少年とポケモンタワーへ行った日の翌日、フジ老人が帰って来る日を迎えた。
ルミコからは、午後には戻るとの連絡を受けている。午前中の時間が空いた瀬良は、レッドについて改めて調べることにした。コラッタについて、何か情報はないものか。クチバでの件が出て以降、調べるのも嫌になってあまり目にいれたくなかったが、そうもいかない。
トキワの時と同じように、シオンの本屋を手当たり次第、確認出来るだけの情報を集めるため瀬良は歩き回った。ひそひそと噂されても、指を差されても気にしている場合ではない。最後に全ての疑いが晴れればそれで良い。今悪くても、レッドが戻って来る時に良ければそれで良い。
そう思っていないとやっていられない。もはや半分開き直りつつあった瀬良は、本屋の店主の目も気にせずあちこちの書籍に目を通した。
「さて」
目ぼしい情報が載っていそうな書籍をいくつか購入し、シオンにあるアンティークな雰囲気の喫茶店、その一番奥まった席に腰を落ち着けた瀬良は、早速目を通すことにした。こんな公の場所で自分の本を読んでいる奴、という目を気にするよりも、瀬良はコラッタの件が気になった。
旅を続ける中で、だんだんとレッドと自分が同化していくものだと考えていたが、瀬良の感覚ではまったく逆だ。
旅をすればする程、レッドに危機が迫れば迫る程、知らないことが増えれば増える程、自分はレッドではなく、この世界の外側の人間であると強く自覚する。
セラ・ヒサシの名前が頭をチラつくと、どうしても元の世界を思い出さずにはいられなくなるのも、孤独感が増す要因となっていた。
「レッドしか話題がないのかよ、この土地は」
モモンとイアの実のジュースを口に含んで、その甘酸っぱい味をゆっくり味わう。嬉しい話ばかりではない文章に胸やけするが、ジュースは身体によく染みる。これだけはこの世界に来なければ飲めない。
レッドの身体になってからコーヒーがまずいので、瀬良はジュースを選び続けている。こんなところでも、瀬良とレッドの違いが出る。
立ち読みした分と合わせ、喫茶店で書籍に目を通した限りでは、詳しくコラッタに触れているのはマイナーな雑誌の一誌のみ。他は皆その情報を出していない。レッドとグリーンは、あまりにも他に成し遂げた偉業が目を引くので、亡くなったコラッタの話など皆あまり興味を示さないのかもしれない。唯一その情報を取り扱っていた雑誌は、随分事細かにその詳細が描かれていた。
コラッタは、レッドがグリーンと共に小さい頃から可愛がっていたポケモンだった。ポケモンも持たずに向かった一番道路で出会った二人と一匹は、一緒に遊ぶようになったという。
やがて旅に出られる年齢となった二人は、オーキドからポケモンを貰って旅に出る。コラッタは、その時まだどちらの手持ちにも加わっていない。
どちらも連れて行きたいと主張して揉めたのかもしれない。結果としては、グリーンがコラッタを自分のパーティに加えたということ。
どうやって決めたのか。
雑誌の情報によれば、22番道路で行われた二人のバトルの結果で決めたらしい。そのバトルでの勝者となったグリーンがコラッタを連れ、レッドは引き下がった。知人談とされており、どこまでこの情報が正しいか分からない。それでも今は、一先ずこの情報を正しいと仮定するしかない。
レッドに勝ってコラッタを連れていたのに、ロケット団に殺されてしまった。コラッタに対する申し訳なさを感じたのはもちろん、グリーンがどれだけ自分を責めただろうか。
もし、レッドがコラッタを連れていたら、こんなことにはならなかったのではないか。
元々猛追してくるレッドを気にしていた上に、グリーンがそう思い悩んだとすれば、何故何がなんでもレッドの先を進もうとしたのか、瀬良は分かる気がした。
レッドより強くなければ、グリーンは自分を許せない。
レッドより弱い自分だから、コラッタが死んでしまったなどとはどうしても認められない。
トキワジムトレーナーヤシロは、グリーンはあんなに急ぐ必要はなかったのだと言っていた。その急いだ理由が、ここに詰まっているのだと瀬良は感じる。
