廃れた神社の狐娘   作:ふーてんもどき

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二話・狐娘の環さん

 

 

 

「まったく呆れたものじゃ。女子(おなご)のことばかり考えよってからに」

 

 寂れた神社にて、狐のコスプレをした金髪美少女にお説教を受けている。何を言っているのか分からないと思うが僕も分からない。何かのご褒美なのだろうか。

 

 とりあえず社の縁側に上がれと言われ、正座させられてから随分と経つ。足の感覚はとっくになくなっていた。

 

 厳格な教師のごとく僕をお叱りになる彼女は何者なのか。僕は従順に「はい、はい」と答えながらも、ちらちらと相手を観察する。

 

 狐の耳や尻尾、それに和服と、外国人でも滅多に見ない透き通るような金色の髪。普通の少女と呼ぶには色々と難しいものがある。そんな子が片田舎の廃墟じみた神社にいるのだから、いよいよ怪しい。

 

「ここ最近、熱心に祈っておる(わらべ)がおるなあ、感心じゃなあ、などと思っていたのに……いざ耳を傾けてみれば来る日も来る日も『彼女ほしー、彼女ほしー』と呪いのように唱えおって」

「面目次第もありません」

「うむ。反省しているようで何より」

 

 僕が平伏すると、少女は満足そうに「うむうむ」と頷く。年不相応なほど偉そうなのに、それが何故か堂に入っている。少女相手に貫禄負けした僕は、疑問を差し挟む余地もなく敬語で話す。そして少女は少女で、敬語を使われることに何の違和感も感じていないらしく、それがさも当然であるかのように振る舞う。素晴らしい演技力だ。今すぐにでも芸能事務所の門戸を叩き、子役の道を邁進すべきだろう。

 

 しかし、そうやってただのコスプレ少女だと断定しようにもできない点が、彼女にはいくつかある。

 

 まず第一に、狐の耳と尻尾だ。現実的に考えればただのアクセサリーである。それ以外はあり得ない。あり得てはならないのだが、ただの付け耳が僕の声に反応してピクピクと動く。風もないのに時たま尻尾が揺れる。

 いや、それだけなら僕も馬鹿な想像をせずに済んだだろう。機械が内蔵されていて、モーターなどによって動いていると見るべきである。やや強引な解釈だけど無くはない。

 

 

 しかしだ。彼女はどういうわけか、僕の願い事の内容を知っている。

 

 

 放心状態から抜け出し、少し冷静になったところでこの事実に思い当たり、僕は愕然とした。誓って言える。この百日間、一度も自分の願い事を口に出したことなど無いと。

 

 それはなにも神社で祈る時だけではなく、親や友人に対してさえ漏らしていない。僕が神社に毎日通い詰めているという事だけを知る周囲の人間は「ついにイカれてしまったか」と実に失礼な憐憫を向けてきたが、それだけである。つまり僕が恋愛祈願のためにこの神社に御百度参りしていたことなど誰も知らないのだ。

 

「そもそもお主には節操がない。よいか。女子はな、男のそうした面も注意深く見ている。であるからして」

 

 なのに、この少女はまるでこっちの心を透かして見たかのように、僕の願い事の内容をお小言に乗せてペラペラと喋る。初めて出会った赤の他人に己の内情が筒抜けというのは末恐ろしいものがある。白昼夢でも見ている気分だ。ひょっとして本当にイカれてしまったのかと自分の頭が心配になるが、今はそんなことよりも優先して解明すべきことがあった。

 

「あの、すみません」

「なんじゃ」

 

 僕が恐る恐る挙手をすると、少女はお説教を中断してこちらの話に耳を傾ける。文字通り、ぴくりと狐耳が傾く。

 

 僕は今、高揚とも不安ともつかない感情の波に揉まれていた。少女コスプレ説を否定した場合、新たに一つの仮説が立てられるが、それは到底信じられるものではない。だが信じなければ説明がつかない。

 

「なんで僕の願い事を知っているんですか。それに、ずっとここに通っていたことも」

 

 僕の切実な疑問に、少女はあっけらかんと答えた。

 

「そりゃあ儂はこの神社の狐だからのう。ずっとここに住んどるし、参拝客の心を読むくらい容易いことよ」

「き、狐…………」

 

 僕が唖然として半ば無意識に呟くと、少女は「そうとも!」と高らかに言い、腰に手を当てて胸を張った。

 

「儂こそは古来より稲荷大明神に側仕え、この神社の守護を任される誉れ高き霊狐なり! 偉大なる母より賜りし我が名は(たまき)! 力無き人間よ、畏れ慄き崇め奉るがよい!」

 

 バアァーンッ!

