間違いなく、目の前で起こっているのは瀬良の知るポケモンバトルではなかった。
トレーナーが駆け、ポケモンが飛び、声が、技が、入り乱れる。あの中に飛び込んで、一体瀬良に何が出来るというのか。
レッドのポケモン達が何故急に飛び出して来たのか、状況を見れば良く分かる。
目の前で起こっている緊急事態を察知して、レッドを守ろうとしたのだ。訓練されたポケモンの集団と、そのボスの威圧感は普通ではなかった。少なくとも、バトルをしようなどという生易しいものではない。
その殺気や威圧感をモンスターボールの中からでも感じ取った五匹が、合わせて飛び出してレッドの前に並んだのだ。
頼もしいと言えばそれまでだが、スイッチを切っていたということは、レッドはこんな状況を想定していたのかもしれない。
流石に今と同じ状況を想定していたとは思えないが、何か危険な事態を想定してスイッチを切っていたのではないか。チクサも「非推奨な改造」と言っていたところを見ると、簡単には切れないものであるはず。
何故、わざわざ切ったのか。
「君はそこから動かなくて良い!」
後ろに引っ込んでまごついている瀬良に対し、激しく動き回りながら心配してくれて、声を掛けてくれる。
チクサは瀬良の事情を分かっているから、こんなバトルに参加出来ないのをよく分かっている。
では、レッドのポケモン達はどうなのか。瀬良がチクサに全てを喋った時、話を聞いていたのだろうか。それを、理解出来ていたのだろうか。
マサキの時とは事情が異なる。あの時、マサキは瀬良の言葉を遮らんとばかりに否定し続けたが、今回は最初から最後まで、隅々まで瀬良の思うままに話した。それを聞いていたとすれば、今目の前で戦っているレッドのポケモン達も、レッドをレッドじゃないと分かって戦ってくれている。
レッドではないと分かっていて、六体は今目の前で身体を張っている。動揺もせず、一つも狼狽えず、堂々と、殿堂入りポケモンの風格を乱さない。
バトルに対してあまりに気高い六体に、瀬良は敬意を抱かずにはいられない。それに比べて、自分のなんと中途半端なことか。
後ろでまごついて役にも立たず、レッドとしてあまりに役不足。
不甲斐なさにどうにかなりそうだったが、ただの人間、ただの瀬良では、どうすることも出来なかった。
「レッド君、ここまで来たらなんとしてでも君を逃がすよ」
瀬良が立つギリギリのラインまで下がって来たチクサが、目線もくれずに言った。
目の前で繰り広げられる戦闘は、拮抗している。レッドのポケモン六体、チクサのポケモン四体、計十体だけで、多すぎて何体いるかもよく分からない、マチス達のポケモンと互角。
「お、俺に出来ることはないですか?」
「自分の身を守って!」
一つ叫んで、チクサはまた駆ける。
戦況は細かく分からなかったが、瀬良の目線から見ても、思っているより苦戦しているように見えた。マチスの部下程度であれば押し切れるように思っていたが、どうやらそうではない。
身を守れ、の一言で、少しでも場を把握しなければと、瀬良は必死でバトルの様子を確認する。
よく見れば見えて来ることがある。マチスの部下達はいくつかのグループに分かれて戦っている。明らかに、これが初めての集団戦ではない。各グループの後ろには、ライチュウ、ライボルト、マルマイン、エレキブルが横一列に並んでいた。おそらく、あれがマチスの直属。上空には、ジバコイルを一番後ろに据えたコイル、レアコイル部隊。あのジバコイルも、マチス直属のベストメンバーの一体だろう。
統率の取れた動きに、レッドのポケモンとチクサ達は苦戦している。
体力的にも、数的にも、場所的にも、圧倒的不利な状況であっても互角でいられるのは、レッドのポケモン達の圧倒的な個の力故だろう。
そもそも、何故こんな状況になったのか。
瀬良はおかしな点が二つあると感じていた。
一つ目、信者達は一体どこに行ったのか。今の状況を簡単に説明すれば、クチバに集まっていた信者達を、チクサが見間違えた。簡単に言えばそれまでだ。しかし、カンナの信者らしき集団は確かにいたはず。チクサの証言から、そこまでは確定すると瀬良は思う。
信者らしき集団が本物の信者ならば、カンナ本人も現れるはずだった。マチスがそれを読んでいたのだとして、元いた集団は一体どこへ。マチスの部下の中には、スパイの役割を果たす部下がいるのは容易に想像出来る。カンナは今日来ないという情報を信者の間に流し、解散させたということなのかもしれない。
