セイバーアート・オンライン   作:ニントという人

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えー…お久しぶりです。
前回のあとがきで3月は時間あるから書けるとかほざいてましたが気がつけば4月…
今回ちょっと気がついたら2万字ぐらい書いてて結構時間が…
…これもどれも前回の次回予告を書いた過去の俺の責任だ…

おのれ俺ェェッッ!


ってわけで、新年度一発目の本編どうぞ。



白銀の切っ先、流星のごとく。

地面を割る勢いで歩いていくフェンサーを俺たちは慌てて追いかけていくと、気がつけば野営地の商業エリアが目に写った。

辺りには様々な天幕が所狭しと並び、正式な街よりかは小規模ではあるが、それでも充分なほどだ。それどころか、各店舗にはここ限定のアイテムが並んでいる。

その風景は実に心を躍らせるが、そばに提示された値段を見て心が無事凍る。流石に三層到達してすぐの俺たちには手を出せない価格だった。

そんな風景を流し見しながら歩くこと数秒、俺達の前にお目当ての天幕が現れた。

まあ勿体ぶらずに言うと、その天幕はもちろん鍛治屋のものだ。NPCで鍛冶屋と言えば、ヒゲが生えまくりのマッチョメンと相場が決まっているが、ここの鍛冶屋はそれと間逆な、長髪を後ろで結った痩躯の爽やか系お兄さん。

スキル熟練度は、彼が手に持つ上級スミスハンマーが示すとおり、三層主街区のNPCよりも更に上。二層で知り合った《レジェンド・ブレイブス》のネズハが鍛冶屋を廃業しチャクラム使いになった今、このエルフ鍛冶師を超えるプレイヤー鍛冶師も居ないだろう。

……強いて、問題を言うとするならば……

…………俺たちが当のエルフ鍛冶師の前に立ち止まると、彼は一瞬こちらを向き、ただ一言

「…フン…。」

とだけ鼻を鳴らし、また業務へと戻ったことだろうか。俺やキリトの隣からアークが生まれる気配がしたので物理的に押し止めるが、一応落ち着いたアスナは口を開き、不満を垂れる。

「………ほんとに大丈夫なの?」

そう言うアスナに、俺たちはこくこくと頷きを返す。ここは一応圏外なので、もし手でも出せば周りの衛兵たちにフルボッコからの追放エンドだ。

ちなみに、アスナの心配に関しては無問題だ。リスクを伴う武器強化とは違い、武器作成は基本的に失敗という結果は存在しない。

キリトは捕まえていたえんじ色のケープを離すと、そのケープごと包まれた人影が天幕へと歩み寄っていく。

「すいません、武器の強化をお願いします。」

アスナができるだけ丁寧にエルフ鍛冶師に依頼すると、彼はまたしても

「フン。」

と返したが、アスナの前に浮かんだショップ用ウィンドウがそれが拒否の意思を示していないことを確実にする。プレイヤーショップだと口頭やり取りすることが多いが、NPC相手では正確にオーダーするために補助としてウインドウが出現することになっている。

アスナはそのウインドウを俺たちにも見えるように可視化してくれた。その指はウインドウの《武器作成》を押そうとし、その寸前で指が止まる。

事情を最近キリト伝いで知った俺たち、そして当人から直接聞いたキリトが見守る中、アスナが小さく、口を開く。

「………そっか、武器を作る前に、やることがあるんだよね。」

その言葉に対し、キリトがいつもより優しい声色で口にする。

「それは必須じゃないから、アスナがしたい様にすればいいよ。」

「うん。でも、もう…………決めたの。」

アスナはそう言うと、左手で腰の細剣………《ウインド・フルーレ+5》を取り外した。

彼女は剣を口元に近づけると、俺たちには聞こえない声で、何事か語りかけた。

「……この剣、インゴットにしてください。」

アスナは鍛冶師に両手でウインド・フルーレを差し出し、それに対する反応はまたしても「フン。」………ではなく。

「…………」

アスナの心情を読みとったのか、彼は無言で剣を受け取ると、ゆっくりと鞘から引き抜く。

ウインド・フルーレは、一層の頃の鏡のような輝きはもう無いものの、長い間数多の敵を貫き、アスナの相棒として戦い続けた姿は、しっとりとした、全てを包み込むような優しい光を放っている。

彼はそれをしばし見つめ、検分すると、両手で捧げるように持ち、一つ頷いてから炉へと運ぶ。

運ばれた炉は、レンガを組み上げてできた本格的なもので、以前のネズハが使っていた携帯用の簡易的なものとは違う。あれとは違って火力調整用のふいごは付いていないが、炎の色が特殊な青緑色なので、炎色反応でも起きていない限り特殊な力が働いているのだろう。多分魔法動力だろうか。

炎はウインド・フルーレの刀身を赤熱させると、さらにまばゆい光を放つ。

その光が晴れると、先程まで剣があったところには、だいたい長さ20センチぐらいの直方体に変わる。

彼はそれを手袋をつけて取り出すと、アスナへと差し出す。

彼の手に輝くのは、アインクラッド外周から差し込む朝日を浴び、キラキラと輝くインゴット。この世界には銀や銅などの実在の金属や、ミスリルと言った架空の金属まで幅広い種類の金属が存在する。それゆえ、見た目のみでアイテム名を判別するのはほぼ不可能に近いのだが、色合いや輝きの強さからしてかなり質の良い素材であることは容易に想像できる。

「……ありがとうございます。」

アスナはそれを両手でしっかり受け取ると、開いておいたウインドウのアイテムストレージに格納する。それを閉じると、横に避難させておいたショップ用メニューを引っ張って正面に置き、改めて武器作成のボタンを押す。

続けてカテゴリごとに武器種を指定し、片手武器→細剣→素材選択へと移行。

武器強化なら、選択する素材は《基材》と《添加材》の二種類のみだが、武器作成になると、そこに《心材》、つまりインゴットが加わる。洞窟で集めた素材からもインゴットは作れるが、今回は基材として用いることにする。

俺たちの指示を何も受けること無く、アスナの指はなめらかに動き、最後に元はあのウインド・フルーレだったインゴット…………《アルゲンティウム・インゴット》という名前のインゴットを心材として選択。必要アイテムを全て選択したウインドウに、工賃と実行するかの確認ダイアログが浮かび上がる。

