赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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【クチバ編.三】

 ポケモン達を出すのを諦めた瀬良は、ボールをホルダーへ戻し、半笑いのマチスと視線を交わす。

 

「なるほど。抜かりはない、ということですか」

 

 自分と戦いたければジムトレーナーと戦いつつ、二重の電子ロックを解けなどという、ふざけた仕掛けを施すジムリーダーならばやりかねない。

 そもそもポケモンを出せない場に追い込んでしまえば、レッドなどただのガキだ。そこら辺の大人でも簡単にやり込めてしまうだろう。

 

「さあ、何かお話しすることはありますか?」

 

 最後通告と瀬良は受け止めた。

 これに答えなければ、何をされるか分かったものではない。どうする、どうすれば避けられる。

 無駄だと分かっているのに、一縷の望みに賭けてもう一度ボールを手に取る。マチスから視線をはずさないまま、ボールの開閉スイッチを押し続ける。

 

「無駄です。ボール開閉をジャミングする特殊な電波を流しています。知っていますか? ポケモンを使用した凶悪な犯罪者が現れた時、鎮圧しやすいよう結構簡単に使用不能に出来るんですよ。その辺、ロケット団はうまく対策してましたがね」

 

 瀬良はどうしたら良いのか、何も思いつかなかった。もう、ハッタリをかますしかない。殴られたくない。痛い思いをしたくない。単純な恐怖が沸き起こり、素直に観念してそれっぽい嘘を口からつきそうになって、瀬良はギリギリで言葉を飲み込んだ。

 

「信じたくないですね」

「現実ですよ、これは」

 

 瀬良の思わず漏れ出た言葉に、マチスの返答は意味を成さなかった。

 良い訳がない。バトルで負けるのとも、チャンピオンの振舞いじゃないと怒られるのとも、訳が違う。

 レッドの身体で、彼の預かり知らぬところで、ここで負けて彼に嘘をつかせてしまって良い訳がない。

 

 こんな横暴なやり方に屈して、あることないこと瀬良が助かるためにべらべらと喋っては、それこそチャンピオンとしてのレッドの価値など地に落ちる。

 

 怖さを押し殺して言葉を飲み込んだ瀬良は、無策のままただ対峙する。ある程度ボロボロにされるのは仕方ない。許せレッド、と瀬良は心の中で謝った。

 

「覚悟を決めたって顔ですかね?」

「そうですね。喋る内容もなければ、抵抗する術もなさそうですので」

「覚悟を決めたにしては、まだ諦めてはなさそうですがね」

 

 言いながら、マチスは右腕を上げる。

 何の合図かと思えば、薄く開いた扉からコイル、レアコイルがわらわらと部屋に入ってくる。そのままマチスの周りをふわふわと浮かび、次の指示を待っていた。

 

「あなたを拘束し、話しをしてもらうためのコイル達です」

「殴られるかと思っていましたよ」

「それは最後の手段にしておきましょうか」

 

 コイル達の電撃よりもマチスの拳の方がきついらしい。大した自信だ。ジムトレーナー達に軍人時代の部下が多いように、ポケモン達もまた同じような関係性なのかもしれない。

 

「さあ、始めましょう」

 

 コイルの一匹が飛んで来て、そのまま瀬良に正面から”たいあたり”。衝撃と共に壁を背負った瀬良の両足を、レアコイル二匹の腕(と呼んで良いのかは分からない)が、がっちりと固める。Uの字マグネットの様なその腕が、ぎちりとレッドの細い足首を固定した。続いて飛んで来たコイルが、そのまま右腕も同様に固定したところで、一度動きは止まる。

 

「どうですか? まだやりますか?」

「だから、何をやる気もないですし、何も話すことがないんですって」

「オーケー。続けましょう」

 

 覚悟をいくら決めたところで怖いものは怖い。何か手はないものか、などと考える余裕すらもう無くなっていた。マチスに手を緩める様子はない。

 天才チャンピオンと言えど、ポケモンを封じ込められてしまえばこの程度。厳しい環境を生き抜いて来た人間には勝てない。

 所詮子どもは子ども。

 バトルは強いかもしれないけれど、その器はチャンピオンには程遠い。

 巡り合わせでチャンピオンになれただけで、不自然に持ち上げられているどうしようもない存在。

 そんなヤジを飛ばされるレッドを、瀬良はふいに想像する。

 

