赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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【ハナダ編.五】

 ハナダの岬まで一直線に向かった瀬良に、バトルを挑んで来る者はいなかった。普段であればトレーナーに絡まれて大変な道のりなのだろうが、あれだけバトルを見せればもう十分ということだろう。

 

 ああいう形で大々的にバトルをやらなければ、どれだけのトレーナー達に絡まれたものか、分かったものではない。

 瀬良はハナダの岬にマサキが居を構える理由も分かる気がした。岬からは海が見渡せる良い場所なのだが、人がほとんどいない。血気盛んなトレーナー達の壁が厚く、そこまでわざわざ来る者も少ないのだろう。

 

 ハナダのはずれに住む天才エンジニアマサキ。瀬良にとっては、今のところ彼が元の世界に戻るための唯一の希望、大本命だった。ここで駄目ならどうするのか。それを考えると空恐ろしくなるが、躊躇している場合ではない。

 

 後のことは後で考えよう、と腹を決めた瀬良は、マサキの家のインターフォンを鳴らす。軽快な音が響く。棒立ちの瀬良は、マサキの声を期待した。

 

「いないのかな」

 

 期待に反して、応答はない。張り詰めた緊張の糸が緩んでいく。出直すしかないのだろうかと考えたが、念のため、もう一度だけ瀬良はボタンを押す。しかし応答はない。

 仕方ない、と帰ろうとしたが、こんなに意を決してやって来たのにただで帰るのもないだろう。レッドがマサキとどこまでの関係性か分からないが、知らない仲ではないはずだ。

 

 開いていたから、で許してもらえる関係であると勝手に仮定して、そのドアノブに手を掛ける。

 ノブが落ち、そのまま手を引けば扉は抵抗しなかった。瀬良の思うままにドアは開いた。

 

 玄関から廊下が伸びている。奥にはもう一枚扉があった。その先がリビングだろう。奥の扉までにも、扉が二つ。こちらはトイレや風呂場だろうか。

 最近は我ながら不法侵入が過ぎる、と瀬良は思う。自身がこの世界に飛んで来てしまった時のことを思い出した。興味があれば、また必要とあらばどこへでも不法侵入を行う自分に驚きつつも、身体は後ろには引けなかった。

 

「マサキさーん」

 

 一応、玄関から声を掛けてみる。応答はない。本当に誰もいないのだろうか。だとしたら不用心が過ぎるだろう。

 もしかして、中で倒れているのかもしれない。だとしたら大変だ。助けなければ、と都合の良い解釈の元靴を脱ぎ、廊下を歩く。もう一度だけ「マサキさーん!」と呼びかけるも、応答はない。

 

 すぐに奥の扉まで着いてしまう。もう行くしかない。この先に、瀬良がこの世界に飛ぶ前に見た機械があれば、それを使って戻れるかもしれない。そう思うと、最早魔が差したというよりは瀬良にとっては是が非でも手に入れたいもの。

 

 躊躇して後ろに引く選択肢はなかった。

 ノブを落として、扉を押す。簡単に開いた扉の先は希望か、それとも。

 

「マサキさーん!」

 

 三度目の呼びかけに、やはり応答はない。代わりにすぐ目に入って来たのは、ポケモンだった。

 

「ニ、ニドリーノ?」

「レッドや! 訳のわからん奴やったらどないしよかと思ったわ! 助かった、救いの神や!」

 

 ニドリーノが喜び、言葉を喋ってはしゃいでいる。どうにも奇妙な光景に釘付けになり、瀬良はその場に固まった。

 

「なに固まっとんねん! 前みたいに分離頼むわ!」

「マ、マサキさんですか?」

「当たり前や。二回目やろ?」

 

 一回目なんだけどなあ、と瀬良は心でぼやくが、まず間違いなく二回目なのだろう。レッドは同じ状況に出くわして助けたのだ。ゲームでも、同じ状況だったはず。

 

