廃れた神社の狐娘   作:ふーてんもどき

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ある程度プロットが練れたので新章の投稿を開始します。
ちなみに書き溜めは今のところ無し。不定期更新になりますが、それでも良ければ応援よろしくお願いします。


本編・二章
一話・引きこもりニートのじゃロリ狐娘(嫁)


 

 

 

 人生とは塞翁が馬であると授業で習った。自分にとって何が幸福になり、何が不幸になるかは分からぬという話だ。

 しかし僕が考えるに、この世には明確に苦しいことがあり、それが連綿と続いているのではないか。

 いつになれば、逃げた馬がもう一頭引き連れて戻ってくるような幸福に巡り合うのか、とんと見当がつかぬ。

 

 人生とは長く険しい登山のようなものではないか。ここ最近、僕はそう思うものだ。

 登れど登れど坂道が続いているばかり。難題をこなせばこなすほどに新たな試練が我が身に降り注ぎ、落ち着く暇もない。

 

 つまり何が言いたいかというと、受験勉強が辛いのである。

 

 諸賢、鼻で笑ってはいけない。呆れもしないでいただきたい。「そんなことで人生だの登山だのと大袈裟な」と思われるであろうが、しかし僕にとっては紛れもなく切実な悩みなのだ。

 

 高校三年生となった僕は受験生と呼ばれる立場にある。

 休みの意義を疑う夏休み期間が明けた先日。むくつけき夏の課題をやっとこさ終わらせたと思ったら、先生方は「ここからが正念場だ」などと言ってやたらめったら教鞭を振るってきた。信じられない暴挙である。

 しかし己の望む大学へ進もうとする以上、我々はこの愛のご鞭撻を受け入れねばならぬ。補習に次ぐ補習。現実逃避をしようにも、夏休み明けに間も無く行われた模擬テストの惨憺たる結果が客観的事実として背中にのしかかり、逃れようが無い。

 

 いや、百歩譲ってそれは良しとする。

 

 この受験勉強という名の賽の河原の如き責め苦は、何も僕だけに与えられたものではないからだ。大なり小なり皆が苦しみ、進学以外の道を選ぶ人も将来の不安くらいは抱いていたりする。

 そうした平等性を僕は認めるところである。先生あるいは親に「辛いのは皆同じなんだから」と、そう言われてしまえば「なるほど仕方ないな」と納得せざるを得ない。

 

 

 しかし今、それに加えて僕が抱える難題、もとい不安はもう一つあった。

 

 

「晴人や、パソコン貸しておくれ」

 

 

 将来を誓い合った嫁がヒキニート化していることだ。

 

 

 

 

 

 

 狐娘、もとい霊狐の環さんが我が家に引っ越して来てからおよそ九ヶ月の時が経った。

 僕と彼女があの廃神社で出会ってからはちょうど一年になる。

 

 環さんが元々住んでいた神社は既に無い。今ではその跡地に真新しい一軒家が建ち、どこぞの誰かに購入されるのを待っているはずだ。或いはもう居住者がいるのであろうか。

 工事が本格的に始まって団地が作られてからというもの、僕はあの辺りに近寄ることがなくなったので詳しくは知らない。

 

 まあそんなことはどうでもいい。過ぎた話だ。

 大切なのは今。追及すべきは、環さんの生活が些かだらしなさすぎるという点に尽きる。

 

 ついさっきまでベッドの上で漫画を読んでいた環さんだが、飽きたのか僕が使っているノートパソコンを要求してきた。

 志望校のPDF資料を漁っている最中だったので断ると、環さんは「それなら待っとるぞ」と言ってまるで退く様子を見せない。

 

「ゲームしたいんですか?」

「うむ。来月にレイドバトルなる大層なイベントがあるらしくてな。今から準備せねばならん」

 

 環さんの口からパソコンだのイベントだのという単語が自然と出てくるのを昨年の僕が聞けば、驚愕のあまり目を白黒させただろう。

 

