赤い足跡、その先に   作:@早蕨@

58 / 59
【シオン編.六】

 倉庫で座り込んでいてももやもやするばかり。少しでも気を紛らわそうとエントランスでポケモンを交えて子ども達と遊んでいると、フジとルミコが帰って来た。既に空が朱に染まり、窓からは切るような赤い日差しのカーテンが注いでいる。

 子ども達が集まると、フジ老人は一人一人、愛おしそうに頭を撫でた。

 

「やあ、待たせたみたいだね」

 

 最後に瀬良へ視線を向けたフジ老人は、にこやかに笑った。

 

「お邪魔しております」

「いらっしゃい。聞きたいことがあると?」

「ええ、でももう夕方ですし、日を改めますか? お疲れでしょうし」

「いいや、構わんよ。話は早い方が良い」

「すいません。助かります」

 

 ハナダからの移動で疲れているはずだが、フジ老人はにこやかにレッドを受け入れる。懐の深いおじいさんに感謝しつつも、この温和で優しそうな人がミュウツーを作った張本人。父も含めて、人には色々あるもんだと、瀬良はこの世界に来て嫌という程知った。

 

「あの、その前に、何があったか聞かせていただけますか?」

 

 ルミコが間に割って入ってくる。確かに、彼女からしたら気になるところだろう。

 

「それについては」

 

 後にして下さい、とは言えなかった。ルミコは今後も利用されないとは限らない。彼女も知っておくべきなのかもしれない。

 瀬良の話を聞けば頭がおかしいと思われるかもしれないが、彼女も話に参加してもらうべきだろうと瀬良は判断する。

 

「いや、それも含めて、一緒にお話しを聞いていただけますか? フジさんも、それで良いですか?」

 

 瀬良よりも、フジ老人の方がルミコを話に参加させるか迷っている様子だ。

 しばらく目を閉じた後、コクんと頷く。

 一体何を迷っていたのか。フジ老人は瀬良が何を話したがっているのか、知らないはずだ。

 

「ずっと手伝ってくれておるルミコには、話しておくべきだろう」

 

 一体何を話そうと言うのか。フジ老人が普段から過去を語りたがらないのは、彼女もよく知っているはず。気の回る彼女ならば、私ははずしますと気を回すくらいの事はするはずだった。

 

「それじゃあ、二階の客間で話そうか」

 

 歩き出したその小さい背中を、瀬良とルミコは追いかけた。

 

 

 通された客間は、先程ルミコの偽物に通された部屋だった。あの時のルミコが偽物だなんて、瀬良は今でも信じられない。それくらい本物に見えた。ラムダやその部下の変装技術は本物だ。これは協会やカントーにとって脅威となるだろう。

 目の前に現れた味方と思われる人物を、信じられなくなる。

 

「さ、奥へかけて」

 

 客間に置かれたテーブルの奥に瀬良を座らせ、フジ老人は向かいに座る。ルミコは何か飲み物を運んで来ようと、部屋を出て行った。

 

「気の利く子なんだ」

「ルミコさんとは、どういうご関係で?」

「このポケモンハウスを建てた時、初めて訪れた子ども達のうちの一人でね」

「なるほど」

「ポケモンを連れて忍び込んで来るような悪ガキでな、私に見つかると飛ぶように出て行ったよ」

「そんな彼女が、どうしてここへ居付くように?」

「ポケモンだらけのこの屋敷が楽しかったんだろうな。いつの間にかポケモン達と仲良くなって、気付けばわしを手伝ってくれておる」

「他にいた子ども達は今どこへ?」

「ここでポケモンの扱いと関係性の作り方を学んで、皆それぞれの道に進んで行った」

「なるほど、そういった活動もされているんですね」

「そのつもりはない」

 

 そうは言っても、これまで旅立って行った子ども達を思ってか、フジ老人はにんまりと微笑んだ。

 

「彼女は今後、何をやっていくつもりなんですか?」

「人間の中で育ってしまい、野生を知らないポケモン達向けの保護施設を作りたいそうだよ」

「保護施設というと、ここと同じですか?」

「基本ベースはそうかのう。野生を知らないポケモン達、というのが彼女の拘りたいポイントだな」

「野生を知らないポケモン、ですか」

 

 コラムで読んだ記憶があった。

 野生を知らない、つまり人間に育てられたポケモンは逃がされると野生に帰る事が難しく、害獣認定されたり、野生のポケモンに傷つけられ、果ては死んでいく、というコラムだ。

