「ほら、ここが重水との境目。酸素が多いところよ」
あれから数分、司令室に集まった面々はモニター越しに使徒の出方を窺っていた。
リツコが言う通り、実験室の下に流し込まれていた重水の方には使徒が侵入する様子は無さそうだ。
「好みがはっきりしてますね」
その様子にマヤは好き嫌いの激しい子供を思い浮かべた。
「無菌状態を維持する為にオゾンを流し込んでいた所までは汚染は進んでいません」
「つまり、酸素に弱いって事?」
「らしいわね」
早速実験室内へ酸素を供給する事にした。室内の駅へと次々に酸素を送り込む。
「オゾン注入、濃度上昇していきます」
「お、効いてる効いてる」
青葉が汚染区域を見やると、段々と汚染されていた部分が気泡を潰す様に減っているのが分かる。
「いけるか?」
冬月も予想外に早く終わりそうで、胸を撫で下ろしながら呟いた。
「0Aと0Bはそろそろ回復しそうです」
「パイプ周り、正常値に戻りました」
「やはり中心部は強いですね、ここだけまだ残っています」
「よし、オゾンをもっと増やせ」
しかし、今度は先程までの勢いは無く次第に回復速度は遅くなっていってしまった。
「変ね……」
「あれ?増えてるぞ」
「変です!発熱が高まってます!」
「汚染区域、さらに拡大中!」
モニターに映された使徒のハニカムは次第に増殖し、遂には重水付近の酸素濃度が高い方へも汚染を始めてきた。
「ダメです、まるで効果がありません」
「今度はオゾンをどんどん吸っていきます!」
「オゾン止めて!」
別のモニターに映された使徒の信号には、先程とは別の様子があらわれた。
「凄い……、進化してるんだわ」
酸素を食い、即座に環境へと適応してみせた使徒。思わず称賛の声が出てしまう。
すると信号が突如乱れ、アラートが鳴り始めた。
「どうしたの⁉︎」
「サブコンピューターがハッキングを受けています!侵入者不明!」
「こんな時に……!Cモードで対応!」
「防壁低下、擬似エントリー展開!」
「擬似エントリー回避されました!」
「逆探知まで後16秒、防壁展開!」
「防壁突破されました!」
「こりゃ人間技じゃ無いぞ……」
思わず日向は愚痴をこぼした。
「逆探知に成功!場所は……B棟の地下、実験室です!」
B棟の地下実験室、つまりハッキングの犯人は使徒ということになる。
使徒への監視カメラに目をやると段々とその模様が変わっていくのが目に取れる。
「光っている模様は電子回路だ、こりゃコンピューターそのものだ!」
「擬似エントリー展開!……失敗、妨害されました!」
「メインケーブルを切断」
モニターに写った使徒を睨みつけながら、ミサトは指示を飛ばす。
「ダメです!命令を受け付けません!」
「レーザー打ち込んで!」
「ATフィールド発生!効果なし!」
ミサトは顔を曇らせた。
「保安部のメインバンクにアクセスしています、パスワード操作中。……12桁、16桁。Dワードクリア!」
様々な回数を試行し続け、パスワードを次々と強引に当てていく使徒。
「保安部のメインバンクに侵入されました!」
その報告に冬月は目を見開いた。背筋を冷や汗が伝わる。
「メインバンクを読んでいます!解除出来ません!」
「奴の目的は何だ……」
「メインパスを探っています。このコードは……やばい!」
青葉は声を張り上げ、司令室全体へと伝わる様に使徒の目的を伝える。
「MAGIに侵入するつもりです!」
その報告に一同は思わず手が止まる。NERVのメインコンピューターであるMAGI。それを乗っ取られるという事は……
「I/Oシステムをダウンしろ」
碇指令から直接指示が下る。考えるよりもまずは食い止めることが先だ。日向と青葉は机から鍵を取り出し、デスク下の装置へと差し込んだ。
「カウントどうぞ!」
「3!2!1!」
2人同時に鍵を回すと、確かに感触はあったものの未だ状況に変化は無い。
「電源が切れません!」
「使徒、メルキオールへの接触を始めました!」
次々と、正常状態を表していた緑が山火事の様に消えていく。
「使徒、MAGIへ接触します!メルキオールがリプログラミングを受けました!」
『人工知能メルキオールにより、自律自爆が提訴されました』
MAGIからの報告にミサト達は目を見開いた。
『否決』
すぐにそれは却下されるも、使徒は更なる手を繰り出してきた。
「バルタザールがメルキオールにハッキングを受けています!」
提訴画面に映るバルタザールは次第にハッキングの影響を受け、隅からカビが生える様に赤色に染まっていく。
