赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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【クチバ編.六】

 チクサは落ち着かない様子で一時間を過ごしていた。えらい事態に巻き込まれてしまった、と思っているだろう。

 そわそわした様子を眺めていた瀬良は、自分がそれと比べて随分落ち着いていることに気づいた。

 

 他人事だから、ではない。瀬良は今レッドで、レッドは今瀬良である。自分の人生でないのは確かだが、その途中から代役としてこの人生を生きている。

 それなのに、落ち着いていられるのは何故か。

 

 レッドが不憫だから、肩入れしているから、人生をめちゃくちゃにする訳にはいかないから。色々理由はある。

 その中でも一番大きいのは、瀬良久、父に起こった異変が頭から離れないからだ。カントーに飛んで来る前の話だ。今まで、ただ迷惑だとしか思っていなかったその異変が、別の意味を持ち始めている。

 

 マサキ邸で見たセラ・ヒサシ、ヒサシ=セラの著書が、あまりにも似ていた。父の異変のきっかけとなったトンデモ本、物質転移・転送理論の本そのものが、マサキ邸にあったのは、一体どういうことなのか。

 ただ同じ名前の人間が同じ名前の本を出した訳ではない。まさしくマサキ邸にあった本を出した著者が、瀬良久なのだという確信が瀬良にはあった。

 

 だとしたらどうなるか。

 瀬良久、つまり父は、元々こちら側の人間だった。これは瀬良にとってあまりにも衝撃的な事実。

 知らない世界に来てしまい、戻れなくなって、その世界で生きていくことを決めた果てにあの異変があるのだとしたら、瀬良はその異変の原因を突き止めずにはいられない。自分の生活をめちゃくちゃにした原因を、知らずにはいられない。

 

 レッドの身体でレッドをやる一方で、余りにも大きいその事実を背負う瀬良は、そわそわしたり怖がったりしている場合ではない。

 今レッドが巻き込まれているこの何かの思惑に、深く深く、踏み込まざるを得ない。

 マサキも、ランスも、セラ・ヒサシには会うなと言う。瀬良からすると、分かって言っているとしか思えない。

 レッドがレッドではないと理解した上で、何かを知っているのに邪魔をしている。であるなら、そこに突っ込む価値があるのだと瀬良は判断する。

 

 行くしかないところまで来ている。もう後には引けないどころか、どうあっても最奥部まで突き進む必要があると思うと、不思議と落ち着いて来るのだ。

 

「チクサさん。自分が存在しない世界に飛び込むって、どんな感覚だと思います?」

「え? いやあ、あんまり想像つかないけど、単純に怖いんじゃないかなあ」

 

 それもあるだろうなと、瀬良も思う。知らないというのは、怖い事だ。けれども、瀬良はもっともっと強く感じているものがある。

 

「実は、世界の一員になれないって、結構、寂しいもんなんですよ」

 

 寂しい。そんな思いを紛らわせることに、もしかしたら瀬良は必死なのかもしれない。

 

 

 

 

「そろそろだね」

 

 シーギャロップ号が停泊する。予定の時刻が近づいて来た。

 チクサはまだそわそわしていて、落ち着かない様子だった。

 

「僕、このままマチス達と敵対したら犯罪者かな」

「流石にそれはないと思いますけど。おかしいのは向こうですし」

 

 瀬良は自分で言っていて、ポケモン協会セキエイ本部ならば、なんでも捻じ曲げて来そうな気がしていた。巻き込むことに申し訳なさを感じるものの、チクサの力は欲しいところ。

 

「すいません。運が悪かったと思って下さい」

「そこまではっきり言われると、逆に覚悟が決まってきたよ。申し訳なさそうにされると、こっちも気持ちが揺らぐから」

 

 二人で思わず笑い合う。

 こんなにも普通に笑ったのは、この世界に来て始めてかもしれない。あまりに普通に笑えた自分に、瀬良は驚いた。レッドの姿ではなく、元いた世界の姿で、チクサとは話しをしてみたいと瀬良は思う。

 

「さあ、行こっか」

 

 不思議と不安はなかった。

 レッドのポケモン達と、チクサと、チクサのポケモン達が一緒だ。マチスの拘束された時の様に、自分一人でなんとかしなくてはいけない、と思った状況と随分違う。

 瀬良利樹と分かって、隣に居てくれる人間がいる。

 それだけで嬉しい。

 瀬良は一人、もう一度小さく笑った。

 

 

 

 ディグダの穴は、穴と一言で片づけられない複雑な事情を持った通路だ。 

 クチバとニビを繋ぐ一本のメイン通路から、作りかけにも見える道が枝分かれするように続いている。それはポケモンが掘った穴なのか、人間が故意的に掘ったのかさえも、パっと見ではよくわからない。

 加えてディグダの穴にはロケット団が作った裏道まで存在しているというのだから、道の複雑さ以上に、何かの思惑が交錯している場所であるかもしれない。ニビまでではなく、他の町にも繋げようとしたのではないか。