 

 という効果音が飛び出てきそうな強烈な自己紹介。まるであらかじめ原稿を用意し練習していたかのようにハキハキとした口調だった。

 

 自分の正体を惜しげもなく明かした少女、もとい環さんは「むふん」と誇らしげに息を弾ませる。頰が紅潮しているのは興奮のためか。今の台詞を言いたくて仕方がなかったのだろうと思われる。尊大な名乗りを挙げたわりに、そういった仕草のせいでより子供っぽく見えた。

 

 彼女は自分を狐だと言う。稲荷大明神に仕えていると言う。古来から神社にいるらしいが、それはどれくらい昔のことなのか。

 

 などと思考を巡らせながら、彼我の温度差に付いていけなかった僕の頭に、ふと新たな疑問が浮かんだ。環さんは人の心が読めると言った。しかしさっきから僕が考えているのは、彼女を敬うどころか子供扱いするようなことばかりである。もしも本当に環さんが僕の心を読んでいるのだとしたら不機嫌になってもおかしくは無いのに、なぜ怒り出さないのか。

 

「じゃあ今も僕の考えていることが分かったりするので?」

 

 そう聞くと、環さんは首を横に振った。

 

「さとり妖怪でもあるまいし、それは出来んよ。儂に許された力はあくまで、参拝に来た人々の願いを知るためのものじゃからの…………あ、もしや今、失礼なことを考えていたのではあるまいな?」

 

 環さんがジロリとこちらを睨む。僕は背中に冷や汗が伝うのを感じながら「滅相もない」と必死に否定した。心眼恐るべし。本当に心を読まれていないのだろうかと不安になる。

 

「まあ良いわ。しかし驚いたぞ。今の時代、こんな神社に御百度参りをするような若者がおるとはな。阿呆な願い事はさて置き、信心深いのは良いことじゃ」

 

 環さんはさりげなく僕をアホ呼ばわりしつつも「感心感心」と嬉しそうにしている。さっきまでのお説教も何処へやら、気合の入った自己紹介といい、彼女はえらく上機嫌のようだった。

 

「いやあ、信心深いとか、そういうわけでは」

「御百度参りしとっただろうが。なのに神仏を信じておらぬと言うのか」

「まあ見たこともないので……」

「じゃあ儂のことは?」

 

 環さんが自分を指さして聞いてくる。信じるか信じないかで言えば、まだ天秤はどちらにも傾かない。彼女の話は鵜呑みにしようにもあまりに現実離れしている。

 

 最終確認をする必要がある。僕は決意を固めて言った。

 

「やっぱり、まだ信じられません」

「むぅ」

 

 環さんは困ったように顔をしかめたが、こちらの心情を察してか寛容に頷いた。

 

「まあ仕方あるまいか。我らが人間に姿を見せるのは、あまり無いことだからな。で、どうしたら信じられる?」

「畏れながら、環さんの耳を触らせていただきたく」

「は?」

「あ、尻尾でもいいんです。むしろそっちの方が良いかな。付け根あたりを触らせてもらえれば」

「えっ……」

 

 僕が言葉を紡ぐごとに、環さんの顔が青くなっていく。一体どうしたのだろう。あれだけ堂々としていたのに腰が引けているし、肩もわずかに震えている。まるで怯える子犬のようでとても可愛い。間違えた。急な変化に僕も戸惑ってしまう。

 

「まさか、ここまでの変態だったとは」

 

 今度は僕が青ざめる番だった。もの凄くひどい勘違いを受けている気がする。気のせいだと思いたい。

 

「初めて会った女に敏感なところを触らせろとか……怖っ……」

「いや、いやいや、違いますって」

「しかも尻まで撫でたいと……!」

「尻尾です、尻尾!」

 

 気のせいではなかった。環さんは性犯罪者を見るような目を向けてくる。弁明すべく僕が前のめりになると、彼女は「ひい」と言って後ずさる。なんだろう、すごく落ち込む。これが冤罪か。

 

「僕の目を見てください。これが変態の目に見えますか」

「うん」

 

