瀬良は即答した。
ふざけんな、と言わないだけましだった。
何故お月見山でレッドのポケモン達とバトルをしただけで怒られるのか。何故レッドがチャンピオンを降りて、自由に旅をしているだけで文句を言われなければならないのか。何故彼を、異常者扱いするのか。
今の中身はこの世界の外側の人間。圧倒的部外者で、つまはじきにされている存在。何も分からずにカントーを歩き、ちょっとバトルをしただけでこの有様。
今回はニビでバトルをけしかけて、誰彼構わず怪我をさせるのとは話が違う。
ハナダの洞窟の化物も、ポケモン達を抑えられないのも、うまく共存出来ないのも、レッドには関係ない。彼には何の責任もない。
元チャンピオンという立場が、どれだけ重いというのか。どれだけ偉いのか。怒りのあまり机を思い切り叩きそうになるのを抑えて、瀬良は必死に無表情に努めた。
「わかりませんよ、そんなこと。強そうなポケモンがいたから、バトルになった。それだけです。襲ってくる強いポケモン達がいるなら、俺はいくらでも相手になりますよ。ハナダの洞窟? その地域のポケモン達が狂暴化? だから何ですか。早くなんとかして下さいよ」
抑えられたのは表情だけだった。歯止めが利かなくなった瀬良は、言いたいだけ全てをぶちまける。カスミの顔は、みるみる怒りに満ちていく。
「あんたそれ、本当に言ってるの? 被害が出るって言ってんの。すぐになんとか出来るならすぐしてるわよ。ハナダとニビの住民を全員避難させて、ハナダの洞窟周辺のポケモン達を全て捕まえて、あの化物を抑え込んで、全てを無に帰せば落ち着くでしょうね。で、それってどうやるのかしら? 本当にそんなこと、やっていいの?」
「それを考えるのがあなた達の仕事でしょう?」
睨み合ったまま、二人は動かない。
カントー地方がチャンピオンという名を崇め大事にしてきた文化それ自体は、否定出来ない。ポケモン協会セキエイ本部カントー・ジョートリーグチャンピオンの名前の重さは、瀬良よりも遥かにカスミの方が理解出来る。
それを外部から、だからなんだと言い切るには無理がある。カントーに来てまだ間もない瀬良が、それを全て理解するのは難しい。
瀬良自身もそれは理解している。だが、そうであっても、今この地方でレッドを取り巻く様々なしがらみは、彼を困らせているはず。彼を元チャンピオンとして扱う風潮が消えない限りは、何も変わらない。せめて瀬良だけでも、その空気に抗っていかなければならない。だから譲れない。けれども、
「まあ、ここで俺とカスミさんが言い合っていても仕方ないですよ。あなたは、ハナダの洞窟周辺に手を入れる権限を持っていないんですよね? 俺も、あの強いポケモン達と面白半分に戦うのはやめます。元々、ちょっとバトルしたからって続々と出てくるなんて思っていなかったんですよ。それは本当です。もうしません」
ずっとカスミといがみ合っていてもしょうがない。彼女もまた、協力者として引き込みたい人間だ。
「分かれば良いわ。でも、レッド、あなた本当に一体何を考えているの? まさか、本当にロケット団の残党に与している訳じゃないのよね?」
カスミのその言葉で、タケシが瀬良の言葉全てを協会側には伝えていないというのが分かった。
「与しているかどうか、分かりません」
「どういうこと?」
「正直に言いますよ。本当に、分からないんです。ロケット団に与していたかもしれないし、していないのかもしれない。自分のことなのに、どちらか分からないんです」
「察しろって顔ね。マサキのところに行ったのも、その辺の事情が重なっているんでしょう?」
「どう受け取っていただいても構いません」
マサキには全てを喋ってしまった上に、口止めもしなかった。彼がどう判断するかは分からないが、カスミが本気で口を割らせようとしたら、マサキは話すだろう。今協会が抱いているレッドへの不信感、警戒感、それとマサキの話が合わされば、協会はまた別の回答を出すはずだ。レッドには大変申し訳ない話だったが、瀬良としても、マサキとのあの場は賭けに出ざるを得ないところだった。
自分自身がここにいる、その仕組みを唯一理解出来る人物だ。頼りたくなるのも仕方ないじゃないか、と瀬良は心の中でレッドに謝るしかなかった。
「確かに、嘘を言っているとは思えないわね」
「何か含みがありますね」
「タケシから言われてたのよ、細かくは喋れないけど、レッドと会う時はあんたの言うことに真剣に耳を傾けてやってくれってね」
