チクサは瀬良の話を茶化さずに聞き続けた。荒唐無稽な話だ、SFかと、一笑に付したいはずだが、真剣に理解しようと努めていた。
瀬良にとっては涙が出る程に感動的なことだった。レッドの母にすら伝えておらず、いつのまにか協会丸ごと敵対しているような現状では信用出来る者がまるでいない。オーキドですら、本当に全て信じて良いか分かったものではない。
信じたいところではあるが、この状況だとグリーンですら信用するには今のところ値しない。
ようやく、初めて、瀬良がありのままをそのまま喋った相手は、ゲームで一度も見たことのない、恐らくゲームにおいては役割の与えられていないキャラクターの一人、トレーナーだった。
レッドという少年がチャンピオンになるまでの間に出会って来た人間達は、瀬良が考えているよりきっと多い。
中にはこういう人もいるのだ。
信じるとか信じないとか、僕には今決められない。けれども、君が嘘を言っていないというのは、なんとなく分かるよ。
チクサはそう、前置きした。
「久しぶりにレッド君に会った時、僕のことを憶えていないみたいだからびっくりしたけど、そういう話なら納得だよ。君本当にあなた誰? って顔をしていたから」
「そんなに隠せていませんでしたか」
「隠せていなかったね。どう見ても憶えていないんだと思ったよ。でも、本当のところ憶えていないんじゃなくて、知らないだけだったということか」
「その通りです」
初めて会った時の反応が、チクサに納得感を与えたらしい。ヤマブキでのロケット団シルフ襲撃、乗っ取りの際に一緒にいたなら、瀬良の反応に違和感を覚えるのも無理はない。
「分かったよ。出来る限りのことは協力しよう。しがないトレーナーだけど、戦力の足しくらいにはなるはずだ。君程ではないとは言え、僕にも多少の実績くらいはある。それにいくら君達が強いと言っても、あくまでポケモンバトルという枠組みの中の話。君達は子どもで、大人を頼って良いんだ」
まあ、頼りない大人だけど、とチクサは付け足す。
「ありがとうございます」
瀬良は決めかねていた。
「これから、どうすれば良いと思います?」
「まずはあのイカれたジムリーダーから逃げ切るのが先決だよ。とにかく奴の管轄から脱出するんだ。他のジムリーダーのシマに入ってしまえば、奴等も追っては来ない」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ。自分がデカい顔をしている町で、他の町の顔役に出張られるのは皆良い気がしないもんだ」
なんてつまらない話だ、と思う一方で、瀬良はそれもまた人間社会らしいなと素直に感じる。ポケモンと共存しているだけで、人間は瀬良がいた世界となんら変わりないのだ。
「だったら、このままニビ方面に逃げてしまうのはどうですか?」
タケシなら守ってくれるかもしれない。そんな期待を瀬良は抱いていた。
「それはやめた方が良い。君のポケモン達はサイズ的に大きいポケモンが多いだろう? ここで戦闘を行うには狭い。多数相手に戦うのは不利だ。それに、クチバから逃げられないよう、出口の封鎖を怠るようなことはしていないだろう。君の脱走が予想外とは言え、そこを抑えていないとは思えない」
饒舌なチクサに圧倒されるものの、納得感のある話だった。
「じゃあ、ほとぼりが冷めるまでここに潜む、というのは?」
「奴等がここを知らないとは限らないんだ。今のところまだ入ってくる様子はないけど、安全の保障はない。そもそも、ここはロケット団の物資搬入路の役割を担っていたみたいだからね。既に発見されていてもおかしくはない」
「難しいですね。そうなると、表に出てなんとか正面突破するしかないんでしょうか」
「君がいるならそれも一つの手かもしれないけど、どうなんだい? 元チャンピオンレッドとジムリーダーマチスが、どう見ても敵対してやり合っているところを町の人に見られるのは、ありなのかい?」
それは、と呟いて、瀬良は考え始める。
基本的にレッドはチャンピオンという名誉ある地位を簡単に捨て去り、その後はふらふらしているだけ、というのが世の認識だろう。
