知っている技名を言っただけだった。普通に生活していたら聞いたことのない、発電所の事故かと思うような、超巨大昆虫が羽を震わせたかのような音が耳をつんざき、目で見える電撃が空間に走った。
自分で言っておきながら、あまりの現象に驚いた瀬良はその場にへたり込む。こんなの、凶器どころの騒ぎではない。兵器だ。人間が銃やミサイルを扱えるのだとしたら、それと同じくらいの力があると思っても良いくらい、それほどまでに危険なものであると瀬良は悟った。
レッドのポケモンだから、それは普通のピカチュウとは違うのだろう。そうじゃなくても、ピカチュウという種族が、ある程度鍛えれば誰でも強い電撃を放てるというのであれば、なんと恐ろしいことか。
レッドのピカチュウは技をきちんと放てて褒めて貰いたいのか、こちらを向いて可愛さ満点の鳴き声を上げてこちらを見ている。
両手を広げた瀬良の元にピカチュウが飛び込み、ベタベタとスキンシップを図る。
「可愛い顔して、とんでもない生き物だな本当に」
愛らしいその顔とフォルムと先程の光景が一致しなさすぎて、瀬良はまだ素直に受け止められなかった。
様々な種類や大きさのポケモン達を理解し、多種多様な技の知識を積み、ポケモン達の性格や特性、状態を見極め、瞬間瞬間何が最適かトレーナーが状況を判断してポケモン達に伝える。
それがポケモンバトルだとすれば、その頂点に立つ男とは、一体どういうレベルなのか。ピカチュウの十万ボルト一発を見ただけで腰砕けな瀬良が、その代わりではあまりにも荷が重すぎるのではないか。
「どうしたもんかねまったく」
レッドではないので、ポケモン達がどういう技を使えるのかよく分からない。十万ボルトは適当に使えそうな技を言っただけで、他にはどんな技があるのか知らなかった。レッドになっているのだから、レッドの様にポケモンバトルが上手くても良いのに、そんな気配もない。端から見ればレッドだが、中身はただの瀬良だ。
一つ一つ確認して、覚えて行くしかない。幸い瀬良にはポケモンというゲームの記憶があった。何度も何度も、繰り返しやった。真っ白から始めなくてはいけない訳ではないので、そういう知識をうまく使っていくしかない。
瀬良はゲームの中なら、レッドになったこともレッドと戦ったこともある。これは使えるはず。気を取り直して順番にポケモン達をモンスターボールから出して行く。
記憶を、引っ張り出していくしかない。
レッドのポケモンは、瀬良の予想通りだった。
ピカチュウに始まり、フシギバナ、リザードン、カメックス、エーフィ、カビゴン。
どのポケモン達も、元いた世界で目の前に現れたらすぐに回れ右で逃げ出す程の猛者達ばかり。自分の一声で強力過ぎる技の数々を放つポケモン達の姿に恐ろしさを感じつつも、瀬良はだんだんと自分が興奮していくのが分かった。
「俺もよく覚えてるもんだな」
レッドの技を一つ一つ覚えている自分の記憶力に、瀬良自身驚いた。小さい頃に何度も何度もやったゲームは、自分の中に溶け込んでいたらしい。攻略本を読み込み、何度もゲームを繰り返した日々がこんなところで役に立った。
何度もやっていたゲームは、ポケットモンスターだけだった。ゲームを嫌う親が唯一許してくれたのがポケモンで、それだけを瀬良は繰り返し繰り返し楽しんだ。親が甘やかしてくれた数少ない記憶で、それをやっている間、瀬良は幸せを感じていた。
ここは現実だ。現実で、今レッドになっている。分かってはいても、やっぱりこれは夢なんじゃないか。そう、思いたいだけなのかもしれない。
夢ならば、楽しむのも悪くないんじゃないか。これをご褒美と考え、レッドという面倒な役回りを演じつつ、この世界を楽しむというのもそれはそれで良いのではないか。
カントー地方を実際に目で見て周れるなんて、小さい頃に見ていた夢そのもの。叶うはずがない。理由も意味も分からないけれど、こうして今それが実現している。こんなチャンスは、きっと二度とない。
「とはいえ、遊んでばかりなのもきっとまずいんだよな」
ゲームでのレッドは、最後にシロガネ山で待っている。その山はジムバッジを集め、チャンピオンに勝利することで開かれるラストダンジョンだった。
ということは、レッドはこの後シロガネ山に入るつもりだったのかもしれない。町を自由に歩けなくなってしまったことに嫌気が差し、更なる強さを求めて山へ入ろうとした。きっとそんなところなのではないか。
実際のところ、真意は分からない。レッドと仲の良い人間達と話していけば分かるだろうか。グリーンくらいしか、すぐに思い当たる人物はいなかった。レッドとしては二度目、瀬良としては初めてのカントー地方を旅して行けば、レッドと親交の深い人間達にも会えるかもしれない。
ゲームで見ていたレッドの旅など、実際にここでレッドが経験した旅に比べたら、薄っぺらいのは間違いない。色々な人との出会いが、きっとあったはずである。ゲームの印象である無口で静かな性格というのも、本当かどうか分かったものではなかった。
「旅に出てみるしかない、か」
ポケモン達との顔合わせは終えた。技も一通り確認した。オーキド博士とはもう一度話せるだろうか。少しでもマサラから出る前に、レッドとして話す練習をしておきたかった。
後は、実家への帰省か。
「親が一番、ハードルが高いかもしれないな」
息子を想う母を騙すのは忍びないが、レッドではないんです、などとレッドの見た目で言ったところで信じてはもらえないだろう。それどころか、おかしくなったのではないかと思われるかもしれない。
レッドの母にはなるべく負担を掛けたくはない。
色々な不安要素はあるものの、瀬良は心の中で感じたことのない高揚感も同時に感じていた。レッドを知りシロガネ山に入ろうとした真意を探ることも、元チャンピオンとして、その名前に傷が付かない程度にはこの世界やポケモンについて知らなければならないということも大事だが、カントーを回れるという事実に、高揚感を感じずにはいられなかった。
町もおちおち歩けない、とは言っても、石を投げられたり柄の悪い連中に囲まれて袋にされる訳でもないだろう。コソコソ陰口を叩かれる程度ならば、それはもう仕方ない。
目の前に並び立つこの屈強なポケモン達が一緒ならば、怖いものなど何もない。