「……タケシさんが、ですか」
これ以上話しをしても何も先に進まないと思ったのか、カスミは話しは終わりとばかりに立ち上がって一つ伸びをした。
「もう終わり。こういうの性に合わないって。あんたがどうしようと、あんたの勝手。正直、私は興味ないわ」
「なんですかそれ」
「ハナダに危害を加えるっていうならぶっとばすけど、そういう訳じゃなさそうだしね。責任感じて自分でサナエさんのところへポケモンを届けるんだったら、それで良いわ」
興味なさそうに言って、打って変わってさっぱりした様子のカスミは、そのまま腰のホルダーについたモンスターボールを手に取る。
「どう、やる? あんたが嘘をついているとは思えないけど、今バトルをすればちゃんと分かるからそれが一番早いのよ」
ボールを突き出して、バトルのお誘い。ニビでは叶わなかったジムリーダーとのバトルだ。是が非でも一度経験させてもらいたかった。
「バトルをすれば、俺が信用に足るかどうか分かるんですか?」
「そういうこと」
「なるほど」
それは、信用されなさそうだ、と瀬良は思った。今瀬良がバトルをすれば、どうやってもおかしいと思われてしまう。レッドと比べれば、間違いなくそのレベルは低い。
この際とことんおかしいと思われた方が良いのだろうか、とも瀬良は考える。マサキにあそこまでぶちまけてしまった以上、今のレッドはやはりおかしいという情報が広まるのは恐らく避けられない。
とことんレッドがおかしくなって、別人になってしまっていることをどんどんアピールしていけば、手を差し伸べてくれる人がいるのかもしれない。
「いやいや、そんなの、レッドがあまりにも可哀想だ」
「何ぶつぶつ呟いてんの? やるの? やらないの?」
突然苦笑して首を横に振った瀬良を見て、カスミは怪訝そうな顔を浮かべた。どうするか悩んでいる間に、取り調べ室の扉が開く。女性警察官がジュラルミンケース一つと、書類を揃えて戻って来た。
「あの、何やってるんですか? カスミさん、ボールなんか構えて」
「レッドとバトルをしようと思って」
「ふざけないで下さい。どこでやろうとも、あなたとレッド君のバトルなんか今許せる訳ないでしょう。角が立つだけです。今は大人しくしていて下さい」
「ちぇ、つまんない。レッド、バトルはまた今度ね」
「え、ええ、分かりました」
再び正面に座った女性警察官は、持って来た書類を並べる。サインをしろだのあれかけこれ書けと、つくづく、ポケモンがいる以外は元いた世界と変わらないんだなと、瀬良は思う。
「じゃあ、私は帰るわ」
「すいませんでした。また、お願いします」
にっこり笑って部屋を出ようとするカスミは、ドアノブを手にしてそのまま、顔もこちらへ向けずに「レッド」と瀬良を呼んだ。
「何をしようとしているか知らないけど、ハナダに危害を加えるのだけは許さないから。その辺、よろしく」
タケシと同じだった。ジムリーダーというのは、その町をとても大切にしている。
「肝に、命じて置きます」
手をひらひらさせて、カスミは部屋を出ていく。何かがあっても、彼女はこの町の盾となり続けるのだろう。それだけの責任感と愛着が、カスミにはある。もちろん、タケシも同様だ。
なんだかそれが羨ましく、瀬良はそんな故郷が自分にはない気がして、寂しく、悲しい。
「バトル狂のあなたがやりたいことなんて、バトル以外にあるんですか?」
女性警察官の失礼な物言いも、今は何も気にならない。「まあ」と空返事だけ一つして、瀬良はペンを走らせる。
レッドをなんとかしてやりたいという気持ちの他に、瀬良の中を占めるのは今、セラ・ヒサシの名前だった。
彼について調べることが、自分について調べることに繋がるかもしれない。元の世界に戻る方法を考える上で、それは必ずやっておかなければいけない。
「それじゃ、お願いしますね。責任持って、届けて下さい。あなたなら何があっても大丈夫だと思いますが、一応、お気をつけて」
書類を揃えてトントン、と机を叩いた女性警察官は、立ち上がって瀬良を誘導する。
机の上に置いてあったジュラルミンケースを手に取り、それを瀬良に手渡す。
「くれぐれも、くれぐれも気を付けて下さい。ハナダの町中で飛び出しでもしたら、本当に大騒ぎですから」
「分かってますよ。それくらい」
入口まで案内され、頭を一つ下げて警察署を後にする。
「どいつもこいつも、レッドをなんだと思ってんだ」
吐き捨てるように一つ呟いて、瀬良はサナエの住む五番道路の育て屋を目指す。