 即答である。彼女は涙目、僕も涙目。この場の誰も幸せではない。

 僕は両手を上げて無害をアピールしつつ、懸命に弁解を試みる。

 

「百日も僕の心を読んでいたというのなら分かるでしょう。僕は無実だ」

「だから変態と言うとるんじゃ。よくもまあそんなことを宣える。女の胸を揉みたいだの尻を撫でたいだのと、破廉恥なことばかり考えておったくせに」

「そ、そこまで思ってない!」

「いーや。お主の深層心理はそう言うとった!」

「深層心理!? 僕はそんなプライベートなところまで覗かれていたのか!?」

 

 プライバシーの侵害だ。人権を脅かされている。憲法第十三条に著しく抵触していることは明らかだ。僕は法的措置に踏み切りたい衝動に駆られたが、しかし目の前の存在はたぶん法なんかに縛られはしない。敗色は濃厚であった。

 環さんは「はい論破!」とでも言わんばかりに僕を見据えている。自分ですら知らない心理の奥深くを晒された僕は、それ以上まともに言い返すこともできず、ただ項垂れた。

 

「し、仕方ないじゃないか……男なんだし……高校生だろ……」

 

 出会って間もない少女に変態のレッテルを貼られてしまった。最悪だ。死んでしまいたい。ああ、来世はあるのだろうか。生まれ変わるなら頭脳明晰な高身長イケメンになってモテまくりたい。

 

 そうやってしくしくと落ち込んでいると、環さんが僕にそっと近寄った。どうしたのかと思って顔を上げると、彼女は膝を曲げて僕と目線を合わせる。漆塗りのような環さんの黒い瞳には、諦念とも憐憫ともつかない光が宿っていた。

 

「その、悪かった。さすがに言い過ぎた。お主が稀代の奥手であることを忘れておった。尻尾は駄目だが……耳くらいなら、よいぞ」

 

 環さんがそう言って顔を下に向け、頭を差し出してくる。僕の目の前にはぴょこんと飛び出た二つの狐耳。見るだけでもその手触りの良さが感じられるような、魅惑的な光景だった。

 

「いいんですか?」

「ちょっとだけじゃぞ。ちょっと確認のために触るのを許すだけじゃ。揉んだりつねったりしてはいかん」

「は、はい……」

 

 言われるままに、環さんの頭に手を伸ばす。まるで壊れ物を扱うかのようにそっと狐耳に触れてみれば、ふわふわとした毛の感触のなかに、ほんのりとした温かみがある気がした。

 

「んっ」

 

 そこから下へなぞっていくと、くすぐったいのか耳がぴくぴくと震える。絹糸のような黄金色の髪を指でかき分けて付け根あたりを触ってみる。狐耳はしっかりと地肌から滑らかに続いており、つまり彼女の体の一部に違いなかった。

 

「んん……あ……」

 

 注意深く意識を向けてみれば、指先にわずかな血の巡りが感じられる。不思議だ。こんなことが現実にあるだなんて。

 とても、不思議な手触りだ。猫や犬を撫でたりしたことはあるけど、こんな手触りは初めてだった。指の間をさらさらとした涼風が抜けていくような感触の中に、人肌の温もりがある。いつまでも撫でていたくなる。これは素晴らしいものだ。

 

「ちょ、そろそろ……」

 

 やばい、超気持ちいい。最高だ。

 

「お、おい、もういいじゃろ。聞いとんのか、おい」

 

 このままわしゃわしゃと撫でくり回したい。そうしてもいいだろうか。いいよね。たぶん大丈夫な雰囲気だ。

 

「止めんかコラァ!」

「げふうっ」

 

 アッパーカットが僕の顎に炸裂した。少女の力ながら、見事な捻りの加わったパンチだった。彼女の拒絶が明確に伝わる。

 

「この無礼者めが! ちょっとだけだって言ったのに!」

「すみません……」

「たわけ! たわけ!」

 

 環さんは両手で狐耳を押さえながら飛び退いた。頰は上気して目が若干潤んでいる。斯して僕の信用は再び地に落ちた。環さんの存在を信じるための行為だったはずなのに、どうしてこうなった。

 僕はペコペコと頭を下げつつも、理性を失わせるほどの魔性の触り心地に慄いた。すごかった。もう一回触りたい。

 

