赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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【クチバ編.七】

「来たよ!」

 

 チクサが叫ぶ。

 最初の異変は飛び立ってすぐだった。

 無機質な声を上げたコイル、レアコイル、その後ろからは統率役であろうジバコイルが、隊列を組んで飛来した。あの部屋で見たような数ではない。十匹では利かない数が、必死にリザードンにしがみつく瀬良を襲った。

 待ち伏せだ。空では逃げられまいとばかりの狙い撃ち。居場所がばれていて、泳がされていたのかもしれない。チクサとギャラドスも、あれだけの数の電気タイプでは分が悪い。

 

 岸に目をやれば、見覚えのある金髪の男が一人腕を組んでいる。目が合うと、ニヤァと笑ったのが見えた。恐ろしい。レッドを捕獲する、という一点に全力を注いでいる。あんなのと相手取るには、最早ポケモンバトルが上手い下手の話など関係ない。

 今現在も、瀬良自身が指示を出せる余裕などまったくなく、リザードンが自身の判断でジバコイル達の攻撃を躱し続ける。

 

 空中戦ではレッドのポケモン達の力は半減。数でも負けている。チクサもギャラドスが一緒にいては迂闊に手を出せない。あれだけの電気ポケモンの攻撃をもらえば、ギャラドスでは一たまりもない。

 手助けは望めない。なんとかしなければならない。

 しかし、右に左に上に下に、攻撃を避けるため機敏に飛び回るリザードンに乗ったままでは、顔を上げることすらままならない。

 

「た、頼むリザードン!」

 

 どうにかしようと思っても、人間一人の力でどうにか出来るレベルなどとうに超えている。あっちこっちに引っ張られる身体を必死で制御することしか出来ない。

 飛び回って躱し続けるリザードンは流石としか言いようがなかった。躱すだけではなく、時折火炎放射で応戦を繰り返す。背中から伝わってくる熱でそれが分かった。

 何度か背中で熱を感じた後、一体のレアコイルが海に落ちていくのがチラりと見えた。少しずつだが、隊列が崩れていく。力の差は歴然。いくら数で勝っても、自力がリザードンとは違う。だがきっと、あのコイル達はマチスのベストメンバーではない。恐らく先兵に過ぎないのは間違いない。

 更に何体かコイル達を海に沈めたリザードンは、突然大きく旋回し、一気にスピードを速める。本気で飛べば、奴らは追って来られない。

 電撃を躱し続け滑空する先に、埠頭が大きく見えてくる。もう少しだ。少しの間安定して身体を動かせるようになった瀬良は、目的の場所へ先にチクサ達が到着しているのを見た。サーナイトが構え、両手を前に突き出して一直線に光線を放つ。サイケ光線か。ギャラドスもその大きな口を上に向け、光線を射出。チクサが指示を出して、リザードンの援護をしてくれている。

 勢いに乗ったリザードンは一気に急加速し、チクサの元まで舞い降りる。

 

 リザードンから下り、すぐに追って来るであろうコイル達を確認する。地上に降り立った瀬良には何故か攻撃して来ない。一定の距離を保ち、静止。両者は睨み合う形となる。

 

「ごめんよ、あんなに役に立てないとは」

「十分やっていただいてますよ。それより、どういうことでしょう。攻撃して来ませんが」

「そりゃあ一応町の顔役だからさ、こんな状況じゃ迂闊に攻撃しないでしょう」

 

 埠頭にはシーギャロップ号が接岸し、もうタラップが掛かっている。人だかりも多い。マスコミすら押しかける可能性がある。

 この状況で攻撃を仕掛けて来たら、マチス側が明らかに悪。

 そんな場所のど真ん中にいる瀬良とチクサは、今一番目立っていた。なんせそこにいるのはレッド。四天王と比べてもその知名度はひけを取らない。当然注目は集まり、何故こんなところに? とザワつき始める。次には皆レッドが見上げている方向を見上げ、そこにコイル達の集団が浮遊している。

 どういう状況なのかまったく分からないだろうが、ポケモンを出して、何やら揉めているようだ、くらいはすぐに理解出来る状況だ。

 

「なんとか目的地まで辿り着いたから、これで後はカンナさんを待つだけですかね」

「そうだね。もし彼女が出てきたら、すぐに助けを求めよう」

 

