赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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【トキワ編.四 】

 足場が組まれ、壁に青いシートが張られている。ジムには誰もいない。どうやら改装中らしい。グリーン好みにするつもりか、と考えつつも、瀬良は別の意味合いがある気がした。

 

 前のままでは、あまりにサカキの雰囲気が残り過ぎる。ロケット団首領がジムリーダーだったという事実は、協会側にとってあまりに不名誉で、ひた隠しにしたい事実。少しでもその匂いや雰囲気を消すために、すぐにジムの改装から始めたのだとしたら、納得感のある話だ。サカキがジムに何かを隠しているのだとしたら、それを探るためのポーズとしても最適だ。

 

 雑誌では、ジムリーダーサカキがロケット団の首領だったことを噂として掴んでいるのか、裏が取れないまでもその情報をどこかで手に入れたのか、ゴシップとして公開していた。批判が燃え上がらないのは、協会が裏で手を回しているからなのかもしれない。それだけの権力や統制を取るだけの力があるとすれば、独裁的にも程がある。

 

 ジムリーダーイコールロケット団首領という事実は、サカキ自身が隠し通していたことであり、それを暴くのはとんでもないタブー。命がいくつあっても足りなかったはずだ。協会側もそれに乗って、とにかく隠蔽している。その点については、うまいこと利害が一致しているのだろう。

 

 腐った世の中だ、と瀬良は溜息をつきたくなった。自己中心的な協会に吐き気がする。いつかバレて、痛い目に会えば良いと瀬良は思う。ゲーム上壊滅後にサカキがロケット団の首領だったことが広まっていたかどうかまでは覚えていなかったが、こんなもの、隠し通せる訳がない。

 

「あなたは誰なんです? 工事関係者ですか?」

 

 男は瀬良の挑発的な質問を無視しつつ、確保されたジム内の動線を通り、ジムの裏側へ周っていった。質素なオフィスの様な廊下の先にある扉を開け、中に瀬良を招き入れる。

 

「どうぞ。こちらに座って下さい」

 

 瀬良を置いて、男は部屋を去って行く。通された部屋は、客室だった。向かい合ったソファ。挟まれたアクリルの机。奥には六人程で話し合いが出来るような、机が置かれている。仕方なく瀬良はソファに座って男を待った。

 すぐバトルに持ち込まれるかと思っていたが、この工事中のジムではそれも無理だろう。

 

「お待たせしました」

 

 グラスを持って戻って来た男は、それを瀬良の前に置いてから正面に座った。

 

「それで、私が誰なのか、という話でしたっけ?」

「はい。工事中ですし関係者かとも思いましたが、そんな感じでもないですよね。協会側の人間ですか?」

「いいえ。グリーンさん側の人間と言った方が正しい。このジムの、ジムトレーナーです」

 

 いまいち話が掴めなかった。まだジムリーダー不在のジムのジムトレーナーとは、一体どういう事か。

 

「自称? それって不法侵入じゃないですか?」

 

 瀬良の言葉に男は不服そうな顔を浮かべる。明らかな不快感を示し、座り直した。

 

「失礼な人ですね、そんな訳ないでしょう。協会側からきちんと認められていますよ。前ここのジムトレーナーだった人達がどういう訳か全員やめさせられていましたから、人が欲しかったみたいでね。募集があったんで応募したんですよ」

「ジムトレーナーって協会側が決めるんですね」

「本当にバトル以外のことは何も知らないんですね」

 

 今度は男の言葉に、瀬良がムっとした顔を返す。

 

「ジムトレーナー選抜の決定権は、通常はジムリーダーにあるものですよ。グリーンさんの手伝いという意味も込めて、先に募集をかけたんでしょう」

 

 やはり男の言っていることはおかしい、これでは、もう、

 

「グリーンがジムリーダーになるって、もう決まっているみたいな言い方ですよね」

「当たり前でしょう。彼以外に誰が空いたジムリーダーの席に座れるんですか」

 

