廃れた神社の狐娘   作:ふーてんもどき

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六話・旅前の団欒

 

 

 

 玉藻さんが去ったことで会談も終わった。

 

 緊張が解けてから気付いたことだが、玉藻さんの転移術によって連れて来られた豪華なこの部屋は扉と窓が一つも無い異質極まる場所だった。前後左右、どこ見ても出入り口が存在しない。

 完全密室空間に閉じ込められるというサスペンス作品でありがちな状況はいざ直面してみると耐え難いほど恐ろしく、僕と伊藤と小野町の人間三人組は軽い恐慌状態に陥りかけた。

 特に心臓の小さい伊藤は「大丈夫だよ大丈夫だよ」とお呪いを唱えるように繰り返す。ズボンを履いていてもその太さが分かる丸太のような彼の足が、生まれたての子鹿みたいにガクガクと震えている様子はどう見ても『大丈夫』から程遠かった。

 

 豊女さんはそんな僕たちを「かわいー」と笑いながらも御札で玉藻さんと通話し、部屋から出してほしい旨を伝えてくれた。

 どうやら玉藻さんは僕たちを閉じ込めることに何か特別な意図があったわけではなく、ただ単にうっかりしていただけだったらしい。お札を通じて恥ずかしそうな声で「申し訳ございません」と言い、来た時と同じように転移術で僕たちを帰してくれることになった。

 

 後々になって豊女さんから聞いた話によると、僕たちが呼ばれてやって来た一室は玉藻さんが妖術によって拵えた異空間のようなものだということだった。素になっているのは実際に玉藻さんが借りているホテルの一室らしいが、そこに結界を張って小さな幽世(かくりよ)を作ったとかなんとか。

 

 正直なところ説明されても原理はチンプンカンプンだったが、この部屋にいる間は僕たちの存在が現実世界から切り離されていたらしいということは理解した。

 つまりこれ自体がちょっとした神隠しだったというわけで、神や霊狐といった存在には人間の常識が通用しないということを改めて認識させられるのには十分な体験となった。彼らがその気になれば指先を一つ振るだけで僕なんぞあの世送りに出来てしまうのだろう。

 

 僕はこれから先きちんと神様を敬おうと心に決め、取り敢えず今回の件が片付いたら京都の八幡宮に行って大学受験にすんなり合格できるようお参りしようと思った。

 

「さて、私からは何も出来んが頑張りたまえよ君たち。何なら出発前に私の神社に寄って旅の無事でも祈っていくと良い」

 

 別れ際に大山さんがそう言った。

 なんでも彼の神社は僕たちが通う高校と同じ町内にあるらしい。僕の地元からは数駅先、伊藤の自宅からは徒歩でも行けるご近所だった。

 

 これには僕や伊藤よりも、環さんが驚いていた。まさかそんな近くに姉の豊女さんが暮らしていたとは思わなかったのだろう。

 「世間狭くない?そんなことってある?」と叫んだ環さんに対して、何故か「ごめんね」としおらしく謝った豊女さんが印象的だった。

 

 

 

 

 

 

「うぇいうぇいうぇーい! マジうちらの時代来たっしょコレ!」

 

 会談があった翌日、日曜日の昼過ぎのことである。

 僕の家を訪ねてきた豊女さんは、上機嫌などという言葉では収まらないほどに有頂天だった。謎に「ウェイ」だの「Foo」だのと言いながら、僕や環さんとハイタッチを交わしにくる。

 昨日叱られた反省の跡が全く見られない。お茶汲み係をしていた時の侍女のように慎ましい態度は何だったのかと言いたくなるような変貌ぶりであった。

 

「嬉しそうですね、豊女さん」

「そりゃそうでしょ! だって旅行よ旅行! めっちゃ楽しみー! たくさん温泉入って美味しい物いっぱい食べよー!」

「いや試練ですから。割と真面目に僕と環さんの人生かかっていますから」

「ふふふ。何事も楽しんでこその人生ですよ晴ぽん」

「晴ぽん……」

 

