殺人party編終了です。
「こんにちは、お爺さん」
とりあえず、10mほどまで接近したマーガレットは、兵衛に声を掛ける。
老体故に衰えから、接近にすら気付かない有り様のため、彼女からすれば特に苦もなく殺せる相手であろうが、彼女は楽しむ為にあえてそうしたのだ。
「君は確か、マーガレット君か……。紫さんは……いや、君がここにいるということはそういうことなのだな……」
そう言いつつ、兵衛が車椅子の肘掛けにそっと気取られないように手を掛けようとする様子が見えていたが、マーガレットはそのままにさせておいた。
「それは黒湖さんの担当。私はお爺さんを殺しに来たってことよ。あのパーティーもアトラクションの数々もとっても楽しかったわ……。中々、いい趣味をお持ちね」
兵衛が肘掛けのカバーを開き、スイッチが露出する。更にそれに指を掛けた。
「でもずっと殺意を向けられ続けて許すほど、私は心が広くはな――」
「黙れぇ! 犯罪者がぁ!!」
マーガレットの言葉を遮り、スイッチが押されると、車椅子の
「殺気の消し方も知らず、ずっと剥き出しのまま。何かしているのが妙な動きで直ぐわかるし、その動作も酷く緩慢で不器用。全て機械頼りで間接的にしか殺そうとしない。殺意ばっかり膨れて、他はカス同然」
その銃弾の雨をマーガレットは全てベクターで受けつつ、嘲笑うような言葉を並べる。
車椅子に4機も付いたガトリングタレットに入っている銃弾がそこまで多い筈もなく、直ぐに弾切れが訪れ、虚しくボタンを押すだけの兵衛が残った。
「くそッ!? くそッ!? 何故だッ!? 犯罪者ひとり――」
「不意打ちなら殺せると思った? ふふっ……確かに不意打ちでディクロニウスも殺せるけれど、欠伸が出るほどバレバレなのよ。あなた、殺し初心者ね? 金持ちの道楽以外の何物でもないわ」
マーガレットは嗤い声を漏らしつつ、兵衛に歩いて近付いていく。
「それどころか……多分、たったの一度も自分で人を殺したことないでしょあなた? そんな奴に端から私が殺せるわけないじゃない」
「当たり前だ! そもそも私は人を殺したことなどない! 事故死を演出――」
「ああ、そういうのいいから。殺すついでに、あなたの悪人殺しの
マーガレットは担いでいる茜を兵衛が最もよく見える位置に下ろし、更に彼に迫る。
二人をただ眺めている茜に、光明を見出だした兵衛は檄を飛ばす。
「茜! ソイツを殺せぇ! そのために今の今までお前を育てた上げたんだぁ!! その恩を忘れたかぁ!!」
「無理だよ……お爺ちゃん……」
しかし、茜はただ震えるばかりで決して動く事はなかった。
その一部始終を眺めたマーガレットは恍惚な表情を浮かべ、小さく感銘の溜め息を漏らす。
「無駄無駄。他者からの入れ知恵で殺人マシンに育て上げられた奴は獣と同じ。恐怖に折られたら使い物にならなくなるのよ? そんなの常識」
そして、マーガレットは遂に兵衛の目の前まで来た。とっくにベクターの射程圏内には入っていたであろうが、あえて彼女はそうしていた。
「あなた、"
「――な……に……?」
ディクロニウスの悪人の口からその言葉が飛び出すとは思わなかったのか、兵衛は酷く狼狽した様子を見せ、それを見たマーガレットは目を輝かせている。
「あは――そっかぁ、やっぱり彼女のお爺さんだったのねぇ……」
「だったら何だ!? 白亜の何を――」
マーガレットは兵衛にもたれ掛かるように身を乗り出すと、その耳元でそっと囁いた。
「私――彼女……ヤったわ」
「――――――」
その時の兵衛の呆けつつ、全ての感情を喪った顔は額縁に入れて飾って置きたいとすら、マーガレットは思ったが、自身だけの思い出に留めておく事にした。
「おのれ……おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれおのれェェェェ!!!? おまえがみさきをッ――ゆひこをッ――はくあをッ!? 私の全てを!?」
「さあ、どうかしら? でも白亜は……ああ見えて、とっても可愛く鳴いてくれたわぁ……。イっちゃうまで素敵だった……」
「ああ゛あああ゛ああ゛あ゛あ゛!!!?」
「ああ、そうそうそれはどうでもいいんだけど、もう一個言いたいことがあってね?」
その言葉の直後、マーガレットは兵衛をベクターで首を掴みつつやや絞めて車椅子から2m程の高さまで吊り上げた。
当然、兵衛に何か出来る訳もなく、宙でもがくばかりだが、それでもその枯れ枝のような四肢をマーガレットへと伸ばそうとしている。
(――?)