アスナは「お願いします」と一言言った後、ダイアログのYesボタンを押した。

同時にエルフ鍛冶師のもとに2つの袋が実体化し、さらに一つのインゴットが実体化。彼は無言で手を伸ばすと、革袋2つをポイっと炉にぶち込み、袋は即座に燃え尽き、中身も赤熱する。

「なんか適当な作業だなぁ……本当に大丈夫なのかよ……」

キリトが思わず口に出すと、横にいるアスナが呆れたかのように言った。

「作成に失敗は無いって言ったのはあなたでしょ?あとは信じて任せるしかないじゃない。」

……2層じゃ、強化すらビビってたくせにだいぶ成長したなぁ……と、後方師匠面してしまうが、キリトは恐らく、あえて一つだけ言っていない事がある。

確かに、武器作成に明確な失敗はない。素材を全て消費し、しかし武器は作成されない……ということはないわけだ。。しかし、武器作成の結果が完全に確定しているというわけでもない。プレイヤーが指定できるのは武器種だけで、残りの外見、スペックなどは完全にランダムだ。つまり、完成品の性能にはかなり大きな差があるというわけだ。

だが今回は、以前のウインド・フルーレより弱くなることは恐らく無いだろう。鍛冶師のスキル熟練度は高い(代償として恐ろしいほどに無愛想)し、素材は基材・添加剤共に高品質の上限だ。それに何より、あのインゴットにはアスナの剣に懸ける思いがこもっている。ここがデジタルの世界であろうと、そういう物はある。どこかの一匹狼も言っていた。思いはテクノロジーを超えるのだ。

俺が思考を巡らせるうちに、炎の色が白へと変わる。炉の中では素材が全て溶け、その中に白銀の輝きが鍛冶師の手によって入れられる。冷たかった金属は同色の炎に触れ、徐々に赤く熱され始める。

「…………バフ、頂戴。」

アスナがボソリとつぶやき、俺の視界の端で、2つの手がギュッと結ばれ……とまでは行かず、軽く触れ合う程度にとどまる。

………まーたいちゃついてるよ、コイツラ。バフとかかかって無いくせに。

俺が無事非リア思考を巡らせる中、鍛冶師はそんな熱い空気を知らずか知って無視しているのか、インゴッドが熱せられるやすぐさま取り出すと鉄床に移動、右手のスミスハンマーを握り直すと、一定のペースで叩き始めた。真昼間の野営地に、金属が打つかり合うカン、カン、という音が響き渡る。

ここで、武器作成においてハンマーを叩く回数について解説しておこう。

SAOの鍛冶において、叩く回数が多い=より良い武器になる、という式が成り立つ。具体的な例を示せば、初期装備の《プレーン・レイピア》や《スモール・ソード》などと同じランクなら5回。強化は10回だと考えると、それより低いということからそれで完成してしまったときの絶望感はひとしおだろう。ちなみに、アスナが以前使っていた《ウイインド・フルーレ》と同ランクなら20回前後。槌音が長ければ長いほどいい武器になるということは、その待ち時間をワクワクとドキドキ渦巻く感情の中にプレイヤーを無理やり押し込むということだ。一種のギャンブルに近いかもしれない。

俺たちが見守る中で、鍛冶師はひたすらにハンマーを叩き続ける。気がつけば10回、20回を超え、コレでウインド・フルーレを超えた剣が出来ることはほぼ確実だ。

……しかし、25回を超えた辺りから、キリトが横で息を詰める。横をちらっと見れば、キリトの手はギュッとアスナの手を握りしめている。彼自身はそれに気づいて居ないようで、食い入るように火花を散らすインゴットを凝視する。

キリトの愛剣で、俺もかつて使用していた一層産の片手剣アニール・ブレードと同ランク帯で、確か槌打ちの回数は30回前後。だが彼のハンマーはその30回を優に超え、35回すら超え、40回を超えたところで、ようやく彼は手を止めた。

彼の手が離れると同時に、鉄床の上のインゴットが純白に輝き、ゆっくりと変形し始める。直方体だったそれは、片端は握りやすい円柱状に、もう片方は細く、鋭利な切っ先に変わる。そして何より…………美しい。

最後にもう一度強く光り輝くと、鉄床の上には、あのインゴットの輝きを残した、芸術品のように美しい細剣が横たわっていた。

口を閉じ、一言も発さない俺たちが見守る中、鍛冶師の彼は剣の柄を握り、持ち上げた。指先を刀身に添わせ走らせると、彼は一言だけ、

「いい剣だ」

とつぶやき、天幕の後ろにあるラックから明るい灰色の鞘を選んで取ると、その中へと細剣を収め、アスナへと差し出した。

ここでようやく、キリトは己がアスナの手をがっしりと握っていたことを認識したようで、慌てた様子で手を離す。ヘタレが。

ロングコートに手を突っ込んだキリトを横目に、鍛冶師からレイピアを受け取ると、一言言った。

「……ありがとうございます。」

彼の返事は、今度こそ「フン。」とだけだった。

ほんのりとだけ苦笑し、腰に新たなレイピアを吊るそうとするアスナを、キリトはぐいっと引っ張り、商業エリアの小さな広場へと場所を移した。

俺とリントが慌てて追いつくと、アスナはキリトにふくれっ面&ツリ目で問い詰めた。

「ちょっと、どうしたっていうのよ?武器はちゃんとできたじゃない」

「いや、ケチをつけるつもりはないんだ。でも、その……ちょっとそれ、見せてくれ。」

キリトの頼みにアスナは渋々と言った様子で、腰に吊るしかけていた細剣を渡した。

それを受け取り、握った瞬間キリトの表情が一変したが、彼はその感情をあくまでも押し殺し、冷静にアイテムのプロパティウインドウを展開した。

アイテムのウインドウは最初から誰にも可視化されているので、全員でそのウインドウを覗き込む。

一番上にはアイテム名が表示されていて、アルファベットで記されたその銘は《Civalric Rapier》。カタカナにすれば、シバルリック・レイピア、か。新品なので、強化値はもちろん±0。そして横の残り強化施行回数が15。

……………15………15!?