 調子に乗った豊女さんはこちらの言葉など気にも留めず、一週間を如何にして楽しむか考え始めている。この人が案内人で本当に大丈夫なのだろうか。

 

 僕たちがこれから登りに行く山、龍ヶ峰。

 どういう場所なのだろうと昨日からインターネットで調べてみてはいるのだが、それらしい山は日本全国のどこにも無かった。竜ヶ峰という場所なら検索に引っ掛かったけれど、環さん曰く()ではなく()らしい。

 

『儂も話にしか聞いたことが無いから詳しくは分からぬが、現世に存在する山ではないというぞ。生きたまま人の身で行き着くことは稀だそうじゃ。ましてや此度の晴人のように、意図して行く者など殆どおるまいて』

 

 昨晩、寝る前に環さんはそう言っていた。彼女はその後ぐっすりと眠ってしまったが、僕は不安で一睡も出来なかった。

 

 現実に存在しない山。一週間という長い期間。

 どこを取っても不安になる要素しかない。

 旅行旅行、と言ってはしゃいでいる豊女さんのテンションに着いていけないのも無理からぬことである。

 

「なに晴ぽん、死にそうな顔しちゃって。目の隈ひどいよ。アタシのファンデーション貸したげようか?」

 

 ファンデーションだけと言わず、持ってきた鞄から化粧道具一式を取り出す豊女さんの好意をやんわりと断る。

 本当にこれから登山をしに行くのか疑問である。山を舐めたら死ぬらしいが、この調子で大丈夫だろうか。ただただ不安が増していく。

 

「いやだって、どんな山かも分からないもんですから昨日は全然眠れませんでしたよ。豊女さんは行ったことがあるんですか。その龍ヶ峰って場所」

「うん。あるよー」

 

 豊女さんはお気楽な返事をして、宥めるように僕の肩をぽんぽんと叩いた。

 

「安心しなって。ちと手間取るけどちゃんと連れて行ってあげるから。荷物も私が作ってきたリスト見てもらえれば良いから…………」

 

 少し間を空けて「あー」と言葉を濁しながら僕の足元に視線を向ける豊女さん。

 僕の足元、と言うか周囲には雑多な物が散乱していた。

 

 

 四人用の丈夫なテント、三人分の寝袋、ソーラー充電機能付き電気ランタン、折り畳み式の椅子とテーブル、ガスバーナーとガスボンベ半ダース、コッヘル一式にサバイバルナイフとまな板、インスタント食品を含めた約十日分の携帯食料、飲料水10ℓ、チョコレートなどの嵩張らず高カロリーなお菓子、丈夫な20mのロープ三束とカラビナ多数、携帯式シャベルと片手用のピッケルに…………。

 

 六畳間の自室を埋め尽くすアウトドア用品の山。

 全て父に頼んで貸してもらったものだ。食料などの消耗品は今日の内に僕の小遣いで買い込んでおいた。おかげで財布はすっからかんである。

 

 旅は何が起こるか分からない。備えあれば憂いなし。家の本棚で埃を被っていたサバイバルブックにも一通り目を通しておいた。ちなみに携帯食のチョイスは環さん監修のもと行ったので彼女の嗜好によるものが多い。

 

 この用意周到さには豊女さんも感動して言葉を失ってしまったと見える。

 案内役に全てを押し付けず、言われずとも登山に必要な物は揃えた。こういった準備一つとっても手を抜かない部分を是非とも評価していただきたい。どうでしょう、僕は真剣です。

 

 いや、しかし彼女の顔はどうも感動している感じではない。むしろ呆れてやしないか。

 

 何がいけなかったのだろう。

 少し考えて、遭難することを見越して食料と水をさらに増やすべきかと思い至る。そのことを環さんに耳打ちして相談すると、彼女もどうやら僕と同意見だったようだ。

 

「晴人、これっぽっちの飯では遭難した時に餓死してしまうぞ」

「レトルトのご飯とカレーでも追加しますか」

「儂はポークカレーが良い」

 

