの!」

 

 君彦は渚と話しているうちに自然に彼女の胴体に視線を移していた。すると、一人の男が君彦と渚に声をかけてきた。

 

「おやおや、キミヅカ君とナツナギ君ですか。奇遇ですね。」

「あっ、メイソン先生!」

 

 渚は男を見てそう答える。メイソン先生ことメイソン・ドイルは君彦と渚の学校のALTの教員である。その風貌は貴族階級の老人を彷彿とさせるものであり、どこか知的な雰囲気を感じさせた。

 

「おいコラ。英語で話さなきゃダメだろ。」

 

 日本語で声をかけた渚に君彦が注意するが、メイソンは笑っていた。

 

「No problem.今は英語の授業ではありませんので、英語を話す必要はありません。それに私はある程度日本語を喋れますので、心配には及びません。では、私は用があるので失礼。お忙しいところ失礼いたしました。」

 

 メイソンは礼儀正しく振る舞い、君彦と渚の前から去って行った。その挙動は貴族の集うパーティーにいるような紳士のそれであった。

 

「メイソン先生本当良い人よね。君塚とは大違い。…って何?胸見過ぎじゃない?」

「いや、胸じゃなくて鎖骨を観察してただけで…。っていうか、自然な流れで俺に対して失礼な事を言うな。」

「怖っ!まだ胸見られてた方がマシだったんだけど!」

「お前、その歳の割には良い鎖骨してるよな。」

「鎖骨と年齢の因果関係なんか知らないから!鎖骨評論家みたいなこと言わないで!っていうか鎖骨評論家って何!?」

 

 君彦は渚と話しているうちに言葉では形容し難い、デジャヴを感じていた。もちろん確証はなかった。ただそのデジャヴは強く残っていた。

 

「なぁ、俺たち前にも一度こんな会話をしてなかったか?」

「してないわよ!ていうか、こんな会話が前にもあったと思うと地獄なんだけど!」

 

 渚は君彦の言うことを全力で否定しにかかったが、君彦にとってはどうにも自身の内にあるデジャヴを否定する事ができなかった。

 すると、二人の前を一人の男が通りがかった。男は急いでおり、二人のことなど眼中にない様子であった。

 

「強盗です!」

 

 一人の男性の店員の声を聞いた渚は先程通りがかった男を捕まえようとしたが、その男はすでに君彦によって捕まえられていた。

 その後、警察によって窃盗の現行犯で男は逮捕された。

 

「まったく、お前はどこにでもいるな。この街での犯罪の七割にお前が現場にいるんだぞ。それも第一発見者。で?今日は何をやった?盗みか?殺しか?」

「何もしてません。何なら今窃盗犯を現行犯で捕まえたくらいだ。それに、そういう体質なんですよ俺は。」

 

 その後、一般市民の通報を受けて警察が現れた。突如現れて君彦にそう尋ねて来る風靡に対して君彦本人は事実を交えて反論する。

 

「どこの漫画の巻き込まれ小学生だお前は。まぁいい。だが手間が省けた。アタシに聞きたいことがあるらしいな。何だ?」

 

 風靡にそう尋ねられた君彦は渚の事を話した。自身の心臓が他者のものである事、そのドナーを探している事、心臓の元の持ち主が会いたがっている人物が誰かを知りたい事。全てを聞いた風靡は理解した上で口を開いた。

 

「…なるほどな。話はわかった。だが、心臓を提供してくれた人物を探してくれって…。アタシら警察は医者じゃないんだぞ。」

「人探しならどっちかと言えば警察の仕事でしょう。」

 

 風靡はあまり積極的ではないものの、君彦は諦めずに頼み込む。しかし、彼女の態度は変わらなかった。

 

「ドナー探しは専門外だ。それにアタシは忙しいんだ。この後も別荘に顔を出す予定だしな。」

 

 風靡の放った別荘という単語に君彦はすかさず反応する。そこで瞬時に事を察知した君彦は風靡に尋ねた。

 

「誰かに会いに行かれるんですか?」

「お前もよく知ってる奴だ。だからお前たちがアタシの後をつけて来るなら好きにすればいい。」

「その人耳は良い方ですか?」

「ああ、一度聞いた心臓の音を忘れないくらいにはな…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君彦は念押しのような確認を風靡にすると、風靡によって渚とともに刑務所に案内された。

 

「いいか。二十分だぞ。それ以上はダメだ。」

 

 風靡はそう言うと、どこかへ去っていった。風靡が去った後、渚がついに口を開いた。

 

「ねぇ、君塚。今更なんだけどあたしたち別荘に行くんじゃなかったの?」

「ああ、だからここが別荘だぞ。刑務所だからな。」

「だからなんでよ!ログハウス風の建物を想像して来てみたら四方八方鉄筋コンクリートなんですけど!別荘はどこに行ったのよ別荘は!」

「隠語だ隠語。」

「い…淫語…?」

 