 考えすぎたか。サカキという印象を払拭するためには、グリーンくらい知名度があって圧倒的な強さを持つ人間を置きたい。そう思った協会側の意向かと瀬良は考えていた。もちろん、実力だけでもグリーンならばジムリーダーになれるはずだが。

 

「それには同意です。彼は絶対にこのジムのジムリーダーになれる」

 

 男はようやく、瀬良に対しての敵対的な雰囲気を少し解いた。グリーンに対する評価が、一致したからだ。

 

「グリーンの下で、ジムトレーナーになりたかったんですか?」

「そうです。私は、ジムリーダーとしての彼の手伝いをしたかった。あの年齢とは思えない聡明さと、深さを持った彼から得られるものは多い」

 

 昨日本屋で調べた時、二人は天才レッドと秀才グリーンという書かれ方をしていた。グリーンもまた圧倒的な実績を誇っている男で、彼がそのままチャンピオンの座を維持し続けていたら、天才の名を思うままに手にしていたはずだ。レッドがいるおかげで秀才止まりになっているが、彼もまた、天才であることは間違いない。

 

 一般的な彼の世間からのイメージは、影だった。著名な祖父がいるプレッシャーを抱えつつチャンピオンまで登ったのに、後から追ってきた天才に追い抜かれてしまった可哀想な奴、という評価が多い。世間のそんなイメージとは別に、目の前のジムトレーナーの様に、グリーンを真に評価するトレーナーもいるのだ。

 

 レッドを持ち上げ、グリーンをサクセスストーリーの道具にするやり方に不満があった瀬良は、会ったこともなくゲームでしか存在を知らないグリーンが認められて嬉しくなってしまった。”レッドのヤローに邪魔されちまったからな”という彼のセリフを瀬良は思い出す。

 

「確かに、グリーンから得られるものは多いでしょうね。図鑑登録一つとってもグリーンは本当に真面目で、びっくりするくらい色々なことを知ってるんですよね。あの努力は凄まじい。本当に凄いと思う」

 

 この世界に来てから仕入れた情報だけでも、グリーンが弛まぬ努力を続ける真面目な人間だというのが良く分かる。チャラそうで軽薄そうな様子とのギャップが、それはそれでウケているらしいが、そんなの彼の望むところではないだろう。むしろ屈辱的なはずだ。彼を正当に評価する人間だって、大勢いるに違いない。

 しかし、それを瀬良が言ってはいけなかった。

 特に、グリーンに心酔し、ジムトレーナーになるような男には。

 

「悪気はないんでしょう。それは分かりますよ。でもね、こればっかりはどうしようもない」

 

 瀬良は身構えた。グリーンに同じ意見を持つ者として少し敵対心を解いてくれたと思ったのに、途端に怒りが満ちて行く。レッドとしてではなく、瀬良が瀬良自身の言葉として口に出したのが良くなかった。

 危険を察知したのか、腰のボールホルダーにつけたモンスターボールが揺れた。

 

「なんですか、急に」

 

 自分よりも体格の大きな相手が怒っている。それなのに不思議と瀬良は恐怖を感じなかった。自分にはレッドの屈強なポケモン達がついている。そう思うと、何も怖くない。

 

「余りにも嫌味な言い方だよね。努力は認める。凄いと思うって、そんな彼をあっさり打ち破ったのがあなたですよ? 自分がより凄いということを主張したいんですか? 何様なんですか?」

「そんなつもりはありませんよ。本当に、グリーンを凄いと思っているだけです。あなたよりは、よっぽどグリーンの凄さを分かっていると思います」

 

 火に油を注いだようだった。男はどんどん顔を赤くしていき、今にもテーブルを叩いて立ち上がりそうだ。

 

「君は! 何も分かっていない!」

 

 案の定怒りを爆発させた男は、勢いよく立ち上がった。要するに強烈なグリーン信者だ。”レッド”が何を言っても、気に食わないのは間違いない。

 

「何が分かってないんです?」

「君の存在そのものが邪魔なんだ。グリーンさんの実直な努力と鍛錬は、確実に実を結んでいた。あの方はもっともっと人に賞賛されるべき人間だ。断じて同情される人間ではない」

