私とエリーゼの日常は大体決まったスケジュール通りに行われるんだ。朝はちゃんと早く起きて、ちょっとだけ私の朝食の準備のお手伝いをしてくれる。未だ刃物は早いから皮むきとかはしていないんだけれど、一生懸命お皿を並べる姿を見ていると愛くるしさに胸が締め付けられるよ。そしてご飯が終わったらお昼まで思いっきり遊んであげて、オーガや女悪魔やドラゴンがお世話をしてくれている間に魔王としての仕事を進め、一緒にお昼寝したり将来の為にお勉強したりさ。
……私は普通の親みたいに長い間一緒に居てあげられない。今のこの子は五歳だけれど、勇者が旅立つ十年ちょっと後迄が親で居られるタイムリミット。だから、その分思いっきり愛してあげよう。母親が子供の内に居なくなるのは悲しいよね? でも、それが君の為、世界の為なんだ。何も説明しない私を許せとは言わないけれど、私の君への愛は本物だよ、エリーゼ。
そんな風に未練を残しながらもお別れする決意は持っていた。私達の指名の途中で多くの人が大切な誰かを失うから、自分だけ失いたくないって思っちゃ駄目だ。寧ろこんなに愛しく思える存在を作れた事にさえ感謝していたんだ。
「ママ、あのね。エリーゼはママが大好き」
「私だってエリーゼが大好きー!」
何時も何時もこうやって娘を抱き締める。柔らかい感触も体温も全てが愛おしくて、この子が生きる世界の為に死ぬ事なんて平気さ。成長を見届けられず、悲しい思いをさせる事だけは全然平気じゃないし、その時には娘の記憶を改竄する事さえ考えたんだ。
「お前は馬鹿だな。あの子にとってもお前は愛する存在だぞ。二重の意味で母親を奪うなど許さぬ」
「本当によく考えないか。それはお前の逃げだ」
「あの子は強いから乗り越えられるよ。君がすべきなのはその時まで愛してあげる事だけだーよ」
オーガも女悪魔もドラゴンも怒って、私はハッと我に返ったよ。エリーゼに忘れられる事でお別れに向き合う事から逃げたかったんだって。私って本当に駄目な母親だよ。
まあ、気付いたなら今後直せば良い。余計な事を考えず、可愛い娘に精一杯の愛情を注ぐのも私の使命だ。
「陛下。聖剣に勇者に選ばれた子を連れて参りました」
そう、私は魔王としての運命を受け入れていた。でも、正直言ってこれは有り得ない。だって私を討伐する勇者がエリーゼだってっ!? つまり私はこの子に苦難を与え、最後は親殺しをさせるって事だ。幾ら何でもあんまりだ。
私が今後どれだけの人から大切な誰かを奪う事は分かっている。でもさ、本当に運命ってのは残酷だよ。
聖剣の光に導かれた騎士達によって王城へと招かれたエリーゼ。此処で本来なら親とは引き離されて勇者としての教育が始まるんだけれど、私は自分が犯すことになる罪も忘れて娘と一緒に過ごす事にした。魔王の洗脳でチョチョイのパッパさ。誰も私が同行する事に疑問を抱かない。
我が儘? 自分勝手? ああ、何とでも罵倒しろ。私は今後もこの子の側に居続けるぞ。
エリーゼ、君が私を討つその日まで、私は母親として愛情を注ぐって決めたんだ。……だから女神様、後少しの間で良いので私から娘を奪わないで欲しい。ちゃんと討たれるから、この子の為に世界の敵として死ぬから、だから……。
「その日まで私はエリーゼの母親でいたい。例え何があっても。離れ離れになって、私が母親だと娘に分かって貰えなくても、それで良いから。この愛だけは捨てたくないんだ」
それだけを女神様に祈る。例え私の祈りが届かなくても、そうせずにはいられなかった。
それからの日々は今までの時間を何倍にも早送りしたみたいだったよ。
「エリーゼ、剣はこうやって持つんだ。上手上手。じゃあ、ママに打ち込んでご覧」
「うん! てやー!」
「エリーゼ、魔法の練習だ。ほら、魔力を感じて」
「出来たー!」
「わお! エリーゼは天才だ! 私の愛しの娘は本当に凄いや」
エリーゼは才能が有ったのか伸びが凄い。困難にあらがえるように、苦難に立ち向かえるように私は愛しい娘に少し厳しい修行をつけるのに、この子は私と一緒にいられるのが楽しいって感じだ。
……私は何をやっているんだろう? 魔王としての洗脳の力を使ってまで娘の近くに居て、こうして可愛い娘が世界の為の生け贄だと思っていた勇者の使命を背負うのを止めようとはしていない。連れて逃げ出す? ああ、それが母親として一番取るべき手段なのかもね。でもさ、それは女神様の意志に逆らうって事で、世界を破滅に導くって事なんだ。
エリーゼに世界の生け贄を背負わせるか、世界を見捨てるか。その二つの選択肢で私は前者を選ぼうとしている。ああ、私は母親失格だね。
「ねぇ、エリーゼ。毎日大変じゃないかい? 辞めたくはない?」
朝の修行を終えてお昼休み、鬱陶しい教育係という王に都合の良い情報を教え込む係を洗脳で撒いて、二人でのんびりしていた時、娘を後ろから抱き締めながら私は問い掛ける。辞めたくても辞められないのにさ。
「ううん。私、ママを守りたいもん。魔王を倒せば守れるんだよね?」
「……ああ、そうさ。魔王を倒せば世界が救われる。私を危険な目に遭わせる奴も居なくなるさ」
