ってわけで久しぶりにあの姐さんが登場だよ。全国一億七千万人のファンの方々、おまたせ。
ってわけで本編どうぞ。
キズメルと街で出会ってから数分、俺たちは前も通った迷い霧の森へと来ていた。
どうやら例の転移まじないとやらは野営地から街への一方通行らしく、帰りはキズメルでさえも徒歩らしい。
というわけで当然自然湧きのmobにも絡まれるわけではあるが、そこはさすがの我がパーティー、名刀《シバルリック・レイピア+5》を手に入れたアスナ、そしてエリートクラスのキズメルの女性陣二人がバッタバッタと周囲から迫りくるmobを切り裂きポリゴンの欠片へと片っ端から変えていくので、はっきり言って男性陣の出番がない。
パーティーを組んでいる関係上、剣をただ持っているだけで加算される経験値の表記にどこか申し訳無さを感じながらも、俺の思考の一部はあることに割かれていた。
「(…キズメル……君は一体……)」
彼女をただのNPCというのは、最早彼女に対する冒涜と言っても過言ではないだろう。冷静に考えて、本来与えられた
仮に彼女を通常のNPCではないとして、考えられる可能性は2つ。
一つはある意味で単純に、彼女が通常のNPCのそれを超えたAIであること。
俺たちが
2つ目は、キズメルはAIでもNPCでもなく、俺たちプレイヤーと同じ人間が動かす存在であるということ。
これに関しては、正直あんまり考えたくない可能性でもある。なぜなら、彼女を動かせる人間は俺たちのようなプレイヤーではなく、運営サイド……今では茅場晶彦に与するもの。言ってしまえば、俺達をこのデスゲームに巻き込んだ当事者ということになる。
つまりもしその想像があっていた場合、彼女は俺達プレイヤーの敵ということになってしまうのだが……
「…っ……」
そんなことはない、と思いたい。俺とキリトがあの場所で見た、妹のことを思い彼女が流した涙を、俺達を騙すための嘘とは思いたくない。
……そんなことを考えながら、剣を握りつつ歩いていると。
「…キリト」
不意にキズメルが、キリトの名を呼んだ。俺も思わずキリトを見れば、そこには先程までの俺のように考え込んでいたであろうキリトの姿が。
キリトも顔を上げ、不思議そうに彼の顔を覗き込むキズメルとバッチリ目を合わせている中、キズメルが続けた。
「さっきから黙り込んでいるようだが、どうかしたのか?」
「…ああ、いや、特に……ちょっと考え事を…」
「ふむ…悩んでいるのなら、話してみるのも良いと思うぞ。」
キズメルが続ければ、前を歩くアスナもキリトに振り向いて言う。
「そうよ。最近わかってきたけど、あなたって一人であれこれ考えすぎて勝手に落ちてくタイプでしょ。変なことにハマる前に言っちゃいなさいよ。」
「えー…そのー……」
その言葉を受けたキリトは、なぜかしどろもどろに………あいつ俺と同じこと考えてたろ、これ。
「…ふ、二人共、強くて頼もしいなー、って…」
「……それのどこが悩むところなのよ。」
「あー…その、なんだ…お…お嫁さんにするならどっちかなーって…」
………キリト、ここギャルゲーじゃない。あとリセマラ不可です。
キリトの言葉を受けたアスナはすっと一息入れると、その吸った息を一斉に吐き出しながら。
「───バッカじゃないの!?」
…そう、きれいな怒声を響かせなさった。
一方キズメルは対象的に、表情を一つも変えることなく口を開いた。
「ふむ」
キズメルはそうシンプルに切り返す……というか切ってすらいないのでシンプルに返すと、更に続ける。
「済まんな、キリト、それには女王陛下の賜りを受けなければならん。」
「あ、いえ、おかまいなく……」
……キリトの女子耐性スキル、熟練度以前に未取得、と………ん?俺?………うっせえ!俺は良いんだよ!