瀬良がカントーを回り始め、久方ぶりに沈黙を破りレッドの新ニュースが世に出て賑わせているかと思えば、今度はジムリーダーと敵対。世の人間はどう思うか。
少なくとも、レッドに良い印象を抱いていない人間達、カントーへの深い愛を抱く者達(テレビで言っていた言葉である)は、それを加速させる。それどころか、ある事ない事を雑誌で書き、テレビで吹聴するに決まっている。
レッドに憧れていたり、好意的なトレーナー達だって、露骨にジムリーダーと事を構えるレッドを見れば、反対側に回るかもしれない。
そうなれば、ますますレッドにとってカントーは居心地が悪い場所になるかもしれない。彼が戻って来た時にそんな状況では申し訳が立たない。
「協会側と表立って真っ向から敵対するのは、まずいかもしれません」
「そうだよね」
「あの、変なことを聞くようですが」
マチスのあの変わりようを、思い出さずにはいられない。
変なこと? と首を傾げるチクサを見て、瀬良は続ける。
「チクサさんから見て、マチスさんってどういう人ですか?」
「僕のイメージでは、豪快で、懐の深い人ってイメージかな。ジムトレーナーにも慕われているし、町の人からの評判も良いはずだよ。町の事業にもあっちこっち絡んだり、企業の誘致とかもしてるみたいで、とにかくクチバでの雇用を増やそうとしてるらしいよ。ニュースでやってた」
「雇用って、ジムリーダーっていうのは、そんな仕事もするんですか」
「いやあまさか。ジムリーダーの仕事は訪れたトレーナーに対する試験がメインなんだから、そんな訳ないよ。ただ、ジムリーダーはやっぱり顔が利くし、町の実力者だからね。彼等彼女等から支援されているっていうのは、その町で何かを行う時に一番うまく行く近道なんじゃないかな」
「キナ臭い話ですね」
「まあ、キナ臭くはあるよね」
タケシやカスミは、まだ良い意味で純粋と言えるのかもしれない。マチスの町との関わり方が良いか悪いかは置いておくとしても、今まで瀬良が見て来たジムリーダーとは違って、町へ影響力を及ぼそうとしているのがよく分かる。
「お山の大将になった結果が、あの暴挙ですか」
「マチスの行動にどういう裏があるのかは知らないけど、君を捕らえるならこの町以上に適したところはないし、一番君を警戒する町なのはなんとなく分かるよ」
「警戒、ですか」
「この町はマチスの影響力が大きい。その彼が君を捕らえれば、この町においては君が悪だろう。そういう操作もするだろうし、恐らくそうなってしまうと思う。それに、君がどこかへ逃亡を考えているのだとしたら、やっぱりここから抜けると思われるんじゃないかな」
「なるほど。俺が何も喋らないまま外に逃げられるのも困るけど、カントーで何かされても困りますからね。思い切って捕らえるならここって訳ですか」
「予想に過ぎないよ。君を捕らえようとしているのはマチスだけなのかもしれないし、その辺は僕には分からない話さ」
協会側からしたら、ロケット団との繋がりの疑いのあるレッドが、再びカントーをふらつき始めたら、目の上のたんこぶでしかない。それは間違ってはいないはずだ。
まして協会側はチャンピオンを降りたことに対して相当根に持っている。それを隠している様子も見せない。それは瀬良が今まで目を通した書籍や雑誌、テレビでも明らか。レッドを異様なまでに祭り上げようとする動きは、協会側の嫌がらせでもある、などと論評する者までいる始末。
今までは泳がせて動きを監視していたのだろうが、恐らく何か事情が変わっている。チクサが言った通り瀬良がこの土地に来たことに起因するのか、ロケット団自体に動きがあって、レッドと手を組まれるのを恐れているのか。
分からないことは相変わらず多い。
一つだけはっきりと分かるのは、協会側がレッドに対して強烈な嫌悪感を持っているということ。これだけは確実だろう。
「俺は、ここからどうすれば」
レッドを守るには、もしかしたらカントーから出た方が良いのかもしれない。けれども、セラ・ヒサシの件を考えると瀬良自身も後には引けなくなっている。
最終的にレッドはシロガネ山に籠るはずだが、今正にそうしてしまいたい気分だった。山に籠ってほとぼりが冷めるまで待ち続けるしかないのではないか。それからの方がゆっくりヒサシの件を調べられる。