「「なでゅっ……」」

キリトと俺の口から、同時によく文字に起こせたなと言いたくなるほどの擬音が発せられた。

俺たちの心理的ブレーキが働いたからこそこれだけで済んだが、もし俺たちに遠慮というものがなければ「「なんでや!」」と某トゲトゲ頭の如く叫んでそのまま高く高く飛び上がり4層の床に激突して落ちてくる……ぐらいはしていただろう。本当にそのレベルの衝撃が、俺たちを襲った。

………15。あのアニール・ブレードの強化試行回数が8回なので、実にその2倍。下にある細かい攻撃力だの速度だのどうでもいい、この数値だけでも、このシバルリック・レイピアはアニールブレードの2倍強い………ということがわかる。スペックだけなら、恐らく5,6層クラスのアイテムではあるまいか。

とはいえ、この事実は大いに喜ぶべきことだ。この世界において、武器のスペックは勝率に直結する。それどころか、この世界では勝率なんてものは数字としての役割を果たさない。一度でも死んでしまえばこの世界と現実世界から追放されるのだ、勝率が100%から1%でも減ってしまえば、そのパーセントは増えることも減ることもしなくなる。ならば、この世界では強大な力というものはあってもありすぎるということはない。だがしかし、俺たちが今いる世界はただのシングルプレイRPGではない、MMORPG、それも世界の誰もが未経験なVRMMORPGという新たなジャンルなのだ。

キリトは、全てが白銀で作られた輝かしいレイピアを握ったまま、これからアスナが歩む運命を変えていくのではないかという予感………もしくは畏れに打たれ、ただ立ち尽くした。

……………そして、俺もまた。

「どうしたのよ?」「どうしたんですか?」

新人二人組に声をかけられ、俺たちはようやく顔を上げた。

「「あ、あぁ、なんでもない。」」

俺たちは慌てて頭を振ってから、再度冷静になってまた口を開く。

「「…………いやいや、なんでもなくない。」」

「……仲いいですね、お二人。」

リントくん、ちょっと黙ろうか。

俺が顔面で圧を掛ける中、キリトが改めて発言権を得る。

「そんなことはどうでもいいんだよ。それよりこれ。この剣、超強いぞ。」

「………超強いの?」

「うん。超強い。」

………なんかあれだな。語彙が小学生だな。

アスナもそれに気づいたのかクスッと笑みをこぼしキリトは不本意だという風に咳払いしてから、アスナにレイピアを返却する。

アスナがそれを受け取るのを待ってから、キリトはまた口を開いた。

「えっと………とりあえず、メインアーム更新おめでとう。ウインド・フルーレはたしかにその剣の中で生きてる………と、俺は思うんだけどそれはまあそういうのは人それぞれと言いますか………」

「そこは言い切ったほうが良いんじゃないですかね、キリトさん。」

俺の指摘……というかツッコミのせいで漫才臭くなってしまったが、剣の持ち主であるアスナはまたクスッとしただけで済ませてくれた。

「…うん、ありがとう。わたしもそう思うよ。……………この子となら、また戦って行けるって……そんな気がしてるもん。」

「…そっか。」

アスナにしては珍しく、純粋な心からの微笑を浮かべ、ゆっくりと彼女は言葉を続けた。

「……キリトくんは覚えてるでしょうけど……………はじまりの街を出て、迷宮区を目指して戦ってた頃は、私、武器なんて使い捨てで良いと思ってたの。安い《アイアン・レイピア》を何本も買って、強化もメンテもしないで切れ味が落ちたらダンジョンの床に投げ捨ててた。………でも、それは私自身の姿でもあったのよね。一直線に、走れるところまで走って……………走れなくなったらそれで死ぬ。それでいいと思ってた………」

………この辺の事情は、キリトからそれとなく聞いてある。リントは恐らく初耳だと思うので、彼は結構衝撃を受けていることだろう。

アスナは左手を持ち上げ、右手の中にある新たな剣のナックルガードを指先でなぞる。

手に触れる銀の感触を、一言一言に変えるかのように、噛みしめるかのようにアスナは言葉を口にする。

「正直、まだ大きな希望を持てる気はしないの。百層は遠いわ………あまりに遠すぎる。………でもね。君に言われて、ウインド・フルーレを手にいれて、強化して、それで戦ったときから…少しずつ、変わってきた気がする。ゲームクリアとか、現実世界に帰るとかじゃなくて………一日。今日一日を、生き抜く希望を持とうって。そのためにも、剣も、防具も大事にして、色々勉強もして。それと…………自分自身にも、必要なメンテは、ちゃんとしていこうって、そう思えるようになったの。」

「………自分の、メンテか………」

アスナが言った言葉に、キリトは口に出して、そして俺は内心で今まで知らなかったことを………考えたこともなかったことを、学んだような気になった。

アスナはもちろんMMO初心者で、根っからの廃人……じゃなくてゲーマーのキリトや、ベータテスターの俺よりかはその方面での知識は劣る。

だが、彼女が教えてくれたことはこの世界に詳しいだけではわからないことだ。

……別に、今の俺達がゲーム攻略に際して捨て鉢になっているというわけではない。原作……正史SAOのような《ビーター》という名前が生まれることもなく、誰かが犠牲になるようなこともない。

だが、俺たちが戦いの中で痛みを忘れかけていることもまた事実だ。ゲームクリア、そしてメギドの脅威という現実から目を背け、ディアベル率いる攻略集団の本丸から無意識………はたまた意識的に距離をおいている。そういう部分は、確かにある。俺が戦っているのは、ほぼ今を生き延びるためだ。ゲームクリアのためではなく、今ある多くの命を生き残らせる。そのために仮面ライダーとして、街を襲うメギドを倒し、ダンジョンで俺を倒そうと……殺そうとしてくる敵mobたちを退ける。

………だが、俺はその過程で数々の関係を……縁を結んだ。

横にいるキリトやアスナ、リント。情報屋、《鼠》のアルゴ。斧戦士のエギルに、鍛冶屋改めチャクラム使いのネズハ。ディアベルを始めとする攻略集団の剣士たち。そして、黒エルフの騎士キズメル───

