少年と話しをした日の翌日、瀬良はニビジムを訪れた。昨日のバトルの件について叱られるのだろう。何を言われても仕方がない。
レッドの姿でやり過ぎてしまったことについては、瀬良は自分の中で反省したつもりだった。少年の話からも分かる通り、レッドという存在がカントーにとっていかに大きいか。時代を終わらせ、次の時代へ移行させた存在として認識されているという事実は、直接聞くとインパクトのあるものだった。
そんなレッドの偉業を傷つけてしまう行為を、軽はずみにして良い訳がない。冷静になればすぐに分かる。けれども、あのレッドのポケモン達の圧倒的な力を前にすると、妙な魔力があるのもまた事実だった。瀬良は自分が一声発せば観客が騒ぎ、また一言発すれば黙らせることも出来るその素晴らしい力に酔いしれた。
力振るうに値しない人間がその圧倒的力を扱えばどうなるか。世界の外側である瀬良は、ポケモンという存在を目の前にしたことがなかっただけに、余計にその影響を受ける。
人外の力は、強い毒でもあった。
今後レッドのポケモン達と付き合って行く上で、克服しなければならない問題となるだろう。瀬良は瀬良でレッドについて考えつつも、元いた世界から連れられた被害者。なんでこんな目に、という思いが少しでも膨れ上がれば、どうでもいいやという気持ちが溢れていくのは目に見えていた。
理性的に頭で理解出来るレッドへの理解と、感情のままふざけんな、という怒りが瀬良の中に存在した。混ざりあったパスタとソースのように、分離不可能なものとして存在するそれと、どう付き合っていけば良いか。
ニビの模範的トレーナーであり、バッジ所持数ゼロの頃のレッドと戦った経験のあるタケシならば、何か助言をもらえるのではないか。
あまり事情は話せなくとも、そんな期待を瀬良は抱いていた。
「昨日は、随分派手にやったみたいだな」
ニビジムのフィールドには、それをコの字に囲む観客席が用意されている。
眼下でジムトレーナー同士がバトルを行っているのを眺めつつ、タケシと瀬良は並んで席に座っていた。
「すいません。ニビにご迷惑をかけてしまって」
「一体どうしたんだ? お前程の奴が、加減を知らない訳はないだろう」
どう返そうか悩んだが、瀬良は正直に言うことにした。今ここにいるのは瀬良なのだ。レッドではない。
「いえ、俺にはやっぱり加減なんて分からないんです。バトルをするとなったら、一生懸命になってしまうんです」
ふーむ、と腕を組んでタケシは考え出した。瀬良の言っている直接的な意味ではなく、何か深い意味があるのかと考えているのだろう。
「一生懸命なのは良い。お前達が初めてここに来た時も、まさしく一生懸命だったからな」
「そんなにですか?」
「ああ。基本となるポケモンの相性を知っておきながら、ピカチュウだけで挑んで来るなんて最初はどういうつもりかと思ったがな」
やはり、レッドはただものを知らないで突っ込んだ訳ではないようだった。
「俺はお前の言葉を聞いた時、大成しそうだと思ったよ」
「何て言いましたっけ」
「苦手な相手と戦う機会は絶対に訪れる。自分に都合の良い相手とだけ戦うことを考えていたら、やっていけないって、そう言ったんだ。覚えてないのか?」
「は、はい。どう言ったかまでは、覚えていなくて」
「そんな昔の話でもないのに、覚えていないことが多いな」
タイチの質問の件も合わせて考えているのだ。タケシは怪訝そうな顔をする。本当は知らないだけなのだが、覚えていないということ自体は理解してもらえたらしい。
「まあいい。とにかくな、バッジをまだ一つも持っていないトレーナーが見る未来より、随分先の未来を見ているなと驚いたもんだよ。バトル自体はまだまだ雑だったしつたないものだったが、考えていることは正しい。実際、何度も挑戦して来て苦手な相手と戦う方法を覚え、バッジをもぎ取ったんだから良い根性してるよ。一つ目のバッジを渡す条件はそれなりに緩いから、正直とっくにバッジ所持に値していたのに、お前は譲らなかったからな」
ただのトレーナーではない。その片鱗がタケシの言葉からもよく分かった。ただ闇雲に突っ込んだ訳ではなく、きっちりとした考えがあって行った事なのだ。
だからこそだ、とタケシは続ける。
「何故そんなお前が、加減を間違えるのか分からない。まるでレッドではないみたいだ」
はい、そうなんです。
そう言えば、タケシは理解してくれるだろうか。言ってしまった方が良いのではないか。口をついてしまいそうになるものの、誰がそんな話を理解するのか。からかっていると思われるのが関の山だ。
「ジムリーダーの皆さんや、四天王、チャンピオンといった、洗練されすぎているトレーナーと戦っていくうちに、何か違うなと思ったのかもしれません。もっとこう、野生的な何かを思い出さないといけないというか。なりふり構わず向かってくる相手に対応する力とか、そういう方向の強さを、忘れてはいけないなと」
瀬良なりに、それは今後カントーで生きていくために身につけなくてはいけないものだと考えた。安全な場所ばかりではないはずのカントーで生きていくためには、それなりにポケモンと一緒にバトルが出来るようになっておかなければならない。そのための手段だったんだ、という話を伝えてみたつもりだった。
「まあ、言っていることは分からないでもないが。何か、間違った方向に行ってるんじゃないか?」
「間違ってた方向、と言いますと?」
「チャンピオンになる過程で、野生の厳しい環境は十分経験しただろう。カントーにだって、それなりに厳しい場所はある。チャンピオンまで昇りつめたということは、もうその力がある。違うか?」
「……どうなんでしょう」
瀬良はどう言っても、タケシの疑問からは逃れられない気がした。
「何か事情があるのは分かった。何故お前達の力をそのままバトルで使ったのかも、もう問わない。だが、今、お前達は満足しているか?」
「満足は、していませんね」
「チャンピオンになって、その先の道を見失っているんじゃないか?」
本物のレッドがどうかは分からないが、瀬良自身はトレーナーとしての道なんて、ほぼ真っ暗闇だった。
「そうなのかもしれません。さらなる力を得ようと、必死なんですかね」
「そこまで力を求めてどうするんだ。お前達の強さは、ただバトルが強いというだけではないだろう」
「……俺には、わかりません」
瀬良の歯切れの悪い回答に、タケシも困った様子だった。
「なら、もう一度自分のポケモン達と向き合ってみろ。バトルをする上で力を高めることだけが全てかどうか、もう一度よく考えるんだ。ここに来た時みたいな、互いの期待に応えようと必死なお前達を取り戻せば、何かが変わるかもしれない」
それは、お前は前のお前じゃないと言われているのと同じだった。昨日のバトルを見ていなくても、こうやって話せばすぐにレッドの様子がおかしく、前とは違うのだと分かるということだ。
今一番必要なのは、レッドのポケモン達をしっかり信用することなのかもしれない。怖がっていても仕方ない。まずはそれを第一に考えないと、今後も昨日みたいなことが続く可能性がある。
そのためにも、瀬良は加減をある程度間違えても受け止めてもらえる人に相手をしてもらいたかった。
「タケシさん。バトルをしてもらえませんか?」