 と、瀬良はチクサからディグダの穴についての話を、随分綺麗に整備された通路を歩きつつ聞いていた。

 

 ロケット団は一体どうやってあんな裏道を作ったのだろうか。メイン通路の隠し扉から裏道には入れるのだが、町の人間にバレずにやるにはあまりにも大きな工事だ。

 あのマチスの目をかいくぐってやり遂げたとして、あの抜け目のなさそうな男が許すだろうか。 

 自分の知らないところでそんな通路を作られるなど、マチスからしたら一番嫌がりそうな話だ。

 むしろ、率先してそれを手伝ったという方が瀬良からしたらまだ納得感がある。そんなをこと考えていると、瀬良はもしかしたらマチスがそちら側の人間なのではないかと、そう思えてくる。

 もしそうだとしたら、暴走したマチスをランスが止めようとした、という話になる。

 

 ロケット団にとって、レッドは今どういう存在なのか。現状では、敵対したいのか、味方したいのかよく分からない。瀬良の感覚では、一生懸命誘導しようとしているように思えて仕方がなかった。敵にせよ味方にせよ、その結果がロケット団のためになるのだろう。

 彼等がただレッドのために動く訳がない。レッド自身が本当にロケット団に何らかの形で関与していたとしても、ロケット団は間違いなくそれを利用しているに過ぎないはずだ。

 

「ここから出るよ」

 

 チクサの後を着いていく内に、出口に辿り着いた。掛かった鉄製の梯子を上れば、地上に出られるようだ。

 どう見ても搬入路としては使い辛そうだが、ポケモンの能力を使えばどうということはないのだろう。人間しかいない世界前提で物を考えてしまうあたり、瀬良はまだ自分がこの世界の人間に成り切れていないのだと自覚する。嬉しいような、悲しいような。難しい、感覚。

 

「ここから先は、僕にもまったく分からない。マチスの部下達が待ち構えていてもおかしくない」

「大丈夫です。ちょっとやそっとで止められるような連中ではありませんから」

 

 レッドのポケモン達ならば、マチス以外はそこまで苦にせず突破出来るはず。数にもよるが、よっぽどの事がない限りは大丈夫だ。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 チクサが先に上がり始める。出口自体はマンホールを二回りも三回りも大きくした様な丸い蓋で塞がれていた。光を通すためなのか、蓋に開いた穴から差し込む光で、それが外だと分かる。人の手で開けられるのだろうかと瀬良は心配していたが、上まで着いたところで、下で準備しているサーナイトが塞いだ蓋をサイコパワーで持ち上げる。

 チクサは少しだけ顔を出して辺りを見回し、一先ず問題なさそうなことを確認した。

 

 チクサがそのまま穴から出て行き、瀬良もそれに習って梯子を上る。

 一体何処につながっているのか。ディグダの穴を歩いているだけでは、今自分がどこにいるのかまったく分からなかった。

 

「どうですか、誰かいそうですかね」

 

 瀬良も穴から出て、キョロキョロと回りを確認する。最後にサーナイトがふわふわと浮かんで地上に上がってくる。これで全員。

 

「どうやら、僕らだけみたいだね」

 

 チクサの言う通り、確かに誰もいない。辺りを見回すと、すぐ先は海だった。ディグダの穴から港まで繋がっていたということだ。

 やたらときちんと整備されたトンネルだったことも、これで理解出来た。海底の下を通しているのだから、ただの穴という訳にもいくまい。

 

「こんなの、ロケット団に作れるものか?」

 

 呟きつつ、人の姿がないか入念に辺りを見回す。港には一台のトラックが停まっているのみ。

 

「なるほど。こう繋がっている訳か」

 

 こんなところに何故トラックが? という疑問は拭えないものの、クチバシティのトラックが置かれていた場所の正体を、瀬良は思わぬ形で知った。

 

「レッド君。誰もいないなら、埠頭の方まで一気に行っちゃおう。海を渡って行けばすぐだ」

 

 チクサが指差した先には、人だかりが小さく見えている。あれが噂のカンナの信者達かもしれない。だとすれば、彼女が船から降りて来るのももうすぐ。急いだ方が良い。

 遠そうに見えるが、距離としてはそうないだろう。

 

「分かりました」

 

 ボールから出されたリザードンに埠頭まで飛べるか確認を取れば、問題ないとばかりにふんと鼻息荒く肯定する。

 分かりましたとは言ったものの、レッドのポケモン達に身を預けるのは初めて。思い切って行くしかない。サナエの言葉を思い出し、首元を差し出して乗せようとするリザードンにおそるおそる瀬良はまたがった。

 

「よし、君は空。僕は海からだ。敵に見つかっても、一直線にゴールを目指すんだよ」

 

 ギャラドスを海に出したチクサが、軽々とその背中にまたがっていた。ヘラクロスにサーナイト、ギャラドス。実績がない訳ではない、と言っていたのも嘘ではなさそうだ。きちんと強力なポケモン達を揃えている。

 

「それじゃあ行くよ!」

「はい!」

 

 

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