はんなり(?)少女と男子高校生の夏祭りの一幕。


「夏祭りに行きたいんやけど」

世間知らずのお嬢様(?)の頼みで夏祭りへと駆り出される男子高校生の物語。


※作者の他作品『「せつぶん」ってこうでしたっけ?』と舞台、キャラクターが一緒です。
「せつぶん」ってこうでしたっけ? ↓
https://syosetu.org/novel/264035/
※この作品はカクヨム、ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

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打ち上げ花火の音はうるさい

 平穏な生活は向こうからやってこないのに、どうして面倒事は全力ダッシュでやって来るのか。

 俺、紅秋(くれないあき)は常々そう思う。

 

 そいつはいつもの様に、昼休みにやってきた。

 

秋坊(あきぼう)。一緒に夏祭り行かへん?」

「……」

「なんなん、露骨に不服そうな顔して」

 

 目の前で可愛らしく頬を膨らませているのは、クラスメイトで腐れ縁の女、志紀三月(しきみつき)

 綺麗な黒髪を揺らしている様子は、傍から見れば美少女のそれだろう。

 しかし俺にとっては、嫌という程見慣れたトラブルメーカーのシルエットにしか見えなかった。

 

「今度は何に巻き込むつもりだ」

「嫌やわぁ。人をトラブルメーカーみたいに言いくさって」

「おおよそ事実だろ。過去を振り返ってみろ」

「ウチ過去はあまり振り返らない女やねん」

 

 頼むから過去から学んでくれ。

 この三月という女、実家はいいとこ(?)のお嬢様なのだが、どうにも一般常識に疎い所がある。

 俺は過去数多のイベントに強制参加させられて、その度に面倒な事に巻き込まれていった。

 ……まぁ、中には節分の時のような役得もあったが。

 それはともかく。今回は夏祭りへの参加要請ときた。

 

「で? なんで夏祭り?」

「今晩近くの神社でやるやろ。ウチ夏祭り行ったこと無いから、秋坊に色々教えてもらおうかと思って」

「いやいや。お前の実家はお祭りの常連だろ」

 

 屋台の元締め的な意味で。

 

「それがな、小さい頃から何回も行ってみたいって言い続けてたんやけど、家のもん達が『お嬢はダメです!』って言って聞かへんのよ。そんなに仕事姿見られたくないんかなぁ?」

「お前に一般常識が無さすぎるのが原因だと思うぞ」

 

 忘れもしない去年のクリスマス。

 目の前でイチャつくカップルに向けて、お弾き(隠語)やドス(隠語)を抜こうとしたのを、俺は忘れてないぞ。

 

「まぁそれはともかく。今年はお爺様の許可も取れたから、初めて夏祭りに行けるんよ」

「そうか、一人で楽しんでくれ」

「秋坊と一緒なのが条件」

「なんでさ」

 

 なんでコイツの実家はことある毎に、娘を俺に任せようとするんだ。

 俺の胃に何か恨みでもあるのか。

 

「というわけで秋坊。一緒に夏祭り行かへん?」

「やだよ一人で行け――」

「行こうや」

「だから」

「行くで」

「はい」

 

 ニコニコ笑顔にとてつもない凄みを込めて、三月がゴリ押してくる。

 どうも以前からこの笑顔には逆らえないのだ。情けない俺。

 

「ほな夜に鳥居前に集合な~。遅れそうやったら家のもん向かわせるからな~」

 

 サラッと恐ろしい事を言いつつ去って行く三月。

 こうなったら後には引けない。

 俺は大人しく腹をくくるのだった。

 

 

 

 

 そして夜。

 祭りらしく人混みの多い鳥居前で、俺は三月を待っていた。

 

「いいよな、みんな楽しそうで……俺はこの先のトラブルが怖くてしかたないよ」

 

 そんな意味のない愚痴を零すが、和気藹々とした喧騒にかき消されてしまう。

 夏の熱気も相まって、汗が凄い事になってきた矢先……

 

――つんつん――

 

 か細い何かが、俺の背中をつついてきた。

 

「お待たせ。秋坊」

 

 振り返るとそこには、いつもと雰囲気が異なる三月がいた。

 牡丹の柄が描かれた浴衣を着て、綺麗な黒髪は後ろで束ねている。

 ただそれだけ。ただそれだけなのに、何故か俺の心臓は微かに跳ね上がった。

 

「どう? 浴衣似合うとる?」

「えっと、まぁその、似合っているのではないでしょうか」

「もう、ハッキリせん答えやなぁ」

 

 可愛らしく頬を膨らませる三月。

 だが高校生男子に素直な答えを求めるというのは、酷ではないだろうか?

