現れたトレーナーは、高いレベルの修行を長年積み、人間的に素晴らしく、謙虚で、徳の高い人間、ではなかった。
若さ故、傍目には軽薄そうに見えるいで立ち。態度も大きく、自分が天才だと思い込んでいる。
勝ち抜き戦を行う、という一報がカントー中に流れた時には、また世間知らずの勢いだけの粗暴なトレーナーが、四天王とチャンピオンに盾突こうとしている。どれだけ無様に負けるのか、見てやろう。
皆そう思っていた。
一戦目、毎年毎年変動する四天王の末席。
誰も名前を覚えていないその人は、前年のポケモンリーグに死に物狂いで挑んだ末四位に食い込み、四天王への昇格を果たした。
神格化された集団に入り込む余地などなく、しかし四天王の末席として真っ当に振舞った人格者であった。そんな彼は、先鋒として無謀な挑戦者の露払いを任されたのである。
結果は前述から分かる通り、敗北。圧倒的に、暴力的なまでに、力の限り叩き潰された敗北であった。単純なレベル差が、名前も知らないその人の心を折った。
四天王の一角を落とされた。世の人間は、まだ騒がない。所詮末席。そういうこともある。過去、一度もなかった訳じゃない。最低ラインの力はあるのだろう。
二戦目、神格化された四天王の一角、容姿だけではない美しさと、強さを兼ね備えた、カンナとの対戦。多くを語らない寡黙な様子と、バトルとなれば一切の容赦をしない厳しさを持つトレーナーだった。そのギャップは、信者の心を掴んでいた。
グリーンはまたしても前評判をひっくり返して突破した。今度は、一戦目とは違ったレベルの高い、互いの戦略を読み合った素晴らしいバトルだった。グリーンはこの時のバトルについて、後に語っている。
”四天王ってのは、神でもなんでもねえ。ただ滅茶苦茶にバトルが強い奴のことなんだな”
カンナ敗北のニュースは、すぐにカントー中を駆け巡った。そんな馬鹿な話があるか、一体なんの冗談だと、多くの人間が困惑した。上界にいた神聖なる者が、下界に降りた瞬間だった。あの女は相応しくなかったのだと、切り捨てることで四天王とチャンピオンという神聖なるものの牙城を守ろうとした。
三戦目、神格化された四天王の一角、バトルへの飽くなき執着、強さへの敬意、勝利への渇望を持った豪傑、シバとの対戦。
グリーンは、その対戦においてはカンナ戦で見せた見事な知略を出さなかった。力で上回るとは一体何なのか。相手をねじ伏せること、力で相手を抑え込むことに何の価値があるのか、それを確認するのに相応しいバトルであったのは間違いない。極限まで高めたポケモンとの信頼関係の先にある暴力性の高いバトルは、尊いものだった。力に、ポケモンとトレーナーという一組の価値を全て集約していた。
結果は、グリーンの勝利だった。
悔しさを滲ませたシバは、負けた者に何も言う資格はないと、グリーンを先へ進ませた。
世の人間は、グリーンというあまりに若く才能溢れる姿に、惹かれ始めていた。彼もまた、天上人なのではないか。四天王という神聖なる集団に食い込める、稀有な人間なのではないか。彼は、神の子なのではないか。まだ四天王に対して神聖なものを感じている人間達は、彼をそちら側の人間なのだと判断することで納得しようとした。抗っていた。この牙城が崩されている訳ではないのだと、言い訳をしていた。
もう、時間の問題だ。
四戦目、神格化された四天王の一角、老練なる姿からは想像通りの静謐さと、ニヤりと笑って相手を絡めとり敗北へと誘う、闇に引き込まれるような不気味さを持った、キクコとの対戦。
キクコの絡め手に苦しんだグリーンは、四天王戦初めての劣勢に立たされた。実力が完全に劣っているとは思えないものの、ずるずると劣勢に立たされていく。力、技、戦略。そんな表面的なものではないと判断したグリーンは、考えるのをやめた。
それは一見諦めたかのようにも見える悪手だった。経験と感覚で老練なるトレーナー、キクコに勝つのは難しい。
決まったかと思えるバトルは、次第に違う姿を見せて行く。
短期間に蓄えた知識や圧倒的なまでに短い間隔での濃密なバトルの数々が、瞬間的に一つの結論を見出した。グリーンからすればまだ分からない、誘って流して追い詰めるという、キクコが長年の経験と感覚で身に着けたバトルの流れを掴む力から、徹底的に逃げた。