 現代の社会問題として取り上げられており、前からその数は少しずつ増えていた。レッドグリーンの活躍からその数が一気に伸びているらしい。あたかも原因は二人にあるような書きぶりだったが、とんでもない話だ。

 レッドもグリーンもポケモンは大切に育てているはずだ。少なくともレッドは、自分のポケモン達を大切にしているのがよく分かる。

 

「ポケモンを逃がす輩が昔より多くてな」

「ポケモンバトルの流行が原因、ですかね」

「そう言われてるな。ポケモンがモノとして扱われておると」

「でも、あの、俺は」

「分かっておる。君はポケモンを大切にしておるし、君に責任があるなんて思っておらん。そんなもんは、先行世代が原因に決まっておる」

 

 フジは、レッドに対して好意的だった。ポケモンが逃がされている件については、自分達大人が起こしてしまった問題、特に自分はその原因の一部だとでも言いそうだと思ってしまうのは、フジがミュウツーを作っていると瀬良が知っているからか。

 

「お待たせしました」

 

 お盆を持って、ルミコが部屋へ戻って来た。

 テーブルの上に三つ冷たいお茶を置いて、フジ老人の隣に腰掛ける。

 

「ありがとうございます。すいません、運ばせてしまって」

「いいんです。フジさんは食べろ飲めと勧めないと、あまりご自分で食事を摂られないから、これは私の役目なんですよ」

「きちんと食べておるだろう」

「いいえ。私が来ないとろくに何も食べていません」

 

 一人ポケモンハウスに残ってしまった年長者のルミコが、フジ老人の元を離れない理由の一つを見た気がした。

 自分の夢を追いたい一方で、フジ老人を本当に心配している。

 

「それより、話を始めようじゃないか」

「そうですね。それじゃあ、お二人がいなかった間の騒ぎについて、先にお話します」

 

 瀬良は一連の出来事を二人に伝えた。ルミコの偽物がレッドを呼びつけ、フジ老人が誘拐されていると嘘の情報でポケモンタワーへ向かったこと。

 二人はポケモンハウスの倉庫に縛って放ってあると聞いたが、実際には二人はおらず何も起こっていなかったこと。ロケット団の目的は、レッドを引き込むことにあったこと。

 

 黙って聞いていた二人だったが、ルミコは息を飲んでとんでもない話を聞かされているとばかりの張り詰めた様子。フジ老人は、変わらずに落ち着いたものだった。

 

「一つ、いいかい?」

 

 口を開いたのはフジ老人だった。

 

「はい」

「君が協力する可能性があると、何故ロケット団は判断した? とてもじゃないが、ありえないと私には思える」

「どうしてですか?」

 

 どうして、とここで聞くのはレッドとしては明らかにおかしかったが、何故フジ老人がそう思うのか聞きたいあまりに、口をついてしまう。瀬良はしまった、という顔も出来ずに興味津々だった。

 

「それは君自身一番よく分かっておるだろう。君達のポケモンはロケット団に、その、殺されとるんだから」

「そう、ですよね」

 

 ガーディの少年の話でもそれは分かっていたが、フジ老人も同じ事を言う。君達、というのはレッドとグリーンで、彼等のポケモン、ラッタがロケット団に殺されたというのは、事実らしい。

 

「怒りに任せてロケット団アジトを滅茶苦茶にする君が、協力するはずがない」

 

 そうですね、と同意すればただそれだけで話は終わってしまう。このフジ老人はただの老人ではない。マサキに続いて、瀬良が求める情報に直結する情報を持っているかもしれない、数少ない人物である可能性がある。

 チクサに話した以上に、何もかも正直に喋るべきだと瀬良は考えた。

 意味不明で非現実的な話を聞けばここで突き放されてしまう恐れもある。ゆっくりゆっくりと情報を引き出すやり方もあるかもしれないが、そう悠長にことを運ぶ余裕が瀬良自身になかった。

 

「あの、実は、そうでもないんです。レッドなら協力はありえないんですが、俺はレッドではありません」

「レッド君、じゃない?」

 

 咄嗟にルミコが言葉を漏らす。無理もない。おかしい奴だと思われても、仕方がない発言だ。

 

「なるほど。君がレッド君ではないのならば、可能性は生まれてくる訳だ」

 

 対してフジ老人はやはり落ち着きを払っていた。

 