 木登りや落書きが大好きだった環さんは、今やデジタル社会の現代色に染まりきっている。最近ではもっぱらネットゲームにご執心である。

 日夜チャットをこなす彼女のタイピング速度たるや、もはや僕ごときの及ぶところではない。たいへんな辣腕である。

 

 ちなみに、現在の環さんは『肉食』と大きく書かれたTシャツとデニムの短パンを着こなしている。

 ふさふさの尻尾をどうやって衣服から出しているのか気になっていたが、聞けば妖術で上手いことやっているらしい。僕にその辺の詳しい理屈までは分からない。

 近頃の環さんに人外らしさと言うか、霊狐らしさを感じられる部分を挙げるとするならそのくらいのものだ。ここしばらく彼女の着物姿はお目にかかっていない。

 

「ほら、パソコン空きましたよ」

 

 しばらくして作業を終えたので、場所を環さんに譲る。彼女は喜び勇んでパソコンの前に座りゲームを起動した。

 

 画面にゲームのタイトルロゴが映る。

 『神様これくしょん』

 テレビでもよくcmをやっている流行りのオンラインゲーム。日本全国を巡って八百万の神様をポ○モンのごとく捕まえ、強大な敵と戦っていく和風MMORPGである。

 無論、戦いに駆り出された神様はダメージを受けるし、体力が無くなると戦闘不能になる。そして戦闘不能になった神様に御神酒というアイテムを与えれば即座に復活する。

 この非常に冒涜的なゲームを、本物の神に仕えてた霊狐の環さんが嬉々として遊んでいるという事実に、僕はなんとも言えない気持ちになる。もっとも本人が楽しんでいるので余計な口を出すことはないが。

 

 ただし一つ物申したことがある。

 環さんのユーザーネームである『イナリ神卍』に対してだ。

 

 初めのうちは『たまき』と実に安直かつ無難な名前だったのに、一ヶ月も経つ頃には他のプレイヤーの影響を受けて現在の『イナリ神卍』に変更した。稲荷大明神に仕えるべき彼女が神を自称しているのだ。空恐ろしい話である。

 「あまりに不遜ではないですか」と畏れながらも聞いた僕に、環さんは「だってゲームだし」とあまりにも模範的かつ俗っぽい返事をした。現代の感性に馴染み過ぎている。

 

「いつ見てもイカつい名前ですね」

「格好ええじゃろ。特に卍の部分が」

 

 そのネーミングセンスは中学生の頃の僕と類似するものがあり、昔の羞恥が呼び起こされて返事に窮する。インターネットに触れたことにより、まさか齢数百歳の環さんが中二病に目覚めるとは思ってもみなかった。

 正直なところ彼女に何でもかんでも娯楽を提供しすぎた気がしている。底の無い娯楽の沼に順調にハマっていく環さんを見ていると仄かに罪悪感すら抱く。

 

『こんにちわー』

『お、イナリ神卍氏来ましたね』

 

 僕が自戒の念に悶々としている内に、環さんは自分の所属する団体のメンバーとチャットで話し始めていた。

 

『あら、サンライズ氏だけ? 他のギルメンは?』

『今は皆ログインしてませんね。朝から私一人です』

 

 サンライズ氏という人は、環さんが所属している団体のリーダーをやっているらしい。右も左も分からなかった新人の環さんに付き添って色々と教えてくれたり、ギルドに馴染みやすいようメンバーとの仲を取りなしてくれたりと、かなり面倒見のいい人物のようだ。今ではすっかり環さんはサンライズ氏を崇拝している。

 