二つ目は、当のカンナ本人が到着するはずの船に乗っていなかったことだ。信者達がいたのが事実であれば、カンナは先程の船でクチバに降り立つはず。カンナの到着までも遅らせるよう工作をしていたとすれば、マチスがどれだけレッドを抑えるために力を込めているかよく分かる。彼女の動向を手に入れるのはチクサの口ぶりからしても難しくはないから、それくらいはやるはずだ。
そこまでやるのに、マチスがかなり無理をしているのは間違いない。逆に言えば、そこまでしてでもレッドがクチバに立ち寄る際に、カンナをクチバに入れたくなかったのだ。
そこまで考え、改めて瀬良は戦況を見る。
拮抗しているように見える戦いは、わずかだがレッドのポケモンとチクサ達が押し始めているように見えた。チャンピオンになるというあまりに偉大な功績を上げたポケモン達の、圧倒的な力と、想像しているよりもずっとずっと強いチクサ達が、マチスを押している。
ふと瀬良は気づく。マチスは焦っている。早く勝負をつけようと急いでいる。マチスのポケモン達が、レッドのポケモン達に向かって単調に突っ込んでいるように見えた。何故そうまでして早くレッドを確保したいのか。
そこから導き出される答えは、ただ一つ。
「子ども相手に多勢に無勢、見過ごせないわね」
後ろから聞こえる声に振り向けば、ラプラスに乗ったカンナ本人が、腕を組んでいた。
「カンナさん」
軽い跳躍で港に降り立ったパンツルックのカンナは、瀬良の隣に立って戦況を確認する。
「何をやっているかと思えば、随分暴力的なのね。どうしてマチスとやり合っているのかしら?」
「何も知らないんですか?」
「知らない。興味もないわ」
あまりにそっけない回答。それと同時に、ああ、信用して良いんだ、というあまりにも強い安心感が瀬良を包み込んだ。
「あなた、見ない間に少し角が取れたんじゃない?」
「いろいろありまして」
「そう」
自分を負かしたレッドに対しても、大した興味はないらしい。
「あなたに加勢する気はないけれども、見た感じフェアじゃなさそうね」
「え、加勢してくれないんですか?」
「どうして私があなたに加勢するの?」
「マチスさんに追われて困ってるので、助けて欲しいのですが」
「そう。それなら加勢してあげる」
読めない女性だ、と瀬良は思う。
興味はないけれども、困っていると言ったら、なら助けてあげるという。あまりに自由で、正直で、真面目だ。
チクサの言っていたことが、分かった気がした。
カンナ参戦で、一気に戦況は変わる。彼女が来たということは、信者達もまた集まってくるということ。カンナのポケモン達が攻撃を開始したのを皮切りに、マチスの背後から集まって来た信者達も参戦する。
一体どういう連携が取れているのか、瀬良には分からなかった。
「はは、何これ、めちゃくちゃだ」
大混戦は言うまでもないが、戦力差が圧倒的だった。聖域の住人であったカンナの力もまた飛びぬけており、レッドのポケモン達と合わせて、個が際立った集団が強すぎる。
みるみるうちにマチスの部下達はポケモンを失っていく。そのまま気絶させられる者もいれば、海に放り出されるものもいた。人間も、ポケモン達も、どんどん減っていく。
あっという間に敵はマチスと、直属のベストメンバーだけ。
「落とし前は、どうつけるのかしら?」
マチスとマチスのポケモン達の前に立ったカンナは、腕を組んで、汗一つかいていない。孤高の存在、四天王カンナが人気の理由が、瀬良は分かる気がした。
「ココまで、ですね。白旗でス」
苦々し気にカンナを睨んだマチスは、ポケモン達をモンスターボールへ戻して両手を上げる。
降参、ではあるかもしれないが、マチスは信用出来ない。
「じゃあ、説明してもらおうかしら?」
「ジムに来てくだサーイ」
二人は勝手に話をつけて、そのまま歩いて行った。集まった信者達も後ろからついて行き、残されたのは瀬良とチクサ、それと無残な戦闘の跡。
「助かったんですかね」
「そうみたい。君はどうするの?」
「いやあ、このままクチバを去るのもなんか気持ち悪いですし、俺達もついて行きます?」
「クチバジムにかい? せっかく助かったのに?」
「はい。彼女がいれば、多分大丈夫なんだろうなって、そんな気になっています」
「それは、正直僕も同じなんだけどさ」
あの狂ったマチスの元へまた向かうなどおかしな話だったが、瀬良とチクサは同じ気持ちを共有していた。
彼女について行きたい。信者達の心情を、二人は理解し始めていた。