突如、見えない棘が刺さるような違和感を感じたため、マーガレットはベクターを1本展開し、兵衛の側頭部に添える。
次の瞬間、ライフル弾がベクターに飛び込んできたため、掌を閉じて受け止める。するとその場で動きを止めた銃弾が出来上がった。
(…………まあ、こんな場所にスナイパーがいる理由なんて、仕事を受けに来たか、仕事をしに来たかどっちかよねぇ……朽葉さん)
その軌道を見ると兵衛に対して向けられたものであり、この崖下の入江から先端の一部だけ見え、いつの間にか炎上しているパーティー会場だった城の方を眺めると、僅かな光の反射が見える。
スコープの反射によるものだろう。マーガレットはそれを朽葉がわざわざ見せて来た事に、恐らくは殺害対象のソイツを殺せばお前を殺してやると暗に言っているのをそれとなく感じた。
とは言え、当然ながら殺し屋の世界で殺害は早い者勝ちであるため、マーガレットが譲る道理はなく、この距離では朽葉がベクターを突破する事はまず不可能だと断言出来てしまえるため、悪足掻きも良いところである。
そもそも、狙撃は距離が離れれば離れる程に弾丸の威力が落ちるため、至近距離からの50口径ですら受け止めるマーガレットのベクターを突破するには、それこそ接射でようやくというレベルであろう。
(……
「――がっ――ぁ――殺――!?」
ベクターで兵衛を吊るしたまま、マーガレットは歩いて入江の陽の当たるところまで移動し、彼をなるべく高く掲げる。
それは単純に狙撃主にとって射ちやすいところに移動してやっただけであるが、すんなりと獲物を譲った事に朽葉の仏頂面が少しは驚いたであろう事を思い浮かべると、少し良い気分になった。
少々の間の後、スコープの輝きから、また朽葉が狙撃を行う動作に入った事を理解したマーガレットは、兵衛に最期の言葉を送る。
「復讐だの、国が可笑しいだの、悪人殺しだの、罪だの、平和だのそんなのはどうでもいいし、なーんにも重要じゃないわ」
マーガレットはにへらと笑みを浮かべると、溜め息を吐いて小馬鹿にするように肩を竦めた。
「私の経験上、ただひとつ確かなのは、人を殺すような奴は例外なくマトモには死ねないって事だけ。じゃ、さよなら」
「――――――――」
その直後、兵衛の頭部がライフル弾に貫かれた。
虚空を切る兵衛の腕は最期までマーガレットに伸ばされ、そのまま落ちることなく、伸ばされたまま事切れた。
その執念を犯人探しではなく、余りにも下らない道楽に使い潰した末路がこれであることをマーガレットは嗤い、最早不要となった亡骸を適当に放り捨て、興味を失ったそれに見向きすらしない。
しかし、何か思い出したように立ち止まると、兵衛の亡骸に首だけ向けた。
「……ああ、そうそう。もちろん、あなたに言ったのは白亜との性生活についてよ? あの娘、あんな清楚で凛とした顔してるけど、意外と性欲強くてとっても可愛いの」
(まあ、あの娘が本当に悟白亜本人だという確証はないし、どのみち私を送り込んだ時点で、白亜にとっては用済みだったんだろうから御愁傷様ねぇ)
"どうせ、このパーティーの企画も白亜の入れ知恵だろうし"等とも思いつつ、マーガレットは再び茜を担ぎ上げるために彼女の元に向かった。
「人……殺すと……お爺ちゃんみたいにマトモに死ねないの……?」
すると地べたに座り込んだ茜は震えつつ、そんな言葉をマーガレットに投げ掛けて来た。
「まあ、そうねぇ。私は良い死に方をした殺人鬼は見たこと無いわ」
「私……今までいっぱい殺して……」
(……まあ、殺人を犯すような生き方している時点で、マトモに死ねるわけないって意味なんだけど、別にどうでもいいか)
どうやら茜は本当に何も知らずに殺していたらしい。殺すことが正しいと教え込まれて育ったのだろう。
まあ、ディクロニウスなら珍しくもない話のため、心底どうでも良いと考えるマーガレットであったが、一点気になった事を聞く。
「あなた今、何歳かしら?」
「……"8歳"」
まあ、そんなものだろうとマーガレットは溜め息を吐く。ディクロニウスは人間よりも早熟する生物のため、人間で言うところの13~14歳程の外見ならば、概ねそれぐらいになるのだ。むしろ、若干高い実年齢とさえマーガレットは考えていた。
とは言え、これは使えるのではないかと思ったマーガレットは、茜に一際優しい口調かつしゃがんで目線を合わせて語り掛ける。
「あなた、別に自分の意思で殺したわけじゃないでしょう? そのお爺さんの罠のひとつとしてであって……ね」
「――――!?」
マーガレットは茜を抱き締める。彼女に対して恐怖を抱く茜は身を震わせるが、元々誰かに依存するように調整され、ついさっき拠り所を失った茜にとっては蜜のような猛毒だった。
「じゃあ、そのお爺さんがあなたの罪を全部被って死んでくれた。そう思いなさい」
「……え?」
「あなたはまだ誰も殺してはいない。またまだ、幾らでも取り返しは付くわ。今まで沢山傷付けてごめんなさい。けれどそれはあなたが悪い子だったからよ?」
「…………いい子なら叩かない?」
「ええ、もちろん! 私、自分に嘘は吐かないから大丈夫よ!」
他人に嘘は吐かないとは言っていないのがミソである。まあ、マーガレットの場合、確かに嘘は余り他者に吐かない。本当の事を言わないだけである。その上、彼女はそれを信条ともしているため、尚質が悪い。
茜から信頼を得ようと今度は、お姫様だっこで担ぎ上げたマーガレットは、ベクターで岩肌を掴み、人間では明らかに不可能な速度で崖を登り始める。
無論、夕飯までに茜を治癒する時間も含めて変えるためには、徒歩では間に合わないので、城に車を取りに戻るためであった。