ジム近くに黒塗りのバンが付けられた。中から降りてくるのは、マチスとカンナにレッドとチクサ。その後ろからは各自ポケモンを頼って、追い付いて来た信者達。
ジムまでの道のりを、マチスの少し後ろをカンナが歩く。さらにその後ろから、レッドとチクサが歩く。そして、そのさらに後ろから、カンナの信者達がぞろぞろとついて行く。
世にも奇妙な光景に、クチバの民衆は興味津々。ジムで一体何をやらかすんだと気にはしても、誰も話し掛けては来ない。明らかに口を挟めるようなメンツではなく、ただ周りから野次馬として眺めるだけだった。
「チクサさんの言う通りでした」
「カンナを頼ってみようって話?」
「はい。四天王というのは、やっぱり凄いもんなんですね」
「すっかりファンだね」
「危ないところを、助けてもらいましたから」
マチスと共に、再びクチバジムへ入っていく。今度はたくさんの味方がついていた。
またクチバジムに入ることになるとは夢にも思わなかったが、これもカンナのおかげ。
マチスの口から、どんな話が聞けるのか。
ジムに残っていたスタッフは、入ってくる面々にギョっとしてマチスに近づく。ボスが良いというのだから、手出しは出来ない。
瀬良はトキワジムでの出来事を思い出す。
「レッド。それと横のあなた。一緒に来なさい」
ジムへ入ってすぐ、左奥にあるスタッフ用の扉の前で止められ、カンナは中へ入る人間を指定した。
瀬良とチクサは当然として、続いて自分の信者達の方を向き、あなた達はここで待機、とカンナは指示を出す。
あなた達の代表として行くから、ここで見張りをして頂戴、とケアも忘れない。カンナからそう言われては、信者達は従うしかない。
「こちらでス」
すっかり意気消沈した様子のマチスは、カンナ、瀬良、チクサの三人を奥へ案内する。本当であれば敵の懐の一番深いところへ潜り込む様なものだ。とてもとても軽々しく着いて行けるような場所ではないが、カンナが一緒であるというだけでついて行ける。
廊下を歩いて一番奥の部屋の扉を開けて入ったマチスは、木製の大きな机に設置された、茶色い革製の、巨大な椅子へ腰掛けた。
マフィアにしか見えない貫禄がある。
マチスが着いた席の前に用意された、これまた高そうな茶革のソファーに、カンナから順に腰掛ける。
瀬良も聞きたいことは山程あったが、とても自分から喋れる雰囲気ではない。まずはカンナが聞きたいことを洗いざらい聞いてから、ようやっと瀬良が質問出来る番も回って来るだろう。
「一体何の騒ぎな訳?」
カンナが求めたのは、この件の全体把握だった。マチスが説明するかと思いきや、椅子の肘置きに両手を、背もたれにダラりと背を預け、説明する気もない様だ。
「マチスさんが、俺をカントーに対する危険因子と判断し確保しようとした。簡単に言えば、そういう話です」
代わりに説明した瀬良の話を受け、カンナは「なるほど」と一つ頷いて、マチスの方へ視線を向ける。
「それで、あなたは一体何をあちこち工作しているの?」
「キッドを拘束するためです」
「それは今聞いた。私が言っているのは、どうして私がクチバへ来るのを邪魔するの? ということよ。四の島で私に助けて欲しいと現れた人間は、あなたの部下でしょう? 聞いてあげちゃったけど、おかげで船に乗れなかったわ」
「あなたが来るのを遅らせ、信者達を排除すれば、余計な邪魔は入らない」
「だったら手を出すなと直接言えば良いじゃない」
「言ったら出さなかったんですかね?」
「それは保証出来ないけど」
ほらね、とマチスは溜息をつく。
「私達の目論見通りあなたは船に乗らなかったが、ほぼ時間通りクチバへ来た。これはどういうことですか?」
「随分焦った様子で助けて欲しいと言って来たのに、船が出ちゃえばもう用はないとばかりにどこかへ消えちゃうから、おかしいと思ってすぐ海を走ったのよ。私の知らない何かのために、自分が邪魔されたようで腹が立ったの」
「読めない人だ」
今は、一対一で対面した時のマチスだ。どういう使い分けなのかはよく分からないが、真剣に話す様子と言葉のスムーズさから、こちらが素なのだろう。
「あなたがいては邪魔なんですよ」
「協力的ではないから?」
「何をするか分からないからです」
「そうね」
納得するのかい、と瀬良は突っ込みを入れるところだったが、この短い間でもカンナを見ていれば、マチスの言いたい事が分かってしまう。
「それで、何故レッドを拘束するの?」
「カントーに害を及ぼすから」
「あらそう」
マチスに言われた事を真に受けているのか、今度は瀬良の方を向いて、「そうなの?」とカンナは尋ねる。
ぶんぶんぶんと、瀬良は首を横に振る。
「何もする気ありません」
「こう言ってるけど」
