赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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クチバ編
【クチバ編.一】


 大柄で金髪、迷彩パンツにピタっとしたカーキ色のタンクトップ。カントーでは目立つ恰好のクチバジムリーダー、マチスを頭とした屈強な組織がクチバにはある。

 カントーに住む者であれば知っている人間は多い。クチバジムがそれだ。

 潮の香りが鼻をくすぐるその町は、外国の船が停泊する町として様々な人間が往来する。浮かれた彼等を横目に、クチバジムでは厳しいトレーニングが毎日続けられていた。

 ジムに所属するトレーナーのほとんどが、軍人として任務を遂行していた頃のマチスの部下であり、今でもその上下関係は厳しい。マチスの部下ではないジムトレーナーも、彼のカリスマ性に当てられて日々訓練を積むものばかり。

 彼はジムに仕掛けを忍ばせて遊んでいる愉快な男ではなく、町に下り立った遊び呆けている人間達になど目もくれず、一心不乱に自己研鑽を続けるストイックな男であった。

 

「ナめてるネ?」

 

 だから、そんなマチスの怒りはただただ怖い。

 

 クチバシティに到着した瀬良はすぐにジムを訪れた。レッドの動向を確認するためである。

 元チャンピオンの来訪に歓声を上げたクチバジムの面々は、次々にバトル相手として名乗りを上げた。申し込まれるバトルならば、やらない手はない。順番に相手をしていった瀬良は順当に勝ち続けた。

 骨のある相手を全員退けた後、最後の最後にジムリーダーマチスも相手として名乗りをあげ、大盛り上がりでバトルを始めたところまでは良かったのだが。最初の一匹目、マルマインとエーフィが互角の戦いを繰り広げ、かろうじて勝ちを拾ったところで、マチスは突然バトルをやめた。

 

 バトル場を挟んで反対側にいるのに、瀬良の背筋は伸びる。口調は丁寧なのに、顔が優しくなかった。周りで見ていたジムトレーナー達も、別に自分が怒られている訳ではないのに直立不動。ゴクりと唾を飲んだ瀬良は、頭で反芻した言葉で恐る恐る返答する。

 

「舐めてないです。本当です」

 

 最早恒例となりつつある展開。まだまだ瀬良はレッドには程遠い。どこに行ってもこういう展開になるのは避けられないのだろう。それが分かっていても、瀬良にとってはジムリーダーとのバトルは良い経験になるので積んでおきたかった。彼等の強さを間近で見られるのは貴重だ。ポケモンに頼れば良い、というサナエの話は心構えとしては大変ためになる話だったが、それはやることをやらなくても良いという話ではない。

 

 そもそもマチスの怒りも至極当然だと、瀬良自身も思う。何故手を抜く必要があるのか、それはこちらを舐めているからではないのか。簡単な理屈だ。

 瀬良の事情だけで、レッドの皮を被ってバトルを行うのはあまり褒められた行為ではない。瀬良もだんだんとそれを理解し始めた。だが、どうしても必要だった。マサキの話を聞いている限り、セラ・ヒサシと会うのはそれなりに無理をする必要があるかもしれない。無理を通すために一番役に立つのは力だ。そのための訓練を積んでおく必要はある。

 それに、バトルをせざるを得ない状況に置かれた時のことを考えると、レッドに恥をかかせない程度にはやはり上達しておきたかった。力のあるトレーナーには見抜かれてしまっても、民衆くらいは騙せるに違いないと瀬良は思っていた。

 

 ただ、そんな瀬良の事情はマチスには関係ない。対戦する方からすれば、それは不快だろう。

 

 逆に言うと、不快だと思われない程度までバトルが出来れば及第点、いや、合格点だと言えよう。人に気を遣って尻ごんでいられる程瀬良に余裕はない。レッドの名前を貶める行為ではあるのかもしれないが、ニビやハナダのように町のトレーナーを端から倒すよりはよっぽど良い。クチバジムのトレーナー達はジェントルでありながらも好戦的で、非常に力のあるトレーナー達だった。

 直立不動のジムトレーナー達と一緒に、瀬良もまた直立不動でマチスの次の言葉を待った。

 

「ミーではありまセーン。ポケモンバトル、そんなにアマくナーイ。いつもいつも良いバトルがデキるなんて、ダレもオモてないネ。ミーもキッド達がツヨいのはよく知ってるヨ。でも、そんなにムラがあったら戦場だとすぐシにマース! いつでもどこでも、サイテイのパフォーマンスをタカくキープしないといけまセーン! ナヤみがあるならききマスよ。解決出来ない悩みなら、それに耐えうるスピリットをここでミにツケマース!」

 

 あ、そういうこと、と怒らせた肩の力を瀬良は緩める。マチスは非常に冷静な人らしい。流石軍人というべきか。レッドの異変をきちんと見抜いてアドバイスをくれる。タケシやカスミと同じように、協会側から話を聞いているはずだが、そんな様子も見せない。