俺が自分で無事に自滅し、キリトもまた現実から目を背けるような顔で───何度も言う様にここは現実ではないが───何やら考え、そんな愚かな男を憐れむような目で随一の賢者たるリントが見つめる中、アスナは先程よりも冷ややかな声で言った。
「ついたわよ」
その声に俺と(恐らく)キリトは思わず「どこに?」と返しかけてから、その寸前でこの遠足…もとい移動には目的地があったことを思いだす。というか目的地のない移動とは。
気がつけば俺達の目前には、最早懐かしいとも感じる、剣と角笛があしらわれた旗がたなびいており、その真下に見える門にはこれまた見慣れた門番が。
「…結構早かった…というか俺が何もしてないだけか。」
「聖剣持ってるんだし、次の任務は私と変わってくれても良いんだけど?」
「まじで申し訳ねえっす…」
「アスナさん、僕も一応仮面ライダーです……」
俺達が軽口…のような何かを叩きつつ、門番に軽く会釈をして野営地へと入る。
少々久しぶりに見る野営地はあのときと何も変わっておらず、まるでここだけ時が止まっているかのようだ。
…いや、実際俺達がいなかったことにより、ここの時間は留まったも同然だったのだ。
この
その事実が、その状態で人族の街を訪れたキズメルの異質さ、もとい特殊さを際立たせるのだが……それを考えるより、この野営地の時間を動かさなくては。中断していたエルフ戦争クエストを進め、レベルとスキル熟練度を上げ、ボス戦への情報を集める。
俺達は野営地に漂う香りとともに空気を吸い込むと、足をその奥へと向けた。
◆◆◆◆
──かつてこの世界には、複数の王国が地上に存在していた。黒エルフが治める《リュースラ王国》、森エルフの治める《カレス・オー王国》、人族の国である《九連合王国》、その他にもドワーフの地下王国など様々な国が有り、大きな争いもなく平和に暮らしていたものの、その歴史はある日を堺にして崩れ去った。
突如、地上から百個の地域が円状にくり抜かれて浮かび上がり、どこからともなく現れた石レンガなどで周囲を包まれ、それらは縦に重なると、一つの浮遊城を作り出した。
その城は数多の住民と建物を呑み込んだまま、二度と地上に還ることはなかった。世界を支えていた魔法の力は失われ、九連合王国のトップであった九王家はすべて断絶。100の層に分かれた街々は自治都市となり、かつての歴史を遺すのも今は2大エルフの王家のみとなった………
「……って、話みたいだなあ……」
「んー……色々わかったようで、実は対して情報量増えてないわよね。」
「ま、クエストを進めればわかってくる気もするけどな。」
キリトが要約したアインクラッドの歴史に対するアスナの反応が厚めの布越しに響く中、俺もなんとなく思ったことを言っておく。
アスナが入る風呂天幕から吹き出る湯気が、薄っすらと見える第四層の床…もとい底面へと伸びる。
先程、黒エルフの司令官から聞いた昔話は、はっきり言ってすでに知っているようなものだった。というかそもそも、この話に拘る必要はそこまでないのだ。これはあくまで制作会社であるアーガスのシナリオライターらへんが作ったものだろうし、それが攻略に影響するわけもないのだが…
……だとしても、気になるものは気になる。一体なぜ、誰がアインクラッドを創ったのか。その物語の真相は何なのか。
…しっかし、百個の地域をくり抜くって冷静に考えてわけわからんよな……魔法だとしてもどんだけMP消費する魔法なんだよ……
「…そういえば、この世界って神様の存在感が薄いわよね。私が昔観たり読んだりしたファンタジーって、たいていいろんな名前の神様がいた気がするけど。」
「うーん、そう考えたら、でかい街にある教会とかも、どういう神様を祀ってるかとかはわかんないよな……」
「でも、ファンタジー系ゲームならたいていそうじゃないですか?漠然とした神様が存在してる!…って感じで。」
「まあ確かに。後はプレイヤーの脳内補完に任せる…っていう制作側のアレだろうな。」
「そうなるとやっぱり、キリトくんの神様は《LAボーナスの神様》よね。今日のフィールドボス戦もきっちり持っていったし。」
「わ、わざと狙ってるわけじゃないぞ!大体、二層のナト大佐とかはラルトが持っていったし…」