 ひそひそと話し合って、更にリスクを見越した食糧追加の方針を固める。そのことを豊女さんに伝えようとしたが、口を開いたのは彼女が先だった。

 

 僕と環さんでかき集めた数十キログラムに及ぶ荷物を見渡して、豊女さんは大変言いづらそうに口を開いた。

 

「取り敢えず、これ片付けよっか」

 

 

 

 

 

 

 

 泣く泣く用意した登山グッズを父に返納した僕と環さんは、豊女さんに言われた通りに日帰り旅行程度の荷造りをした。非常に残念だったが、あんな大荷物をいったいどうやって持ち運ぶつもりだったのか自分でもとんと分からない。登山の装備を減らすことは危険だが、あれはあれで無謀だった。

 

 豊女さんから言い渡された日程としては、今日は準備に専念。出発は明日の朝方で、一度大山さんの神社に寄ってお参りをしておこうとのこと。龍ヶ峰に辿り着くためにはどうしても運の要素が絡み、早ければ三日と待たずに行けて、遅くとも目安として言い渡されている一週間以内には見つかるであろうと言われた。

 山を見つける、とはどうも変な言い回しだが、そこは非現実側の世界のこと。豊女さんの案内に従う他にない。

 

 他の準備としては学校への連絡ぐらいで、これはインフルエンザということにして両親から学校側へ既に連絡済みだ。一週間の欠席は病欠にしても些か長過ぎるが、どうにか誤魔化してくれるとのことだった。

 

 やはりと言うべきか、僕の両親は今回のことに協力的だった。

 学校を休んで何処にあるかも分からない山に登り、神の集会に参加する。常識的な人生からは大いに逸脱したその道を、父も母もなんら迷うことなく応援すると言ってくれた。電話越しで姉にも話したが「環ちゃんを離すなよベイべー」とのことだった。

 

 僕は少しでも反対されるかもと思って身構えていた自分を恥じた。僕だけではなく皆にとって、環さんは既に紛れもない家族の一員になっていたのだ。

 環さんの実母である玉藻さんの意見と言えど、みすみす他所へ盗られてなるものか。それはもはや我が家の総意であった。

 そうしたやり取りが行われたのが昨日の晩飯時だった。環さんは涙ぐみ、父に勧められるがままに芋焼酎を飲んで酔っ払っていた。

 

 

「環ちゃんさ、昨日帰った後、外に出てみた?」

 

 あらかた準備が終わってお茶を淹れて一息ついたところで、豊女さんがそう言った。家に置いていくことになった登山用のお菓子をリスのように頬張っていた環さんは咄嗟に答えることが出来ず、代わりに首を横に振った。

 

 そう言えば色々あり過ぎて僕もすっかり忘れていたが、玉藻さんから去り際に渡されたお札があった。なんでも環さんの霊狐としての制約を一時的に外してくれるとかなんとか。

 

 信仰を捧げたり信者候補を募ったりと、外出も含めた環さんの自由な生活を目標に据えて今までやってきたわけだが、いざそれを解決する便利アイテムをぽんと手渡されてもあまり実感が湧かない。

 土地に縛られる霊狐の制約がいかに絶対的なものかは僕も知るところである。葉書の半分ほどの面積しかない紙切れ一つで環さんを外に連れ出せるようになるとは、にわかには信じ難かった。

 

「試しにさ、ちょっと出てみようよ」

 

 

 

 僕たち三人は外へ出た。

 豊女さんが最初に玄関扉を押し開け、次に続いて僕が、最後に恐る恐るといった様子で環さんが家から出て来る。

 

 以前、移動販売の焼き芋を買おうと慌ててトラックを追いかけようとした時、環さんは我が家の敷地から出ることが出来なかった。神社でもそうだったように、見えない壁に弾かれるのだ。

 

 環さんの懐にはお札がしまってある。それに祈るようにして胸に手を当てながら環さんは一歩を踏み出す。家の方から此方側へ。公共の道路に足を着ける。

 