「一つ提案がある」
今、瀬良の頼りはチクサだけだった。
「賭けだけど、やる価値はあると僕は思う」
「何ですか? 何でもやりますよ」
「カンナが、このクチバにやってくる」
「あの、四天王のですか?」
「そのカンナさ」
レッドやグリーンに敗れた、今期四天王序列三位の彼女は、本当は四天王の地位を追われるはずだった。あっさりと地位を捨てた若きトレーナー二人の、前代未聞の行動によって、一先ずは元鞘に収まったはずだ。
噂では、次のポケモンリーグ前に四天王を降りるなんていう話が広がっている。瀬良もそこまでは分かっている。
「帰省中だったらしい彼女がシーギャロップ号に乗って戻って来るから、助けを求めよう」
あまりに単純明解な話に、瀬良は肩透かしを食らった。それで本当にうまくいくのか。カンナ自身も協会側の人間のはずだ。いまいち、信用出来ない。
「本当に大丈夫なんですか? そもそも、彼女は俺に対してあんまり良い印象ないんじゃないですか」
「そこは正直分からない。けれども、彼女は四天王の中でもはずれた存在でね。地位とか協会とか、そういうのに興味を示さないことで有名なんだよ。別に四天王になりたくてなっている訳じゃない、らしいよ」
「いまいち信用に欠けますね」
「賭けるしかない。彼女なら、例えマチスと正面衝突になっても特に気にしないだろうし、あとほら、彼女天然だから」
「天然って、そんな」
「なんというか、馬鹿正直で真面目なんだよ。君が本当に困っている様子を見せれば、多分彼女は君に力を貸すよ。負けたことを根に持つような、そんな小さい人間じゃない」
チクサの提案以外には、特に別案もない。一つしか案がないのなら、ここでじっとしているよりはまだ気も楽だというものだが、瀬良はどうも踏み切れない。
「そもそも、何故チクサさんはカンナさんがここに来ることを知っているんですか?」
「そうか、知らなくても無理ないか。彼女には猛烈な信者が大勢いてね。おっかけをやってる奴等の動きで、彼女の居場所は割れる。今日その信者達がクチバ港に大勢集まっていたから、多分、来るはずだよ」
カンナはカンナで苦労していそうな話だった。
「そんな中に俺が飛び込んだら、信者達に袋叩きにされそうですが」
「君はレッドという人間の影響力を分かってないよ。賛否両論あるけど、それでも四天王とグリーンを破ったのは事実。化物みたいに強いポケモンを六体引き連れる君とカンナがいるところへ手を出せる人間はそういない。それがたとえジムリーダーであってもね」
「彼女へ危害が及ぶかもしれないから」
「そういうこと。信者達は、彼女に認められようとするなら強くなければいけない、っていう謎の信念があるみたいでね。彼女に少しでも危害が及びそうなら、黙ってないよ。それに、信者達からしても君の印象は多分良い。強い、という一点で君は気に入られている。カンナが四天王という座に本来興味がないなら、信者もまた同じ、という訳さ」
チクサに納得させられている格好だが、瀬良はその案に乗るのも悪くない気がしていた。カンナの隣にいれば、奴等は手を出せないかもしれない。
「どう? いけそうじゃない?」
「ちなみに、カンナさんのところまではどうやって? またテレポートですか?」
「あれは駄目だよ。飛ぶ場所を間違えると本当に危ないんだから。さっきのはとにかくあそこを脱出したかったから、緊急でやっただけ。ほいほい使うもんじゃないんだよ」
テレポート先を間違えて遥か上空だったら、確かに危ない。そう思うと瀬良は肝が冷えた。
では、どうするのが一番なのか。
「そこまでは、力づくで行くしかないんですね」
「まあ、そうなるよね」
チクサはポケギアで時間を確認する。あと、一時間後とのこと。せめてそれまでの間は、少しでも身体を休めておかなければならない。
ポケモン達を監視につけ、チクサは脱力して首を垂れる。疲れるに決まっている。こうして巻き込んでしまうことに申し訳なさを感じつつも、レッドが頼りに出来る人間の存在を、瀬良は嬉しく思う。
信用出来る人間がいる。なんと頼もしいことか。