「バランとアステリオスはお前が持ってっただろって。」「おっしゃるとおりです………な、ならアスナの神様はさしずめオフロの神様だな!行く先々でいい風呂にであるのはもう神の力だろ!いやあ懐かしいなあ、トールバーナで俺が借りてた風呂に」
とキリトがそこまで言った時、唐突に彼の背後から水属性魔法が布越しに発射され、見事後頭部に命中。キリト絶対地雷踏んだろ。
「そ…それはそうと、結局俺達の他にエルフクエ進めてるのはディアベルたちのアインクラッド開放隊だけらしいな。せっかく情報とかも流したのに、もったいないよなぁ。」
……無理やりだねえ、話題転換。絶対トールバーナの時何かやらかしたろ。
「私達も色々情報提供したのにね。……でももしかしたら、逆にあの攻略本を見て尻込みしちゃったのかも。クエストが終わるのは九層って、しっかり書いてあったもの。」
「エギルさんも、今は長ぇクエストにかかりっきりになってる余裕はねぇなぁ、って言ってましたしね…」
リントの、意外とうまいエギルの真似に少々驚きながらも、その推測があながち間違いでないことも俺はわかっていた。ディアベルたちも取り組んでいるとは言っていたが、ギルドから割いている人数は必要最小限だそうだ。そういう点から考えても、長編クエストをこの環境で受領することはあまり得策とは言えないのかもしれない。
「まあ、九層に上がってから三層に戻って、ラッシュでクエストを終わらせるっていう手もなくはないけどな。その頃にはレベルもだいぶ上がってるだろうから、エルフ騎士を助けられる確率も上がってるだろうし。」
と、キリトが言った時、皆が一斉に押し黙った。その空気を産んだ原因、突き詰めて言えば己の発言の裏に隠されたことに気づいたのか、キリトも思わず口を閉じる。
………九層。口では簡単に言えるものの、その道のりは果てしなく遠い。全体が百層と考えれば一割も行っていない数値ではあるが、今までの戦いを振り返って見れば、それがいかに困難であるかは想像に難くない。上にはまだ、五つもの思い石板がのしかかっているのだ。
「………でもね。」
そんな中、俺達の背後からふと声が聞こえた。
浴槽から水がこぼれ落ちる音がしたかと思えば、浴槽横のウッドデッキをペタペタと濡れた足で踏む音が聞こえた。
「わたし、最近、残りの層のことを考えるのが、ほんの少しだけ怖くなくなった気がするの。今までは、今日一日を、頑張って生き抜こうって思ってた……それは今も変わってないけど、でもそれと同時に、ダークエルフの女王様がいるお城を見てみたな、とか…その上に何十個もある層も、地面から切り離されたんだったら、いろんなきれいな景色や建物があるんじゃないかって……そういうふうに思えてきたの。」
「………そっか。」
……上の層か……本屋とかないかな……
「………上の層には、いろんなオフロもあることだろうしな。」
キリトの声には、アスナは声ではなく体重を載せた肘打ち(布越し)で答えた…とさ。
◆◆◆◆
「……あー………なんだかんだ風呂っていいなぁ……」
アスナが風呂から上がること数分、今度は俺が風呂天幕の中へと入っていた。
その数分の間に色々──アスナが裁縫スキルを持っていたこととか諸々──わかったのだが、それはまあ良いだろう。
───12月18日、日曜日。ズムフトの集会場で攻略会議が開かれてから、早くも3日。
その3日間、俺達のパーティーは一度もズムフトに戻らずに、ひたすらエルフクエ……任務に邁進した。その過程で経験値や素材、スキルmod習得など様々な副産物も得られ、俺達のレベルは全員が一つずつ上昇した。今のレベルはキリト、俺が16,アスナが15、リントが13だ。欲を言えばもうちょっと上げたいところだが、本来この層の攻略適正レベルは6〜7あたりなのだ。レベルが上がるごとにレベルアップに必要な経験値も増えていくので、この層でもうレベルを上げることはほぼ不可能だろう。この層に湧くmobから得られる経験値では、EXPバーがほんとにミリ程度しか動かない。まだ可能性があるのはリントぐらいだろうか。
クエストの方もだいぶ進み、第一章《翡翠の秘鍵》、第二章《毒蜘蛛討伐》に続く第三章クエスト《手向けの花》は、二章で戦死が明らかになった兵士のためへの、お供え用の花を集める収集計クエスト。第四章《緊急指令》では、二章のように任務から戻ってこない偵察兵の救助に向かい、今度は無事に間に合った……のだが、続く第五章《消えた兵士》で、その兵士は森エルフが化けた偽物であったことが判明する。本物がどうなってしまったかは……想像するのも酷というものだ。