彼女らと浅からぬ縁を結んだ以上、俺はこのまま戦う責任がある。攻略組としてプレイヤーを開放するためにも、仮面ライダーとして、その日まで彼らを守り続けるためにも。

「……そうだよ。」

物思いに耽る俺たちに、いつになく優しさを帯びた声を、アスナはかけた。

「自分のコト、大事にしてよね。辛かったり、悲しかったりするときは、抱え込まないで言ってみることも大事だと思うよ。」

「え……う…うん…。」

キリトはあからさまに想定外という反応を返し、上目遣いにじっと見た後、一応という感じで尋ねる。

「……あの、それ、今言ったらどうなるんです?」

「アツアツのタラン饅頭ぐらいは、いつでも奢ってあげるわ。」

「……さ、さいですか……」

「…ちなみに、俺だと変わるってことはあったりしないんですかね。」

「……買ってからもう一回温める……ぐらいはしてもいいけど。」

「…さいですか…。」

…まあ、タラン饅頭は結構好きだしいいや。………ちゃんと冷えて、中身が固まってさえいれば。

「じゃあ、強化に失敗したらよろしく。──────そんで、こっからが本題なんだけど……」

キリトが切り替えるように、声色を変えて出した声により、アスナが珍しく浮かべていた笑みは一瞬にして消え去った。

「え!?今のウインド・フルーレが生まれ変わったって話、本題じゃなかったの!?」

「そうなのです」

キリトはアスナの異議をさらっと流すと、アスナが吊るすレイピアを指差す。

「繰り返すけど、その《シバルリック・レイピア》は、三層の武器としてはありえないぐらい強い。ちょっと強化すれば、一撃辺りの攻撃力でも俺のアニール・ブレード+6を超えるだろう。……それ自体は喜ばしいことなんだけど……問題は、どうしてそんな強い武器ができたのか、ってことなんだ。」

「えーっと………」

アスナは一瞬首をかしげると、広場を囲んでいる急造であろう柵越しに、先程まで俺たちが居た鍛冶屋の天幕を見やった。ここから鍛冶師当人の姿は見えないものの、彼が発生させているであろう、かーんという金属音は絶え間なく俺たちの耳に聞こえてくる。

「あの鍛治屋さん、接客はアレだけど腕は良いんでしょ?頼めばいつでもこのレベルの武器を作ってくれるんじゃないの?……接客はアレだけど」

「い……いやいやいや、そりゃ無いと思うよ。三層に来て結構戦闘したけど、mobの強さはベータ時代とほとんど変わってなかった。なのに入手できる武器だけが何倍も強化されたら、バランス崩壊もいいとこだよ。」

「なら、主街区の鍛治屋さんは変わって無くて、あのダークエルフさんだけが強い武器を作れるように変更されてるってことは?」

「うーん………この野営地は、森の中で《翡翠の秘鍵》クエを受ければ誰でも来られるんだ。そういう意味では、主街区と大差ないように思えるなぁ……」

「もう、なんだかはっきりしないわね。理由がどうであれ、異様に強い武器が作れるならそれに越したことは無いじゃないの。逆は勘弁だけど。」

「まぁ、それはそうなんだけどね……」

アスナの言う通り、この世界では実際問題ゲームバランスだのなんだの言っている場合ではない。俺だって、ゲームバランス崩壊待ったなしの聖剣を持っているのだ。いち早く現実世界に戻れるなら、バグだろうがチートだろうが何だって使ってやる。それぐらいの心意気は持ち合わせている……つもりだ。

だが、そう簡単に物事は進まない可能性がある。

もし、このシバルリック・レイピアが本来のゲームシステム上ありえないアイテム…………つまりバグなりによって誕生したアイテムだとするなら、その存在が管理者サイドに察知された場合、何かしらの処置をされてしまう可能性があるのだ。この場合の処置とは、本来存在するべきアイテムへの置き換え、またはアイテムそのものの消去……思い当たるのはその辺りだろうか。その場合、アスナが初めて心を通わせたウインド・フルーレの魂はどうなってしまうのか………

「じゃあ、検証しましょ。」

「「「へ?」」」

アスナの唐突な提案に、キリト、そして俺とリントが恐ろしいほどに間抜けな声を出した。

「もう一度剣の作成を依頼して、現象が再現するか確かめてみればいいじゃない。」

「…あー、なるほどね………って…」

二、三度キリトはブンブン頷いてから、急に冷静になり、人差し指を己の鼻に向けた。

「えっ、剣作るって……もしかして俺が?」

「私が二本作ってどうするのよ。両手に持って戦えるわけじゃあるまいし。」

……戦えるんだよなあ…将来的には…。

「そ、そりゃそうだけど……うーん…」

キリトは唸ったまま右手を動かすと、何も存在しない右肩の後ろに手を回す。きっとアニール・ブレードを触りたかったのだろうが見事に失敗した彼は、行き場のない手を頭の後ろに置いた。

現象が再現するか……つまり、あの無愛想スキルカンストのお兄さんがいつでも化け物スペックの武器を作ってくれるのかを検証するには、条件をアスナのときとぴっちりきっかり揃える必要がある。基材と添加材を最高品質・最大数というのはもちろんで、芯材も長年使い込んだ高スペックの武器からできたものである必要がある。

そして、その条件を満たすもの……というより、満たしていてかつそれが実行可能なものといえばただ一つ、キリトの持つアニール・ブレード+6。

正直なところ、あの剣もそろそろメインアームとしては限界だ。残り2つの強化枠をどちらも成功させ+8にできれば4層ぐらいまでは使い続けられるだろう。だが、この三層のNPCショップでも+0同士ならアニール・ブレードより強い剣は存在するのだ。その分価格もバカ高いが。

ただ、キリトの心情としてはあの剣を使い続けたいのだろう。あの無骨さのある見た目だけでなく、アレを手に入れるまでのクエストの道のり、あれを乗り越えようやくアニール・ブレードを手にしたときの高揚を感じたがゆえ、彼はあの剣を使い続けることを選んでいる。

キリトの表情が一瞬だけ変わり、なにか決意を決めたように見えた瞬間。

「…でも、気が進まないならやめておくべきね。」

「は……ひ…?」

「なんかそういうの、影響しそうじゃない?嫌々武器を作り直しても、いい結果は出ないっていうか

「ふ……へ……?」

「そりゃ私も迷いはしたけど、いざ依頼するときはきっちり心を決めてたもん。でもあなた、顔に出てるわよ。今の剣で、行けるところまで行きたいって。」

「ほ………」

キリトがひたすらハ行唖然活用を繰り出す中、アスナは続けた。

「検証の方法は、改めて考えましょ。それに第一、一回やっただけじゃ検証にもなんにもならないよね。本気でやるなら材料をたくさん用意して、最低でも百回は剣作ってもらって、異様に強い剣が出来る確率を調べないと……それでもだいぶざっくりとしたデータになっちゃうでしょうけど……」