受ける、立ち向かうのではなく、逃げた。いつもの自分と違うやり方で、徹底的にキクコに付き合うことをやめ、試合時間だけをずるずると伸ばした。
我慢比べは、挑戦者の方が有利だった。
グリーンは、キクコにとって負けてはならない相手だった。彼女からすると過去の嫌な記憶に終止符を打つチャンスだった。負けてたまるかという意識が、キクコの判断を少しだけ狂わせた。
表面的で、言葉にしやすいバトルになれば、グリーンにもチャンスがある。それ来たと漬け込み、そのまま押し切る。
グリーンは勝利した。
このバトルは、世の人間達にとって決定的なものとなった。間違いない。この少年は、新たなる天上人なのだと。
キクコ、シバ、カンナの三名は、それぞれ勝ち負けを繰り返している。彼等が同じ天上人の中で勝敗を分け合う分には、問題ない。
問題ない。問題ない。問題ない。口々に皆それを口にした。頭に過る一つの予感を振り払うかのように、皆それをあえて口に出していたのしれない。
もし予感が的中してしまったら、それをどう受け止めれば良いのか分からない。一時代の終わりと簡単に言うには、ワタル達四人の時代はあまりにも長過ぎた。民衆にとっては、アイデンティティを崩されるかのような危機感を感じている者が多かった。
どこかでは分かっている、永遠というにはあまりに短い彼等の時代が、終わりを告げようとしていた。
心の準備の時間など、グリーンは与えない。
チャンピオンワタルとグリーンの対戦が始まった。
十数年もの間、チャンピオンの座を維持し続けることがどれだけのものなのか。四天王のレベルをポケモン達とその身で味わって来たグリーンは、その時カントーで一番それを分かっていると言って良いだろう。
神に一番近い男は、なるほど確かに、人の理解に及ばない領域に手を伸ばそうとしている。
ポケモン界でも屈指の気位の高さを持つドラゴンという種族を複数従え、信頼されているだけでも並大抵のことではない。それに加え、ドラゴン以外のポケモンもワタルと共に立つのを、ドラゴンポケモン自身が許すという更なる異常性。先鋒のギャラドスも十分な格と高い気位を持つポケモンではあるものの、ドラゴンポケモン達はそれを取るに足らない存在であると思っているだろう。
ワタルはドラゴンという生物界の最上位種と共に戦っておきながら、それでも足りぬと他に戦力を揃えた。
そして彼等からそれを許された。そうでなくては足りぬのだと、理解させた。
グリーンは痛感した。
この男は、自分よりも強い。
今まで戦ってきた四天王の強さを全て統合したような圧倒的存在感。これ以上どう強くなるんだ、という段階から更なる研鑽を積み、磨き続け、屈強なポケモン達と共に君臨し続ける胆力。
頂点であり続ける、執念。
この男を倒せる人間が果たしているのだろうかと、そう思わされるのも無理はない。
それでも、グリーンは笑った。
圧倒的な力を打ち破るルートを、頭の中に張り巡らせた。それと同時に、次々に迫りくる攻撃をギリギリでいなしながら考えた。
この人は、抱え込み過ぎだ。根を詰め過ぎて、鬼気迫り過ぎているのだ。
グリーンが軽薄そうに見えるのは、半ばわざとそうしているからだ。そうしていないと、とてもじゃないがこの世界を登っていけそうにないと思ったからだった。今目の前にいる男は確かに強い。圧倒的に強い。勝てないのかもしれない。
けれども、今この瞬間はこれ以上が来ないことをグリーンは確信していた。勢いのあるグリーン達は今伸び盛りだ。それは若いからではない。
同時期にジムバッジを集めていた男が、彼を勢いづかせていた。
その男は、グリーンが感じているような、積み重ねの上に立つ今のワタルのような、圧倒的な強さを持っている訳ではなかった。常にその時の自分を越え、それをぶつけて来たその友人を思えば、今この勝負にだって勝機はある。
軽薄で無責任な立場であるグリーンだからこそ、彼も自分の限界を越えられる。目の前の怪物を越えられる自信があった。劣勢に立たされている彼の中に確信があった。
頭の中の赤帽子の少年に向けて、グリーンはこぼす。思わず口から、言葉が漏れる。
「お前に勝つ方が、よっぽど大変だ」