ロケット団に乗っ取られたシルフにグリーンがいた理由も、これで想像出来る。レッドが怒り狂ってロケット団を潰そうとするなら、それに負けじとグリーンはレッドを追いかける。彼よりも強く、大きくならなければならないのだから。
シルフで行われた二人のバトルの明確な理由は分からないが、その理由を想像すると、随分と悲しいバトルに見える。
その最終着地点が、ポケモンリーグの頂点で繰り広げられた。それより上は、カントーにはなかった。
コラッタ、という小さなポケモン一匹がカントーの生ける伝説を作る要因になったのだと思うと、それはなんと、数奇なことか。
やはり、レッドがロケット団に加担する訳がないと瀬良には思える。
ロケット団に加担しているという情報を広めることで、メリットがあるのは一体誰か。
チャンピオンをあっさり降りたレッドを疎ましく思っている協会は、レッドが苦しむ姿を見てざまあみろと思うだろう。カントーを取り仕切る組織が、そんな幼稚なことをするだろうかと少し前なら考えたが、今の状況を見ればそれもありえると思えてしまう。
権威に泥を塗ればカントーでは生きていけない。そういう話なのだ。なんてくだらない、と瀬良は思う。
他にメリットがあるのは、ロケット団だろう。嘘だとしてもレッドがロケット団に加わるという噂が流れれば、カントー全体が不安に襲われる。元チャンピオンがロケット団と関係するというインパクトは大きい。
子どもに計画を潰され勢いを失ったロケット団にとっては、まだまだ闇に蠢く気味の悪い力が動いていると、そう思われた方が良いはずだ。あの業界も、きっと舐められたら終わりだ。
調べていて分かってきたことだが、レッドがロケット団を潰したという事実は書かれていない。そもそもレッドの行為は、ロケット団にとってどれほどのダメージを与えていたのか。
タマムシのゲームコーナー地下に広がっていたアジトを潰したとはいえ、それはきっとカントー中にあるアジトの一つを潰しただけ。フジ老人やシルフを救ったのも、星の数程計画されているであろう悪行の一つを邪魔しただけ。
内容はサカキからしたらあまりに大きなものかもしれないが、それだけで大犯罪組織を根本から根絶出来る訳がない。
子どもにやられたい放題で、挙句の果てにジム戦さえも負け、面子が潰れ、明るみになってしまった部分が多いから、一時的な解散をサカキが叫んだに過ぎない。そう見るのが自然だろう。
ロケット団は今も地下で潜んでいる。それはきっと協会だって、町の民衆だって、誰もが共通の理解を持っている。
根絶するには、協会が本腰を入れて、カントー中が協力して締め出していくしかない。それくらいカントー中に根付いてしまった組織なのは、誰が見ても明らか。
クチバの件を見てもそれはよくわかる。
レッドは確かに強い。ロケット団が束になっても叶わなかったトレーナーかもしれないが、それを利用しようと思ったらいくらでも手がある。幼稚な手段でレッドを邪魔する協会と違って、したたかにレッドを利用するロケット団の方がよっぽど不気味だ。
レッドをロケット団側だと広めたその先に何があるのか瀬良には分からないが、やはり深い情報を持っているのはロケット団か。
「踏み込むしか、ないな」
購入した書籍をしまい、瀬良はポケギアを確認する。午後には帰るという話だったので、もうすぐかもしれない。
フジ老人が帰宅したらルミコが連絡をくれる話になっていたが、ポケモンハウスで子ども達と遊びながら待たせてもらおうかと、席を立とうとしたところでポケギアが鳴り出した。
知らない番号だったが、タイミング的にはポケモンハウスからだろう。瀬良は先日、ルミコに連絡先を渡してあった。戻る時に連絡をくれる話になっていた。
「レッドです」
「ルミコですが、あの、レッド君、今どちらにいらっしゃいますか?」
「喫茶店で少しお茶をしていました」
「すいませんが、今すぐポケモンハウスまで来ていただけますか?」
「分かりました。向かいますね」
「お願いします」
そのまま電話は切れる。ルミコは、フジ老人の帰宅については話さなかった。何かがおかしい気がした。残りのジュースを一気に飲み干し、瀬良はすぐに席を立った。
ポケモンハウスに向かった瀬良を、子ども達が迎えた。遊ぼう遊ぼうと群がってくる子ども達に応対しつつ、ルミコの姿を探す。