その筋書きをキリトはすでにベータ時代で知っていたのだが、ただの変装を超えた変装のまじないをどうやって溶けば良いのかも分からないし、下手に手を出せばクエストが止まる可能性もあったので、やむなく放置。キリトの指示で、その森エルフ兵が司令部天幕から秘鍵を盗もうとしたところで『動く゛な゛!国゛際゛警゛察゛だ!゛』的な感じに現場を差し押さえたのだが、残念ながら奴にはエルフの得意技である超ハイディングスキルで逃げられてしまった。そこで急遽俺達は野営地にいた《
死者を出すことなく無事にボスを倒し、おまけにLAボーナスはどっかの黒尽くめがもらっていき、次の街へと到達した攻略組。
俺達は彼らを見届けた後野営地へと戻り、そのまま風呂へとレッツゴーした……というわけだ。
アスナは毎回俺達の誰か、もしくは全員に風呂場の見張りを任しているが、俺は正直NPCに裸見られてもな…というタイプなので、全く気にすることなく装備を全解除、そしてそのまま風呂へトーウッ!……はせずに、あくまでも優しめに湯船にダイブ。
「……こりゃあアスナがハマるわけだわ……あーやべ本人に聞こえたら殺されるわ」
一人で何言ってんだこの男ともなるが、こういうことは口に出したほうが何故かスッキリする気がする。
そして、そろそろ上がろうかな、でももうちょっと浸かってたいな、という頃。
……不意に、天幕の入り口が開いた。
「……へ…?」
………まさかアスナが何か取りに?でも何も落ちてないしそもそもそんな豪快な真似をするようなやつじゃない………じゃああれだ、別プレイヤーが俺みたいに一日の疲れを……ここインスタンスマップだよな…………まさか森エルフだかが黒エルフに協力する人族を消しに?でも姿を見せた人物は黒っぽいカフェオレ色………
「…おやラルト、入っていたのか。」
突然の出来事に反応できず、ただバスタブの縁を両手でつかんでいるだけの俺に対し、突如乱入してきた黒エルフの女騎士は続けて一言。
「私も湯浴みさせてもらって構わないか?」
…あー、おk,これまずいわ。
………このSAOには、NPC相手に反応するとあるシステム障壁が存在する。その名は至極単純である。………ハラスメント防止コード。
NPCにハラスメントが適用されるのかという質問はあるが、これに関しては某ゲームの審査協会が関係しているらしい。
なんでも、見た目は普通の美女と変わりないNPCをあれやこれや触り放題という事実が、このSAOのレーティングを上げる一因を担っていたらしい。
アーガスのスタッフはすでにまあまあ高めのレーティングを死守すべく、急遽導入したのがこのハラスメント防止コード…というわけだ。もちろん名の通り、異性プレイヤーに対するセクハラ行為を摘発するという目的もある。ただそれとNPC相手との違いは、受けた側が自主的に発動するかどうか…ということだ。
わかりやすく問題行為であるアイテム強奪やPKなどと違い、セクハラ行為というものは明確なラインが設けにくい。そのため、運営はプレイヤーの主観で適宜通報、それを調査した上で対処を行う…と言った手段を取ろうとしていたのだが、NPCという存在の関係上、彼らに対する別パターンのコードも適用された。
説明書の文字を的確に読むならば、『異性NPCに対して不適切な接触を繰り返した場合、そのプレイヤーは一層牢獄エリアである黒鉄宮に送られる』となるだろうか。……わかりやすく、基準がわかりにくいということが伝わってくるだろう。
そのため俺のこの状況は、下手すれば仮面ライダーが牢獄に打ち込まれるという良い子のみんなに見せられない展開へと進む可能性があるわけだ。
……この状況を、運営、もといシステムはどう判断するのだろうか。触れてないので別にセーフ、それともアレな姿を見ただけでアウト、もしくはキズメルの特異性故に、何してもいいぜ!とか言う野郎どもが集まってきそうな展開なのか。
正直言って、ラストの奴は試す気にもなれない。もし万が一アウトだったら大問題だし、そもそもキズメル相手にするのは俺の良心が頭痛腹痛同時発症レベルで痛む。
「…ど、どうぞ。俺はもう出るから。」
…なら、これが最適解だろう。そもそも男としてこうするのが普通だろう。
