原作に沿った形で見てもらえると幸いです
渚は君彦の傷の手当てをしてもらうために病院へ行き、二人は傷の手当てという用を済ませるとそのまま病院を後にした。
「…さっきはありがと。」
渚は頬を赤らめながら君彦に感謝の言葉を述べた。君彦が庇っていなければ自分は死んでいたかもしれない。その未来は戦闘の経験がほとんどない彼女にも見えていた。
「礼を言われる筋合いはない。たまたま近くにいたから守った。ただそれだけだ。」
君彦はそう言いつつ、魔王の行動を不審に思っていた。自分自身はシエスタのように特別強いわけでもない。殺す事ならいつでもできたはず。そう考えると、標的は必然的に夏凪となる。だが、SPESでもない彼女を狙った理由は何だったのか。前もそうであった。SPESでもないシエスタを狙い、傷をつけた。たったそれだけで終わった。あの行動の裏に隠された目的は何だったのか。
君彦がそんな事を考えていると、派手な見た目の少女が話しかけてきた。少女は二人よりも背丈が低く、見た目も幼い。また髪は白と桃色と黒が混ざった、メッシュに近い髪であり、左目には眼帯が付いている。
「あの、探偵さんですか?探偵さんに解決してほしいことがあるんですけど…。」
一方、天界で地上の様子を見ていた男は再びシエスタの前に現れた。
「どうしたの?またあっちで何かあった?」
「魔王が動き出した。僕もいずれ現世に向かうことになるだろうね。その時にやっておきたい事がある。」
男がそう言うと、シエスタは彼の顔を覗き込んだ。男はひどく思い詰めた顔をしており、彼女が何をしようと今の彼には上の空の反応をするように思えた。
「どうしたの?」
「魔王は何故夏凪 渚を狙ったのかなって。SPESを狙うのが目的ではなかったんじゃ?いや、そうじゃないなら話は振り出しに…。」
そんな男の疑問にシエスタは「実は」と口を開き、その後彼に全ての真相を伝えた。事態を知った男は動揺もしなければ、表情を一つも変えなかった。
「なるほどねぇ。まぁ、ある程度は理解した。じゃあ僕は僕のすべき事をしてくる。」
「まさか、魔王と戦ったりはしないよね?」
「魔王の問題はお前達の世界の問題。僕の用件はそれとは別。あ、それと何の用もなく勝手に現世に行ったりするなよ。」
男はそう言うと、ドアを出現させてそのまま天界から姿を消した。男の背を見たシエスタは微笑んだ。
一方、現世では君彦と渚が少女から依頼の詳しい内容を聞いていた。彼女の名前は斎川 唯。十四歳の中学生でありながらも、国民的アイドルとして活躍している。黒と桃色と白の混ざった髪は長く伸びており、左目には眼帯がついている。そしてその依頼内容というものが時価三十億円にもなるサファイアを盗まれないように護衛してほしいという内容であった。
依頼を受けた翌日、二人は唯の自宅に足を運んだ。彼女の自宅は豪邸の二文字がよく似合うほどの外見、面積を誇っていた。
「なるほどな。だが、どうして警察に相談しなかったんだ?」
「相談しましたけど、予告状だけという理由で取り合ってくれませんでした。」
君彦は新聞紙を切り取り、コピーしたような探偵モノのフィクションで登場しがちな予告状を手放すと唯に次の質問をした。
「お前のとこのボディーガードは?」
「彼らは当日はここを守れません。私のファンなので。」
「今すぐ仕事辞めろ!」
おおよその事情を理解した君彦は唯に次の疑問を投げかけた。
「このサファイアを狙っている奴に心当たりは?」
「いえ、ありません…。何せ時価三十億円です。誰が狙っても不思議ではありません…。」
しばらく会話を続けた後、三人はサファイアのある部屋へと向かった。辺りには唯のライブ中の写真が数多く飾られてあった。
その後、渚がトイレへと向かっている間に君彦は魔王が渚を襲った事を再度思い出していた。そのうち、君彦は三年前の出来事を思い出す様になった。
三年前、君彦がシエスタのもとで助手として活動していた間に二人はその人物と出会った。他でもない魔王である。魔王の犯行については二人も既に知っていた。故に彼を捕まえる事に、彼の正体を暴く事に執着していた。彼の被っている仮面を壊す。それだけでも二人にとっては十分な成果であった。しかし、現実はそう簡単にはいかなかった。
「今おとなしく自首して刑務所に入れば勘弁してあげるよ。そうじゃないと…。あなた、痛い目見るよ?」
シエスタは魔王と対峙するなりいきなり言い放った。君彦も本気のシエスタを見るのは初めてであった。魔王の能力は未知数。故に数多くの人間が成す術もなく殺されてきた。警察が幾度となく彼の足取りを追ってもたどり着けなかった。それらが魔王の恐ろしさを十分に物語っていた。
「Sir.お心遣い感謝いたします。ですが、それは承諾いたしかねます。」
「どうして?」
「相手が誰であろうと、一度目をつけたら逃がさない。一流の紳士の嗜みです。」
「そう。じゃあ、どうなっても知らないよ。」