 何にも弾かれない。空気は空気としてそこにあり、環さんを阻むものは存在しなかった。

 いとも簡単に、彼女の外出は叶った。

 

「出れましたね……」

「じゃなぁ……」

 

 言い様のない気持ちだった。

 これが試練を成すための一時的な措置だと分かっているので、特に感動は無い。むしろ呆気なさすぎることに虚しいような気持ちになる。今までの苦労はなんだったのか。いやしかしここは素直に喜ぶべきなのだろうか。

 

 感情を処理しきれず、お互いに意味のない言葉しか紡げないでいる僕たちに向かって「なにボケっとしてんの」と豊女さんは笑った。

 

「どーしたの。百年ぶりに下界で自由に動けるのがそんなに嬉しかった?」

 

 環さんはふるふると首を横に振った。よく見れば彼女の頬は少し赤く、口元が緩んでいる。いつも元気いっぱいで溌剌とした感情表現をする環さんにしては珍しい、静かで穏やかな反応。

 

「いや、百年ぶりだからと言うか、その、ようやく晴人と出掛けられるのが……」

 

 もじもじとしながら話す環さんに、豊女さんが抱き着いた。

 

「環ちゃん可愛いー!」

「わっ、と、豊姉様?」

「いやー我が妹ながら今のは可愛い過ぎんよー。食べることばっかり考えてた環ちゃんにもようやく春が来たんだねえ。うふふ、アツアツですねえ」

「は、はあ!? アツアツではない!」

 

 豊女さんに背後から被さる形で抱きしめられた環さんはもう顔を真っ赤にして取り乱す。「うりうりうり」と頬をつつかれて狼狽えるばかり。

 いつも僕に対してやっているような絡み方を自分がされて困っている環さんを眺めるのは新鮮である。未だに初心なので、攻めることは出来ても攻められるのには滅法弱い環さんだった。

 いや、もしかすると相手が姉の豊女さんだから上手く抵抗できないのかもしれないが。

 

 取り敢えず僕はスマホで姉妹のツーショット写真を撮った。

 さりげなくやったつもりだったが、カメラを向けられたことに目敏く気付いた豊女さんはすぐに環さんとのハグを強めてポーズまで決めてきた。

 撮り慣れているなあと僕は感心しつつ、金髪美人姉妹が映っている写真をパスワードで保護。バックアップとして己のパソコンに転送し、スマホのSDカードのメモリにも複製を作り、ついでに待ち受け画面にした。

 後になってそれに気付いた環さんが「消せ、消せ」と迫ってきてスマホ争奪戦へと発展したが、体格差を遺憾なく発揮して僕が勝利をおさめた。

 

 

 

 

 ひとしきり環さんをいじって楽しんだ豊女さんは、僕に先導を命じて駅前の商店街へと繰り出した。「どっか面白そうな所よろしく」と言われてもここは取り立てて見るべきものなど無い片田舎である。環さんよりも年上なのに現役ギャルでもある彼女をどんな場所に連れて行けば喜ぶのか僕では想像もつかなかった。

 

 悩んだ末に、ひとまず松葉屋にでも行きますかと言ったら豊女さんではなく環さんが喰い付いた。松葉屋は商店街にある肉屋で、環さんの好物のメンチカツを売っている。

 環さんはついさっき僕との仲を揶揄われて不機嫌になっていたのが嘘だったかのように舞い上がり、どこに松葉屋があるかも知らないくせに僕の前に立ち率先してずんずんと歩調を早めた。あまりに興奮したためか変化の術で隠している狐耳が出かかっており、僕はそっと彼女の頭に手を置いてそれを押さえた。

 

「環さん、そんなに急がなくても店は逃げませんよ」

「いや分からん。寸でのところで売り切れてしまったらどうする」

「まだ昼だから大丈夫ですって。それに松葉屋なら欲しい総菜が売り切れていても注文すれば新しく揚げてくれますから」

「え、うそ。神ではないか」

 