可愛いなあ。愛しいなあ。ずっと一緒に居たいなあ。このまま大きくなるのを近くで見守って、時々喧嘩もして、色々母親として心配させられて、花嫁姿を見て泣いたりして、幸せに暮らすこの子を……。
「ママ、どうしたの? 元気出して」
「いや、何でもないさ。ちょっとエリーゼがお嫁に行ってお別れするのを想像してさ」
「やだ! ずっとママと一緒に居る!」
「そうだね。ずっと一緒だ。ママとエリーゼは何があってもずっと……」
泣きそうな顔を見られたくなくてギュッとエリーゼを抱き締める。もう少しだけ。後少しだけ一緒に……。
「……来たか。ふふふ、立派になっているんだろうなぁ」
エリーゼが勇者に選ばれてから早十五年程、私は玉座で愛しの我が子が自分を殺しに来たという報告を受けていた。
あの子が旅立つ予定の日の一年前、私は自らの死を偽装してその後は魔王に専念している。母親が殺されたなんて深い悲しみを与え、ずっと一緒だって約束を破ってしまったのは悪いけれど、勇者としての成長に伴ってあの子の記憶や認識を操作するのが難しくなって来たんだ。
勇者が世界を救えなければ待っているのは世界の崩壊。あの子はもっとも愛しい存在だけれど、私にとって世界も愛しい。だから私が魔王だって知られる訳には行かなかった。もう少しだけでも母親として一緒に居てあげたかったけれど、それがエリーゼに母親を殺したって罪の意識を背負わす事に繋がるのなら耐えてみせよう。もう直ぐ死ぬ事が決まっている私の気持ちより、これからも生き続けるあの子の気持ちが優先だ。
「魔王! 覚悟しなさい!」
そして遂に立派になったエリーゼが私の前に現れる。少し見ない間に大きくなってさ。子供の成長って早いんだな。あっ! 少し顔に怪我をしているけれど、残ったりしないかな?
久々に我が子に会えた嬉しさで泣きそうになるのを堪える。今の私はエリーゼの母親じゃなく、母親を殺した憎き魔族の王だ。それが勇者の姿を見て嬉し泣きなんてしちゃ駄目だよね。
此処まで頑張ったと誉めてあげたい。ギュッて抱き締めてあげたい。どんな旅を続けたのか一緒にご飯でも食べながら……。
「ふっ。此処まで一人で来た事は誉めてあげよう。いやいや、まさか大幹部達すら単独撃破してしまうとは驚きだけれど、私と比べれば前座ですらない。さあ! 世界の命運を懸けて戦おうじゃないか! ああ、その前に死に際に言い訳でもされたら不愉快だ。全力で向かって来い!」
「傷が癒えて行く? ……随分と侮っているけれど、それを後悔させてあげる」
ふふふ、ごめんごめん。エリーゼが頑張って強くなっているって知っているよ? でもね、お母さんとしては怪我をしている娘を放っておけないんだ。ああ、愛しい愛しい私のエリーゼ。今から君は私を討つけれど、死ぬまで君を……死んでも君をママは愛し続けるよ。
あー、でも仲間を連れずに此処まで来たのはちょっとお説教かな? 母親の恨みに心を支配されて、私を倒したら抜け殻じゃ困る。君には幸せになって貰わないと駄目なんだ。
そして始まった勇者と魔王の激闘。今までの勇者は仲間と共に魔王に挑んだのに、エリーゼはたった一人で此処までやって来て、凄く強くなって私と互角に戦っている。
ああ、怪我を恐れないのは良いけれど、顔に傷が残ったらいけないから無茶はしちゃ駄目だ!
おっと、そんな風に魔法を使ったら無駄に消耗しちゃう。
可愛い愛しい娘に殺される為の戦い。向こうは私に気が付いていないし、気が付かせる気は無いんだけれど、こうやって戦うのは悲しい反面嬉しいな。だってそうだろ? 最期の瞬間まで大切な我が子と過ごせるんだから。うん、エリーゼが勇者で良かったかも。
「……見事」
聖剣が私の胸を貫く。体が消えて行くのを感じた。これで光と闇の力の均衡が保たれて世界が救われるんだ。ああ、嬉しいな。死に際に見た顔がエリーゼの顔なんだから私は幸せだ。エリーゼ、君と出会えてママは嬉しかった。世界の為にしたくもない破壊をして最後に殺されるだけの人生が満たされたんだから。
エリーゼは私の懐に潜り込んで剣を突き刺していて、力を失った私は前に寄りかかる形になっている。それはまるでエリーゼを抱き締めているみたいで、顔が見えないのは残念だけれど笑って死ねそうだ。
「……これで世界は救われる。ママだって喜んでくれるよね。私やったよ。ママの願いを叶えたの。大変だったけれど、世界を救ったんだ」
薄れゆく意識の中、エリーゼが人間としての私に向けた言葉が届いた。うん、勿論さ。私の愛しい愛しい大切なエリーゼ。今までよく頑張った。可愛い君の成長を見守れないのだけが未練だけれど、ママは君が世界を救った事を誇りに思うよ。
「よく…やった……ね。これで世界は……」
魔王になんて誉められても嬉しく無いだろうけれど許して欲しい。じゃあ、これでお別れだ。エリーゼ、幸せになってね……。それだけが私の願いだからさ。
最期の瞬間、エリーゼが抱き締めてくれた気がしたけれど、きっと女神様がくれたご褒美の幻覚だろう。ああ、でも充分だ。私は最期の瞬間まで幸せだった……。
娘視点の 外 は気が向けば書く予定 まあ……気分次第で
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