 

「すいません。では、よろしくお願いします」

 

 ニカ、と歯を出して笑ったマチスは、メシでも食いながらハナシまショーウ! と箸でごはんを掻き込むジェスチャーを見せる。カントーに十分染まっているらしい。親指でジムの外を差し、のっしのっしと歩き始めた。マチスのお出かけに合わせてジムトレーナー達が慌てて動き始める。

 なるほど確かに、後ろに着いて行きたくなるのも瀬良は分かる気がした。ジムリーダーというのは、誰も彼もが一定以上のカリスマを持っている。バトルが強いだけでは成立しないその地位が、特別なものであるのはよく分かる。

 

 レッドやグリーンにも、新世代のリーダーとしてその力が備わりつつあるのかもしれないが、彼等はまだそれを使いこなせない。若さ故、いや、あまりにも先んじて前に進みすぎた故か。

 十代の貴重な時間を瀬良で無駄にする訳にもいかない。早く元に戻してやりたい気持ちは変わっていないが、それもいつになるのか分からない。戻るまでの間で、レッドのために瀬良がやれることをやるしかない。

 最近はもう、瀬良個人としてカントー地方を楽しむ余裕などなくなって来ていた。レッドの名前の重さを知れば知るほど、彼のためを思って動きたくなってしまう。

 

 瀬良にも個人的に調べなければならないことがあるが、優秀過ぎる弟分の邪魔はしたくない。そんな気持ちが沸いてくる。

 カントー地方にとってのレッド。個人としてのレッド。その両方をなんとか守ってやりたい気持ちで瀬良は一杯だ。ロケット団に関わっているなどと疑われてはいるものの、そんなはずはないと信じたかった。あんなにマサラで愛されるレッド君が、ロケット団に加担するなど誰が思うか。

 

 レッドを想うあの母親がいながら、そんなことがあり得てたまるか。

 そんなものは陰謀だと、この旅で証明したい。彼の名誉回復のための旅と思えば、瀬良ももう後ろには引けない。それに、ハナダではセラ・ヒサシの名前も見つけてしまっている。瀬良はもう、このカントー地方に深く関わらざるを得ない。

 マチスについて行くことが、この旅を前に進めるならば行くしかない。

 

 どこに行くのかと思えば、マチスはジムから程近いステーキハウスに入っていった。奥の個室に案内される辺り、常連具合が伺える。マチスとレッド二人で、誰からも見える席で食事を取っていたら、それこそ落ち着いて話も出来ないだろう。気を遣ってもらっているのかもしれない。

 

「ミーのためのセンヨウセキネ」

「センヨウセキ、ですか」

 

 権力を遺憾なく発揮しているらしい。瀬良には、タケシやカスミとも違う町との関わり方に見えた。

 ジムリーダー専用席なんて独善的とも言える力の使い方だが、マチスという人間を権威付けるにはうって付けだった。彼はこの町でどういう存在なのか。

 

 通された部屋には木製の大きなテーブルが置かれていた。下座をレッドに譲ったマチスは対面に座って、「イツモノ」と一言。店のスタッフが「かしこまりました」と一礼し、下がって行った。

 町によってもこれだけ違いがある。ジムリーダー各人で色が出ている。彼は、レッドをどう思っているのか。

 

「ユーはいっぱいタベルネ?」

「え? いやあ、どうでしょう」

「タベてくだサーイ。まずはたべてチカラツケマス」

「そ、そうですね」

 

 元の世界にもこういうおっちゃんいたなあ、と思いつつ、瀬良は一体何キロのステーキが出てくるのか分からない不安でいっぱいだった。こういう手合いは、残すと怒る。

 

「マチスさん。先程の話なんですが」

「イソグのはよくありまセーン。ホンダイはおいてくだサーイ」

 

 調子が狂う、というよりは常に主導権をマチスに握られている感覚が瀬良にはあった。彼のテリトリーで、言うなりについて来たのだからそれもしょうがないのかもしれない。

 世間話でもしようということだと理解した瀬良は、何か他に話す内容があるかと頭を回す。よく考えれば、この世界に来てろくに世間話などしていない。当たり前だが瀬良はカントーの世間に疎い。最初にレッドの母親と会った時に、最近のマサラについて話した母の話に相槌を打っていたのが唯一思い当たる世間話らしい世間話だ。

 トキワで会ったチクサとも、あまり長くは喋っていない。

 

「そうですね。焦っても良いことないですから」

 

 スタッフがテーブルに置いて行ったグラスを手に取り、水を少し口に含む。手持ちのポケモンの話でも振ろうかと考えていると、マチスは両肘を机において手を組んだ。

 難しい顔をするマチスを見ていると、世間話をする様な雰囲気ではない。

 少しの間が、流れを変える。空気が、一瞬でヒリついた。

 

「キッド、君を拘束します」

 

 どうも、世間話をする訳ではないらしい。

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