【序章.一】チャンピオン陥落
かつてない盛り上がりと熱気を帯びたその年、歴史は動く。
○×△年、カントー・ジョウト地方は湧いた。長年王座を守り続けていたチャンピオンワタルが、その座から陥落。
この大ニュースはカントーだけではなく、世界中に飛び交った。
世界で一番ドラゴンを巧く扱い、神に上り詰めるとまで言われた男と、その彼が従える屈強なドラゴンポケモン達を倒したのは一体誰なのだろうか。世界はワタルを倒したその人間とポケモン達に関心を寄せる。
カントーやジョウトの事情に詳しくないが、ワタルならば知っているという世界の人間は、口々に言った。同じドラゴン使いの人間だろう? 四天王の一角が、才能を開花させチャンピオンに追いついたのだろう? どこかの名家出身のエリートトレーナーだろう? その内容は様々だったが、ワタルが負けるということはそれ相応の人間や有名人なのだろうという話になっていた。
間違っている、とは言えない。十数年もの間王座を守り抜いた男を破ったのは、確かにエリートトレーナーだ。マサラタウン出身、携帯獣学の権威オーキド=ユキナリの孫、グリーンである。その偉大な祖父の名に恥じぬ活躍は、世界を納得させた。オーキドが元々バトル競技者としても優秀なトレーナーだったことは、彼の自伝本で周知であった。その孫がとんでもない才能を秘めていてもおかしくはない。余すところなくそれを発揮出来る環境であったのは間違いなく、納得感のある話だった。だが、少しでも詳細を見ればその納得感は薄れていく。
グリーンはわずか十歳で旅を始め、”当時”世界最速でポケモン協会セキエイ本部公認ジムリーダーから認められ、バッジを八つ集めた。その後、年一回開かれるカントー・ジョウトポケモンリーグに参加することなく、セキエイ高原に所在を置く本部にて、四天王勝ち抜き戦を突破するという前代未聞の結果を叩き出す。チャンピオンへの挑戦権を得たグリーンは、そのままワタルを撃破。ポケモンリーグチャンピオンを戴冠した。
オーキドの孫とはいえこれがいかに異常な事態であるか、カントーの人間でなくともそれはよく分かる。
元々四天王というのは、年一回各地で開催されるポケモンリーグの上位四名を指した俗称だった。強さのイメージをそのまま協会の権威に繋げようとした上層部は、ある年の各地のポケモンリーグ上位四名を四天王として、明確な強さ、上下に関係なくジムリーダーよりも格上の存在として置いた。翌年以降は、前年度チャンピオンを認定殿堂入りトレーナーとして四天王よりさらに格上の存在として置き、リーグには参加させず、リーグ上位四名を四天王と呼ぶことになる。優勝者は前年度チャンピオンへの挑戦権を得て、決定戦を行う。
グリーンが生まれるよりも少し前の時代、カントーではキクコ、シバ、カンナが凌ぎを削っていた。四天王残り一枠は入れ替わり立ち替わり状態で、上位とは明らかな力の差があった。
その三名の中の誰かとワタルは毎年チャンピオン決定戦を戦い続け、そして、彼は君臨し続けた。
鬼神の如き強さ、一騎当千、竜の支配。ワタルはさんざん色々な言われ方をした後、最後に囁かれた二つ名は、”神に一番近い男”だった。そんな彼が十数年もの間王座を守り抜いた傍ら、カントー・ジョウトポケモンリーグの上位三名もまた長きに渡って固定され続ける。現四天王のメンバーである、キクコ、シバ、カンナの三名もまた、神に仕える神官のように、その地位を守り続けた。順位に多少の変動はあれど、四天王上位三名は固定され、残りの一名が常に変動を続ける。
ポケモン協会セキエイ本部の認定トレーナーとして彼等が君臨し続ける事は、当たり前で、秩序のようで、摂理のようで、もう一生変わるはずのないものなのだという、あるはずのない幻想を、カントー・ジョウトの人間達に刷り込んでいった。
半ば神聖なものになりつつあった。格、と言うには言葉が足らず、彼等はアイドル的な人気を経て、半ばカルトのようになっていく。協会上層部も迂闊に手が出せず、立場以上の超越した力が彼等に宿り始める。目の上のたんこぶになり始めていたのかもしれない。それほどに、彼等の力は強大だった。
四天王とチャンピオン勝ち抜き戦というのは、バッジを八つ持っているトレーナーでポケモンリーグ前後でなければ誰でも挑戦可能なのだが、挑戦者などほとんどいなかった。
誰も勝てるはずがないと思い込んでいたし、明らかに挑戦者が無理難題に挑む格好だ。
彼等の牙城を崩すことはカントー地方に反旗を翻すかの如く冷たい目で見られた。誰でも挑戦出来るシステムなのに、誰でも挑戦出来ない。たまに現れる世間知らずが、無謀にも挑んで返り討ちに遭っているだけ。彼等の実力は本物だった。
挑む者にも格が求められ、人間的に素晴らしい者が、高いレベルの修行を積んだ末に挑む事が出来る場である、という暗黙の理解が広まり始めていた。
もちろん例外はある。そんなものは幻想で、いつか全てを壊すトレーナーが現れると考える者もいた。そんなに何年もそんなポジションを維持出来る訳がない。協会側のインチキだ、という者もいた。時間の問題だ。今は彼等が強いというだけ。いずれ、彼等を越えて行く者が現れる、という者もいた。
そして、本当に現れた。