 ついに神という単語を形容詞的に使い始めた環さん。彼女にぐいぐいと引っ張られるままに僕も早足で歩く。

 豊女さんはちゃんと着いてきているだろうかと思ってふと後ろを振り向くと、とても優しげな柔らかい笑顔を浮かべて僕たちのことを見つめていた。僕の視線に気付くとニマニマとした悪戯っぽい笑顔に変えて「おかまいなく」と言うように手をひらひらと振ってくる。出会って二日とは言え色々と会話はしたのに、未だ何を考えているのかよく分からない人だ。

 

 美人であり金髪でもある彼女たちに挟まれていると嫌でも目立つもので、僕たち一行はすれ違う人々から視線を集めている。肩身が狭くて歩き辛いが、僕以外の二人は気にした様子もない。豊女さんは普段から慣れているのだろうし、環さんはキョロキョロと忙しなく松葉屋の看板を探しており通行人に気を向ける余裕など無さそうだった。

 

「あった! あれあれ!」

 

 霊狐の優れた視力を駆使して、常連の僕よりも早く松葉屋の存在を目視した環さんが駆け出した。慌てて追いかけると、環さんは松葉屋の前で呆然と立っていた。感激のあまり言葉すら出ないようで、今にも跪きそうなその様はまるで聖地に辿り着いた殉教者だった。

 

「メンチカツが、たくさん並んでおる……」

 

 見えない力で吸い寄せられるようにショーウィンドウの方へ。変てこな客に松葉屋のおばちゃんは目を丸くしていたが、常連客である僕に気付くと何か察したのか「ああ、その子が」と納得したようだった。理解が早いのは助かるが、したり顔は止めてほしい。

 

「女将よ」

 

 僕が注文するよりも早く、放心状態から抜け出した環さんが言った。おばさんは突然の女将呼びにも動じず「はいいらっしゃい何が欲しいのお嬢ちゃん」とニコニコ。

 

「このメンチカツ全部おくれ!」

「三つ、三つで良いです」

 

 

 

 店の前にあるベンチに並んで座りおやつ代わりのメンチカツを食した僕たちは町歩きを再開した。他と代わり映えのしない町並みのどこが面白いのか、豊女さんと環さんの二人は夢中になってあちこちを見て回っている。

 環さんは全てが物珍しいようで、目につく店へ片っ端から立ち寄る。右へ左へふらふらと彷徨うので着いていくのも一苦労である。一方で電気屋にあったゲーミングパソコンの前から頑として動こうとせず、逆立ちしても買えないからと彼女を引き剥がすのには骨が折れた。

 

 豊女さんはずっとスマホで写真を撮っており、特に環さんとのツーショットをしきりに撮りたがった。最初は恥ずかしがって拒否していた環さんだが次第に慣れてきたらしく、豊女さんに駄菓子屋で棒付きぐるぐるキャンディーを買ってもらってからは大人しく撮られている。

 そして豊女さんは撮ったそばからSNSに投稿していた。彼女に促されるままアカウントをフォローして見てみれば、環さんと一緒にメンチカツを食べている写真が既に多くの好評を得ている。両親と姉と伊藤しか繋がりのない僕とは比べるべくも無いフォロワー数。流石、伊達にギャルをやっていない。

 

 そんな彼女たちに振り回されつつも商店街を歩いていく。ゲームセンターの前を通ると、強烈な音と光に興味を示した環さんが「あれはなんじゃ」と言いながら僕の答えなど待たずに吸い込まれるように店へと入っていく。

 

「環ちゃん本当に楽しそうだね」

 

 豊女さんが僕の横に立って言った。

 

「確かにいつもよりテンション高いかも。町の全部が初めて見る物だから目移りしちゃうんでしょうね」

「ううん。晴人君がいるからだよ」

 

 言われた意味が分からず首を捻る。豊女さんは店の入り口にある両替機で千円札を崩しながら話を続けた。

 