今度はマチスの方へ向き直る。
「そんなはずはない。ロケット団との会合に参加していたのは、明白な事実。何かを知っていて喋るならまだしも、カントーをふらつき、怪しい動きをするばかり。野放しにしてはおけない」
マチスが言っていることが全て嘘だとも言い切れない。瀬良は、レッドではないからだ。レッドが本当のところ何を考えていたのかは、本人しか分からない。
だから、瀬良が言えるのは今何もする気がない、ということだけ。
協会への忖度に興味がなさそうなカンナだからこそ、マチスの言う方を信じる可能性も否定出来ない。ピリつく雰囲気が立ち込める部屋で、唯一飄々とした様子のカンナは、腕を組み足を組み、虚空を見上げた。
「どうでもいいわね」
呟いたのは、一言だけだった。
「どうでもいい、ですか?」
瀬良は思わず、その真意を聞いてしまう。
「ええ、だって、マチスが言うことも、レッドが言うことも、嘘か本当か私には分からないもの」
「でも、俺は本当に何もする気がなくて」
「それを証明出来る訳? 私はマチスがあなたを数で抑えようとしていたから、少ない方に加勢しただけ」
マチスが一人で挑んで来て、瀬良とチクサが相手をしていたら、向こう側に回っていたかもしれないという訳だ。なんて恐ろしい話か。
「カントーのために、今レッドは捕まえておかないといけません。それはあなたの故郷、四の島のためにもなるのでは?」
「四の島の心配をあなたにしてもらう必要はないわ。それで、レッド」
カンナは感情の籠っていない目で瀬良の、レッドの目を真っすぐに見据える。
「ロケット団の会合に参加したの?」
「正直に言いますよ。俺、覚えてないんです。訳が分からないまま、いつの間にか悪者にされているという感覚です」
「下手な言い訳だ」
口を挟むマチスを、カンナは気にも留めない。
「参加した記憶がないのに参加したことになっているのね」
「そういう事です」
「マチスが話を作っているのか、レッドが嘘をついているかどちらかだけど、子どもを信じたくなるのは、しょうがないものなのかしら」
カンナは明確にどちらかに付こうとはしなかった。客観的な判断で、自分の身の振りを決めようとしている。
「何にしても、いきなり暴力的にレッドを抑えつける理由にはならないわね。素直に協力を頼めば良いじゃない」
もっと言ってやってくれ、と瀬良はうんうんと頷く。協会側から穏便に、正式な依頼があれば、瀬良だって協力はやぶさかではない。別に揉めたい訳ではないのだ。
「ロケット団と関係がある者に、交渉の余地はない」
「それだとレッドは逃げちゃうわよ?」
「捕まえるまでです」
「今捕まえるなら、とりあえず私はレッドに付くわ」
マチスはチ、と舌打ちをし、露骨に嫌そうな顔を浮かべた。カンナが敵に回るというのは、それだけ大きな話なのだ。
「とりあえず落ち着きなさい。今レッドを捕まえても、未然に危険を回避出来ると確定している訳ではないのでしょう?」
「だが、キッド程のトレーナーが明確に敵と確定する前に無力化出来るなら、それに越したことはない」
「それをやり過ぎだと言っているのよ」
瀬良は続けてうんうんと頷くばかり。このままマチスに落ち着いてもらえるならば、願ったり叶ったり。
「今協会は、この子の動向をしっかり追えているのでしょう?」
「ええ、まあ」
「レッド、あなた突然雲隠れしたり怪しいことしないわよね?」
姿をくらましでもしたら、そこで捕獲対象と確定するからな、という話だ。そんな馬鹿な話があるか、と抵抗したいところではあったが、ここは大人しく従っておく方が良いと瀬良は考えた。
「ええ。つけられているのは気分が良いものではありませんが、別に見られて困るようなことはしていませんから」
「じゃあ、露骨な怪しい動きがあってから捕獲に移っても良いんじゃないかしら?」
カンナはマチスに問いかける。落としどころを作ろうとしてくれている事には感謝しかない。けれども、協会にとってその怪しい動きとは一体なんなのか。
マサキも、そしてロケット団幹部も会うなというセラ・ヒサシとの邂逅は、怪しい動きなのではないか。
「分かりました。今回は、大人しく身を引きましょう。あなたの顔に免じて」
「話の分かる男は嫌いじゃないわ」
背もたれにだらりと寄りかかり、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く姿を見れば、納得していないのは明らかだった。
「あの、マチスさん」
話がまとまりかけたところで、瀬良は口を出す。
「今回の件は、マチスさんの独断ですか?」