 それでも、瀬良は言いようのない不安を感じていた。空で攻撃される直前に見た、マチスのニヤリとした表情が頭から離れない。何故もっと激しく攻撃して来なかったのか。先兵だけ差し向けて、自分のベストメンバーをぶつけて来ないのは何故か。消耗戦でもするつもりなのかもしれないが、空中で身動きが取れないあの状況は、大きなチャンスだったはず。あの状態ではリザードンとカメックス以外はいつもの様に動き回ることは出来ないし、カメックスだって海にいれば電気ポケモン相手ではほとんど力を発揮出来ない。

 何故、あんな中途半端なことをやったのか。

 

「チクサさん」

「なんだい?」

「ここまで辿り着けたのは良かったですけど。何かおかしいですよ」

「何かって、何?」

「分かりませんが、何か、違和感があります」

 

 静止しているとはいえ、いつ攻撃して来るか分からないコイル達を無視出来ない。

 ちらちらとシーギャロップ号を確認すれば、タラップから乗客が降りて来るのが確認出来た。早く、早く、と祈るばかりだが、中々降りて来ない。

 カンナが降りて来れば、港に集まった信者達が何かしら声を上げるはず。他の乗客が降りるのと同じような雰囲気ではないはずだ。

 まだかまだかと、カンナという強者を瀬良は待ち続ける。

 

「レッド君。君の言っていること、少し分かったかもしれない」

 

 チクサも、瀬良と同じ不安を共有したらしい。より強まった不安感が瀬良を襲う。

 続々と客が降りて行き、レッドの方をチラチラと見ながら皆通り過ぎて行く。カンナは一向に現れない。それどころか、新たな客を乗せたシーギャロップ号は再び走り出してしまう。

 コイル達は静止したまま。瀬良達も動けない。しばらくの間膠着状態が続いた後、埠頭には瀬良とチクサ、リザードンとサーナイトが残される。

 

「おかしいね。間違いなく、今日カンナはクチバに着くはずなのに」

「どうしましょう。もうこうなったら、一か八かこの町から正面突破で逃げましょうか。もう協会との対立がバレるとか、そういうのを気にしている状況じゃなさそうです」

 

 もうこれ以上、手があるとは思えない。

 瀬良自身、内心覚悟は決まっている。カンナに助けを求められればそれは頼りになったかもしれないが、無いものを求めてもしょうがない。

 レッドのポケモン達と一緒なら、勝機もあるはず。

 

「レッド君」

 

 カントーを回り初めて、こんなに分かりやすい危機に陥ることになるとは、思っても見なかった。キナ臭いロケット団や協会の何かに突っ込んで行くのは、もう少し先になるのだと瀬良は思っていた。

 

「レッド君」

 

 こういう事態に今後も巻き込まれる可能性はある。レッドがロケット団に関係しているとしてもそうじゃないとしても、最奥部まで踏み込んで行くならこれくらいの危機を乗り越えられなくては、やっていけない。

 

「レッド君!」

「は、はい!」

 

 チクサが大声でレッドを呼ぶ。自分を奮い立たせることに一生懸命で、コイル達に視線を外さないまま考え込んでいたら、チクサの声が耳に入っていなかった。

 

「どうしたんですか?」

「あれ」

 

 チクサが指差す方へ、瀬良は首を向ける。

 あ、と声が漏れる。恐怖がぞわぞわと、下から上にせり上がってくる。

 

「ヘイ、キッド! もうカンネンしてクダサーイ!」

 

 ”カンナの信者達と思われた群衆”の中から、一際目立つ、金髪でガタイの良い男が一人現れる。

 瀬良を追うマチスその人が、そこにいた。

 

「ごめん、レッド君。こんなことになるなんて。まさか、ここまで読まれているとは」

「そこのオニイサンはダレですカー? キッドのナカマですかネ?」

 

 正面突破で逃げ切るなんて状況ではない。

 これ以上チクサを巻き込む訳にはいかない。ここから先は、あまりにも危険過ぎる。目の前のマチスは、レッドを捕獲するためならば何でもやりかねない。チクサが邪魔をしようものなら、怪我を負わせてでも排除するだろう。それくらいはやると、瀬良は確信している。