 ただ、度々サンライズ氏の話を聞いて思うのだが、彼はかなり重度の廃人プレイヤーのようだ。

 四六時中どの時間帯に環さんがログインしても必ずゲームにいる。もしや現実の肉体から分離した精神がゲームに囚われているのではないかとすら思える。

 サンライズ氏はこんなアイテムを持っておってな、と環さんが僕に語ってきた物の中には超低確率でしか手に入らないようなレアドロップ品が五万とあり、神様これくしょんのことをよく知らない僕をも唸らせた。暇人ここに極まれりである。

 

 そんな人に環さんが感化されているのは如何なものだろうと思うこともあるが、僕の懸念を他所に当人たちは非常に気が合うようで、環さんも順調に廃人への道を邁進している。

 

『とりあえず勾玉集め行っとく?』

『あ、それはノルマ分やっておきました。ギルドの資産欄見てもらえば増えてるかと』

『うわヤバ。サンライズ氏やっぱ鬼ヤバい。虹までがっつりあるじゃん。これ今度のイベントでギルドランキング上位入着あるじゃろマジで』

『あざっすw 周回なら素材集め行きますか? たしかイナリ神卍氏が引いた新キャラの強化素材足りてなかったですよね』

『もうマジ神。一生ついて行きます』

『ははは。ギルマスとして当然のことですよ』

 

 楽しげにチャットをしている環さんの姿は微笑ましいが、僕はやはり一抹の不安を抱かずにはいられなかった。

 

「環さん。外に出るつもりありますか?」

 

 僕がそう言うと、環さんの肩がびくりと震えた。

 

「は、はあ? あるが。バリバリあるが?」

「声震えてますよ」

 

 肩や声どころか指先まで震えており、磨き上げられたタイピング技術は見る影もない。ゲーム内で戦闘中のサンライズ氏が「回復ください。イナリ氏? 回復プリーズ!」と必死に訴えている。

 

「環さん、今のあなたを世間で何と呼ぶか知っていますか」

「知らん……知らん知らん知らん!」

「ニートですよ」

「いやあああああ!」

 

 僕が無情にも真実を告げると、環さんはもの凄い拒絶反応を示した。

 

「違うの! 儂は神様なの! だから就労の義務とか無いの!」

 

 環さんの必死の訴えは滅茶苦茶な謎理論に聞こえるが、確かに彼女は神様なのである。神社からこの稲里家に遷座し、今は家付きの神として祀られている。

 決して人間ではなく、故に日本国憲法に記された三大義務も環さんには関係のない話である。

 

 だから僕は環さんに働けとは言わない。本当はニートだとも思ってはいない。彼女は敬われるべき存在であり、そこにおわすだけで大変ありがたいのである。

 現に、父や母も環さんに対しては就労の義務を説くどころか家事手伝いすら頼むことはない。環さんがたまに風呂を洗ったり庭の掃除をしたりするのは、気が向いた時に自らの意思で行っているだけだ。それで良しとするのが神と人との付き合い方であろう。

 

 ただし外に出られないという、その事実が問題であった。

 

 環さんは霊狐であり、本来ならば神に仕えて神社を守護する役目を持つ。つまりその存在は神社の土地に縛られることになるのだ。我が家に越してきてからもそれは同じことで、環さんは制約のもと外へ出ることが出来ない。

 

 しかし抜け道が無いわけではない。

 神格を得ることができれば環さんも外へ出られると言うのだ。

 

 守護する土地に縛られるのは霊狐の特性であって、ちゃんと人々から信仰されている神であればその存在も強大なものとなり、小さな一つの土地に縛られるものでもなくなる。

 環さんは霊狐でありながら、この稲里家の神になった。あとは信仰を集めるだけで神格が高まり外出することが叶うという。

 そうなったら一緒に色んなところに行こうと、僕と環さんは約束した。

 

 約束してから冬が終わって春も過ぎ、夏を迎え、今やもう九月である。

 その間、環さんは外へ出ようとするどころか不摂生な生活ぶりに磨きをかけてばかりいた。

 

「環さん、前に言ってましたよね。家の神様はもともと小さな神だから必要とする信仰も少なくて済むって」

「あ、ああ。そうだったかのう。言ったかのう儂」

 

