赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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【マサラ編.九】

 レッドのポケモン達は強い。

 彼らと対峙し、平然と立っていられるトレーナーやポケモン達がどれだけいるか。

 その圧力は、彼等自身の強さと、チャンピオンのポケモンであるという先入観で感じてしまうものなのかもしれない。しかし、マサラという平和で静かな町で暮らしているレッドの母にとっては、彼等もまた可愛い息子や娘でしかない様だった。

 この世界に来たばかりの瀬良よりも、母はずっとずっとレッドのポケモン達の扱いがうまかった。既に会ったことがあるらしい。一度家に戻って来たレッドが、ポケモン達を紹介した様だ。ポケモン達の母への懐き具合も十分。

 

 研究所の広場でも瀬良は思ったが、基本的に皆人懐っこい。ポケモン同士での関係性は色々あるようで、ピカチュウとエーフィは仲が良いし、リザードンとカメックスはバチバチと燃えるライバル関係。フシギバナはダルそうにそれを仲裁するムードメーカーで、カビゴンはマイペースをひたすら守っている。細かくはもっと色々あるのかもしれないが、ポケモン達の関係性も理解していかなければならない。

 しばらくの間庭で母とポケモン達のコミュニケーションを微笑ましく見守った後、思いついた様に買い物へ行くと母は言い出した。

 

「チャンピオンになったお祝いもまだちゃんとうちでしてなかったし、ちょっと買い物へ行ってくるわね」

 

 この世界での初めての料理が母の手料理とはなんと贅沢な。楽しみだなあと思っていた瀬良の元に、いくつか籠を腕に下げて戻って来た母の小言が始まった。「俺も行こうか?」と声を掛けたら、「せっかく帰って来たんだからレッドはゆっくりしてなさい。大体ねえ」と、発端と言うには小さすぎるけれども、でもそんな小言が、家族だなと思わせる。

 突然帰って来るんじゃなくて連絡しなさい。帰って来なくてもたまには連絡寄こすこと。とその他溜まりに溜まっていたらしい濁流のような小言をポケモン達と一緒に受けた瀬良は、もっとちゃんと母を大切にしておけ、とレッドに対して心の中で愚痴を零した。

 母は強し。レッドのポケモン達まで大人しくさせる力は見事。

 

「たくさん買って来るから、フシギバナちゃんを借りていくわよ」

 

 指名を受けたフシギバナは、はい! とばかりにシャキっと四つ足を立たせ、家を出て行った母について行く。

 あのポケモンの扱いの上手さは、何かあるなと瀬良は思った。

 

 母のいない間、瀬良はレッド宅を探索し始めた。

 リビングに客間。トイレに風呂。物置やクローゼット、家中を探って最後に行き当たったのは、レッドの部屋だった。

 テーブルにパソコン。テレビにベッド、箪笥に本棚。至って普通の少年の部屋だ。今日は泊まる予定だったので、レッドの箪笥をゴソゴソと漁り、手頃な、だけど少し小さい短パンとTシャツを拝借。

 

「勝手に借りて……って、俺のだから大丈夫か」

 

 着替えた瀬良はそのままベッドに仰向けになり、ここまでのことを思い返す。

 レッドは、とても愛された少年だった。マサラでの彼は圧倒的なチャンピオンであるワタルを破って新時代へ突入させた寵児ではなく、町を走り回っていたレッド君、という印象が強いのだろう。

 だから母の知り合いである彼女もレッドを見つけたからと言って騒ぐ訳でもない。先程研究所から家まで歩いた時も町の人間に会ったが、「活躍しているね、チャンピオンだなんて凄い凄い」と、まるで小さい子どもがテストで良い点数を取ったくらいの反応だった。

 もちろん、助手のような人もいる。町の人にもレッドの実績の凄さを理解している人もいるだろうが、それはそれ、これはこれ。レッドはレッド、マサラの子どもという様子だ。

 その反応が、レッドの助けになっているに違いない。

 テレビでレッドを見れば、民衆と同じ様に手に汗握って応援もするだろう。興奮もするだろう。だがそれはテレビの向こうの人。一度マサラに戻って来れば、レッド君に戻る。

 

 そこまで考えて、瀬良は「普通、そんなもんか?」という疑問を小さく口にした。この地方のチャンピオンになったというのは、別世界から来た瀬良から見ても凄いんだろうなと分かる。であれば、もっと騒いでも良いのではないか。

 

 瀬良はふと、チャンピオンになったお祝いもまだうちでちゃんとしていなかったし、という母の言葉を思い出す。想像するに、レッド凱旋の時は盛大にやったのだろう。その時にチャンピオンを降りていたのかどうかは分からない。

 もし降りていたとすれば、相当困惑気味のパーティだったのではないか。戴冠直後の浮かれている時にチャンピオンを降りたんだとすればそれはそれはレッドにしてみれば、気まずいパーティだったに違いない。それでも偉業は偉業。きっとポケモントレーナーで栄華を極めてから研究者の道に飛び込んだオーキド博士が中心になって、レッドの気持ちを汲んで場を盛り立てたに違いない。

 

 どちらにしても、マサラの人間達はレッドを尊重している。人には人の事情や、価値観があると認めている。素晴らしい町だなと瀬良は思った。外で騒がれてばかりのレッドに気を遣っている彼らの優しさは、とても温かい。そう考えれば、彼らの態度も納得出来る。

 

 この町にいる間は、バッシングに晒されなくて済むのかもしれない。だが、何等かの理由があってチャンピオンを降りたのであれば、レッドには次の目的ややる事があったはずだし、ここに留まっていては逆に町の人達や母に心配されてしまう。それは避けたかった。レッド本人だって、それは望むところではないだろう。

 そういう意味で、やはりマサラを出なくてはならない。

 

 レッドとしての行動とは別に、瀬良には確認したい事があった。

 助手の男が見せてきた仕事の中にあったマサキとの対談を受ければ、彼と会えるのではないか。直接訪ねても良いのだが、機会を他人に作ってもらった方が楽だ。別世界への転移なんてものが、可能なのか。ポケモンをデータ化して預かるシステムを作った男ならば、人間を転送するシステムについても知見があるのは間違いない。一度は絶対に会っておくべき人間だ。

 もう一人会っておきたい人間は、グリーンである。

 同じチャンピオン経験者として、瀬良が唯一知るレッドの幼馴染。もしかしたら彼にだけならば別世界から来た事を相談出来るかもしれない。

 

「忙しくなりそうだ」

 

 楽しみと不安とがないまぜになった不思議な感覚だったが、初めて横になるレッドのベッドに安心感を覚える。ここは安らげそうだった。身体は本人だということだ。

 この世界に来て一日目最後のイベントは、母の手料理。レッドには申し訳ないが堪能させてもらおう。瀬良はこの世界に来て初めて、少しだけ微笑んだ。

 

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