 ひとしきり「たわけ!」と叫んだ環さんは、土下座しっぱなしの僕を見てふうっと大きく息をついた。どうやら何とか気を鎮めてくれたらしい。

 

「本当にお主はどうしようもない…………で、どうじゃった」

「はい。とても素晴らしい触り心地でした」

「そっちじゃない!」

「あ、ああ……はい。環さんは紛れもなく本物です。信じます」

「よろしい」

 

 僕がそう答えると、環さんはどっかりと胡座をかき頬杖をついた。憮然とした様子だが、まだ少し顔が赤い。

 

「話を進めようか。お主は御百度参り、もとい百日詣を成した。これは現代人にしては非常に珍しいことじゃ」

「ありがとうございます」

「うむ。そこで神の御使である儂が、その方の願いを叶えて進ぜよう」

「ははあー…………って、え?」

 

 あまりに予想外の言葉に、僕は呆けて間抜けな声を出した。そんな僕の姿を見て環さんは面白そうに笑う。

 

「今、なんと……」

「だからお主の願いを叶えてやると言ったのじゃ。そのために儂は姿を現したのだからな」

 

 つまりそれは僕の苦行が実を結ぶということであり、さらに言うと彼女が出来るということだ。しかも願い事の内容は理想の美少女と運命的な出会いを果たすというものであり、それが叶ったあかつきには僕は…………。

 

「僕は最強のリア充になれるということか!」

「り、リア……なに?」

 

 環さんが首を傾げる。世俗に疎いようで、リア充という言葉も知らないらしい。

 

「簡単に言うと恋人がいる人のことです」

「ふうん。今の時分はそういう風に言うのか」

 

 納得したと言うように「りあ充、リア充」と神妙に頷く環さん。

 

「昔、ここな場所は山村であったが、実り豊かな豊穣の山じゃった。それも我ら稲荷に連なる者が居ればこそ。中秋の名月にはこの神社に米俵を積んで祭りを行い、その太鼓の音は山向こうにも聞こえたものよ。良縁を結ぶべく、他所の娘っ子がよく嫁ぎにも来た」

 

 環さんがつらつらと並べる言葉を聞き、僕はその如何にも豊かな里の様子を思い描いた。神社の威光に導かれてやって来るのは薄紅を差した白無垢の別嬪さん。伏して三つ指をつく清楚な佇まいはまさしく僕の理想と呼ぶべき女性像であり、興奮するな吝かではない。

 だが、環さんは「しかしなあ」と言って顔を曇らせた。

 

「ぬか喜びさせてしまって申し訳ないが、儂にそういった願いをぱっぱと叶えてやれるような力は無いんじゃよなあ、これが」

「ええ!?」

「見ての通り、この神社にかつての神格は無い。信仰を失ってずいぶんと久しく、儂の力もすっかり衰えて一介の狐に成り下がってしまった。出来ることなら、お主をリア充とやらにしてやりたいのだが」

 

 天国から地獄とはこのことか。気分はまさに蜘蛛の糸を断ち切られたカンダタのごとし。

 しかし環さんがこの神社に仕える狐であるというのは、もはや疑いようの無い事実だ。ここで望みを捨て去ってなるものか、と僕は食い下がる。

 

「ど、どうにかならないんですか。環さんがいるなら、神様とかだっているんでしょ?」

「うーん、それなんじゃがなあ」

 

 環さんは実に言いにくそうに口をもごもごとさせた。

 

「神は、おらん」

「へ?」

「もうおらんのじゃ。この神社に、神は」

 

 僕は今度こそ絶句した。神がいない、なんて普通は考えるまでもなく当たり前のことだが今は事情が違う。環さんの存在を信じるなら必然、神もいるべきではないか。環さん自身も稲荷大明神に仕えているなどと言っていたのに、居ないとはどういうわけだろう。

 

「昔はもちろんおったのだが。しばらく前に天界に帰ってしもうた」

「それはまた何故?」

「拗ねて、しまっての。誰も信仰してくれんからって…………」

「ええ…………」

 

 構ってちゃんか。思った以上に俗っぽい理由に聞いたことを若干後悔する。環さんも気まずそうな顔をして、しゅんと耳を垂れている。

 