アスナはそこまでスラスラと並べ立てると、一瞬考え込むような表情を見せた後、再び鍛冶師の天幕へと視線を向けた。

「………でも、なんだか、あの鍛冶師さん………ううん、この野営地で、そういうことはしちゃいけない気もするの。だってあの鍛冶師さんも、ここの兵士さん達も、真剣に自分の任務を果たそうとしているんだもんね。なのに、使うわけでもない剣を百本も注文するなんて、営業妨害もいいところだし、職人さんを侮辱することにもなるかなって。……ゲームなのに、変なこと言ってるかもだけど…」

アスナが珍しく純粋な瞳でキリトを上目遣いに見つめ、キリトはそれによってか否か、

「うん、じゃあやめとく。」

と、語彙力を捨て去った返答を返した。

「………キリトさん、ちょっとは語彙をもとに戻そうか。」

「……あ、ああ。」

キリトは俺の呼びかけで無事語彙と意識をこの世界に戻すことに成功───意識がさっきまで現実世界に行っていればそのままにしていたが───すると、気を取り直して言った。

「でも、鍛治屋にはまだ用があるんだ。アスナの剣、ここで+5ぐらいにはしときたいし、俺の剣も使うならもうちょっと強化しときたいし。」

だが颯爽と、アスナから冷静な突っ込みが。

「強化は良いとしても、基材と添加材が足りないんじゃないの?私のレイピアはともかく、キリトくんのアニール・ブレードって上限8回の2回残しでしょ?素材はマックスでつ使って、確率を最大までブーストしたほうが……って、何ヘンな顔してるのよ」

キリトが異様な……なんとも言えない表情をしていることに気づいたアスナがぎろっと睨みを効かせると、キリトは何故か感慨深そうに言った。

「いやぁ……あのアスナさんが、もう立派に育ったもんだなぁって思って……丸暗記の知識だから身についてないなんてこと、もう全然……」

「なんでお前後方師匠面なの?」

「お二人ってそういう関係性でしたっけ?」

キリトがライダー組二人から冷静に突っ込まれる中、アスナもキリトに続いてヘンな顔をした後、あの鍛冶師譲りの「フン」を繰り出すと、そのまま言葉を続けた。

「私のことはどうでもいいのよ。それよりどうするの?また素材集めにいく?」

アスナがキリト……というか俺たちに尋ねると、キリトはニヤリと笑って言った。

「その必要はないんだな、コレが。」

キリトはその顔のままメニューウインドウを開き、ストレージから一つのアイテムを実体化させた。見た目は何の変哲のない革袋だが、その側面にはかつて嫌というほど見たあの印が焼印として施されている。

「そのマーク、二層の牛オトコ集団のマークじゃない。中身、変なのじゃないでしょうね?」

「残念ながら、あんまりヘンじゃない。」

怪訝そうな顔で見つめ……というか睨んでくるアスナをサラッと流しながら、キリトは袋から中身を取り出した。

キリトが手に持つのは、黒光りする金属の板。ちなみに、こちらにも牛印付き。牛印はブランドかなにかなのか。

「なーんだ、ただの金属片(プランク)じゃないの。でも見慣れない色ね、アイアンでも、スチールでもない………」

アスナの疑問は最もで、プランクとはダンジョンなどで手に入る鉱石素材を溶かして作るアイテムなのだ。なのでこの層までに手に入るプランクはほとんど知り尽くしているわけだが、このプランクはおそらく普通のやつではないだろう。

「コレは、二層のボス戦で戦ったナト大佐のラストアタックボーナスだよ。「俺が倒して渡したやつだけどな」……そのとおりです。まあともかく、このアイテムは+10以下のアイテムなら、強化の際にこれを使えば最大限まで成功率をブースト出来る上に強化内容も自由に選べるというとってもオトクな……」

と、キリトが饒舌にアイテムについて説明すると、アスナの口から聞こえたのはもはや定番となったあの言葉だった。

「もっと早く言いなさいよ!」

 

◆◆◆◆

 

再び俺たちがあの無愛想エルフの前に向かうと、彼はさっきも見たばかりであろう4人衆を見やり、この短時間で何度目になるかわからない「フン。」を再び炸裂させた。やっぱりオリジナルは違いますわぁ。

態度は相変わらずこうだったが、腕も相変わらずのもので、最大でも95%の成功率である武器強化を、7回全て成功させた。

結果として、アスナのシバルリック・レイピアは+0から+5に、キリトのアニール・ブレードは+6から+8へとなった。俺とリントの聖剣はどうやら強化ができないようだ。まあ強化試行回数も-(ハイフン)だし。というかできないから俺も牛プランクをキリトに渡したわけだし。

革袋にはまだ十数個の牛プランクが残っていたが、コレはいつか使うときのために取っておくことにした。キリトは袋をストレージに戻すと、鋭さ+4、丈夫さ+4となり最大強化に成功したアニール・ブレードを、鞘から引き抜いた。ただでさえ厚かった刀身はそれに深い輝きと艶が増し、少し離れて見ている俺にさえも、ぞくっとするような迫力を伝えてくる。

キリトがその愛剣を鞘に戻すと同時に、同じように愛剣を見つめていたアスナも己のレイピアを鞘へと戻した。パチンという鞘の縁と剣の鍔がぶつかる音が同時に鳴り響き、キリトとアスナは顔を見合わせ、ふふっとまたしても同時に笑う。三層でコレならそりゃ最終的にゴールインしますわ。………ええなぁ。

アスナはいち早く我に返ると、レイピアを左腰に吊るし、咳払いを一つ挟んでから言った。

「ラルトくん、使わせてもらったプランクの代金、ちゃんと払うからね。」

「あー………いや、それはいいよ。ナト大佐はみんなで協力して倒したんだし、それに俺が持ってても宝の持ち腐れだったし。それは今後の戦闘で返してもらうということで。」

「オッケー。また今度レアドロップが来たら譲ることにもするわ。」

「サンガツ……じゃなくてサンキュー。」

アスナは俺の言い間違え──言い間違えだよね?──を聞き(流し)、一段声のボリュームを落として言った。

「でも、コレじゃ鍛治屋さんの腕前は相変わらず謎のままよね。どうにかして、システムの異常かどうかだけでも調べられたら良いんだけど…」

「うーん………」

キリトは唸った。ついでに俺も脳内で唸った。たぶんリントも唸った。み~んな唸った。

そのレベルでどうしよう。大量注文で検証するのは仁義的にアレだし、まさか本人に「この武器ってバグでできました?」とか聞くのもNPC相手なのももちろん職人にそういうふうに聞いちゃうのは…………

………いや、まてよ………?