「何故そんなことをわざわざキッドに、と言いたいところだが、まあ良いだろう。今回の件は、私の独断だ。キッドがロケット団に肩入れし、怪しい動きをしている。今後のカントーに対するガンになりかねない。キッドへの風当たりやその年齢を考慮すれば、まだ何にでも染まり得る。だから、今のうちに抑えておく必要があると考えた」
言いたいことは理解出来たが、腑に落ちないところもある。
「やっぱり、無理矢理力で抑えつけようとするところまで、一気に飛躍しすぎじゃないですか?」
「キッドに納得してもらう必要はない。カントーのため、それが必要だと考えたまで」
「でも、協会が許すんですか?」
「許すわね」
答えたのはカンナだった。
「この男は、協会上層部からの覚えも良い。非常に協力的なジムリーダーとして、名前も売れている。町の評判も良い。ある程度のことは、いえ、ほとんどのことは、揉み潰される」
「ひどい話だ」
「そんなものよ。怪しい動きをするレッドを捕まえ、何か情報を得られればますますこの男の立場は強まる。あなたを捕まえたいと思うのも、理解の範囲ね」
カンナはどこか諦観している。そう言われてしまえばそれまでかもしれないが、そんなことがまかり通っているなら、カントーには何の自由もない。
「分かっていませんね、キッド。外からやって来た私を拾ってくれたのは、協会の方達なんですよ。どこにも行き場のなかった私の実力を買ってジムリーダーに推薦してくれたのも協会です。ならば彼らのために、カントーのためになることをすべきというのが筋」
それに、とマチスは続ける。
「外部の者がここカントーでやっていくのが、どれだけ大変なのか分かりますか? 見た目が違う、言葉が違うというだけで、どれだけの誹謗中傷を浴びて来たことか。それでも恩義に報いたいと、民衆の信用を得るために、私は何でもやって来た。本当に何でもやって来た。その結果が今だ。そのカントーで何かやらかそうとするなら、どうあっても私は食い止めたい」
マチスがどれだけ大変な想いをしてきたのか、瀬良には想像もつかない。
「だからと言って、何をしても良いという訳ではないでしょう。あの海底トンネル、分かっていて黙認したのではないですか? 何に使われるか、分かっていたのではないですか?」
「それこそ、キッドに話す必要はない」
肝心のところははぐらかす。マチスという人間は、ただレッドという人間を捕らえることに躍起な訳ではない。カントーで立場を作るために、協会のために、全ての力を使っている。
「レッド、マチスをここで崩すのは無理よ。この男は、形はどうあれカントーへの貢献度は高い。カントー出身者ではなくとも、力さえあれば外部の者でもジムリーダーになれる。言葉が違っても、見た目が違っても、そんなの関係ない。カントーは器が大きく、開かれている。象徴なのよ、この男は」
「カンナさんも、しょうがないと思っているんですか?」
「良い? 疑わしいからと言って追い落としたら、それこそマチスと同じよ。何故この男が身の潔白を証明しようともしないのかと言うと、そこに割く時間も力ももったいないから。それ以上に、カントーのためになることを続けていれば良いという考えなの。だから、どうしても全てを明らかにしたいなら、それを証明しなさい。マチスを丸裸にするのが一番大切だと思って動いている人達も、カントーにはいるわ。私には私の大切なことがある。あなたもマチスを調べるのが大切だと思うのならば、そこに乗れば良い」
マチスの暴走を止めても、それを罰する者がいない。暴こうと思ったら、邪魔が入る。外面だけ良くて、中を見れば不透明なことばかり。
そう聞けば、元の世界もそんなもんだと理解は出来る。けれども、直接の被害を被った瀬良からすれば、すんなり納得出来る話ではなかった。
少しも悪びれることなくあまりにも堂々としたマチスの態度には腹を立てるしかないが、彼に対して何も出来ないのもまた事実。カンナの言う通り、マチスをここで崩すのは無理だ。
「あの」
これまでずっと黙っていたチクサが口を開く。
「こちらの要望は、レッド君の確保をやめてくれること、それと、無事にこの町から出すこと。この二点です。今の話ですと、そこまでは合意していただけると思っているのですが」
「いいでしょう。そこまでは認めます。ただし、何か怪しい動きをしたりカントーに不都合があると判断されれば、どこにいても捕獲対象となりますので」
「どう? レッド君。この条件で」
「受け入れましょう。カントーへの不都合が何なのか分かりませんが、気をつけて行動しますよ」
レッドの返答を聞いて、カンナは立ち上がる。
「話はまとまったようね」
「カンナさん、ありがとうございます。助かりました」
「それで」
話は終わったはずなのに、まだ続くらしい。
「レッドの隣にいるあなた、誰?」