「ねえ、ルミコさんはどこにいるかな」
「上じゃないかな」
両手を引っ張られつつ、昨日ポケモンタワーへ一緒に行った少年に尋ねる。どうやら建物の中にはいるらしい。
子ども達の笑顔を眺めつつ、誰かにレッドが到着したことを伝えてもらおうかと考えていると、吹き抜けになっていて見通しの良い二階の廊下から、「レッド君!」とルミコが呼んで手招きをしていた。
いつもの、温和な雰囲気ではなかった。
「ごめん、皆。遊ぶのは後にしよう」
ただならぬ様子を理解した瀬良は、なんとか子ども達を諫めて二階へ向かう。
不満続出だったが、ガーディの少年も、何かを察して皆を宥めてくれる。
子ども達を尻目に、二階へ上がってルミコの元まで行けば、すぐに部屋へ通された。瀬良が入ったのを確認し、ルミコは後ろ手でドアを閉める。
「すいません、突然。来ていただけて助かりました」
「いえいえ、元々来る予定でしたからね。それで、どうしたんですか?」
通された部屋は客間だった。レッドが現れた事で、少し落ち着いたのだろう。一呼吸おいて、ルミコは話し始めた。
「手紙が、直接入って来ました。開けていた窓から、投げ込まれたんです」
「手紙? 一体何の手紙ですか?」
「フジさんを、連れ去ったって」
「誘拐ですか?」
「多分、そうです」
「手紙は?」
「そこの、テーブルに」
客間に置かれたテーブルの上には、確かに一枚封筒が置いてある。
「見ても?」
「お願いします」
ルミコは手紙にも触りたくない、という様子だった。一体何が書かれているのか。
瀬良は封筒を手に取り、その中の便箋を取り出す。
「フジ老人はこちらで預かっている。レッド一人で取り戻しに来い。ポケモンタワー最上階、か」
印刷された文字だった。書かれている文章は簡潔で、差出人はご丁寧にすぐ分かるようになっている。便箋の隅には”R”の文字が入っていた。ルミコが恐怖を覚え狼狽えてしまうのも無理はない。
「これ、俺が預かっても良いですか?」
「ええ、もちろん。とても私の手に負えるものではありません」
「ルミコさんは、この手紙を読んでいない。俺が見つけて、読んだだけ。あなたはこの件を知らない。良いですね?」
「わ、分かりました」
「それじゃあ、行って来ますので」
手紙をリュックにしまって、瀬良は歩き出す。
「あ、あの」
「はい?」
「警察を、呼ばなくて良いんですか?」
「むしろ呼ばないで下さい。誰にも邪魔されたくありませんから」
「分かりました。それでは、お願いします」
「いえ、むしろ巻き込んでしまっているようで、こちらこそ申し訳ない。これが済んだら、すぐに去りますので」
瀬良が動き回るおかげで、迷惑をかける人がいる。フジ老人もルミコも、そして”レッド”もその一人。こんなのおかしい。レッドが一体何をした。何故こんな目に合わなければならない。
確かに瀬良にも落ち度はあるだろう。
ニビでのバトル、ハナダでのポケモン暴走、クチバでのマチスとの対立。どれもこれも、瀬良のせいと言えばそれまでだ。レッドがレッドのままならこのカントーを再びふらつくこともなかっただろうし、今更お月見山で訓練なんかしない。ポケモン達の力に酔って、ニビで間違いなんかおかしたりしない。
レッドという役割を瀬良がしっかり果たせていない。それは間違いない。でも、誰ならレッドになってその役割を全う出来ると言うのだ。
瀬良は怒っていた。瀬良が役不足というだけで、レッドという将来有望な子どもが何故こんなにも追い込まれなければならない。こんなの、絶対におかしい。こんなにも続けておかしなことが起こるものか。
レッドが来たからフジ老人が攫われましたなんて、あまりにもあからさまだ。ここ最近、瀬良は何かに誘導されている気がしていた。決められたものが順番に動いているだけであるような感覚があった。
ロケット団が直接のコンタクトを求めて来るのなら、行ってやろうじゃないかと瀬良は息巻く。
「レッド君、あなたは、一体何を」
「それをこれから、確かめて来るんですよ」
客間を出て、一階へ降りる。子ども達が寄って来るが、今は遊んでいる場合ではない。ごめんな、と皆に謝って、瀬良はポケモンハウスを後にした。