一護は暗い水の底にいた。
懐かしい、退廃したビル群が水に沈んでいる光景を見るのはどれくらいぶりだろう?
最後に訪れたのはいつだったか…いや、そもそもどうやって、何のために訪れていただろうか。
まとまらない思考の果てに、微睡に落ちるかのようにゆっくりと意識を手放し始めた。
もう、いいじゃないか…
思考を手放した刹那、海面を照らす強烈な光に意識をもどす一護。
そうだ俺は、ユーハバッハにとられた力を取り戻して… 俺の虚に体を
「取り戻さねえと‼︎」
だがどうやって?
再び鮮烈な光を感じて上を見上げる一護。
これは霊圧じゃねえ、だけど知っている気がする。
水面すら焦がそうと橙色の炎が乱舞しているが不思議と恐怖心はなく、そこから感じるただ暖かい感覚がその炎の正体を明らかにしている。
「すまねえ、頼むぜ…沢田。」
場面はソウルソサエティに戻る。
完全虚化一護に相対するのは、その額に炎を灯す沢田綱吉だ。
見ようによってはいつもの斬魄刀を解放したツナの姿にしか見えないが、斬魄刀は先ほどから原型を留めたまま地面に突き刺さっている。
さらに
「なんだ、この沢田から感じる尋常ではない力は…?
それにこの炎、霊圧ではないのか?」
朽木ルキアは知らない、いや死神は知らない。
彼のファミリーであった者以外は。
その炎の名は、死ぬ気の炎。
一部の人間のみが知るその炎は、人体を駆け巡る波動が特殊な鉱石に触れた場合反応し生命エネルギーを糧として生成される。
達人が発する闘気やオーラと違い、万人に可視化されているがその理由は、それ自体が質量を持った超高密度のエネルギーであるからに他ならない。
そしてその究極系が存在する。
その名は死ぬ気の到達点。
全細胞が死を覚悟し純度の高い炎が全身に溢れた、死ぬ気を超えたその先に宿る真の炎。
ツナは中学生の際にこの境地に至ったことがある。
そして今再び、武器を不要とする、死ぬ気の境地へ至った。
「しかし十代目、なぜそのお姿に?
今の俺たちの体は霊視で構成されているので、その状態はもとより死ぬ気の炎すら灯せないはずでは?」
守護者の頭脳である隼人がおもわずと言った様子で問いかける。
隼人が今気にしているのは、炎を使う際のリスクだ。
しかしツナは、振り向いて少し笑うと一護の刀と己の炎を纏った拳をぶつけ合い始めた。
「心配すんな獄寺。
ちゃんとタネはあるし、あれが現状の最善だ。
ツナの右手を見てみろ、見慣れたもんがついてるはずだぞ。」
そう言われて守護者全員が戦闘中のツナの右手を見るとそこには
「ぼ、ボンゴレリング⁈」
その手には現世にあるはずのボンゴレファミリーの至宝、世界創生の一端を担ったボンゴレリングだった。
「ガワはな。
厳密にはボンゴレリングであってボンゴレリングではないもんなんだ。」
「リボーンさん、とおっしゃいますと?」
隼人の問いに、ニッとニヒルな笑みで返すリボーン。
「お前らにも見せた虹の欠魂を覚えてるな?
あれは、前にも言った通りお前らの遺灰とボックスアニマル、そこに含まれていたトゥリニセッテの欠片が琥珀状に結晶化したもんだったんだ。
そこで斬魄刀の始祖、0番隊の刀神二枚屋王悦に斬魄刀と欠魂をツナの死ぬ気の炎で溶かして鍛え直したんだ。
もちろん炎圧はボンゴレギアを目覚めさせた時よりももっと多かったけどな。
だがその結果、ツナの斬魄刀は進化を遂げた。
その進化の一端として、あのリングがあるんだ。
あのリングは、霊圧を死ぬ気の炎に変換できるんだ。
元々死ぬ気の炎とリングの関係性を考えればできてもおかしくないんだけどな、だがその恩恵を受けた結果、あいつは死ぬ気の到達点に至ったわけだ。
残念ながら生きている人間とは違ってあいつの体を構成する霊子が生存できるギリギリまでしか使えねえから実質は5分だけと見ていい。」
やはりあれほどの力はリスクを伴う、ツナを止めに行こうとする守護者たちの足元に土煙が舞う。
見るとリボーンが愛用の拳銃を構えており、銃口からは煙が上がっていた。
遅れて銃声が聞こえる、これが世界最強のヒットマン・リボーンの早撃ち。
そしてリボーンは底冷えするような殺気を込めて低い声を出す。
「勘違いすんじゃねえ。
5分ありゃツナはこの戦いにケリをつけられる。
てめーらがでしゃばって怪我でもしてみろ、それこそツナは集中力を欠いてあの状態を維持できなくなるぞ。
てめーらの中であの戦いについていけるとしてもヒバリだけだ。
なら黙って見てろ。」
厳しいが、確かに戦いの様子を見ていても今の自分たちではとても太刀打ちできないだろうということはわかっている。
だが、それでも忠誠を誓ったボスが戦っているのにただ見ているしかない自分たちにもどかしさを覚える守護者たち。
「今は見てろ。
いずれお前たちも手にする力の一端を、ボンゴレハートの力をな。」
「ボンゴレハート、ですか?