「なんて計算速度だ!」
必死に妨害プログラムを打ち込むものの、MAGIの一つが敵に回った今、その計算速度は人間では到底届かない程にまで進化していた。リツコは額に汗を浮かべながら何か策は無いかと脳内を走り回る。
「ロジックモード変更!シンクロコードを15秒単位にして!」
「「了解!」」
言われた通り、青葉と日向がMAGIに対して操作を行うとアラートは次第に弱まり、それと同じくしてハッキングも緩やかになっていった。
「どのくらい持ちそうだ?」
一息落ち着いた冬月が訪ねる。
「今までのスピードから考えて、ざっと二時間くらいは」
あまり余裕は無い。一刻も早くMAGIを取り返さなければここは塵と化すだろう。
「MAGIが敵に回るとはな……」
予想していたのかそうで無いのか、碇ゲンドウはいつもと変わらず落ち着いていた。
あれから数十分後面々は分析室に集まり、使徒がどうやってハッキングを仕掛けたのか、リツコの口から説明を聞いていた。
「彼らはいわゆるナノマシン。細菌サイズの使徒と考えられます」
回収された模擬体の侵食を受けた部位を写したスクリーンショットが出される。
「それらが群れをなして集まり、知能回路を形成した事でこの短時間に爆発的な進化を促したのです」
「進化か……」
「彼らは常に自分自身を変化させ、いついかなる時でも生きる為の道を模索し続けています」
「まさに、生命の生きる為のシステムそのものだな」
生物は道を探す。いつぞやの映画にそんな言葉があった。
「使徒が進化を続けるなら、私にいい考えがあります」
リツコは少し得意げに言い放った。
「進化の促進かね」
「はい」
「進化の先にあるもの、それは自滅。死そのものだ」
ゲンドウは鼻筋を揉みながら重い口を開いて言う。
「でもどうやって?」
「相手がコンピューターなら、わざとカスパーに繋ぎこちらから自滅促進プログラムを送る事が出来ます、が」
「同時に、使徒への防壁を解除することに繋がります」
マヤが付け加えたそれは、中々重い代償であった。肉を切らせて骨を断つという言葉そのものだ。
「カスパーを堕とされるとされるか、こちらが堕とすかだな」
「で、そのプログラム間に合うんでしょうね。カスパーがやられたら終わりなのよ」
別に実力を疑っているわけではないが、極めて危険な策だ。ミサトが心配するのも無理はない。何より、頼りの一つでもあるカミーユもここには居ないのだ。
「約束は守るわ」
少し逡巡した後、リツコは言い切った。
ーーーーー
司令室中央の床。ネジを取り一部分を剥がすと、レバーが中にあるのが分かる。それをカチッと動かしてやると、なんとミサトやリツコがいつも立っていた場所が上昇し、埋められていた超巨大コンピュータが姿を表した。
再度ネジでコンピュータ内部へ入る為のハッチを開けると、目の前にはおびただしいほどのメモが貼り付けられていた。
「開発者のいたずら書きね……」
人の脳を模した様に隅々まできっちり詰められたパイプと、それに貼り付けられた殴り書きの数々。
「凄い!これMAGIの裏コードですよ!」
その一つを手に取り、目を通したマヤが興奮しながら言った。
「さしずめ、MAGIの裏技大特集ってところね」
書いてある内容はイマイチよく分からないがミサトはマヤのはしゃぎ具合を見てこの殴り書きは役に立ちそうだと感じた。
(……碇のバカヤローって書いてあるのは気のせいよね、多分)
ミサトは見なかったことにした。
「レンチ取って?」
床に置いておいた工具一式の中から充分な重さのレンチを見つけ、リツコに手渡す。
「大学の頃を思い出すわね」
特に出来ることも無いのでこうやってリツコに言われるがまま工具を手渡すやり取りは、何も初めてではなかった。大学の頃は、よくわからないジャンク品を漁ってはこれまたよく分からない機械を作るのが当たり前の日々だった。
10徹した末に粒子加速機を作って時間逆行を引き起こそうなどと言われた日にはすぐさま仮眠室にこの金髪をぶち込んだのも良い思い出である。
「25番のキーボード」
25と白いシールが貼られたキーボードを手渡す。受け取ると、リツコはすぐさまタイピングに移った。
(ビーちゃんとどっちが速いのかしら)
そんなことを考えていると、さっきの実験中には聞けなかったことが頭をよぎった。
「ねぇ少しは教えてよマギの事」
「長い話よ。そのわりに面白くない話」
手元のボードを脇に置き、リツコはその面白くない話をする事にした。勿論作業の手は緩めない。