 隠語という単語を聞いた瞬間、渚は顔を赤らめて興奮し出した。君彦はそんな渚に対して「なんでちょっと興奮してるんだよ」とお笑い芸人のようにツッコむ事しかできなかった。

 

「というかどうしてあたしたちはここに来たわけ?」

「俺たちの目的は一番端だ。」

 

 君彦はそう言い、渚と共に刑務所の奥へと向かった。そこには金髪の男性が項垂れて座っていた。西洋人とも見てとれる顔立ち、濁った瞳。その異様な雰囲気は渚の背筋を凍らせた。

 

「よう、久しぶりだな。コウモリ。」

 

 君彦が男と対面して第一声として放った一言がこれである。言わずもがな、コウモリというのは偽名であり彼のコードネームである。本名は不明であり、彼についての詳しいことは君彦でさえも知らない。君彦とコウモリが出会ったのは四年前、君彦自身にとっては全ての始まりの日であったからだ。

 

「よぉ、随分懐かしいな。名探偵。魔王と闘り合ったってのは本当か?」

「残念ながら俺は名探偵じゃないけどな。魔王の事は今は話す事じゃない。今日はお前に頼みたい事があって来た。」

「初めまして!私、夏凪 渚と言います!今日は私の心臓の事で相談しに来ました!」

 

 渚はコウモリの前に現れ、全てを話す。それを聞いたコウモリは気怠げな様子を見せながらも口を開いた。

 

「なるほど。そういう話だったか。要はその心臓の持ち主に心当たりがないか、知りたいわけだ。」

「百キロ先の音すらも聞こえるお前なら容易な話だろ。」

「あぁ。しかし、あの日以来随分と変わっちまったな。お前も、俺も、魔王も、この世界も。」

 

 すると渚が君彦の服の袖を引っ張って君彦に声をかけて来た。

 

「ねぇ、一体さっきから何の話をしてるの?」

「こいつはただの人間じゃない。人造人間だ。」

「はぁ?何それ?そんなおかしな話が…。」

「あるんだよこの世界には。」

 

 訝しげな表情をする渚に対して君彦は冷静に返答する。そんな二人の会話を聞いていたコウモリはとっさに耳の部分の触手を放出した。その様子を間近で見ていた渚は驚き、君彦の背後に隠れた。

 

「驚くのも無理はないな。それと、もう心臓の音はお前らがこの部屋に入ってきた時点で特定できている。」

「本当か!?誰だ!?」

 

 君彦がコウモリに尋ねると、コウモリは触手を使って渚に攻撃した。しかし、触手は渚の前で塵となって滅んだ。その光景を君彦は見た事がある。彼にとっての探偵、シエスタの作った“赤い弾丸”の影響だった。それを知った君彦は心臓の持ち主が誰なのかをすぐに理解した。

 

「俺は目が見えない分、耳で情報を得る。だからてっきりお前とあの探偵が入って来たとばかり思ってた。」

 

 コウモリの言葉を聞いた君彦は先程のコウモリの「名探偵」という単語を思い出す。あれは自分ではなくシエスタの事を言っていたのか。

 

「偶然だよ…。」

 

 渚自身も君彦とコウモリの会話からある程度の事は把握できていた。それを現実に当てはめれば今までの自身の言動全てに納得がいく。以前ならばあのような事はしなかった。

 君彦が狼狽えながら言葉を放つと、それを聞いた渚が平手打ちで君彦の頬を叩いた。君彦が渚に視線を向けた瞬間、渚は声を荒げた。

 

「これも心臓の持ち主の影響か…。夏凪。」

「違う!今のはあたしの意思!あたしが殴りたかったから殴った!まだわかんないの!?この心臓は、あなたに会いたがってたんだよ!!!死んでもなお一緒にいたいという願いなのにそれを、『偶然』なんて言葉で片付けるな!!!人の想いを馬鹿にするな!!!」

 

 渚がそう言い終えた瞬間、君彦は渚を抱きしめた。君彦は喉から出かかっている言葉を無理矢理吐き出した。

 

「そこにいるのか…。実はお前に言いたいことが山ほどあったんだ。何を先に死んでやがる…。馬鹿…!」

 

 コウモリとの面会時間が過ぎた後、警察署を後にした君彦は渚に向かって一言言った。

 

「その心臓はあいつのものだが、夏凪は夏凪の人生を生きていいんだからな。」

 

 君彦の言葉を聞いた渚は涙ながらに首を縦に振った。これで問題が解決した。かのように思われた。君彦は左側にあるビルの屋上から光が反射しているのを目撃した。怪訝な表情をしつつも彼はズボンのポケットに手を突っ込んだ。すると、そこには一枚の紙切れが入っていた。それは手紙でこう書かれてあった。

 

『Sleazy Satan

 

Adieu.

 

魔王』

 

 本能で身の危険を即座に感じ取った君彦は渚に覆い被さるように倒れた。

 

「ちょっと…!何するのよ重たいじゃない!って…え?」

 

 渚が上を向くと、そこには左腕に短刀のナイフが刺さった君彦の姿があった。


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