二十四、二十五番道路の馴れ馴れしく話し掛けてくるトレーナー達をやり過ごし、瀬良はマサキの家をもう一度訪れた。昨日はトラブルで有耶無耶にされてしまったから、再度話しておきたかった。彼から引き出せる情報はまだあるはずだ。
「それで、何しに来たんや?」
昨日と同じ部屋に通された瀬良は、再びソファに腰を掛け、マサキと対峙した。ただ今日は、マサキの隣にはもう一人いる。
「気にしないでいいから」
といいつつも、話を聞く気満々なカスミがマサキの隣に座っている。なるべく他の人間の耳には、特に、協会側と繋がっている人間にはあまり知られたくない内容の話だったので、瀬良としては退席を願いたいところ。
「気になるんですけど。それに、ちょっと込み入った話をするんで、出来ればはずしていただけますか?」
「だめ。私もここで聞く。嫌なら力づくでどうぞ」
バトルで買ったら言う事を聞く、ということだが、瀬良にそんな気はなかった。無理してジムリーダーと戦って経験値を積みたいと思う、少し前の瀬良はもういない。そんなことをしなくても、ポケモン達が既にジムリーダーとのバトル経験を積んでいる。四天王だって、チャンピオンとだって戦っている。そういうのは、彼等に任せれば良い。
「戦いませんよ。出て行っていただけないのなら、上には伝えないと約束いただけますか?」
「上を裏切れと。分かったわ」
足を組み、前かがみになって肘を付くカスミはニヤリと笑う。元々そのつもりだったやろ、とマサキ。
「ハナダで何かする以上、あたしの目の届かないところで事が動くのが気に入らないだけだから、上には伝えないわ」
「ありがとうございます」
「それで、用はなんや」
「もちろん、昨日の話の続きですよ」
マサキは溜息を一つつく。もう話せることは話したとでも言いたげだった。
「セラさんには会わされへん。元に戻る方法もあらへん。今目の前にいるお前はレッドや。これ以上何がある」
「マサキさんがこれ以上何も話さないのは分かってます。俺が聞きたいのは、レッドがここに来た時の話です。彼は、どんな男でした? どんな様子でした? それと、ここに来た後、どこに向かうか言ってましたか?」
レッドの足跡を辿るには、ゲームと同じ進行を辿れば良いはず。そのはずだが、ここはゲームじゃない。現実の世界だ。レッドがゲーム通り動いているとも限らない。知っているかもしれない人間に、出来る限りのことは聞いておきたいと瀬良は思った。
「なんやそれ。まあ、それなら答えてもええけど」
「是非、お願いします」
「ここに来たレッドに助けてもらった後、確か、クチバから出るサントアンヌ号の乗船チケットを渡したはずや。だから、クチバシティに向かったんやないか?」
「カスミさんは、何かご存じですか?」
「え? 一体何の話? レッドの話じゃないの? なんで自分で分からないの?」
「分からないんですよ。今はただ、俺が本当に分かっていないとだけ理解して下さい」
マサキと瀬良のやり取りがよっぽど意味不明だったのだろう。ぽかんとした顔を浮かべたカスミは、納得出来ないまでも、瀬良の言った通りなんとかそれで理解しようと努めている。うーんうーんと唸り、腕を組みながら首を傾げていた。
「どこに行ったかは分からないけど、そういえば、ブルーバッジを取った後本気でやってくれって言われたな」
「え、それ本当ですか?」
「うん。ジム戦用のポケモンじゃなくて、ベストメンバーでやってくれって。まだバッジ二個しか持っていないトレーナー相手に、本気でバトルするのってあまりよくないから一度断ったけどね。何度もせがまれたから、レッドなら平気かなと思って結局バトルしちゃった」
ジムのスタッフから怒られたけどね、とカスミは付け加えた。
今の話は、ゲームにはないはずだった。やはり、そのまま同じように動いていると思わない方が良い。何か少しの変化が、良い情報に繋がる可能性がある。
「それで、結果は?」
「流石に勝ったよ。ジムバッジ二個しか持っていない初心者トレーナー相手に負けたらまずいでしょ」
「まあ、そりゃそうですよね」
当たり前の話だ。ジムリーダー相手に、その時のレッドが勝てる訳ない。
トキワで色々調べた限り、その話を読んだことはなかった。レッドは連戦連勝でカントーを駆け回り、あっという間にバッジを八つ集めたというのが皆の共通理解だ。
「ちなみに、何故そんなにバトルをしたがったんですか?」
「自分のいる位置を知りたいって、言ってたかなあ」
「自分のいる位置、ですか」
自分の今の実力を知り、ジムリーダーと呼ばれるカントーの超エリートとの距離感を測った。その差を途方もないものと感じるか、いけそうと思うかはそれぞれ。レッドはきっと、いけると判断した。彼は何故、そんなにもバトルに一生懸命だったのか。
「何故、なんですかね。何故レッドは、バトルがそんなに好きなんですか」
「何故って、あんたじゃん。あんたが何でバトルが好きか、自分で分からないの?」
カスミはやっぱり不思議そうで、納得していない。
「そう。分からないんや。答えてやってくれ」
マサキの助け船。「後で細かいとこ教えてよね」と前置きして、しぶしぶカスミは続ける。