 こうならないようにカンナに助けを求めようとしていたのだが、結局マチスと相対することになってしまった。

 

「レッド君。ここで僕が無関係なんて言ったら流石に怒るからね」

 

 マチスの方を向いたまま呟いたチクサの言葉を、瀬良は聞き逃さない。

 

「……分かりました」

「ヘイキッド! ムシしないでくだサーイ!」

 

 部屋に二人きりだった時の、あの雰囲気をマチスは出さない。あくまで外向きのキャラクターを、崩さないつもりだ。

 

「この人は、俺の協力者です」

「オー、そうですカー! デハ、二人で相手をしてくれるということですネ?」

「一体、何をする気ですか?」

「バトルデース!」

 

 マチスが両手を広げると、野次馬は盛り上がる。大声で、手を突き上げ、その場で燥ぐ。あの群衆は、カンナの信者なんかではない。マチスの部下か、マチスを信奉する者達。全員が、敵。

 レッドが埠頭に下り、何かやっているという噂が広まっているのか、最初よりも人が多い。少しずつ無関係な野次馬の数も増えて来ているのだろう。

 マチスはこの状態で、バトルを外れた暴力で直接レッドを抑え込もうとするだろうか。

 

「チクサさん、どう思います?」 

「押し切る気だ。あの集団で一気に君を叩き潰すつもりだよ」

「こんな公然の場所で、こんな誰からも見える場所で、本気ですか」

「ありえるよ。町の民衆から慕われているマチスが、その部下達を従えて君とバトルをするというんだ。どんなバトルでもそれはバトル。君のポケモンさえどうにかしてしまえば、後はどうにでもなるからね。もしこのことが問題になったとしても、君が悪いというストーリーはいくらでも作れる。なんせ君は、まあまあ評判が悪い」

「嫌になるというか。可哀そうになってくるというか、不思議な気持ちですよ」

 

 マチスはニヤニヤと笑いながら、レッド達の反応を待つ。これを受けざるを得ない状況を作ったと確信しているのだろう。

 

「やるしかない、か」

 

 残ったコイル達は移動し、マチス達の上で隊列を組んでいる。それに加えて、部下のポケモン達と、マチスのベストメンバーが相手と思って間違いないだろう。

 背中は海、正面はレッドを捕らえることに躍起な奴等。

 チクサと共に、どこまで抵抗出来るか。

 レッドのポケモン達がいくら化物染みていると言えども、無傷で楽に、呆気なく押し切れるとは思えない。

 

「分かりました。やりましょう」

 

 瀬良の返答に、マチスはニヤけ顔をますますニヤけさせ、目論見通りとばかりに笑った。

 後ろで構えるマチスの部下達が、続々とモンスターボールからポケモンを出して行く。電気タイプのポケモンが中心だが、思っていたよりも各タイプが揃っている。

 

「やっぱり、一筋縄ではいかなさそうだね」

「元々簡単に済むとは思っていませんから」

 

 瀬良もポケモン達を出そうとしたが、モンスターボールに手を掛ける前に、全て勝手に開いて行く。ホルダーに付いているボールが勝手に開くなど、これまで一度もなかった。思わぬ出来事に瀬良自身呆気に取られている内に、目の前には六匹のポケモン達が並ぶ。

 

「レッド君、モンスターボールの開閉スイッチ切ってるんだ」

「切れるんですね、スイッチって」

「非推奨の改造だけどね。保障、切れちゃうよ」

 

 殿堂入りを果たした六匹のポケモン達は、堂々としていた。一匹たりとも逃げる様子を見せず、一歩も引かない。

 

「いやあ、こう見ると壮観だね。テンション上がっちゃうなあ」

 

 続いてチクサもボールからポケモン達を出していく。サーナイトにヘラクロス、ゴローニャが並んだ。

 ギャラドスと合わせて、四体らしい。

 

「マチスさん! もしこれに勝ったら、大人しく諦めてもらえますか?」

「諦めル? なんのコトですカ? ただ、キッド達とここで楽しくバトルをするだけデス」

 

 話すだけ無駄だと、瀬良は諦める。

 マチス軍対レッド・チクサ。どうあがいても、無事では済まない。

 

「それじゃあ、バトルスタートデス!」

 

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