 

「ほら、はよ行くで」

「はいはい、お嬢――」

 

――ジャラリ――

 

 三月に手を引かれて神社に入ろうとした瞬間、嫌な音が聞こえてきた。

 聞き間違える筈がない。今までのトラブルで幾度となく登場してきたブツの音だ。

 

「……三月。ちょっと両腕を上げろ」

「こう?」

 

 丁の字に両腕を開いた三月を、俺は脇からガッと掴む。

 そのまま数回三月の身体を上下に振ると……

 

 ゴトッ、ゴトッ、ジャラララ。

 

 出るわ出るわ、お弾きに弾丸にドス。

 

「……三月?」

「えっと、これは……護身用にって女中が持たせてくれて……」

「没収だァッ! 没収!」

 

 これを見越して大きめのリュックで来てよかった。

 というか、あの小さな身体の中にどんだけ仕込んでたんだ。

 

「えー、アカンの?」

「逆に聞くけど、なんでアカンくないと思ったんだ」

「う~、薄々アカンかなとは思ってたんやけど……」

 

 少し俯く三月。

 

「女中の皆が、夏祭りは不審者が多いから言うて、心配して持たせてくれたから……」

 

 どうやら三月も上手く断れなかったらしい。

 優しい性格が仇となったようだ。

 

「まぁその、なんだ……いざとなったら、俺がなんとかするから」

「ふぇ?」

「護衛。一緒に行けってそういう意味なんだろ? できる範囲でなら、俺が守るから」

 

 柄でも無い事は言うものではない。顔が赤くなってしまう。

 手を差し出すけど、顔は見れない。

 

 一瞬の間ができる。

 すると三月は、コロコロと小さく笑い出した。

 

「やっぱり秋坊は優しいね」

「……うっせ」

 

 今顔が火照っているのは、きっと夏の熱気のせいだ。そう思い込みたい。

 目線をそらしていると、差し出した手の平に、小さな温もりが接触してきた。

 三月の手の平だ。

 

「ほな秋坊。今日はエスコートよろしゅうな」

「りょーかい。お嬢様」

 

 三月にとっては初めての夏祭り。

 乗り掛かった舟だ。精一杯楽しめるように、頑張ってやりますか。

 

 

 

 

「秋坊、秋坊! あれ何?」

「あぁ、あれは射的だな。銃で撃ち落とせば景品がもらえる」

「つまりお弾きやな。任せて! ウチお弾きは大得意や!」

「物騒すぎて笑いもでねーよ。あと俺のリュックを開けようとするな。景品を蜂の巣にする気か!」

 

 

「金魚すくい……ぜんぜん上手くいかへん」

「コツがあるんだよ。ホレ」

「むー、秋坊ばっかり……なぁ、もっと頑丈なポイないん? お爺様にも聞いてみたいんやけど」

「ヒィっ!?」

「取れないからって権力に走るなー!」

 

 

「なんなん、あの卑猥な名前の屋台……」

「は?」

「ほらアレやアレ」

「……三月、アレは逆から読むんだぞ」

「……フルーツポンチ?」

 

 

「秋坊、秋坊! あのチョコバナナっての――」

「ダメだ」

「買いたい――」

「オチが見えてるからダメだ」

「秋坊に黒くて太いの――」

「 ダ メ だ ! 」

 

 

 

 あっという間に、時は過ぎる。

 

「夏祭りって楽しいなぁ、秋坊」

「そーだな」

 

 少し疲れ気味の声で返してしまう。

 対する三月はというと、右手に金魚とりんご飴、左手に焼きそば、頭にはお面がついている。

 完全に夏祭りを満喫しきっているスタイルだ。

 

 普通、高校生の男女がこうやって並んでいたら初々しいカップルにでも見えるのだろうが。

 残念ながら、俺と三月じゃ身長差があり過ぎる。完全に兄妹のそれだ。

 

「ん? どうしたん?」

「いや、なんでも」

 

 きっとそれを口に出すと三月はまた不機嫌になるだろう。

 見えてる地雷を態々踏みに行く趣味はない。

 それに……兄妹のように見られるのは、俺も癪だから。

 

 ふと気がつくと、人が少し減っていた。

 音が割れ気味のスピーカーからは、花火の開始を告げる放送が流れてくる。

 

「秋坊、花火やって。花火」

「あぁ、もうそんな時間か」

「見にいこ、見にいこ」

 

 強引に腕を引かれて、俺達は人々が集まっているスポットへと移動した。

 

 いつもなら人気は無く開けている筈の場所。

 だけど花火がよく見える場所故か、今日は人の海になっている。

 

「うぅ~、人がいっぱいやわぁ」

「まぁ、お祭り時なんてそんなもんだ」

 

 人の多さが、喧騒の大きさに比例していく。

 こんな人混み、きっと三月は経験した事がないだろう。

 

「三月、大丈夫か?」

「ん?」

「その、人混み、慣れてないだろ」

 

 俺がそう言うと、三月はコロコロと笑い始めた。

 

「大丈夫やって。少しびっくりしたけど、心配せんでええよ」

「そっか。なら良かった」

「……ありがとうね、秋坊」

 