 目に入ったマチスの余裕ぶった表情が、恐怖に包まれる瀬良の感情の内に怒りを作った。レッドが舐められることに、瀬良は怒りを覚えた。

 レッドならこの状況すら回避しただろうし、この状況に持ち込まれるのをきちんと察知したに決まっている。瀬良だけは、世界の誰もが敵になったとしてもレッドの味方。身体を共有する一心同体の存在として、レッドを侮辱されることが、どうしても許せない。

 

 抵抗する術はないけれど、今に見とけよ、と屈服の意思を断固として見せず、瀬良はマチスを睨みつける。

 

 そんな瀬良の視線をマチスは余裕の表情で受け止めた。コイルが瀬良の左腕を拘束しようと飛びついて来る瞬間、瀬良は思わぬ理由でマチスの表情が崩れるのを見た。

 

 純粋な恐怖も、その余裕ぶった表情も、何もかも吹き飛ばす程の衝撃が、部屋を揺らす。

 

 大地震でも起きたのかと思う程の揺れ。その衝撃は、マチスにも予想外だったらしい。すぐに取り出した無線機を耳に当て、外の人間と話し始める。

 

 この状況下でも瀬良の拘束を緩めないコイル、レアコイルは、流石絶対の命令を下す軍人マチスのポケモン達だった。だが、衝撃で出足が遅れた一匹は別だ。瀬良は動く左手で咄嗟にボールを手に取る。

 

 無駄だとは思いつつも、予想外の出来事に試さずにはいられなかった。

 祈る様な想いで開閉スイッチを押せば、ボールの感触が希望を手のひらへ伝える。そのまま放れば、マチスの後方へ場を乱すフシギバナが現れる。

 

「拘束しろ!」

 

 瀬良がこの世界に来て初めて知ったことの一つ。つるのむちは瀬良が想像していたような数ではない。勢い良く飛び出した多数のつるが、拘束を続けるレアコイル達をはたき落とす。

 そのままマチスの手足まで拘束し、場の状況を逆転させた。

 

「ノー。まさか、ここまでやるとは。あなたを見くびっていたようですね」

 

 拘束されても、つるのむちに力で抗うマチスはどう見ても普通の人間ではない。コイル達はマチスの怒号で集まり、その頭上で皆が腕の磁石をつなげ一つになっていく。

 

「あなた程のトレーナーが持つ化物相手に、電撃では物足りないでしょう。暴れられたら堪ったものではありません」

 

 そうは言っても、フシギバナの拘束を解こうと力づくで引っ張り合いを試みるマチスは、瀬良から見れば十分に化物だ。

 

 瀬良はもう一つボールを掴む。今までで一緒にバトルをした回数の多いピカチュウを、咄嗟にすぐにその場へ展開。

 

「この数のコイル、レアコイルの力に、どれだけポケモンを出そうと意味をなしません」

 

 マチスの一言で頭上で一塊になったコイル、レアコイルから、尋常ではないエネルギーが集約していく。目で見て、瀬良でもそれを感じ取れる。

 次に何が起こるのか、それはその場にいれば誰でも察知することが出来るだろう。

 

 しかし、想定される轟音とは別に、個室の扉が派手に破られる音が響くとは、その場の瀬良もマチスも予想してなかった。

 次の瞬間に飛び込んで来たヘラクロスは、勢いそのまま拘束されたままのマチスを付き飛ばし壁まで吹き飛ばす。ただの人間には大きなダメージだろう。続いて飛び込んで来る人間に、瀬良は憶えがあった。

 

「レッド君! こっちだ、早く!」

「チクサさん!」

 

 トキワで会った、レッドに好意的なトレーナーだ。何故ここにチクサが、と考えている暇はない。マチスは壁に激突した衝撃でよろめき、膝を付く。この隙を逃す手はない。フシギバナだけ戻して、瀬良はピカチュウと走る。

 指揮系統の狂ったコイル、レアコイル達は、集約したエネルギーを霧散させてバラバラと崩れる。

 ちらとマチスを見れば、頭をふりつつまだ回復に至っていない。

 

「はやくはやく!」

 

 チクサに促され、瀬良は走る。破られて開放的になった出口を飛び出すと、ホールにはそこら中に伸びている電気ポケモンとトレーナー達の姿が。こんなにも多くのポケモンを相手に戦い、あそこまで辿り着いたということだろうか。きっとマチスの直属の部下もいたに違いない。チクサというトレーナーがそこまで強いことに驚くと共に、一つの疑問が頭から離れない。けれども、その問いかけをする余裕などなく、チクサとヘラクロスはホールを駆け抜け、瀬良は後を追う。