「どうすればいいんですか?」

「そこのパソコンから操作するんや。誰にでも簡単に分かるように、緊急分離スイッチを作ってある。わいが装置に入ったら、それを押してくれたらええ」

「わ、わかりました」

 

 簡単だから出来る、と言われてしまうと緊張してしまう。近くにあった机に近寄り、パソコンを見てみれば確かにそれらしきボタンが画面上にあった。瀬良はゴクりと唾を飲み込む。本当にこれで良いんですよね? と確認する間もない。マサキは待ってくれない。

 

「ええか? わいが装置に入って、上部に赤いランプが点灯したらスイッチを押すんや」

 

 ニドリーノに目を奪われていたものの、彼が入って行ったマシンを見て、瀬良は息を飲む。

 色は多少異なるものの、あの時瀬良が興味本位で中に入ったマシンそのものが目の前にあった。

 

 元に戻れる。心臓が跳ねる。「おーい! はようしてくれ!」マサキの声が右から左に抜けていく。「おーい、レッド! レッドちゃーん!」ランプに目を奪われ、元に戻れるのかもしれないという希望が、頭を支配する。「おーいレッドちゃーん! 頼むー!」レッドにもっと大きな迷惑を掛ける前に、この世界を脱出出来る。「おいレッド! ええ加減にせえ!」

 

 マサキの怒鳴り声にハッとした瀬良は、慌てて画面に表示された緊急分離のボタンをクリックする。熱を放出するためか、シュー、と大きな音を出しながらマシンが動き始める。仰々しい音に驚き、特に確認もしないまま押してしまった事に今更瀬良は不安を感じていた。

 

 簡単に出来るから、とは言えあっさりとボタンを押しすぎた。もし間違えていたらどうしよう、と思いながら、仰仰しく音を立てるマシンを見つめる。

 やがて、音が小さくなったと共に赤いランプが消え、マシンの扉が開いた。

 

「いやあ、助かった助かった! ほんまありがとう!」

 

 マサキはニドリーノとして入って行ったマシンからではなく、左側にあるもう一台から出て来た。瀬良が知っている顔そのもの。思っているよりは大人びている気がするが、瀬良が知っている時代よりも進んでいるからだろう。

 

 ニドリーノとして入っていったマシンからは、もう人語を喋らなくなったニドリーノがおそるおそる出てくる。「すまんな」と言いながらマサキがモンスターボールへと戻した。

 

 一段落した部屋はやっと静かになり、マサキはふうと一息ついて瀬良が立つ隣の椅子に腰を掛けた。

 

「ミスっても自分で解決出来る仕様にしとかんとあかんなあ。同じミスを重ねるなんてエンジニアとして失格や、なあ?」

 

 レッドの方を向かずに、画面を操作しながら喋り続けるマサキに、瀬良は言葉を返さなかった。彼が、瀬良を元に戻せる方法を知っている。そう思うと、余計に緊張感が増した。

 マサキの様子を見ていると、レッドとマサキはそれなりに関係値があると見て良いだろう。ここは突っ込んでいかなければならない。

 

「あの、マサキさん」

「ちょっと待ち」

「マサキさん」

「待ち」

「マサキさん!」

 

 レッドの声に、マサキはピタリと手を止めた。椅子を回して、大声を上げた瀬良の方へ椅子を向ける。

 

「レッドがそないな大きい声を出すとこ、初めて見たわ」

 

 事情があるのを理解しもらえたらしい。話しを聞くつもりになってくれたマサキは、テーブルに置いてあったコーヒーを一口飲んだ。初めて、二人はじっと目を合わせる。

 

「何か事情があるみたいやな」

「大ありです。助けが必要なんです」

「天下の元チャンピオン様がわいに?」

「元チャンピオンじゃないんですよ」

 

 瀬良の言葉に、マサキは不思議そうな顔を浮かべる。

 

「面白そうなことを言うやないか」

 

 表情を変えたマサキが、ニヤりと笑って瀬良を見ていた。 

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