赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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【マサラ編.八】

 結局オーキド博士に直接礼を言うことは出来なかった。別の研究棟に行っているらしく、邪魔をしては悪いと助手にお礼を言ってその場を後にした瀬良は、実家へと歩みを進めていた。

 住所は研究所で手に入れた。実家宛てに届く数々のレッド宛ての書類も、あの助手が回収しまとめて整理していてくれていた。

 やるとなったらとことんやらないと、気が済まないのだろう。研究者向きの人なんだろうなと思いつつも、マネージャーも合ってるなと瀬良は思った。

 

 オーキドの配慮、助手の献身、町の人の優しさ。どれに触れても思うのは、レッドがとても愛されているということだった。マサラの土地で伸び伸びと育ち、自分というものを余すところなく開放出来る空間が出来上がっていた。

 

 マサラの名の通りまっさらなこの土地が、脅威的なバトルの強さを身に着ける土壌となっている、まるでレッド論を語る上での冒頭だ。この旅を終える頃には、元の世界でも、この世界でも、世界で一番レッドについて理解のある人間になれるのかもしれない。

 

 のどかな景色にのんびりと歩き続けていると、気付けば自宅近くまで辿り着いていた。

 どういう顔をして会えば良いのか。実家にいる時のレッドとはどういう子どもなのか。いくらか想像したが、結局辿り着いたのは瀬良自身が母と会う時と同じようにすること。

 母への接し方だったら、瀬良だって知らない訳ではない。

 レッドの家は、一般的な二階建ての民家だった。これはゲーム通りだ。インターフォンを鳴らし、返答を待つ。

 

「はい」

 

 母の声。瀬良は聞いた事がなかったが、初めてな気がしない。

 

「ただいま」

「あら、レッド? おかえり、早く入りなさい」

 

 久しぶりに会った、という訳ではなさそうだ。初めての我が家に、瀬良は戻って来た。

 

 最初に困ったのは座る場所だった。食卓テーブルやソファがあったが、どこに座るのが正解か。お客様の様にリビングに突っ立っていた瀬良を不自然に思ったのか、

 

「何やってるの?」

 

 と早速突っ込まれてしまい、レッドはもう迷っていても仕方ないと、キッチン側の食卓テーブルの椅子を引いて腰掛けた。

 

「何かあった?」

 

 何かないと、レッドは帰っていなかったのだろう。旅やバトルに夢中になっていたに違いない。それこそ、チャンピオンになるまではそれしか眼中に無かったはずだ。

 

「何かあったって訳じゃないよ。ただの小休止」

「そう。少し休んでいったらどうかしら?」

「そうする」

 

 そうだ、この感じ。母との会話なんて、多くを語らない場合がほとんど。帰って来たら何も聞かずに休ませてくれて、ここに居て良いんだと思える安心感。本当の実家じゃないのに、レッドの母の優しさが身に染みた。

 冷たい麦茶をテーブルに置かれ、母は向かい側に座る。

 

「好きなだけ休みなさい。ここはレッドの家なんだから」

 

 瀬良はしばらく、レッドの母と他愛の無い会話を続けた。近所の人がどうとか、最近新しいレストランがマサラに出来たとか、庭の世話が大変とか、本物のレッドがここにいれば、きっと頭などまったく働かせなくても反射で会話が出来る内容だ。

 せっかくの再会なのに、中身が違う人間なんて申し訳ない。瀬良はせめて自然な会話になるよう努めた。

 

「あの、母さん」

 

 続いていた母と息子の対話を、瀬良は切った。レッドの母の優しさに、瀬良は一杯一杯だ。

 

 レッドがチャンピオンを降りたことは、カントー地方中で話題のはず。もちろんレッドの母も知っていて、気になっていて、本当は色々声を掛けたいだろうに、触れられすぎて嫌になっているのを察してか、その話題には不自然な程触れてこない。

 

「チャンピオンのこと、なんだけどさ」

 

 だからわざわざ瀬良から触れた。

 レッドの母の顔が曇る。その話題は、もしかしたら母にとっても辛い話題なのかもしれない。瀬良はまだ確認していないが、テレビや新聞、雑誌でレッド非難の声や文字が飛び交えば、母は落ち込むだろう。

 もちろん、偉業を成し遂げた少年に対する賞賛も大きいのだろうが、こういうのはきっとネガティブな物言いに目や耳が行ってしまうものだ。

 

「お母さんは、あなたが選んだ道を信じてる。人が何を言おうと関係ない。あなたが行きたい道を、進みなさい」

「ありがと」

 

 いつまでもお母さんはここで待ってるから、と最後に付け足した。

 レッドという少年は、なんて愛されているんだろう。母が認めている、という事実が、彼にとってどれだけの支えになるのだろうか。この言葉を、本物のレッドに聞かせてやりたいと瀬良は思った。

 

「そうだ。チャンピオンがどうこうなんて話より、ポケモンを見せて頂戴。その子達も、私にとっては大事な子達なんだから」

「もちろん」

 

 母というのは偉大な存在だ。

 自分の母はどうしているのか。瀬良は自分がレッドくらいの歳の時代を、思い返していた。

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