 

 レジの近く、出入口付近で道を塞いだ人間が、最後の砦らしい。随分ボロボロの様子。一体チクサはどこまで強いのか。

 立ち塞がったのは、先程マチスから注文を受けたスタッフだった。皆グル。少なくとも、この店に関わる人間は皆マチスの息がかかっていると見て間違いない。

 

 マチスを頭にして、クチバシティ全体がレッドを、瀬良を捉えるために動いていると思って間違いない。瀬良は早くこの町を出たかった。

 

「突破するよ!」

 

 チクサはスピードを緩めない。スタッフがボール構え、ポケモンを出そうとしたその瞬間、ヘラクロスが一足飛びに素早く詰め寄り、角で突き上げそのまま投げ飛ばす。ボールは小さいまま。ポケモンは出られず、最後の障壁が取り除かれる。

 

 やっとのことで店を脱出。開放的な視界に一先ずの安堵を憶えたのも束の間、先程戦ったジムトレーナー達がずらりと並び、チクサと瀬良を迎える。咄嗟にピカチュウとヘラクロスが前に出て、戦闘態勢を取った。

 

「キリがないね。まったくこの町はどういう町なんだ。軍隊だよ、これじゃまるで」

 

 その通り、彼等はマチスを頭とした一個小隊として考えた方が良いのかもしれない。彼等を止めるなら、命令を出す頭を叩いて潰すしかない。最終的には、マチスをどうにかするしかないということだろう。

 

 けれども、今マチスに構っている暇はない。彼等のテリトリーで悠長にマチスとやり合おうなどとは瀬良ですら考えない。これ以上問題を大きくすれば、面倒を多くするだけ。一先ず退散して、あわ良くばクチバからの脱出を考えるのが吉だ。

 

「退いてはくれないんですよね」

 

 瀬良の質問に返答はない。先程はあれだけレッドが訪れたことに盛り上がり、気さくに接してくれたジムトレーナー達が、今はレッドを抑え込むのが仕事と割り切り、命令に徹している。

 

 無返答な彼等を見て、やるしかないと瀬良は判断する。もたもたするとマチスが追って来る可能性がある。先程クチバジムで一戦交えた際、瀬良が感じたのは際立った強さだった。サナエとやった時のあの感覚、トレーナーの実力差で、押されるのを肌で感じていた。今フルバトルでやりあったら、確実に勝てるとは言い切れない。一般トレーナーの相手をするジムリーダーは、決められたルールの中で制限を加えられている。本気でバトルをすれば、そこらのトレーナーとはやはり比べ物にはならない。

 協会公認で町の顔役をやっている彼等は、中途半端な強さではない。それこそ四天王のように。

 ましてマチスなど、まっとうなルールの中でバトルをやるとは思えない。それに対応する自信が瀬良にはなかった。

 

 危機は回避したとは言え、猶予はない。

 とっとと蹴散らしたいのは山々だったが、目の前に並ぶジムトレーナー達は、緊急時の対応策もシミュレーション済みなのは間違いない。こちらが余裕ぶって気を抜くことは出来ない。

 ただ、先程と違いポケモン達を出せる。ポケモンと一緒に戦えるなら、このカントー地方において、レッドとまともに相対出来る者がどれだけいるか。

 

 それを分かってか、迂闊にジムトレーナー達もしかけては来なかった。

 やはりこちらから仕掛けて、一気に片づけるしかない。そう意気込んだ瀬良の横で、チクサが口を開いた。

 

「やってることがめちゃくちゃだよ。子ども相手に何やってんのさ。良い大人が、恥ずかしいったらありゃしない。どんな組織だよ。正気を疑うね、本当に」

 

 なんと真っ当なことを言うのか。瀬良の感覚と近いチクサに小さな感動を憶えつつ、横に立つ男が、チャンピオンという地位を重視していないことに瀬良は気づく。

 この地方に置ける四天王とチャンピオン達は、聖域に住む者達とまで言われる程神格化されていたはずだが、単にそうではない人もいるというだけか。

 

 怒りを露わにしてくれるチクサは、ヘラクロスの他に更にもう一匹ポケモンを繰り出す。

 やる気か、と思われたが、瀬良も知っている人型のポケモン、サーナイトが現れるや否や、ピカチュウを抱きかかえ、レッドの肩に手を置いたサーナイトは一つ鳴き声を上げた。

 

「逃げるよ、レッド君」

 

 チクサの声が聞こえた。瀬良の視界は、一瞬にして切り替わった。

 

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