 話を聞くに、遥か昔、神社に信仰が集まっていた時代はまだ神も健在で、環さんの他にもう一人(もしくは一匹)狐がいたらしい。しかし今はもう誰からも見向きもされず、神も従者である狐の片割れも天界という場所に帰ってしまい、環さんただ一人が残ったのだという。

 

 ちなみに稲荷というのは一柱の神を指すのではなく、豊穣や商売繁盛などを司る神々に対して用いる総称であるらしい。この神社に居たのは、そんな八百万の神の一柱というわけだ。

 

 あれ、そうなるとここに縁結びを願いまくった僕はどうなるんだろう。ひょっとして凄くお門違いな願い事をしていたのではないか。

 ふとそんな疑問が浮かんだが、環さんは特に何も言わないのでこちらも余計なことは言うまいと気付かなかったことにする。正直、その辺りを追及されたら恥ずかしい。

 

「だ、だが安心せい! 儂とて神に従属する霊狐じゃ。我が主人に代わり、お主の願いを叶えるため尽力しよう!」

 

 僕が「お祈りする神社を間違えたかもしれない」と悩んでいたのを、願いが叶わず絶望していると思ったのか、環さんはこちらを元気付けるように胸をドンと叩いてみせる。耳を触らせてくれた事といい、ひょっとしたら凄く良い子なのかもしれない。

 

「でも尽力って、どのように?」

「これでも伊達に長生きしておらん。まず初めに問うが、お主に意中の相手はいるのか?」

「え、いや、うーん」

 

 聞かれて、僕は返答に悩んだ。そう言われても特定の誰かと付き合いたくて神社に通っていたわけではないし、身近にいる女性を思い浮かべてみても、今は特に誰が好きというわけでもない。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、中学生の頃の想い人の顔がその痛ましい玉砕事件と共に脳裏を過ったが、僕は努めてそれを忘却の彼方に追いやった。

 

「特にはいないです」

 

 僕がそう答えると、環さんは神妙に頷く。

 

「そうか……なるほど……では、お主にありがたき啓示を賜わす。しかと聞くがよい」

 

 なんとも自信たっぷりである。まさか一つの質問だけで、僕の運命や可能性なんかを見通したのだろうか。曲がりなりにも神の使いだ。力が衰えたとは言え、その全てが失われたわけでもないのだろう。彼女が今まさに告げるであろう輝かしい未来へと導く御言葉に期待が膨らみ、思わず背筋が伸びる。

 居住まいを正した僕に、環さんは大真面目な顔でお告げを述べた。

 

「お主はまず好きな女子を見つけることから始めよ」

「えっ」

「然るのちにその相手と親密な関係を築くが良い。焦ってはならぬが、自分から積極的に声をかけることが肝要じゃな」

「えっ」

「そして逢瀬を重ね、仲が深まったところで思いの丈を、どどどーん!っと伝えるのじゃ。これで完璧。間違いなし!」

 

 この狐娘は何を言っているのだろう。今のどこにそんな「儂、良いこと言った」みたいな顔で胸を張れる部分があったと言うのか。

 彼女の啓示というのはつまり…………。

 

「それではただの正攻法ではないですか!」

 

 僕はありったけの声で叫んだ。確信を持って言える。これに関しては僕の方に理があると。

 しかし環さんもよほど自分の作戦(笑)に自信があったのか負けじと言い返してきた。

 

「な、なにが問題じゃ! 恋ってそういうもんじゃろうが!」

「それが出来れば誰も御百度参りなんかしませんよ! 伊達に長生きしていないとかやたら自信満々だったのに、どこがありがたいんですか今の啓示!」

「なんじゃと、この……へたれ! へたれ!」

 

 僕らはひとしきり騒いだ後、どちらもゼーゼーと息を切らした。こんなしょうもないことにエネルギーを使ったことが悔やまれる。

 

「環さん、僕に正攻法は、無理です」

「ぬう。頑固じゃのう」

「神のお力でどうにかならないものですか」

「だから無理だと言っておろう。今の儂に出来ることは変化が精々といったところなのじゃから」

 

 僕らは揃って困り果てた。僕は神通力とかそういうので縁結びをして欲しいが、環さんにその力は無い。現状は手詰まりと言っていい。

 

 いや、ここで諦めるわけにはいかない。僕は理想の青春を手に入れるのだ。そのために御百度参りを達成したのだ。この百日間が水泡に帰すことだけは避けなくてはならない。

 