「そうか、すまんな。」
キズメルは俺の返答を聞くとウッドデッキ側に体を向けながら、例の宝石が嵌められた留め具に触れた。
その瞬間しゃららんという不思議な音とともに騎士が纏っていた鎧がすべて外れ、薄いインナー一枚きりとなる。それだけで俺みたいな健全な男の子には大ダメージだが、これは以前も見た光景。そんなことで心揺らぐ俺ではないと言い聞かせ、メニューウインドウを開きながら浴槽から文字通り飛び出す。
ここだけ見ればノー装備状態でキズメルの前に飛び出す通報物案件の不審者だし、実際アバターの裸が何だと言わんばかりに街中で着替える豪快なプレイヤーもいるが、俺にそんな胆力もなければ、俺の色々な尊厳も保ちたい。よって俺は、俺の動きに付随して移動するメニューウインドウへと俺は手を伸ばし、メインメニュー右側の装備フィギュアの選択セルをプッシュ。選択ウインドウが浮かび上がった瞬間、俺はインナーを装備。数分ぶりに取り戻した布の質感にこれ以上ない安心感を感じながら、続けてシャツ、そしてズボンをまた瞬間的に────
…………しゃららん。
数秒ぶりに天幕中に響いた音は、きれいなはずなのにこれ以上残酷な音は無いように思えた。
その音を響かせた本人であるキズメルは、唯一着ているインナーを発光させ、そしてスッ…と消滅させ。
……とうとう、キズメルが纏うのは空気のみに。
「なびゃっ………」
シバルリック・レイピアを見た時以来の奇声を発しながら、宙に浮いていた俺の体は地面へと叩きつけられた。派手な音こそならなかったが、何も起きていないと言うには厳しいサウンドエフェクトが鳴り響き、キズメルが俺の方を見る気配。
「どうしたラルt──」
「大丈夫大丈夫大丈夫!何も全然完璧!」
「そ、そうか、なら良いのだが……」
キズメルが俺の方を向くのをなんとか……ほぼゴリ押し気味に回避すると、彼女はウッドデッキにある壺からとろりとした質感の液体を取り出す。
それはどうやらボディーソープの類のようで、キズメルがそれを体に塗った瞬間それらはもこもこと泡立ち、キズメルの体を覆っていく。
もちろん、俺もそれをただ見続けていたわけではない。先程の墜落で匍匐前進状態ではあるものの、なんとかこの天幕からの脱出を目指す。しかしウッドデッキは当たり前ではあるもののびしょ濡れであるため、摩擦係数とかその辺が低下して全然進めない。仮想世界故に福が濡れないのは僥倖というべきか。
超がつくほどの鈍足ではあったが、なんとか天幕の出口にまで近づき、よっしゃ後は服さえ着れば───といったところで。
「ちょうどいい、背中を流してくれないか」
……という、エルフ騎士様からのご命令が。
…………終わった。
湯気と熱気で意識がおぼろげな俺の思考に、この4文字が思い浮かんだ。
◆◆◆◆
結論から言ってしまえば、俺がハラスメント防止コードによって黒鉄宮にさよならバイバイするようなことにはならなかった。ただそれが、キズメルの特異性によるものかと言われれば……そうだと言い切れないような状況にもなってしまった。
なぜなら、風呂天幕のウッドデッキ側には、ご丁寧にも体を洗うようの大きめのブラシまでもが備え付けられていたからだ。
ただ誤解しないでほしいのは、俺にああいう邪な発想は一切無いということだ。ましてや、システムに喧嘩を売ろうというわけでも無い。
…………キズメルの、「ティルネルがいなくなってから、頼む者がいなくてな」……という発言を聞いてしまったからなのだ。
俺がブラシにソープをつけてゴシゴシと彼女の背中を無心で擦る中、キズメルが不意に言った。
「…このごろ、不思議な夢を見るのだ。」
「夢?……どんな?」
NPCが夢を見るという事象に少々驚きはしたもののそれを表には出さず、ごく自然に会話を続ける。
「うむ………四日前、お主らが私を助けに入ってきたときの夢だとは思うのだがな………あのときとは少々……いや、大いに状況が違うのだ。」
「違うって言うと…どんなふうに?」
「…まず、ラルト、お前がいない。お前だけでなく、アスナやリントもいない。いたのはキリトのみなのだ。しかも、そのキリトの服装も違う。……そして、キリトは別の仲間を連れていた。」
「別ねぇ……あいつ、俺達と合うまで一人だったって聞いたんだけどな……」