確かに今までとモノが違うので名前が変わるのはわかりますが、なぜハートなんです?」
「確かに、獄寺の言う通りだぜ小僧。
ハートってなんか心臓的な意味だろ?」
隼人に続き武も疑問の声を上げる。
新武器の名称がギアではなくハートとは、ツナのリスクの話も含めて名称にも不安を感じる。
まさか修羅開口のような人体と融合する武器なのか?
「確かにこれまではボンゴレリング、ボンゴレギアと姿に合わせて名前を変えてきたな。
今回のボンゴレハートってのは他でもねえツナの命名だ。
これまでは着脱可能な装備だったのに対して、今回はボンゴレの力とお前らの魂の写し身である斬魄刀の融合だ。
そこで自らの力で戦う、装備ではない己自身の新たな力という意味でそう名付けたみたいだな。
それに、ツナの感覚だと自身の霊圧を炎に変換して全身に回している感じが心臓が血液を全身に回す感覚と似てるのもあったんだろうな。
っと、言ってる間にカタがつくな。」
リボーンの言葉に戦っているツナの方に注視すると、ゴーラモスカを手刀で切り裂いた時のように。炎を纏った手刀で一護の面の角を叩き折っていた。
周囲からはあんなに簡単に…と声を漏らす者もいるほど圧巻の様子だった。
たまらず痛みに叫び声を上げるが、なおも敵意を抑えず斬魄刀を振りかぶってくる一護。
「まだ元には戻らないか。」
そうツナは呟くと刀をいなし、強烈なアッパーを一護に見舞う。
顎にクリーンヒットを喰らった一護は上空10メートルほどまで飛び上がったため、その威力を周囲にまざまざとみせつけたツナは、空中へ炎の逆噴射で飛び上がると、虚の面を鷲掴みにしその手に炎を燃え上がらせる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎」
そのまま流星の如く地面に叩きつけるように急降下しながら死ぬ気の炎の浄化を行う。
頼む副隊長、元に戻ってくれ‼︎
ツナの願いは叶い、虚と一護を引き剥がし地面に叩きつけるツナ。
そこで死ぬ気の炎は限界なのか消え、その場に跪くツナ。
「副隊長、黒崎副隊長‼︎」
よびかけるツナに答えるように微かにうめく一護。
よかった無事だ。
安堵するのも束の間。
「危ない十代目‼︎」
隼人の声で見ると小型のセロが自身の脇腹に打ち込まれていた。
「なっ、あいつまだ…」
見ると一護と分離したはずの虚がこちらに向けて手をかざしている。
もうツナに戦う余力は残っていない。
ボンゴレハート制作のためや、死ぬ気の到達点に至ったためツナの中の霊圧と炎は完全にガス欠状態でもはや歩くのも困難な状態だった。
他の死神やファミリーたちも満身創痍だ。
そして虚がもう一発、先ほどよりも大きめのセロを放つ。
あ、死んだ。
誰もが目を閉じた、が
ツナにダメージは入らなかった。
「ヨォ、世話かけたな沢田‼︎」
そこにはセロを片手で受け止める一護が立っていた。
いつもの、あの太陽のような笑顔で。
「久々に出てきてはしゃいでんじゃねぞ、斬月。
せっかくだからちょっと試し撃ちに付き合えよ。」
そういうと斬月に赤い血管状の線が浮かび上が理、黒い弓へと変貌する。
一護は、ダメージで動けないであろう虚に向かって霊糸の弦を引くと
「月牙、天穿」
螺旋状の黒い矢を放つ。
虚も満足したように両手を広げその弓を受け入れると、一気に体が崩れ灰になり風に舞うように一護の体に吸い込まれていった。
前にも言ったはずだぜ、王よ。
油断が見えたらその体をいつでもいただくってな。
一護の声に似たどこか歪な声がどこからか聞こえてきた。
だが一護は虚空を見上げてその声に応えるように言った。
「そっちこそ忘れてんのか、前にも言っただろ。
させねえ、ってな。」
そしてしゃがんでツナの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「俺は一人じゃねえ、仲間がいる。
そうだろ、沢田?
ありがとよ、俺を助けてくれて。」