当然の反応ではあった。カンナ、マチス、レッドと、カントーで有数のトレーナーに比べたら、チクサの知名度はゼロに近いと言っても良いだろう。その無名トレーナーが何故レッドと一緒にいるのか、というカンナの質問は、当然と言えば当然である。
「ご紹介遅れましてすいません。こちらチクサさんと言いまして、ヤマブキで知り合った友人です」
「チクサと申します。ご挨拶遅れてしまい、失礼しました。緊急事態だったので、ご容赦を」
立ち上がって恭しく礼を尽くし、チクサは再びソファーに腰掛ける。
「そう。よろしくね、チクサさん。それで、何故レッドに協力を?」
あ、と瀬良は言葉を漏らしそうになった。ロケット団幹部のランスに言われて、脅されて、レッドに協力しました。そのままそれを喋って良いものか。ランスに言われてレッドを助けたのであれば、あの店でモンスターボールをジャミングしていた電波装置を破壊したのは、お前かという話になる。ランスが壊したんだと伝え、それを信じてもらえたとしても、怪しさは拭えないだろう。
「友人だからです。彼に危険が及んでいたのを知り、助けました」
「どうして、レッドが危険だと分かったの?」
チクサがどう答えるのか、瀬良は気が気じゃなかった。無関係なんて言ったら怒るからね、とは言っていたが、これから先、チクサまで一緒に変な事に巻き込まれる必要はない。むしろセラ・ヒサシの件を考えれば、こちらから怪しいものに首を突っ込もうとしているのだ。そこまで付き合ってもらうのは、あまりに申し訳ない。
「ある人に教えてもらいました。レッド君が店に連行されて暴行を受けていると。ポケモン達にも頼れず、このままでは危ないと」
「その、ある人というのは?」
「それは言えません」
マチスがこの部屋に来て初めて動く。預けていた背を椅子から離し、机の上に両腕を乗せた。
「言えないとはどういうことですか? キッドをあの店に連れていったのはシークレット。うちのジム関係者以外は知らないはず」
「だから言えないんですよ」
うまい、と瀬良は思う。疑いを内部へ逸らしたチクサは、表情一つ変えずに淡々と答える。
「その誰かを言ってしまったら、あなたみたいな人は何をするか分からない」
「言ってください。今回は不問にします」
「不当な理由で突然子どもを襲うような方に、教えられません」
チクサの回答を受けて、マチスはそれ以上追いかけなかった。
「では、何故あなたのような一般トレーナーに、レッド救出の話があるのですか? ポケモンセンターや警察に駆け込んでも良いはずでは?」
「このクチバシティで、あなたの影響力が及んでいない場所はありません。どこに駆け込んでも、動いてはくれないはず」
「仮にそうだとしても、あなたに依頼するのは些かおかしい。……あなたまさか」
「勝手な想像、決めつけはやめていただきたいものですね。あなた方有名人からすれば僕など大した人間はないですが、これでも少しは顔が売れていたんです。ホウエンやジョウトでは、それなりに大きなバトル大会で優勝しています」
「そのあなたを見つけたから、救出を依頼したんじゃないかと、そう言いたいんですね?」
「そうです。あなたの部下にも、ジョウトやホウエン出身者がいるのではないですか?」
チクサがやけに強い理由が分かった。カントーではまだ大きな実績こそないが、他地方では顔が売れているトレーナーなのだ。ジムバッジだって、ジョウトやホウエンのものは揃えているかもしれない。
今の話にどこか覚えがあるのか、チクサの話を崩し切れないのか、マチスは上げた背中を再び背もたれに預けた。
「分かりました。これ以上の追及はやめます。何か、ただでは済まなさそうだ」
「どういう意味ですか?」
瀬良は口を挟んだ。マチスが言った意味が、まったく分からなかった。チクサにこれ以上突っ込むと、何故ただでは済まないのか。
「勘ですよ。この方はおそらく、一筋縄ではいかない。ここまでで決まった部分で引くのが正解でしょう。引き際を見極めるのも、ボスの仕事です」
お前が勝手に動いてやっていることだろうが、と瀬良は言いたいところだったが、よく考えればマチスが単独でやっていると言ったところで、それが本当かどうかなんて分からない。協会の指示だったとしても、何かあれば自分のせいだと言えと言われている可能性もある。カントーに対するこの忠誠心を見れば、マチスはそれに寸分狂わず従うだろう。
何が嘘で、どこまでが本当なのか、分かったものではない。
これでは、今までに決まった合意点についても、守ってもらえるかどうか。
「あの、本当に俺を逃がしてもらえるんですよね?」
「それは私が保証するわ。もし手を出すようなことがあれば、私がこの男の弱みを一つ世間に出すから」
「また突然、適当を」
「いてだきの洞窟の件と言えば、良いかしら?」
「一体何の話ですか?」
カンナの言葉に、マチスは表情を変えなかった。それが本当に弱みとなりうるのか瀬良には判断が付かなかったが、カンナの言うことは今信用せざるを得ない。
「無理しているだけよ。これはこちら側の切り札。本当に危なくなったら私に連絡しなさい」
「分かりました」
「じゃあ、話はここまでね。これ以上ここで話をしていても進展はない。それぞれ思うところはあるでしょうが、後は勝手にやりなさい」
カンナは立ち上がり、レッドとチクサに「行くわよ」と声を掛けて歩き出す。
マチスは動かない。ただ、「キッド」と一言、瀬良に声を掛けた。
「このマチスがカントーにいることを、忘れるなよ。決して」
「忘れませんよ。忘れられる訳ないじゃないですか」
不敵な笑いを見てしまった。振り返らなければよかったと、瀬良は後悔した。