「まあ、それは些細な違いだ。キリトたちはあのときと同じように、森エルフと戦う私に味方して戦うのだが……そのキリトたちは、今のお主らより腕が未熟でな。森エルフに刃が立たず、一人、二人と倒れていく………そして私は、彼らを助けるために、我らエルフの命である聖大樹の加護をすべて解き放つ。敵騎士は敗れるが、同時に私の命も尽きる。地面に崩れる私を、キリトは悲しそうな顔で見つめている………夢を見るたびにキリトの格好や仲間は変わるが、キリトの表情だけはいつも同じだ………」
「そう……か……」
俺は表面で煮えきらない反応を返したものの、心の中ではある一つの可能性にたどり着いていた。
………それは、SAOベータテスト時の記憶ではないのか。
今のメンバーの中でキリトしかいない、服装が違う、そして夢を見るごとにも変わってくる。それらが全て、ベータ時代の出来事だとすれば辻褄が合う。俺はベータの時エルフクエはプレイしていないし、他の二人は本サービスからの参加だ。服装が違うのも当然当時と今じゃあ装備が変わってくるはずだし、メンバーや服が夢を見るごとに変わるのも時期が違い、別パーティーの手助けなどに行っていたのだろう。実際そうキリトも言っていたし、これに関しては確定と言ってもいい。
………問題は、なぜキズメルがベータテストの記憶を宿しているのか、だ。
恐らくではあるが、本来キズメルはあの最初のイベントで死亡、そして別の『キズメル』として復活するたびにすべての記憶などがリセットされ、当初のプログラム通りに動く存在になるのだろう。下手すれば、彼女に本来記憶は残らないようになっている可能性すらある。
…だが、今の彼女は、自分ではない自分自身の記憶を有している。
………記憶があるから、彼女は今の特異性を獲得したのか。
………もしくは、彼女の持つ特異性故に、かつての記憶を宿しているのか。
真偽は不明なれど、彼女はやはりただのNPCではないことは確かだ。
「…知りたいのか?その夢がなんなのか……」
「知りたくない……といえば嘘になる。私も長いこと生きてきたが、このようなことは初めてだからな………」
「………だったら、今度詳しく聞かせてくれ。人族の剣士の視点から、色々言わせてもらうからさ。」
「…ありがとう。私も知りたいのだ。……あの夢に、どんな意味があるのか───」
◆◆◆◆
アレからキリトにメッセージを飛ばしてアスナを足止めしてもらいつつキズメルとともに風呂天幕を後にし、キリト、リントが順に風呂に入った後に食堂天幕へと移動。人当たりの良い黒エルフ騎士、兵士たちと食事を共にしてから天幕へと戻り、誰が何を言うでもなく皆毛布を手にとって夢の中へ。
…………そして、それから数時間後。
俺は昨日に引き続き、太陽が出ていないド深夜に目を覚ました。
…………そして昨日のように、天幕の中からは一人の影が消えていた。
「……先行ってんのかよあいつ…」
思わず今いないあいつに文句を垂れてしまうものの、俺も装備を整えてから天幕の外に出る。
「……遅いぜ、ラルト。」
「お前が早すぎるんだって。」
野営地の出口で待っていたアイツ………キリトと合流し、俺達はそのまま野営地を後にした。
こんな夜中でもきちんと警備についている黒エルフ兵に軽く合図してから森へと歩みを進め、濃い霧漂う奥へと進んでいく。正直言って自殺行為レベルだが、何度も通った道なので慣れてしまった。
慣れた手付きではなく慣れた足取りで森を進むと、俺達は数日前に訪れた
そこはそれ以外には何もない………ように見えたものの、俺達がそこについた瞬間、一つの人影が浮かび上がった。
アスナより小柄で、つまりは俺やキリトよりも小さい。
頬には三本線が両サイドに1セット……つまりおヒゲが描かれ、どこか鼠のような風貌の女性プレイヤー………
「七秒遅刻だゾ、キー坊、ラー坊。」
……情報屋、《鼠》のアルゴ。
「悪い、電車が遅れて。」
「キリト、お前ボケ向いてねえからひたすらツッコんどけ。」
キリト渾身のボケをぶった切って置いてから、俺達はアルゴへと向き直った。
「ラー坊の言う通りだゾ。それカ、もっと良いギャグを売ってやろうカ?」
「い、いや、間に合ってます。………それより、メッセージで送ったあの件、わかったことを教えてくれよ。」
「相変わらずせっかちだナ、キー坊。慌てる鼠は穴へと入れぬって言うゾ。」