「はしゃいでる環ちゃんなんて久しぶりに見るよ、アタシは。まあそもそも百年は会ってなかったんだけどさ。それでも仲悪くしてた時期も長かったし、あんなに楽しそうに笑う子なんだってようやく思い出した」

 

 お姉ちゃんなのにね、アタシ。

 そう言って喜びと悲しみを一緒くたにしたような顔で豊女さんは笑う。

 

「あの子が今幸せそうにしてるのは晴人君のおかげだよ。本当ならずっと昔にアタシが環ちゃんにしてあげなきゃいけなかったことを、君がしてくれている」

「いえ、僕だって特別なことは何も……ただ一緒にいるだけって言うか」

「それが一番大事なんだって」

 

 機械が吐き出した十枚の百円玉の内、半分を僕にくれた。手渡す際、豊女さんの手がそっと僕の手を包み、励ますように優しく握ってきた。

 

「だから晴人君ならきっと山頂にも登れる。アタシはただの案内人だけど、応援してるからね」

 

 突然のスキンシップに緊張してまともな返事が出来なくなってしまった僕に豊女さんは悪戯っぽく微笑んで、クレーンゲームコーナーに齧り付いている環さんの方へと歩いて行った。

 

「やばい晴人! はよ来い! 神これのぬいぐるみが仰山入っとるぞここ!」

 

 豊女さんの言葉の意味を解せぬまま、僕は遅れて彼女たちに合流した。狐姉妹は巨大なぬいぐるみを取ろうとしてキャーキャー言っている。

 

 構いまくる豊女さんに対して最初はよそよそしかった環さんも次第に素の表情を見せるようになってきている。今では肩を寄せ合って一緒にゲームをしているのだから、喧嘩別れして長い間疎遠だったと言っても元々仲の良い姉妹なのだと分かる。

 

 環さんが楽しそうにしているのは、僕が側にいるおかげだと豊女さんは言った。

 しかしそれはきっと、豊女さんに対しても言えることだ。環さんが姉である豊女さんとのお出かけを喜ばないわけがない。いつにも増してはしゃいでいるように見えると言うのなら、それは豊女さんが一緒であるからだ。環さん検定一級を自負する僕はそう確信する。

 今度また機会があれば、豊女さんにそれとなく伝えてみよう。

 

 衆目を集める二人の隣に立ち、僕もクレーンゲームに挑戦する。豊女さんに励ましてもらったおかげか、試練に対する不安はすっかり忘れて二人との時間を楽しむことが出来た。

 

 そうして僕たちは夕方までひとしきりゲームセンターで遊んで、最後に駅向こうにある新興の住宅地を見て回ってから帰路に着いた。環さんたちが住んでいた神社の跡地にある家は何の変哲もない二階建ての一軒家で、表札などを見るにまだ入居者はいないようだった。

 環さんも豊女さんも既に割り切っているらしく「変わっちゃったね」「ねー」などというだけで特に感慨に浸ることもなかった。僕は少しだけ寂しく思ったが、今ここに環さんが居ることの方が重要だと考えて気持ちの整理をつけた。

 

 夏の暑さも和らいできた秋の空には、夕焼けに染まったうろこ雲が薄く広がっている。電車で帰る豊女さんと駅のホームで別れて、僕と環さんは家路に向かった。

 今日の商店巡りのことや豊女さんのことを話しながらゆったりと歩く。

 昔の堅物だった頃の豊女さんについて嬉々として語る環さんは、ゲームセンターで店員さんからのお情けによって頂いた巨大ぬいぐるみを両手に抱えていた。

 

 

 




一応この話で三人のお出掛けの様子を書くことは出来たんですが、後の展開をどうするか悩んでいます。
旅行の様子はサラッと流して終盤に向けてさっさと話の本筋を進めていくべきか、ちょっと寄り道でほのぼの旅行パートを入れるべきか判断がつきません。需要がある方で書いていきたいのでアンケートにご協力いただけますか。

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