「いやいや、言っている意味がまったく分かりませんね」

「あなたがいなきゃ、彼は別にあんなに急いでポケモンリーグを駆け上がる必要はなかった。もっともっと圧倒的な実力をつけてからでも遅くはなかった。君との競争が、彼を急がせた」

 

 わなわなと震える男は、瀬良に向かって呪詛のようにぶつぶつと呟き続ける。

 

「堅実で真面目で、好奇心もあって人格者で、きちんとした倫理観を持ち合わせていた。あの歳で、彼はとても立派だった。その彼唯一の綻びは、君の存在だったんだよ。君に勝てるかどうか、その一点を気にしてしまった。そんなものは、気にするべきではなかった。君はイレギュラー過ぎる。邪魔なんだよ。彼の邪魔をしないで欲しい。チャンピオンだって、すぐやめるなら何故なった。その地位が欲しい人間は腐る程いる。そいつらへのあてつけか? こんな簡単になれるチャンピオンに価値などないってことか? この地方の歴史を、積み重ねを、君は侮辱した。分かっているのか? 何の説明もなく捨てるようにポケモンリーグから去っていったことを、君はどう考えるんだ?」

 

 瀬良は黙った。怒る男をじっと見据え、どう返すか考えた。レッドが本当のところどう思っていたかなんて分からない。瀬良が瀬良として考えられる、レッド像を答えるしかないか。

 

「最低だよ。ポっと出の天才程タチの悪いものはない。周りを、世界を、歴史を狂わせる。何かの使命を持ったように現れて、全てを壊して去っていく。せめてその後も責任を持てよ。君が壊したその後に何が続くのか、それを示せ。チャンピオンを捨てた意味を、私に見せろ」

 

 暴論なのは瀬良でもすぐに分かる。だが、この世界の四天王、チャンピオンが作り上げた時代を、あっさり壊して捨てたレッドの行動に、憤る人間がいることは理解の範疇だった。グリーンを次世代の正当チャンピオンとして認め、納得感のある移り変わりを受け入れた民衆は、レッドというあまりにイレギュラー過ぎる存在を嫌った。それ自体は分かる。

 だがそれでも、レッドに全ての責任を負わせる男の言い分に納得してはいけない。特に瀬良だけは、それをしてはいけないのだと思った。

 

「俺がチャンピオンになれたのは、グリーンという存在が大きかったからですよ。切磋琢磨なんて言葉に収める気はないですが、同じ町から同時期に旅を始めた友人の存在を、気にしない訳ない。グリーンの強さは、俺が一番良く分かっている。あいつが強いから、俺も強くなれたんだ。急いだ訳じゃない。自然とそうなっただけ。ポっと出の天才だなんて失礼で乱暴なまとめ方ですよ。俺にもグリーンにも、あなたが知らない背景がある」

「だったらその背景とは何なんだ? 君は何も語らない。降りた理由も、今までのことも」

「こんな状況で、それを語ることになんの意味があるんですかね。真実も嘘も何もかもごちゃまぜなこの世界に、語る義理はないですね」

 

 決定的なズレだった。

 四天王、チャンピオン、グリーンと続く今までの歴史を信じる男と、多分そのことに懐疑的で、世界から不快な球をぶつけられたレッドでは、交われるはずがない。

 瀬良はレッドから見るこの世界で今生きている。男には、真っ向から対抗しないと気が済まない。

 

「やっぱり私は君が嫌いだ。それがよく分かった」

 

 男は”レッド”から正面切って反抗された事で、逆に落ち着きを取り戻した。

 

「バトル、しますか? チャンピオンを捨てた意味が、分かるかもしれませんよ?」

 

 瀬良は初バトルとしては申し分ない相手だと思った。負けられないリスクはあるが、やるしかない。ここで勝てなきゃこの世界でやっていけない。そんな気がしていた。

 

「いいでしょう。世捨て人が私を納得させられるのか、見せてもらいますよ」

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