 明後日の方向をむいてとぼける環さん。僕は環さんが引っ越してくる際に神格に関する話をしかと聞いてからというもの、信仰を捧げることに注力してきた。

 両親も環さんが霊狐であることは知っており、家族として気さくに接しながらも家内安全などを願うことは忘れない。

 具体的には夕食前にいただきますと言う時に、環さんに祈る時間が設けられている。僕と父と母にに祈られる際、環さんは実に満足そうに踏ん反り返っている。

 

 あとは、正月とゴールデンウィークとお盆に帰ってきた姉も環さんに会っている。大らかな性格の姉は、両親と同様に環さんの存在をすんなりと受け入れ「弟をよろしくお願いします」と平身低頭、環さんに敬意を払っていた。

 まあ、あれは神への信仰とは少し違う意味にも思えるが、敬っていることには違いない。

 

 このように環さんは僕の家族全員からすでに信仰を受けているのである。それなのに未だに外へ出られない現状を僕は憂いていた。

 一体いつになれば環さんとデートに行けるのか。そればかりが気掛かりで勉強も手につかない。

 

「し、信仰が足らんのじゃ!」

 

 言葉に窮していた環さんはまごまごとした末に、そのようなことを宣い始めた。まだまだ神格を万全なものにするには信仰心が足らないと言う。

 

「でも環さん、僕を含めてうちの家族は全員が環さんのことを信仰しているんですよ。家の神様なんだからその家の人間から祀られたら十分だって、環さんもそう言ってたじゃないですか」

「い……言ったけども。でも足らんものは足らんの! 儂が外に出られん事実が動かぬ証拠じゃい!」

 

 だからニートじゃない。儂悪くない、と環さん。

 言い訳がましく目も泳いでいるが、確かに彼女の言うことには一理ある。

 

「ちなみにあとどれくらい信仰が必要そうなんですか。僕と両親がもっと祈るのでは駄目ですか」

 

 僕がそう聞くと、環さんはさらに目を忙しなく泳がせて「えー」とか「うーん」と随分悩んだ末に、こう答えた。

 

「まあ、やはり新しい信者があと一人か二人……いや、二人以上は欲しいところかの」

 

 困ったことだ。そうなると外部に頼る他にない。

 里全体から祀られていた神社ならともかく、今は僕たち核家族の神様なのに、他所の人の信仰も必要だというのはどうも腑に落ちないものがある。

 しかし一介の人間である僕に神様の事情は分からない。僕は腹を据えて環さんの言うことに従うことにした。

 

 己のか細すぎる人脈を辿って考える。誰に環さんを紹介するべきか。

 ただ単に人を連れて来るだけではいけない。

 環さんという霊的存在を信じ、だからといって周囲へみだりに言いふらしたりはせず、その上で環さんをありがたがって信仰してくれるような、そんな人選をせねばならない。つまり信頼が置ける純朴な心の持ち主でなければ。

 

 僕はしばらく考えを巡らせた後、環さんに言った。

 

「二人、信者を増やせばいいんですよね」

「え、うんまあ、そうじゃけど」

 

 僕の言葉が予想外だったのか、環さんは目をぱちくりとさせている。「え、マジで言ってんの?マジで出来るの?」と顔に書いてある。その表情はどこか困っているようにも見えたが、恐らく僕の気のせいだろう。

 

「明日、学校帰りに信者候補を連れてきます。環さんは今みたいなダサTなんか着ないで、きちんと神様らしく正装して出迎えてくださいよ」

 

 信仰を得られるかどうかは、結局のところ環さん次第である。人に敬われようと言うのだから、威厳がなくてはどうにもならない。

 その思いで僕は「ちゃんとしてくださいよ」と告げた。

 

 環さんは自分が着ているTシャツを見ながら言った。

 

「ダサくないもん」

 

 

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