ポケモンバトルは、ポケモン単体の強さだけで決まるものではない。
サナエという老女とのバトルで、瀬良はそれを思い知った。
彼女が繰り出したライチュウは、単体で見ればレッドのポケモン達よりパワーが落ちる。単純な種族差から来るパワーの差はもちろん、個としての能力もレッドのポケモン達の方がおそらく高い。しかしそれでも、ポケモンバトルという枠組みで見れば、瀬良からしたらあまり差はないように思えた。
要するにトレーナーの差だ。
サナエは場を理解し、的確に素早く、言葉数少なくライチュウに指示を出す。それはゲームの様なターン制のバトルではありえない、きめ細かやな知識と経験から来るものなのだろうと瀬良は思った。
反射神経という身体の限界を、経験値で越えてくる姿はあまりにも格好よく、敬意に値する。素直に凄いと思った瀬良は、ポケモンバトルの奥深さを一つ勉強した。
コンビとしても、瀬良とレッドのポケモン達とのそれとは違った。彼女の声に反応するライチュウの速度は、ほとんどシンクロしているのではないかという程ラグがなかった。まるでそう言うのが分かっているかのように、ライチュウは動いた。
一体どれほどの時を一緒に過ごせば、あんな風になれるのか。
「いやはや、とんでもないトレーナーですね本当に」
バトルが終わり、瀬良の目の前にはサナエ相手に繰り出したフシギバナが立っている。ただ、いつもの様に力強く地面を踏みしめている様子はなく、すぐにでも倒れてしまいそうな程よろめいていた。
レッドのポケモンとしてのプライドからか、皆の前で情けない姿など見せられるかということか、ただ倒れまいと必死だった。
それ程までにレッドのポケモン達を、サナエとライチュウは追い詰めた。
フシギバナの蔓を、種を、光線を、スルスルとよけてダメージを与え続けたライチュウの動きは見事としか言いようがない。
いくら瀬良がトレーナーとしてはずぶの素人でも、レッドのポケモンをこれだけ追い詰める力は見事。単純に言えば、フシギバナが負けてもおかしくないバトルだった。
「びっくりしました。あなたみたいな強い人、初めてです」
チャンピオンとも戦った経験のあるレッドなのだから、そんなはずはない。思わず口走ってしまった、と瀬良は後悔するものの、サナエはにこりと笑ってそれを受け流した。
「ライチュウ」
サナエの言葉で、倒れていたライチュウは勢いよく身を起こす。最後はフシギバナの蔓にはたかれて倒れたはずだった。サナエはモンスターボールへと戻し、瀬良の元へゆっくりと近づいてくる。
「何か悩んでいるんじゃないですか? あなた程のトレーナーが、ポケモンと一体になっていない。ちぐはぐですよ?」
「え、ええ、まあ、色々ありまして」
「この町にいる間、一度私のところへいらっしゃい。力になれることがあれば、相談に乗るから」
瀬良に耳打ちしもう一度にっこりと笑顔を浮かべると、サナエはその場から離れていった。
慌てて短パン少年がサナエを追いかける。
「サ、サナエばあちゃん、歩いて帰るのか? 送るよ」
「あんたの世話になる私じゃないよ。まだまだ現役さ」
ゆっくりと、だがしっかりとした足取りで去っていく。ジムリーダーではなくとも、あれだけ強いトレーナーがいる。野良バトルとて油断ならないのだと分かった瀬良は、今更になって肝が冷えた。ハナダのトレーナーぐらいなら、と思った自分を恥じた。
去っていくサナエの背中を見ていた瀬良の元へ、今度は短パン少年が近寄って来る。
「サナエばあちゃんとライチュウに、後で礼言っとけよ」
「え?」
「え、じゃないよ。分かってるんだろ、身を引いてくれたって」
彼女程のトレーナーが、何故こんなハナダのバトル好き連中と一緒にいるのか。
瀬良にはとても、不思議だった。
連続バトルの最中で起きた波乱は一段落し、続きが行われた。サナエのバトルを見て皆奮起したのか、こぞってバトルに出たいとトレーナー達が手を上げた。
結果から言えば、サナエ以降はほぼ消化試合のようなものだった。レッドのポケモンが全てを蹴散らし、無事十連勝を達成した。瀬良など何もしていないのと同じだった。短パン少年は瀬良とポケモン達の健闘を称え、皆の拍手でその場は終わりを迎えた。
連戦の終盤、瀬良はサナエのことで頭がいっぱいだった。一体彼女は何者なのか。一度きちんと話しを聞いてみたかったが、瀬良は自宅を知らない。もしかしたらレッドは知っているのかもしれないし、有名な場所だから誰でも知っているのかもしれないが、居ても立ってもいられなくなった瀬良は、短パン少年を捕まえた。
サナエに加えて、彼には他にも聞きたいことがあった。
「あの、サナエさんってどこに住んでいるんでしたっけ」
「何言ってんだ? 五番道路に決まってるだろ。あんなところに育て屋として家構えてるのはサナエばあちゃんだけだ」
「そうですか。ありがとうございます」
育て屋、という単語は瀬良にも聞き覚えがあった。カントーにいる育て屋は、確かにハナダの南側にいるはずだ。それが彼女。ポケモンを育てるという仕事の性質上、バトルにも精通していないといけないということだ。
礼を言いつつ考え込む瀬良を見て、変な奴、と呟く短パン少年を気にせず、瀬良は質問を続ける。払拭したはずの疑問は、払いきれなかった。
「今日、俺が来るって知っていたんですか?」
「知っていたさ。教えてくれた人がいたからな」
「どんな人ですか?」
「帽子を被った男だよ。髪は、緑色だったかなあ」
「緑、ですか。……あの、名前とか、言ってませんでしたか」
「そういえば、聞かれたら言ってくれって言ってたな。確か、ランスって言ってた。知り合いか?」
こちらも聞き覚えのある単語、もとい名前。それもそのはず、つい最近タケシからそれを聞いたからだ。一体何が目的なのか、瀬良には検討もつかない。ハナダに瀬良が来ることを伝えて、一体何になるのか。バトルをさせようとしたのは間違いないが、それに一体何の意味があるのか。ロケット団の目的が分からなさ過ぎて、あまりに不気味。
ゲームでも、ゴールデンボールブリッジにはロケット団がいたはずだ。入るよう勧誘され、断ったらバトルになったはず。ハナダ出身のロケット団員がいるということだろうか。それとも今、このバトル好きの集団に混じっているのか。
今レッド本人がいないこのカントーで、一体何をしようと言うのか。気味の悪さは拭い去れないが、瀬良は動くしかなかった。
バトルというものを少しだけ楽しめるようになってきた所だったが、やはりそんな場合ではないのかもしれない。一刻も早く元に戻る方法を見つけた方が、カントーのためにもなるだろう。
サナエにも興味があるし、バトルというものをもう少し知りたいとも思う。カントー地方というもの自体には憧れがあるし、ただ単に旅もしてみたい。
レッドのポケモン達のことも、少しだけ分かって来たところだったが、彼らにとって瀬良はただの偽りの存在。世界の外側、イレギュラーな存在は、早く消える方が良い。
優先すべきは一つ。
「マサキのところへ行くか」
当初の目的通り、瀬良はハナダの岬にあるマサキの家へと向かった。