 ふと、俺の手を握る、三月の手に力がこもる。

 

「いつもウチの相手してくれて、ありがとう」

「なんだよ急に」

「ウチ、あんまり外の常識とか知らんと育ってきたから……今日も結構不安やったんよ。また失敗して、秋坊に迷惑かけるんとちゃうか~って」

「……」

「ごめんね秋坊。ウチ結局、今日も失敗してたやろ。また迷惑かけてしもて――」

 

――コツン――

 

 そこまで言いかけたところで、俺は三月のおでこに手刀を入れた。

 

「あうっ」

「そんなに気にすんな」

「けど」

「お前がトラブル持ってくるのくらい、いい加減慣れたってもんだよ。それにな……」

「それに?」

「逃げたいって思ってたら、俺はそもそも今ここにいない。今三月のわがままに付き合っているのは、俺自身の意思だ」

 

 それは本当。

 面倒事は嫌いだが、俺自身がコイツを拒否したい訳ではない。

 何と言うか、うっかりで暴走しがちな三月が放っておけないのだ。

 

「だからそんなに気にすんな。お前は自分のペースで学習していけばいいんだよ」

「秋坊……ありがとうね」

 

 ふわりと微笑んだ三月。

 不意に見てしまったその顔が可愛くて、俺は思わず目を逸らしてしまった。

 

――ヒュゥ~~~、バン! ババン!!!――

 

「あ、秋坊。花火始まったで」

 

 三月に言われて気がついた。

 やかましい破裂音が響いている。

 夜空を見上げると、黒の背景に光の花が咲き乱れていた。

 

 リズムよく咲いていく光の花たち、人々はこの光に目を奪われているだろう。

 ただ一人、俺を除いて。

 

 上空を見るふりをしながら、俺は無意識に三月の方をみていた。

 花火の光で照らし出された彼女の顔は無邪気で、とても綺麗だった。

 

「……俺の、意思なんだよ」

 

 最初は渋々といった感じで、三月のわがままに付き合っていた。

 何度か逃げ出そうかと思ったけど、どうしてもこの女の子を放っておけなかった。

 だから俺は渋々から、自分の意志て三月に付き合うようになって……

 

 あぁ、そうか。

 さっき癪に感じたのも、そういう事なんだ。

 

 知らぬ間に、三月と居るのが楽しくなっていて。

 この子が笑うところを見るのが好きになっていて。

 俺は……三月の事が……

 

「秋坊。花火見いへんの?」

「えっと、その」

 

――ヒュゥ~~~、ババババババン!!!――

 

 花火の破裂音が、耳に突き刺さる。

 

「ねぇ、秋坊――」

 

 優しく微笑んだ三月は口を動かし……

 

――ヒュゥ~~~――

 

「――――」

 

――バン! ババン!!!――

 

 何かを俺に告げた。

 

 何を言っているかは全くわからなかった。

 だけど今は、花火の音が言葉をかき消してくれる事だけは理解した。

 

「三月……俺――」

 

 だから俺は、少しの勇気を持って。

 

――ヒュゥ~~~――

 

「――――」

 

――バン! ババン!!!――

 

 と、言った。

 

 顔が赤く染まっている事が、自分でも分かる。

 三月の顔もまともに見れない。

 でもここで向き合わなきゃ男ではない。

 俺がゆっくり三月の方へと振り向くと……

 

「あっ……えと……」

 

 花火の光が照らし出してくれる。

 そこには目を大きく見開いて、顔を真っ赤にした三月がいた。

 長い付き合いだけど、初めて見る表情だった。

 

「えっと、三月?」

「……へん」

「へ?」

「ぜんぜん聞こえへんかった!」

 

 急に声を張り上げられて少しびっくりしてしまう。

 そうか、聞こえていなかったのか。

 良かったような、残念だったような。複雑な心境になる。

 

「秋坊、しゃがんで」

「え?」

「しゃがめ」

「はい」

 

 言われた通りにしゃがんで、三月と向き合う。

 すると三月は、俺の耳元に口を近づけてきた。

 

「今のセリフ、静かな場所で言うてね。でないとウチ、秋坊の声ちゃんと記憶できへんよ」

「あの、三月? もしかして聞こえてた?」

「なんのこと? ウチは秋坊の言い分をちゃーんと聞きたいだけやで」

 

 耳元から、三月の顔が離れる。

 やっぱりその顔は、赤く染まっているように見えた。

 

「だから次は、もっとかっこよう言うてね」

 

 それだけ言い残して、三月は再び上昇へと視線を向けた。

 花火の光と、大きな音が辺りを包み込む。

 

「……なんだよ」

 

 とってもうるさいと思っていた打ち上げ花火の音。

 でも今は、もう少しうるさくても良かったのに……。

 そう思わずにはいられない、夏の一ページだった。



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