「は、はい、そう、ですね。あの、何故、そんなにすぐ信じていただけるんですか?」

「その嘘に意味がないからだ。君がレッド君ではないなら確かに協力する可能性は残る」

 

 理屈で考えて、という話だった。フジ老人はやはり、ポケモンハウスで慈善事業をやっているただのおじいさんではない。

 

「であるなら、君はいったい?」

「瀬良、と申します。この世界へ飛ばされて、レッドの中で今生きています。率直にお聞きしたいのですが、フジさん、このような状況を実現出来る技術を、ご存じですか?」

「聞きたい話というのはそれかな?」

「そうです」

 

 ふうむ、と腕を組んでフジ老人は目を閉じた。

 何か有用な回答が得られるかもしれない、と瀬良は唾を飲む。

 

「あ、あの、普通に話が進んでいますが、どういうことですか? 今目の前にいるレッドさんは、レッドさんではないのですか?」

「驚かれるかもしれないんですが、事実なんです。ポケモン転送システムや預かりシステムが元となった技術だとは思うんですけど」

「えっと、それは信じて良いんですよね?」

 

 ルミコは瀬良ではなく、フジ老人を見ていた。本人から言われてそのまま受け入れられるはずもなく。

 フジ老人は腕を組んだまま目を閉じたままだったが、ルミコの言葉を聞いてコクりと頷いた。

 

「分かりました。お二人が言うなら、一先ず、信じてみます。だとしたら、本物のレッドさんは今どこへ?」

 

 それは瀬良も考えていた。瀬良が今ここにいるならば、レッドはどこへいるのか。入れ替わったのならば、瀬良がいたあの施設へ行ったに違いない。恐らく、父が秘密裏に作り、元の世界へ帰るのを夢見て、試行錯誤を重ねた研究所だ。

 

「俺がいた世界へ飛んだのだと思います」

「だとしたら、どうやって戻るんですか? 二人が同じタイミングで、入れ替わろうとしないといけないのではないですか」

 

 それが可能だとはとても思えない。けれども、瀬良が今ここにいるという事実がそれを必要としないのを証明している。二人は、示し合わせて入れ替わった訳ではない。

 そもそも瀬良がポケットモンスターのゲームをやっていたのは子どもの頃。今この世界はレッドがチャンピオンを降りた後からそう時間が経っていない世界。時系列が合っていないのだ。

 時間軸を合わせられない、合わせなくて良いのだとすれば、その問題は考えなくて良くなる。

 

「それは、多分考えなくて良い」

 

 今まで黙って目を閉じていたフジ老人が口を開いた。

 

「やっぱり、そうなんですかね」

「別空間へ繋がる穴が開いたとすれば、その先の時空や空間が歪んでしまってもなんら不思議ではない。指定の時間と場所にセットなんてきっと出来ん」

「別空間への穴が、あるんですか?」

「そういう事象が観測されているという記録がある」

「それを人工的に実現させる技術があると?」

「あるのう。正直、さっき聞いた名前でピンと来たところだ。もしかして君は、セラ博士の関係者かい?」

 

 心臓が跳ねる。繋がった。父を知っている人物に出会えた。これまでで一番の進展だ。会うなと言われたセラ・ヒサシにも一歩近づいている。

 更に一歩踏み込もうと前のめりになりそうな自分を抑えて、瀬良は一呼吸置いた。

 

「セラ博士というのは、セラ・ヒサシのことですよね?」

「ああ。その、セラ博士だ」

「その息子が俺です」

「ふうむ。そうなると、話が色々繋がってくる」

「と、言いますと?」

「セラ博士は、ある時期から突然様子が変わり始めた。今まで言っていることと何の整合性もなくなって、理屈も通っていない。皆が心配してあれこれ支援をしても、一向に変わらない。やがて彼は心身共に衰弱していき、気付けば研究者を引退しおった。その後は療養生活と聞いておるが、最近は何をしているかは分からん。君の話が真実だとすれば、自分が確立した技術を使って、君がいる世界へ飛んでしまったんだな。今このカントーにいるのは、本物のセラ博士じゃないという訳だ」

 

 マサキの話と合っている。

 やはり、元の世界からこの世界へ飛んで来てしまったその誰かは、あまりに意味不明な出来事に対応出来ず、心を病んでしまったに違いない。他人事ではないその状況に、瀬良はただ同情した。

 自分もいつそうなるか分かったものではない。

 ただ、今のフジ老人の話を聞いても、何故ランスやマサキがセラ・ヒサシとは会うなと言うのか分からなかった。

 今カントーにいるセラ・ヒサシには何の力もない。彼に話を聞いたところで、元に戻るための情報について得られるものはないだろう。

 