感のいい奴らならわかったと思うが、今回アルゴに会ったのはもちろん情報を買うためだ。
……彼女が久しぶりの登場なので、一応彼女のモットーを説明しておこう。それは至極単純、『売れるネタは何でも売る。』
つまり俺達がアルゴの個人情報を売ってくれと言われたら、身長体重下手すればリアルネームに至るまで彼女は売ることだろう。値段は恐ろしいことになるだろうが。
とは言っても、今回購入したネタはそんな高価なものではない。
キリトはポケットからすでに実体化済みの五百コル硬貨を取り出し、ピンと弾いてアルゴにわたす。もちろん俺と割り勘したものだ。
「毎度。…ほんじゃ、今までの調査でわかったことを教えるゾ。」
アルゴは硬貨を片手で器用に受け取ると、表情から笑みを消してそう話を切り出した。
「まず、三層に来てから《アインクラッド開放隊》に加入したプレイヤーは一人だけだナ。名前は『モルテ』、武器は片手斧で、町中でも
「ふぅん………なあキリト、やっぱりそれって…」
「ああ。洞窟でディアベルといたアイツだろうな。……でも、前の攻略会議にはいなかったよな?あの後加入したのか?」
「いヤ、加入したのは少なくとも三層に来てすぐらしいナ。色々と聞いてみたんだガ、攻略会議には自分から体調不良とか言って休んでたらしいゾ。」
「……この世界に体調不良ってあったか?」
「いや、ないナ。」
「だろうな。……ってか、アルゴ姉さん聞いたって何したのよ……突撃インタビューしたの?」
「その情報は30コルだナ。」
「おk,払うわ。」
「…………冗談だゾ、ラー坊は人を疑うことを覚えたほうが良いんじゃないカ?」
「うるさいなあ……こちとら正義の味方的なのやってるんだって。」
「おいおいアルゴ、俺はどうなんだよ。」
「キー坊は疑ってしかいないじゃないカ。情報屋相手だといい心がけだゾ。」
「……そりゃどーも。」
良かったねキリト!アルゴ姐さんに褒められたね!
「……ま、そうなるとそのモルテくんとやらもなにかありそうだな。後はこっちで調べてみるよ。」
「そうカ。ま、何か有力な情報があったら売ってくレ。その時は高値で買うヨ。」
「相変わらず商魂逞しいことでねぇ……」
「褒め言葉として受け取っておくヨ。」
…別のメンタルも逞しいねぇ……
「……そうダ、ラー坊にキー坊、情報を売る気はあるかナ?」
「仮面ライダー関係は売らねえぞ?」
「安心シロ、その手のネタじゃないサ。」
「じゃあ何だよ。スキル構成とかか?」
「キー坊とラー坊は、どっちがアーちゃんのことを好きなのカ。」
「売りません。」「Me too.ついでに俺違うしな。キリトは多分そうだけど。「おいバカ剣士」」
「なるほど、キー坊はそうなのか。おっと安心しロ。この情報は売らないで置くヨ。ついでにラー坊、なら他に好きな人がいれば売ってもいいんだゾ?」
「売りません。」
「なるほど、いるってことカ。」
……俺の馬鹿野郎ッ!
次回、セイバーアートオンライン。
「…さーて、行きますか。」
「なんで来ちゃったのぉ!?」
「お前…何しに来やがった。」
第23節 黒き影、切り裂くのは誰
オリジナルのブック組み合わせを出そうと思ってます。基本は赤いブックとの組み合わせです。
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ヘンゼルナッツとグレーテル
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猿飛忍者伝
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昆虫大百科
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天空のペガサス
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トライケルベロス
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玄武神話
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昆虫大百科
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オーシャンヒストリー