「「「…………あ」」」

奇跡的に、ほんとに天文学的確率と思えるほど奇跡的に、男性陣三人の声がぴったし一致した。

「そうだ。そうだよ。」

キリトが代表して続け、控えめに指を鳴らした。

「訊けばいいんだ。この場所に詳しい人に。」

 

◆◆◆◆

 

ってなわけで、やってきましたあの天幕。

数時間前にもくぐった黒い布をめくり、キリトが声をかける。

「こんにちは、キリトだけど、入ってもいいかな?」

すると、すぐに天幕の奥から声が帰ってくる。

「どうぞ、ちょうど朝食の用意ができたところだ。」

俺たちがその声を受けて天幕をくぐると、その先には数時間前に対面していた黒エルフの騎士が。

……最も、今の彼女の服装では、騎士だと断定することはほぼ不可能に近い。

服装をすごい単純に言えば、彼女は薄衣のダウンを纏っている。以上だ。

備考として、前の合わせ方が相当……ゆるゆるのゆるということを記しておこう。昨日のシルクのボディスーツ一枚きりというのも充分あれだったが、コレはもうSAOが12歳以上推奨のレーティングを冠すのはほぼ不可能なレベルではないか。最低でも15歳以上とかにすべきだろ。デスゲームになった今じゃあ意味ないだろうが。

……などと健全な男の子なら思わざるを得ない思考を巡らせると、後ろの方から鋭く銀色の眼光が飛んでくるので、思考を無理やり押し留めておき、天幕の中へ入る。

ついでに極ナチュラルにキズメルから視線をそらしながら、またキリトが口を開く。

「食事中に悪いな、ちょっとキズメルに頼みがあって………」

「新たな任務なら喜んで同行するぞ。」

「それはありがたいけど、出発はまだなんだ。ちょっと聞きたいことがあって。」

「ほう。なら、食べながら話そう。用意するから座っていてくれ。」

そう言ってキズメルは、天幕に設置されたストーブ、その上に置かれた鍋へと歩み寄っていった。

ここで社交辞令的に「お構いなく〜」とか言ってしまうとほんとにそう取られてしまう可能性があるので、全員揃って礼を言っておく。

鍋からはミルク系の香りが漂い、飢えたプレイヤーたちがそれに引き寄せられるのも無理はないだろう。

全員床に敷かれた毛皮に座り、鍋を開けて中身をかき混ぜるキズメルをぼーっとみつめる中で、アスナが言った。

「あんまり見てると、ハラスメント防止コードが発動するわよ。」

「え、アレって接触だけじゃなかったっけ?」

キリトがそれに返してから、まるでしまったというふうな顔へと表情を変えた。

そりゃこう答えるってことはガン見してるってことだからな!さすが思春期!

……ハラスメント防止コードとは、まあ読んで字のごとくそういうRと18がつくようなそういう行為とかを防ぐためのものだ。異性のプレイヤーやNPCに不適切な接触を何度も繰り返すと発動し、対象プレイヤーは一層黒鉄宮、その中の牢獄エリアへと送られる。

この不適切というのがかなり曖昧で、具体的にガイドライン的なものが示されているわけでもないので、いわゆる良識に任せる、といったところなのだろう。

少なくとも、この不適切な接触の中にただガン見するコトが含まれるはずはないので、この動作でコードが発動することはない……はずなのだが、何故かアスナによるコード発動カウントダウンは止まらない。

「あーあ、発動しちゃうわよ。五、四、三……」

「え………え?え……えぇ?」

キリトがコードへの恐怖とキズメルが隠そうともせずあらわにしている御御足とで視線をキョロキョロさせるなか、無常にもシステム……ではなくアスナは止まらなかった。

「二、一、コード発動。」

………キリトの脇腹の辺りで、ごすっ……という嫌な音がしたのは…………

…………南無、とだけ言っておこう。

「相変わらず、仲のいいことだな。」

…キズメルさん、多分違います。

 

紆余曲折───主に人族に置いて───ありながらも、なんとかキリトが回復した後にキズメルが出してくれたのは、穀物を何かしらのミルクで煮込み、ドライフルーツを盛り付けた………現実世界で言えばオートミール的なものだ。俺は前世でも今世でも食べたことがないが、一口試しに食べてみると意外と………というか普通に美味しい。アインクラッド風の味付けではあるが、牛乳に近い味のミルクに浸った穀物は程よくザクザクした食感で、ドライフルーツの酸味や甘味がうまい。まじで食ってみてくれ。スレニキ見てるあぁー!うまいぞこれー!

…………唯一悲しむところを上げるとするなら、量が少々……いやだいぶ少ないというところだろうか。

木のスプーンで残りを惜しみながら一口一口味わっていると、一足先に食べ終えたアスナが満足気に呟いた。

「おいしかった………まさかここで、オートミールが食べられるなんて……」

「え……おーとみーる……って、こんなのなの?」

…キリト知らなかったんだ。俺も食べたことはなかったけど。外見でなんとか判断したけど。

アスナはそんなキリトに視線を向けるとうなずき、

「ええ。食感がちょっと違うけど、風味は完璧ね。」

と言う。俺は食べたことがなかったゆえこういうものなのかなと思ったが、有識者の意見は違った。

「ほう、一族も朝に乳粥を食べるのか。それは知らなかったな。………………いつか………」

そこで言葉を切ったキズメルを、俺たちは訝しげに見つめたものの、彼女の表情に秘められた心を理解することはできなかった。

キズメルは気分を切り替えるようにオートミール風乳粥(コレ意味一緒?)を勢いよく食べ終えると、俺たちに言った。

「そういえば、なにか私に聞きたいことがあったのではないか?」

「え?……あ、そうだった。」

「忘れんな忘れんな。」

「悪い悪い。それで、えーと、その………」

キリトはしばしの苦悶の後、どストレートにあの鍛冶師の腕前をどう思うか、キズメルに尋ねた。

キズメルは苦笑し、それが残りながらも称賛を込めた表情へと二段階変化した。彼女いわく腕は良いが気まぐれで、極たまに大変な業物を打つこともあるが、不本意な注文や頭ごなしな命令などではなまくらしか作らない………とのこと。