「すごい一生懸命だったから、何を目指しているか聞いたんだよね。そうしたら、生半可なことをやっていたらあいつには勝てないって。今思うと、それってグリーンのことだよね」
グリーンは、レッドに向かって強気な態度だった。それはレッドが自分に迫ってくる焦りの裏返し。レッドに突き上げられ、追いつかれまいと必死で逃げていたのだろう。ヤシロから言わせると、そんなものに付き合ったから駄目なんだという話なのだが、グリーンはどうしても、レッドに負けたくなかったのだ。
そこまでは瀬良にも分かっていた。ゲームでもそうだ。だが、レッドもまた同じように、グリーンを必死で追いかけていた。瀬良もそれは知らなかった。
「そうですね」
「あいつ、焦ってたところあったもんなあ」
「やっぱり、そうなんですか」
「オーキド博士の孫だし、ちゃんと才能もあったからね。エリートだと思われていることの意味を、本能で理解してた気がする。ピタリと後ろにくっついてくる、純粋天然なあんたみたいな奴もいるし、切羽詰まってたと思うなあ」
「でも、俺とグリーンは仲が良かったでしょう?」
「二人が一緒に喋っているところって見たことないから分からないけど、そういう風には聞いてるよ。グリーンの方がお兄ちゃん気質で、レッドの方が弟気質だって、そういう話になってない? ていうか、何で私がこれを話す訳? そんなのあんたが一番よく分かってるでしょ」
何回目や、と呆れるマサキだったが、無理もない話だった。同じ立場だったら瀬良もカスミと同じように思うだろう。
「他には何か、レッドと、グリーンについてでも良いですが、何かありますか?」
あ、とマサキは声を上げる。何か思い出したようだ。
「そういえば、ロケット団がどんな奴等か聞いてきたな」
「ああ、そうそう、私にもそれ聞いてきた。あんた、やっぱり」
「多分違うんで、勘違いしないで下さい」
とは言いつつも、瀬良も確信はなかった。
ハナダにいる時点のレッドがロケット団に興味を持つとすれば、ゴールデンボールブリッジでのバトルと、ハナダの民家へ泥棒に入ったロケット団とバトルをしたこと、どちらかが原因だろう。
単に悪い奴等だからこらしめたい、なんていう安易な正義感から来るものか、他に何か事情があるのか。
「何て答えたんですか?」
「子どもに詳しくする話ちゃうからな。ポケモンを使って悪事を働いている連中だから、近づかん方が良い、くらいに言ったはずやけど」
「私もそんな感じ」
「まあ、そりゃそうですよね」
二人の対応は正しい、と瀬良は思う。
レッドが何故ロケット団に興味を持ったのか、その謎が解ければ、シルフを乗っ取ったロケット団に突っ込んで行く、そのふざけた行為の理由も分かるかもしれない。
「そんなとこや。次の予定も入ってるから、これくらいにしといてや」
「私もジム戦の予定入ってるから、そろそろ帰らなくちゃ」
「分かりました。お二人とも、ありがとうございます」
カスミは立ち上がり、それじゃあね、今度またバトルしようと、ウインクしながら早々に出て行った。瀬良が思っていた通りの、さっぱりとした気持ちの良い人だった。
「それじゃ、俺も失礼します」
立ち上がり、部屋を出ようとした瀬良に向かって、レッド、とマサキは呼び止める。
「念のため言っておくが、間違ってもセラさんに会おうなんて思うな。レッドが知りたいことなんか何も聞けん。静かに暮らしているところやから、あまり波風立てないでやってくれ」
「お約束は、出来ません」
マサキから、それ以上の言葉はなかった。
瀬良は部屋を出て、マサキの家を後にする。カスミは何も知らなさそうだが、マサキは何かを知っている。瀬良の知りたいことも、本当は教えてくれないだけだというのは、ひしひしと伝わって来た。
言えない事情があると分かっただけでも、瀬良にとっては収穫だ。レッドが他の世界に飛ばされ、瀬良がここへやって来たことには何かある。幸い時間はあるので、じっくりじっくりやれば良い。
「キナ臭いね、どうも」
レッドが巻き込まれた何らかの出来事。ロケット団の怪しい行動。レッドとして果たしていかなければいけない役割。ポケモンバトル。レッドのポケモン達との関係性。そして、セラヒサシの名前。
考えなければいけないことは多い。首を突っ込んでどうにか出来る自信など何もなく、瀬良如きの力が通用する世界ではなさそうなのも分かっている。
でも、首を突っ込まなくてはならない事情も出来てしまった。こうなってはもう、後には引けない。
岬から眺望する海は、静かな波を立てていた。これから先、本気で突っ込もうものなら何が起こるか分からない。波風を立てないで欲しいとマサキにも言われたが、そういう訳にもいかない。
荒波の予感と、その中に暗く蠢く不安が瀬良を襲った。モンスターボールが一つ揺れ出し、瀬良は中からピカチュウを出す。
勢いよく肩に飛び乗り、ピカピ、と励ますように瀬良の頭を撫でたピカチュウは、敏感に瀬良の不安を察知したのだろう。
サナエの言葉を瀬良は思い出す。
ポケモン達に頼れば良いんだ。そう思っても良いんだと思えると、僅かばかりでも不安が和らぐ。
「ありがとな、ピカチュウ」
瀬良もまた、ピカチュウの頭を一つ撫でて歩き出す。
次の目的地は、クチバシティ。