赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

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【シオン編.五】

 タワーを後にして、急いでポケモンハウスへ戻って来た瀬良は、寄って来る子ども達に倉庫の場所を聞き、一直線に向かう。エントランスホールを抜けた先、廊下の一番奥の部屋の前で一度深呼吸を置いて、ノブを引いた。鍵はかかっていなかった。

 中に入って明かりを点け、明かりを点けても少し薄暗い周りを見回す。

 

「……誰も、いない?」

 

 瀬良の様子を不思議がって、ガヤガヤしながら子ども達が集まってくる。

 

「レッド、何かあったの?」

 

 一歩前に出てきたガーディの少年が不思議そうにレッドへ質問した。

 

「ルミコさんやフジ老人を見たか?」

「見てないけど」

「どこにいるか分かるか?」

「今帰って来ているところじゃないかな。ルミコ姉ちゃんは、フジのおじいちゃんをヤマブキまで迎えに行ったよ」

 

 さっき会ったルミコは、ラムダの部下であるはずだ。子ども達もそれを見ているはず。

 

「ルミコさんは、さっき俺と会ったよな?」

「会ってた」

「じゃあ、いつ、出発したんだ?」

「レッドがここを出た後すぐかな」

 

 本物のルミコならば、そんなタイミングで出発する訳がない。フジ老人が誘拐されているならば、心配して残るはずだ。

 やはり、あの時二階にいたルミコは偽物。その後ポケモンハウスから出たルミコも偽物であるはず。

 

「なあ、ルミコさんは、俺が来るより前に出発していて、一度戻って来たんじゃないか?」

「うん。戻って来たよ。忘れ物を取りに来たって言ってた。レッドが来たのはその後」

「なるほどね」

 

 ルミコが出て行ったのを見計らって、偽物がポケモンハウスへ入ったのだ。

 電話を掛けて来たあのルミコも偽物だ。今さっきラムダの変装を見た時も、声色まで変えていた。部下にもまたその能力があるのか、そういう機械があるのか。

 瀬良はすぐにポケギアから、ルミコへ電話を入れる。コールが続く毎に、瀬良の不安な気持ちは膨らんでいく。

 

「すいません、さっき電話いただいていたのに出られなくて。丁度バスに乗っているところでした」

「ルミコさん、レッドです。無事ですか? 今、どこにいるんですか?」

「どうしたんですか? さっきフジさんと合流して、ごはんを食べたところですよ。あ、皆には内緒ですからね」

 

 ポケギアから漏れる声は、子ども達にも聞こえてしまったらしい。えー、ずるーい、と声が上がる。

 

「子ども達、そこにいるんですか?」

「え、ええ、まあ」

「お土産も買ったから、それで機嫌を直して頂戴って、伝えて下さい」

 

 お土産の言葉で、子ども達は再び騒ぎ出す。「すまん、ちょっと向こうで遊んでいてくれ」と瀬良が頼むと、ガーディの少年が何かな何かなと騒ぐ子ども達を引き連れて行ってくれる。彼は本当によく出来た少年だった。

 

「それで、ルミコさん、無事なんですね?」

「私ですか? 特に何事もありませんが」 

 

 何も知らない。フジを眠らせて倉庫に放り込んだというのは、嘘。

 

「何かあったんですか?」

「戻って来たら、お話しします」

「分かりました。それじゃあ、これから戻りますので」

「お待ちしてます」

 

 通話を切った瀬良は、ひとまずフジ老人やルミコが無事だと分かりホッとしてその場へ座り込んだ。レッドと仲良くし、良くしてくれる彼等に何かあってはレッドも悲しむ。

 

「ふざけやがって、どこまでおちょくるつもりだ」

 

 始めから何も起こっていなかった。ルミコの偽物まで用意して、確実にレッドがポケモンタワーへ向かうように仕向けたのだ。

 レッドがポケモンタワーやタマムシ、シルフにいたロケット団を片っ端からやっつけているので勘違いしそうになるが、奴等はそう甘くない。

 ポケモンバトルという括りであればレッドには勝てないが、犯罪組織として動くロケット団から見れば、協会の後ろ立ても何もないレッドはただのバトルが強い子どもに過ぎない。

 協会が表からカントーを操っているのだとすれば、ロケット団は裏からカントーを牛耳っている。そのどちらにも喧嘩を打った形になったレッドには、カントーに生きる場所はない。ラムダが言っているのは、そういう話だった。

 

「抵抗してやる。あいつらの思う通りにことが運ぶなんて、そんなむかつく話はない」

 

 小さな意地だった。レッドをここまで貶める必要が、どこにある。

 自分自身が今レッドであるというのを差し引いても、瀬良は改めて憤りを感じていた。許せなかった。

 

 それに、レッドへ感情を寄せるだけに留まらない。

 父の件を考えると、どうしても他人事ではいられない。

 訳の分からない本を出版し、業界や大衆から総バッシングを受けた父だって、あそこまで言われる必要はなかった。その父の息子だからと、嫌な目に遭うのもおかしい。

 当時は父を恨んだ。なんでそんなことをするんだと、呪った。

 けれども、今は父の気持ちが分かる。突然別世界へ飛ばされ、そのまま生きて行けと言われたって、はいわかりましたと納得出来る訳がない。

 父だって最初はもがいたはずだった。元に戻るにはどうすれば良いか、必死に探ったはずだ。どうしようもなくなって、飛んできた世界で暮らすことを決意し、母と結ばれ、子が生まれた。

 妻がいて、子どもがいて、自分の仕事もうまく行き、一見幸せに見えるのだろう。それでも父には、心の奥底でどうしても燻り続ける、元に世界へ帰りたいという思いがあったはず。

 無理矢理押し込めていたその心の奥底で燻る思いが、どうして爆発してしまったのか。どうしてあんな本を出してしまったのか。

 

「ポケットモンスターだ」

 

 瀬良が唯一許されたゲームを、父は知ってしまった。自分がいた世界が、ゲームという形でそこに表現されているのだ。元の世界へ帰りたいという、抑えつけていた彼の思いに火をつけてしまったのは、瀬良自身なのかもしれない。

 誰もいなくなった倉庫で一人ペタリと座り込んだ瀬良は、異世界で暮らす父の辛さを想像した。初めて父という人間が、分かった気がした。

 

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