「人格移植OSって知ってる?」
「ええ、第七世代の有機コンピューターに個人の人格を移植して思考させるシステム。エヴァの操縦にも使われている技術よね」
「MAGIがその1号らしいわ。母さんが開発した技術なのよ」
「じゃあ、お母さんは自分の人格を移植したの⁉︎」
「そう」
肯定すると、手元の丸鋸を起動しCASPERと書かれたバスケットボールサイズのカプセルに向かってそれを慎重に当てる。奥深くに埋め込まれていたそれの一部分を正方形にカットすると、中を覗いてみると人工の脳が埋め込まれていた。人のモノとは違い、血が通っていなく、黄ばんでいる。
「言ってみればこれは、母さんの脳みそそのものなのよ」
「それでMAGIを守りたかったの?」
「違うと思うわ。母さんの事あまり好きじゃなかったから。科学者としての判断ね」
針に似た接続ケーブルをカスパーに刺す。ぐにゃりとした嫌な感触が伝わってくる。すると、狙い澄ましたかの様にアラートが司令室の方から聞こえてくる。バルタザールが完全に乗っ取られたのだ。
『人工知能により、自律自爆が決議されました』
「始まったの⁉︎」
ミサトがコンピューター外へ身を乗り出して確認すると、自爆の範囲が通達された後、起爆までのカウントダウンが発表された。マヤもプログラムの仕上げへと移るが、その時間なんと20秒。明らかに避難させる気はない。
「リツコ、急いで!」
「大丈夫。カスパーが乗っ取られるまで1秒近くも余裕がある」
「1秒って……!」
「0やマイナスじゃないのよ。賭ける価値はあるわ」
リツコは脇に置いておいたボードを操作し、焦る事なく最終段階へと移行する。
「マヤ?」
「行けます!」
3秒
2秒
1秒
「押して!」
マヤとリツコが同時にエンターキーを押すと、使徒はカウント0秒を告げる。
司令室一同はまるで時が止まったかの様に静まり返り、今か今かと待ち続ける。
『人工知能により、自律自爆は解除されました』
カスパーの一片が提訴画面中の赤を、押し返す様に染めていく。そして移るは否決の文字。
「いよっしゃあぁああ!」
上の方からその一声が聞こえると、ミサトはマヤと顔を見合わせ互いに頷きあう。
最大の功労者であるリツコはというと、全身汗だくになりながら硬いパイプの床へと突っ伏していた。
こうして正真正銘のヒトとシトとの決戦は、ヒトの勝利で一旦は終わったのだ。
ーーーーー
「もう歳かしらね。徹夜が体に応えてきたわ」
「また約束、守ってくれたわね。おつかれさん」
パイプ椅子へ気だるげに座ったリツコに対し、ミサトは労いのコーヒーを淹れてきた。
「ありがと」
そう言って、リツコは熱々のコーヒーを一口。乾いた喉に流し込む。喉の奥から、独特の良い香りが鼻を通り抜けるのが分かる。
「ミサトの入れてくれたコーヒーをこんなに美味いと思ったのは初めてだわ」
苦笑いが止まらない。
「死ぬ前の晩、母さんが言ってたわ。MAGIは三人の自分なんだって。科学者としての自分、母としての自分、女としての自分。その三人がせめぎあっているのがMAGIなのよ。人の持つジレンマをわざと残したのね」
黒い水の底に自分が写っている事を確認する。
「実は、プログラムを微妙に弄ってあるの。私は母親になれそうもないから、母としての母さんは分からないわ。だけど科学者としてのあの人は尊敬していた。でもね……女としては憎んでさえいたの」
また一口。
「今日はやけにお喋りじゃない」
「たまにはね」
MAGIを一瞥すると、リツコはまた黒い鏡を見つめる。
「カスパーにはね、女としてのパターンがインプットされていたの。最後まで女でいる事を守ったなんて、母さんらしいわ」
ぐいっとコーヒーを飲み干した後、リツコはパイプ椅子から腰を上げた。
ーーーーー
「何かまずい事が起きたんじゃないだろうな⁉︎司令部は何やってるんだ!」
「……」
「ちょっと!忘れてるんじゃないでしょうね!早く助けにきなさいよ!」
30分後、三人のチルドレンは無事回収された。しかし誰が回収に行くかで揉めたのはまた別の話である。
次回からOPが変わります。
また、アンケートを設置する事に決めました。Zとエヴァ、両方ともハッピーエンドとバッドエンドありますし。期限は今は設けないので自由に選んでくださいね。
エンディング
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バッドエンド
-
ビターエンド
-
ハッピーエンド