 環さんも環さんで「霊狐の誇りにかけて成さねばならん大仕事じゃ」と言う。僕のことを節操がないとか言ったわりには非常に協力的だ。人の願い事を聞き届けることが神の御使いとしての本分なのかもしれない。誇りにかけて、という言葉は嘘ではないと思う。

 

 それから僕たちは如何にして願いを成就させるか議論した。

 傍から見れば、人気のない神社で冴えない風貌の男子高校生と和服を着たコスプレ少女が、如何にして女を口説くか話し合っているという絵面になる。考えるだけで恐ろしい光景だ。通報されておまわりさんに連行されても仕方ない気がする。もちろん捕まるのは僕だけだろう。

 

 それはもう夢中になって話し込んだ。不思議なほどに話題が湧き出てきて、喉が乾いて仕方なくなるほどに環さんと言葉を交わした。話すうちに作戦は飛躍して、国民的アイドルをメロメロにさせて添い遂げるところまで行ったが、華族のごとき神前式を挙げる段になって二人ともはたと我に帰り「前提として無理があった」という結論を出した。

 そこから理想が高すぎたんじゃないかということになり、基準を下げて、僕のスペックなどの現実面を考慮し、また基準を下げる。そうして理想はどんどん磨り減っていき、やがて議題は「理想とは何ぞや」という終わりなき概念追及に突入し、僕らは無闇に疲弊した。

 

 僕は言った。

 

「なんだか自信がなくなってきました」

 

 環さんは言った。

 

「儂も」

 

 全く実りのない会話によって、時間はあっという間に空費されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 四方からアブラ蝉の鳴く声が響いている。すでに日が傾いているようで、来た時と比べて境内はだいぶん暗くなってきている。話し込んでいるうちに、気付けばもうそんなに時間が経っていたらしい。

 

 僕はひとまず帰ることにした。今日は色々と疲れた。帰ってゆっくりと頭の中を整理したかった。

 

「環さん、僕はそろそろ帰ろうかと」

「む、そうか。もう夕時か」

 

 環さんはそう言って西空を仰いだ。夕陽の茜色が、さわさわと風に揺れる木々の間から漏れている。やわらかな風が木立を抜けて境内にも吹き、環さんの髪を靡かせた。

 

 その瞬間、僕の目には、彼女の横顔がどことなく寂しげに見えた。

 空ではなく、それよりももっと遠くを見つめるように環さんの目が細まっていた。心なしか唇がきゅっと結ばれているようだった。

 

「そうだ。お主の名を聞いていなかったな。なんと申す」

 

 しかしそれも一瞬のことで、僕の方に向き直った環さんは、さっきまで話していた時と同じような調子で言う。

 

「晴人です。稲里晴人(いなさとはると)

 

 僕が答えると、環さんはニッと笑った。心底嬉しそうな笑顔だった。空を見上げた瞬間のあの表情は僕の見間違いだったのかと思うほどに。

 

「晴人か、良い名じゃ。苗字も豊かな風情があって良い。いなり、とも読めるのう」

「ああ、本当だ。そうですね」

 

 名前を褒められたのは初めてのことで、僕はむず痒くなって曖昧な返事をした。環さんはそんな僕を見ながら名残惜しむように微笑んだ。

 

「また来るといい。儂には縁結びの力などないが、お主の願いを叶えてやりたい気持ちに嘘はない。これからはいくらでも相談に乗ろう」

「ありがとうございます」

「では、またな。晴人」

「はい。また来ます」

 

 別れの挨拶を交わし、僕は立ち上がろうとする。

 

 なんとも不思議な時間だった。環さんとはたくさん話したのに、未だに夢を見ているような気分だ。

 

 これから先、僕はどうなるのだろう。この出会いをきっかけに何かが変わっていくのだろうか。降って沸いた非日常。そこから始まる青春活劇を思うと血潮が滾るようだった。

 心臓がどきどきと脈打って、居ても立ってもいられない気持ちになってくる。

 

 

 

「……」

「……」

 

 居ても立っても、いられない気持ちになる。

 

「……え、行かんの?」

 

 立とうとしない僕に、環さんが言った。

 僕は正座したまま答えた。

 

「足が痺れてしまったみたいで……」

 

 夏の生温い風とともに、気まずい沈黙が二人の間に流れた。

 

 

 

 

 

 

 

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