薄暗く、肌寒い空間だった。
突然目の前の視界が屋内に変わったことに驚きつつも、一旦の危機が去り、瀬良は安堵を憶えた。
薄暗い中でも分かる端整な顔立ちのサーナイトが笑みを浮かべる。
頭が揺れるような感覚を味わいつつ、これはハナダで見たフーディンがやっていた、テレポートを味わったのだと瀬良は理解した。
「どこですか、ここ」
瀬良と違ってケロりとした様子で隣に立っているチクサに尋ね、辺りを見回す。何かの通路であるのが分かる。吹き抜ける風を僅かに感じられた。周りを確認するだけでは、今自分がいる場所は分からなかった。
「ディグダの穴、らしいんだけどね」
「穴、ですか。穴というには、随分きちんとした通路、というかトンネルに見えますが」
瀬良はその名前を知っている。クチバとニビを繋ぐ穴だ。その穴を全てディグダやダグトリオが掘ったなんていう話を、瀬良は記憶していた。
「ちなみに、らしい、と言いますと?」
「ディグダの穴ではあるけど、そうじゃないとも言えるというか」
チクサもいまいち要領を得ない。
ディグダの穴ならば、誰でも通れる道だ。入ってはいけないところにいる訳でもない。
「思っていた場所と違う場所に飛んだと。見つかりやすいところに飛んでしまったから、ここで安心してまごついていると、マチスさん達に見つかるかもしれないってことですか?」
自分で言いながら、瀬良はチクサがそんなことを気にしている訳ではない気がした。マチスの部下達がディグダの穴まで足を伸ばして瀬良を探しに来るなど、容易に想像出来る。
「いやあ、多分それはない」
「どういうことですか?」
そもそもどうしてチクサが瀬良を助けに来たのか。マチスに捕まって危ない状況だなんて、本当に一部しか知り得ないはず。彼がそれを知りえる立場だとしたら、一体何者なのか。
「ここはね、ディグダの穴だけど、一般には知られていない場所らしいんだ」
「人が入ってこないということですか?」
「そういうこと」
「チクサさんは、どうして知っているんですか?」
一番聞きたいのはそこだった。
一般に入れない場所に入れるということは、チクサはそうではない。
「聞いたんだ」
「誰にですか?」
言い淀み、話を濁らせるチクサからは露骨に言いたくないという様子が伺える。要するに、レッドがピンチだから助けてここへ避難しろという話をされたのだろう。
瀬良がピンチに陥っていることなど、協会側しか知り得ないのではないか。
「チクサさん。教えて下さい」
レッドが真っすぐに問えば、チクサは目線を逸らす。言いたくないのはよく分かるが、そういう訳にもいかない。
「お願いします。大事な話なんです」
口止めをされているんだろうな、と思うのと同時に、何故部外者のチクサに話す必要があるのかと疑問が浮かんでくる。
協会側の人間が、マチスの妨害をわざわざするとは思えない。
マチスのあの行いが単独の暴走であり、それを問題と考えた協会が介入したのだとしても、直接介入してくれば良いだけ。いちいちチクサを介する必要はない。チクサに頼む意味がない。
だとすれば、介入して来たのは協会ではない。
「もしかして、ランスっていう男から聞いたんじゃないですか?」
チクサはゆっくりと首を縦に振る。首肯して、そう、そいつだよ、と言葉を漏らす。おっかなびっくりな様子のチクサは、大きく溜息をついて、通路に背を預けペタリと座り込んだ。
「そう名乗っていたよ。聞かれたら答えて良いって」
タケシから聞いた話を思い出す。レッドがロケット団の会合に同席した際にいた男の名前だ。ハナダの時もそう。瀬良がどういう動きをしているかチェックし、助け船を出したり邪魔をしたりと、何がしたいのか分からない。
「他には何か言ってませんでしたか?」
「セラ・ヒサシには会うな、だってさ。誰だよ、セラって」
「会うな、か」
ランスもセラ・ヒサシを知っている。今確認しているだけで、マサキに続いて二人目。どちらも会うなと言う。何故彼等は会ってはだめだと言うのか。一体セラ・ヒサシが何をして、何を知っているというのか。
「そもそもチクサさんは、ランスという男が何者か知っているんですか?」
「聞いたよ。知りたくなかった。絶対に関わりたくなかったし、何故彼等が君に助け船を出そうとするのか、意味が分からない。たまたま居合わせた僕に、運が無かったとしか言いようがないね」
瀬良が持っていた疑問は、同時にチクサも持っていた。それはそうだろう。チクサからしたら、巻き込まれ事故だ。面倒見の良い男だからと言って、ロケット団幹部にレッドに手を貸して来いと言われたら、逃げるのが普通だ。
「よく信用出来ましたね、そんな男の話」
「逆だよ。わざわざロケット団幹部として顔と名前を明かして頼んで来たから、話に真実味があったんだ。嘘だと思うなら協会にでも問い合わせてみろって、そこまで言われたら本当だと思うでしょ? マフィアに凄まれて行かなかったら、何されるか分からないよ」
「ステーキハウスで起きたあの大きな衝撃も、チクサさんがやったんですか?」
「いや、それはランスのはずだよ。君を邪魔している意地の悪い機械があるから、それを壊してくるって言ってたかな。僕のポケモン達を確認して、作戦を立てて、簡単に下見して、はいいってらっしゃいって、そんなのないよな、本当」
「す、すいません」
思わず口から謝罪が漏れ出る。間違いなく巻き込んでいる。チクサは逃げられない状況に追い込まれ、仕方なく来たのだ。
「君が謝ることではないけど、でも、これだけはハッキリさせて欲しい。君は一体何者なんだい?」
今まで瀬良が質問を続けていたところに、瀬良が一番答えられない質問で返される。
何者なのか。それを説明出来れば苦労はない。
「何者なのか、自分でも分かりません。それを理解するために再びカントー地方を回っているんです」
「君もまた、何かに巻き込まれていると?」
「平たく言うと、そうです。ロケット団に絡んでいると疑われて、ジムリーダーに拘束される始末です。何故こんなことになったのか、俺にも分かりません」
「身に覚えがないの?」
「はい。会合に出席していたなんて言う話になっていますが、記憶にないんです」
チクサは怪訝な顔を浮かべる。
「記憶にない? 嘘とか、ありえない、じゃなくて?」
「もうちょっと込み入った事情がありまして、記憶にない、が一番適当なんです」
「これ以上聞くと本当に僕も後に引けなくなりそうだ」
はあ、と溜息を付いたチクサだったが、後ろに下がるつもりはないらしい。意を決したのか、頷いて瀬良の方へ顔を上げる。
「乗りかかった船だ。聞かせてもらえる?」
どうするべきか。逡巡の余裕はない。瀬良の判断は早かった。
「分かりました。話します」
全てだんまりという訳にもいかない。あそこまでしてもらって、事情を知らせないのはひどいと瀬良は思った。瀬良自身、カントーで動く何かをまったく把握出来ていないことに腹を立て続けている。チクサの気持ちはよく分かるつもりだ。
「信じられないかもしれませんが、これから話すのは全て本当の話です」