つまりは、アスナが今腰に吊るしているシバルリック・レイピアはキズメルの言う大変な業物なのだろう。彼に……ここにいるNPCたちをいかに一人の人間として……ではなく、一人のエルフとして接するかによって変わる………というところだろうか。

ますます、このゲームの製作者である茅場晶彦が理想とする世界に近づいているような気がするが、本当の理想形がコレなのかどうかは確信が持てない。

ともかく、コレでアスナの剣はバグなどのたぐいでなくれっきとした正規品と言うことがほぼ証明されたのだ。俺たちはそれに一安心し、目線で頷き合う。

ただ、少々引っかかるのは“不本意な注文”というものだ。これは正しく、さっき俺達がしようと考えていた『使わない剣を100本も注文する』というものに他ならないだろう。その場合低品質な武器が作られるなら、実質検証は不可能だろう。

アスナは強力な剣を作ってもらったし、キリトは完全強化に成功した。俺とリントは聖剣だし、俺達のパーティーだけならもう問題ないと思えるが、一応攻略集団の一員である以上、この事実をディアベル達他のプレイヤーに報告する義務はあるだろう。エルフ野営地で、5,6層クラスの強力な武器を手に入れられること。そして、クエストの初めでエルフ騎士を生存させ、強力な仲間になってくれる可能性があること………。

考えながらひたすらスプーンを動かしていると、いつしかただ皿をツンツンするだけになっていた。意識せずに完食していたことを少々悔やみながら、俺はキズメルに礼を言った。

「ごちそうさま、キズメル。おかゆも美味かったし、話もとても参考になった。」

「私もとっても美味しかった。ごちそうさまでした。」

「ごちそうさま。今度コレの材料教えてくれよ。そしたら俺が作って見るから。」

「ごちそうさまでした。ほんとに美味しかったです。」

「そうか、それなら明日の朝はもっと作ることにしよう。」

キズメルはそういった後、俺達からお皿を回収すると、表情を引き締め言った。

「それで、これからどうする?少し野営地で準備してもいいし、すぐに任務に出発しても良いが。」

「いや………」

キリトはその選択肢を両方断ると、彼も表情を引き締めて言った。

「…………俺達は一度、人族の街に帰らないと行けないんだ。」

 

◆◆◆◆

 

エルフのまじないで主街区付近まで転送してくれるという話を感謝しながらも断った俺達は、15,6時間ほど過ごした野営地をいっときにせよ離れた。

後ろを向けば、野営地の影がうっすらとは見えるものの、それも距離が離れるに連れて霧によって完全に見えなくなっていく。

果たして無事に帰れるのかという不安を感じている中、同じような感想を抱いたのだろうアスナが言った。

「…ここ、ちゃんと帰って来れるんでしょうね?」

「大丈夫……だと思うよ。マップにはマーキングされてるはずだし」

「…思う?……はず?」

キリトの声によってアスナの顔がだんだん険しくなっていくので、俺は颯爽とマップを開いて可視化、アスナの前にスワイプでぶっ飛ばした。

「…あ、ありがと。

アスナの視界には、先程まで居た野営地、そして二層からの階段の出口である四阿(あずまや)、そして女王蜘蛛の洞窟が光点で示されている光景が見えているはずだ。コレならきっと、道に迷って帰ってこれないということはないだろう。たぶん。

ということをアスナに説明すれば、なんとか彼女は納得してくれたようで、とりあえず俺たちはあの四阿に向かっている。

この霧だらけの道を歩むのは少々…いやだいぶ恐ろしいが、恐怖の原因はそれだけでは無いだろう。昨日一日中共に戦ったあのエルフ騎士の存在がないことが、俺達の中で言いようのない恐怖心を生み出している。

同じような心持ちだろうアスナも、

「ねぇ…キズメルさんって、いつまで……」

と言いかけたものの、その言葉は途中で霧に紛れて消えていく。俺たちが視線を向けると、珍しくフードを後ろに払っていたフェンサーは、複数の感情が入り混じった表情を浮かべると言った。

「……こんなふうに頼っちゃだめなんだよね。きっと、いつか、お別れするときが来るんだから……」

「………ああ。」

アスナの声に頷くと、俺は続ける。

「しかも、キズメルに関しては俺とキリトのベータの知識も当てにならないんだ。最初の戦闘で、どっかの誰かが向こうの騎士をぶっ倒しちまったからな。」

「ちょっと、そのどっかの誰かが一人で倒したみたいに言わないでよ。」

「でも実際ほとんどそっちがダメージ与えたじゃん……」

「キリトくん?なにか言ったかしら?」

「…いいや、何も言ってない。」

「いいかリント、コレが主従関係というやつだ。」

「………悲惨ですね。」

謎と混沌に溢れた会話を繰り広げた後、俺の耳はカサっという植物が擦れる音を捉えた。

……まさか!

「後ろだ!」

俺が叫ぶと同時に、他の3人も反応し、一斉に後ろを向く。

俺たちの後ろには数多の木が生えているが、その中には一本、2つ並んだうろが青くぼんやりと光っているものが存在する。

「《トレント・サプリング》だ。戦い方は前と同じ、俺が先陣切るから順番にスイッチで攻撃してくれ。」

「了解…!」「わかった!」「わかりました!」

キリトの指示に従い、俺たちは一旦対比し、キリトは動いた木改め、木型モンスター《トレント・サプリング》に突っ込んでいった。

「ハァッ!」

キリトは奴の攻撃をステップで回避すると、お返しに片手剣単発垂直斬りスキル《バーチカル》を発動する。

最高に鋭くなったアニール・ブレードの刃は、枯れかけた木の表皮を容易に削り、そのまま中身を抉る。

「アスナスイッチ!」

キリトは硬直が解けると同時に叫び、そのまま後ろへとバックジャンプで対比する。

それとすれ違う形で、白銀のレイピアを構えたアスナが走っていく。彼女はレイピアを右腰に構えると、刀身を銀色に光らせる。

そう思ったのも束の間、目にも留まらぬ速度で二連撃を並行線を描きながら見舞った。細剣二連撃スキル、《パラレル・スティング》。

キリトの攻撃で残り6割に減っていた枯れ木野郎のHPバーは、その二撃で4割、3割、2割と減っていき……

「ラルトくんスイッ…………チ……」

………水色のポリゴン片となって、粉々に粉砕された。

「……えー………」

スイッチって…いったじゃん……

「ごめん、こんなに減ると思わなかった……」

…つっよ、その剣……

 