シエスタはそう言うと、魔王に向かって銃弾を連射した。しかし、銃弾は全て魔王には当たらず、不発に終わった。魔王は物陰に隠れる事で銃弾を回避した。それが二人にとっては凶であった。二人のいる場は物が散乱している場であったため、魔王が戦うにはうってつけの場所であった。すると何かを察知したシエスタが君彦を突き飛ばした。
「助手、離れて!」
君彦が倒れ込み、目を見開くと左腕にナイフの刺さったシエスタが目の前で立っていた。
「シエスタ!」
「速い…。人力であそこまで速くナイフを投擲できるなんて…。」
シエスタは頭脳であり、戦闘においても抜群のセンスを見せていた。彼女にミスは無い。それは現在でもそうであった。彼女はただ不運であったのだ。その不運はシエスタのみならず君彦にも致命的なミスを与えていた。
一つは相手が魔王であった事。そしてもう一つは現在戦っている場所が魔王に有利な場所であった事。
「Excellent.今のを避けられたのは奇跡ですね。私、ダーツを少々嗜んでいる身でして…。一体次はいくつ命中するでしょうね?」
魔王はそう言うと、激しいナイフの投擲を行った。しかし、シエスタはそれを全て銃弾で撃ち落としてみせた。
「生憎だけど…。一度目にした技は通用しないから。」
シエスタが言い終えた瞬間、君彦は瞬時に察知した。魔王が仮面の下で不気味に笑っていることを。
「気をつけろシエスタ!まだ何かある!」
「…!」
君彦の言葉を聞いたシエスタはすぐさま魔王との距離をさらに取った。しかし、コンマ数秒遅かった。シエスタの頬に魔王のナイフの切り傷がついた。よく見ると、地面に落ちたナイフが宙を舞っていたのだ。
「そんな…。そんな馬鹿な話が…。」
「さすが魔王だね。ここまで手の込んだ事をしてくるなんて…。」
シエスタは銃を構えるも、理解していた。ただ単に銃を乱射するだけでは魔王には太刀打ちできない。魔王に勝つには彼の思考の裏を読む事が必要不可欠である。
「シューベルトの“魔王”、ご存知ですか?」
シエスタが必死に思考を張り巡らせていると、魔王が二人に対して話しかけてきた。唐突に話しかけてきた魔王に対し、二人の緊張が高まる。しかし、魔王はそれに気づきながらも話を続けた。
「あの歌詞は元々ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテという詩人の詩から引用されたのです。魔王は自分の気に入った子供を苦しめ、魔界へと連れて行くのです。それは私も然り。私は貴方達を大変気に入りました。だからこそ…。貴方達を心ゆくまで苦しめたい…!」
魔王の底知れぬ狂気に君彦はただ絶望する事しか出来なかった。人間とは思えぬ悪意、常軌を逸した欲望。魔王の全てが君彦にとっては脅威でしかなかった。その一方でシエスタは未だに銃を構えて立っていた。どれだけ敗色が濃厚であろうと絶対に魔王の正体を暴く。その執念が魔王への恐怖を薙ぎ払った。すると、魔王は事前に準備していたロープを使って建物の屋上まで登り、二人を見下した。よほど戦いに集中していたのか、シエスタと君彦はようやくパトカーのサイレンの音を耳にした。
「そろそろ現地の警察がやって来る頃ですね。今日のところは一旦引きましょう。次に会う日を楽しみにしていますよ。」
魔王はそう言うと何らかの方法でどこかへと去って行った。その日の出来事を君彦は一度たりとも忘れはしなかった。
渚は用事を済ませた後、君彦と唯の部屋に戻ろうとしていた。しかし、屋敷が広かったためにどこをどう通れば辿り着くのか彼女にはわからなかった。するとどこからか声が聞こえてきた。男性特有の低い声である。
「右手へ行けば辿り着きます。」
「そう、ありがと…。」
そう言って渚に声をかけてきたのは唯のボディーガードであった。名前は土井 マイケル。彼女がアイドルとして駆け出しであった頃からの古参ファンであり、彼女を守るためにボディーガードの職に就いたのである。今回、彼はサファイアの警備を務めたかったと思っていたのだが唯のライブとブッキングしてしまい、やむなく警備を諦めたのだと言う。
「そうですか…。皆さんも色々大変なんですね。先程は失礼いたしました。」
「いえいえ。ああいう反応をされるのは当然です。それにしても、唯にゃは優しいです。ハーフの、それもアメリカの田舎からやってきたワタクシを嫌な顔一つせずに心優しく迎え入れてくれたのですから。」
マイケルの熱い思いを聞いた渚は改めて唯という人間が慈愛に満ち溢れた存在であるかを知った。
しかしその翌日、事件は起きた。そしてそれを皮切りに、ついにあの人物も動き出すこととなる。
翌日、男は街中を探索していた。この世界は彼が元々住んでいた世界と同一ではあるものの、彼が探している物は見当たらなかった。
「まったく…。アレが見つからないとまずいなぁ…。時間が無い上にあのアホからもうるさいし…。しゃーなしだな。急いで探索して天界に戻るか。そしてあいつとまた会う。よし、これで問題無し。」
男はそう決めると、ペースを上げ血眼で目的の代物を探した。この目的の代物がいずれ世界を揺るがす事になるとはこの男以外誰も知らなかった…。