【ニビ編.一】
勢いで初めてのバトルをしてみたものの、思っているより難しい、と瀬良は思った。
技一つとっても使ってくる相手次第で変わるだろうし、状況によって意図も違う。
自分のポケモンだけどんな技を使うか分かっても足りないのだ。
ポケモンバトルの底の見えない奥深さが分かり、これからのバトルについて瀬良は不安を感じていた。一番不安なのは、知識もさることながら、判断だった。咄嗟に行わなければならないものである上、経験が物を言いそうな要素は今一番足りていない。こればかりはどうしようもなく、積み重ねて行くしかない。
不安な気持ちを抑えるには、バトルを重ねて行くしかないのだろう。オーキドはところかまわずバトルをするなと言っていたが、そんなことも言っていられない。
瀬良は想像したくなかったが、このままだといつかどこかで負けてしまう気がした。レッドがその辺のトレーナーにあっけなく負けるなど許されていい訳がない。ヤシロとのやり取りが頭に引っ掛かっているのもあり、今はもうとにかくバトルを積み重ねたくて仕方がない。
その欲求を、この町は満たしてくれるだろうか。
瀬良は、ニビシティに到着した。
カントー北西部に位置する山間部の町であるニビは、静かで落ち着いた雰囲気がある。”ニビははいいろ いしのいろ”というキャッチフレーズが書かれた看板が、訪れた者達を迎えている。
町の雰囲気からは、ポケモンバトルで盛り上がっているような様子はない。やはり、ジムリーダーの元を訪れないとまともなバトルは出来ないのだろうか。
石造りのベンチやオブジェ。家屋や店の屋根も灰色が多い。ただの観光だったら、町の景観そのものが自然に溶け込んだ、心落ち着く町という印象を抱くだろう。瀬良ももっと落ち着いてニビを歩き回りたかったが、どうもバトルのことが気になって仕方がない。一人いきり立って歩く姿は、町で目立ってしまう。
ふと、自分が今レッドだと忘れてしまいそうだった。外から見れば、レッドがいきり立って歩いているのだ。チンピラが肩をいからせ町をうろついているどころの騒ぎではない。
この地方で一番強い男が、圧倒的な力を持つポケモン達が入ったモンスターボールを腰に下げて歩くなど、静かな町に荒々しい波紋を生じさせてしまう。そのことにすら気が回らず、瀬良はニビを練り歩く。バトルが出来そうな場所はないものか。
瀬良の目論みは、ジムリーダー相手に圧勝して、自信を付けることだった。オーキドが言っていた、教育者ではない強豪トレーナーとしての彼等を倒せれば、今感じている不安も少しは収まるかもしれない。
「あ、あの、レッドさんですよね?」
辺りをキョロキョロしながら歩いている瀬良に、一人の少年が話し掛けて来た。瀬良は足を止め、返答するよりも前にボールを持っているかどうか確認する。
「はい、そうですが」
「あ、あの、握手、してもらえますか?」
レッドに憧れている少年なのだろう。見たところ背格好は変わらない。歳もそう変わらないだろう。下げている鞄からすると、旅の者というより学生だ。
「いいですよ」
サインを求められるよりはよっぽど良い。求められるままに手を出そうとしたところで、瀬良は一つ思いついて手を引っ込める。
少年は出された手を引っ込められ困惑の表情。目線を合わせるのも気まずそうだった。
「握手くらいもちろんいつでも歓迎です。でも、一つお願いを聞いていただけますか?」
「え? 僕なんかが、レッドさんのお願いを?」
困惑の顔が、嬉々とした顔に変わるのを瀬良は見た。ファン感情に漬け込んでお願いをするなどどうかと頭を過ったが、すぐにそれを掻き消して瀬良は言葉を重ねる。
「バトルをしたいんです」
「僕が、あなたと?」
無理無理無理無理、とこれだけ人が首を横に振るのを見た事がないという程、少年は拒否を示す。
「お願い出来ませんか。もし出来るなら、学校の友達をわんさか連れて来てもいい。全員と相手をします」
自分一人で怪物の相手をする、という話じゃないことに揺らいだようだ。少年は首を左右に動かすのをやめ、考え始めた。
「なんなら先生まで連れて来てもいいですよ。もう一度カントーを旅して周ってるところなので、とにかく色んな人と戦ってみたいんだ」
「本当に、僕等なんかで良いんですか? タケシさんのところに行った方が良いんじゃ」
「タケシさんのところへももちろん行きます。だけど、町のトレーナー達とも戦いたいんだ。タケシさんは強いけど、トレーナーとして洗練され過ぎてる。草の根で力を付けている人が良いんです」
町のトレーナー達は洗練されていないと言ったようなものだが、レッドにそう言われて言い返せる者などこの地方にはいないだろう。
少年はおっかなびっくり肯定の意思を瀬良に見せる。
「明日お願いしたいんですが」
「そんな直ぐですか?」
何をそんなに急いでバトルをする必要があるのか。そう言いたげなのは瀬良からも分かった。
「早ければ早い方が良いので」
「分かりました。集めてみます。場所はバトル場で良いですか?」
「どこにあるんでしたっけ」
「科学博物館の東側です」
「分かりました。明日の午後バトル場で待っていますから、是非、お願いします」
少年は、とんでもないことを引き受けてしまったとばかりに早足で去って行く。実際、困っているのは確かだろう。有名人とバトルが出来る! という雰囲気を瀬良は出さなかった。チンピラの様に絡んで、バトルしろよと迫った形だ。
少しまずかったかなと思いつつも、これで一気にバトル経験値を増やせると思えば、そんな気持ちはやっぱり掻き消えた。
去っていく少年を眺めつつ、瀬良は明確な疲労を身体に感じていた。自分の足でカントーを回っていたレッドならばこれくらいでは疲れないと想定していたのに、何故だろうか。使う中身が瀬良だから、レッドの身体をうまく使えていないということだろうか。
そもそも、トキワの森であんなに迷うと瀬良は思っていなかった。
リザードンがいるのだから、今後は乗せて行ってもらう手段も考えるべきだろう。
高いところが怖いのではなく、大きな生き物に乗って空を飛ぶという行為に警戒心が強かった。レッドのポケモン達をまだ信用出来ないとも言える。レッドではなく瀬良を乗せているのがバレ、振り落とされでもしたら死んでしまう。
だが、今後の路程を全て徒歩という訳にもいかないはずなのは瀬良も分かっていた。海路を進むことも考えれば、ポケモンを頼って進んで行く選択肢はやはり考えていかなければならない。
ポケモン達との関係性も作って行くにしても、バトルが一番手っ取り早いのだと瀬良は思う。
レッドもきっと、そうして来たはずだ。