◆◆◆◆

 

シバルリック・レイピアの想像以上の切れ味に畏れと驚きを感じながら、俺たちは再び歩き出した。

アスナの剣の力がとんでもないことがホント…とんでもないのだが、当のアスナはそんなの気にしてないとばかりにスタスタとひたすら歩いていく。

きっと、彼女からすれば剣の切れ味や攻撃速度などは二の次なのだろう。最も重要視するのは、己の手に馴染むかどうか。

実際、VRでないMMOでも握り心地などの理由で、同じマウスやPADコントローラーなどを買い溜めていたプレイヤーは結構居た。確かに、生産終了なんてことにでもなったら悲惨だ。

だが、このデスゲームであるSAOで、感覚を優先することは、どこか危ないものを覚える。

実際それも感覚なのだが、まあでも第六感ってのはなんだかんだ使えるシステム外スキルというものでして………

「待って。」

…思考を?

………そんな冗談は読み取れねえよとばかりに、アスナは急に停止した。

それによって、俺たち男子組も急停止。結構不自然なポーズになってしまったのは置いておいて、慌てて周りの様子を探る。特段注意深くしていたわけではないが、かと言って散漫になっていたつもりもない。視覚でも聴覚でも、モンスターの動きは捉えられない…………

……………いや。

遠く、少し遠くで、この場所で聞こえそうだが聞こえなさそうな音が聞こえた。

キン、キンと金属同士がぶつかり合うこの音は……

「剣と剣の戦闘………?」

アスナの発言に、俺たちは思わずうなずきかけた。なにせソードアート・オンラインだ。この世界は剣の戦闘が前提と行っても過言ではない。

ただ問題を上げるなら、この森には剣を使うモンスターは出現しないということだ。つまりありえるのはプレイヤー同士の合意による決闘か、森エルフ対黒エルフ、エルフ対プレイヤーのイベント戦闘ぐらいだ。

いくらなんでも、決闘はないと信じたい。層初めのエリアとはいえフィールドは危険であるし、そんなところでデュエルをするとは思えないし、もしデュエルで無いとすればつまり…………

「…念の為、様子を見に行こう。」

「「「………うん。」」」

俺たちは、できるだけ早くその音がした方向へと駆け出した。

 

◆◆◆◆

 

歩くこと一分足らず、俺達の視界には5人の剣士と、一人の騎士が対峙していた。

五人の中には、青い紙を輝かせる騎士(ナイト)……………ディアベルがいた。

彼がいるということはもちろん、昨日…というか今日の早朝、彼とともに居た4人もいるわけだ。

「…………ディアベルさん達も……エルフ戦争クエストをやってる…?」

「だろうな……多分見る感じ、森エルフに味方したんだろう……」

「…つまり、あの向こうにいるのは………」

俺たちがよく知る、だが向こうからすれば他人同然の、知っている他者。

コレに関しては、どうしようも……避けられないことなのだ。クエストが何度も起きるということは、同じ人物は同じ運命を何度も繰り返すということだ。転生とは違い、全くの別人ではあるが、はたから見ればそういうことになる。

俺たちはこれから出来るのは、ただ見守り、二人のエルフが命を散らすのを見ていることだけ………

…いや違う。俺たちは知っている。少なくとも、片方のエルフは救うことが出来るということを。

だが、それをするということは第二のキズメルの消滅…殺害を手伝うということだ。そんなことが、俺たちに出来るのか……

……いや、関係ない。俺たちがすべきことは、ゲームクリアに当たって最善の道を歩むこと。彼らを見る限り、おそらく彼らはディアベルが持っているベータの知識を使って戦闘しているのだろう。

………行くか…!

「ちょっといってくるわ、二重の意味で。」

「行って言ってくるってわけか……」

「でも……」

「俺だって気は進まないけど……やるしかない。それと……コレをしたのは、俺の独断だ。」

俺はそう言い、腰を上げると彼らの方へ向かう。

「……ディアベル……ディアベル……!」

「……!?ら……ラルトくん!?」

「ちょっと悪い、状況が状況だから手短に行く、その今戦ってる黒エルフ、ギリギリまで踏ん張って戦えば、そいつを倒しきれるかもしれない!」

「…!?本当か!?ソースは!?」

「さっきプレイした俺たち!」

「………!ありがとう。それから5時から攻略会議だ!」

「了解!そんじゃ後で!」

俺はそう言い残すと、仲間に戦闘を任せていたディアベルのもとから立ち去っていった。

……その時、とんでもない事実を目にした。

「……!?」

俺は一瞬硬直しそうになったが、無理やり体を動かして、彼らのもとに戻る。

「お前ら………見たか…?」

「…うん。あれ、キズメル……じゃないよね……?」

「ああ。まず性別からして……」

……そう。俺、そして少し離れた位置で見守っていたキリトたちも、ちょうどあのタイミングでここにいる黒エルフを見たのだ。

そしてそれは、キズメルとの共通点が浅黒い肌、そして紫色の髪しかない、男の騎士だったのだ。

「今の……どういうことですか…?」

「わからない……この正規版から、性別とかの外見がパーティごとに変わるようになったのかもだけど……」

キリトの推測は推測だが、正直可能性は薄い。

つまり、本来キズメルと同じ容姿であるべきエルフが、何故か種族のみが同じ男騎士になっている…。

「なんでだ……まさか、俺たちが生き残らせたから……?」

俺が、キリトのものより可能性の低い考察を上げた瞬間。

俺の視界の端に、手紙の封筒型のアイコンが点灯した。メッセージの到着を示すものだ。

俺はとりあえず先程までの思考をどこかに放って置いて、そのメッセージを開いた。

…………その途端、俺は新たな衝撃に襲われた。

 

 

 

 

『ラルトさん、街が消えた!』




次回、セイバーアートオンライン。
「ここでこいつの出番ってわけだよ!」
「ギルド的なのには興味ない的な?」
「君はまさか…!」

第20節 森林に奔る、黄金の輝き。

オリジナルのブック組み合わせを出そうと思ってます。基本は赤いブックとの組み合わせです。

  • ヘンゼルナッツとグレーテル
  • 猿飛忍者伝
  • 昆虫大百科
  • 天空のペガサス
  • トライケルベロス
  • 玄武神話
  • 昆虫大百科
  • オーシャンヒストリー
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