 この世界のセラ・ヒサシに会う過程で、彼がこの世界に飛ばされて来た事情を知る者やそれに関わる情報があれば、何かヒントになるのかもしれない。

 後は、最終的に彼と話しが出来たら、世界のつまはじき者として暮らしていく辛さを共有出来るくらい。

 

「おっしゃる通り、おそらく俺がいた世界の人間と入れ替わってしまったから、元いたセラ博士は今この世界にはいないんですよ」

「父親という、証拠は?」

「明確な証拠はありません。ただ、俺がいた世界で、父が物質転送、転移の本を書いていました。元いた世界では、そんな技術はありえない。オカルトのとんでも本でしかない。自分の信用を落とすだけの本にしか、ならないんです」

「なるほどのう。もしかして、この世界にあるセラ博士の本も見つけたのかね?」

「ええ、見つけました。俺には技術的なことは分かりませんが、タイトルや主題、書き方が父の本そのものでした」

 

 瀬良の話に納得してくれているのか、フジ老人は何度も首を縦に振る。

 

「よく分かった。話に聞くセラ博士の様子のおかしさから、まさかとは思っていたが、本当に入れ替わり技術が確立されておったとはなあ」

「今その技術を再度使おうとしたら、どうしたら良いですか?」

「容易ではないよ。まずそんな技術はこの世界で認知されておらん。知っているとすればあのマサキ君くらいなものだ。彼には会ったのかい?」

「会いましたが、拒絶されました」

「そうか。私には詳しいことは分からないが、彼が持つ技術を活用し、膨大なエネルギーを準備するしか方法はない」

「やはり、そうなりますか」

 

 マサキの協力を取り付けるのがやはり一番早い。だが、あの様子ではどう頑張っても協力はしてくれない。

 

「フジさんからも一緒に協力を求めていただくことは出来ませんでしょうか」

「そうしてやりたいのは山々だがのう。私にマサキ君を動かす力などないよ。彼は協力を断ったのだろう?」

「ええ、まあ」

「であれば、私から言っても協力してもらうのは難しい。何より、そんな危ない技術をほいほいと人に使う訳にはいかん。自分で自分に試すならまだしも、人に使うなんてとんでもない」

 

 マサキの様子を思い出す。彼は、何も知らないの一点張りだった。ただ、人とポケモンが入れ替わる技術はあそこにあるのは事実で、彼が何らかの理由でそれを使うのをよしとしてない。そこから探るのが良いのかもしれない。 

 

「分かりました。マサキさんに協力を取り付ける方法はまた別の手を考えます。それとは別に、あの、厚かましいようで申し訳ないですが、今カントーにいるセラ博士に合わせていただくことは出来ませんか?」

「私も今の彼の居場所は知らないんだが、それなら手伝ってやれそうだ。知り合いにあたってみるとしよう」

「ありがとうございます!」

 

 フジ老人は、どの派閥にも属していないのだろう。情報統制もしがらみも何もない。基本的に俗世から切り離されて、現役を引退した方だった。

 

「あの」

 

 ここまで黙って話を聞いていたルミコが割り込んで来る。

 

「フジさんが色々ご存じでいらっしゃる方だというのはなんとなく分かります。何か大きな仕事をしていらっしゃったんだろうなというのも、理解していました」

 

 そこまで言って、一度ルミコは言葉を切った。彼女の次の言葉を、瀬良もフジ老人もただ待っている。

 

「あまりお話になりたくないのは分かっていますが、フジさんは、今までどんなお仕事をされていたのですか? 人と人が入れ替われるような、そんな技術を研究する方に、近しかったのでしょうか」

 

 瀬良はフジ老人に視線を向ける。返答は彼からするべきだろう。

 

「何か胸騒ぎがするような、そんな感覚があってな。レッド君、いや、瀬良君か。君が今日来ていると聞いてから、昔の私について質問されるんじゃないかと思っておったんだ」

「すいません。全然違う話をしてしまって」

「いやいや、むしろ胸騒ぎは正しかったとも言える。どう答えるか迷っておったが、答えられるものは正直に答えるつもりでいたよ。良い機会だから、ルミコにも知っておいて欲しいと思っておる」

「お聞きしても、よろしいんですね」

「もちろん。今、瀬良君と話していた内容とも、繋がって来るかもしれんからな」

 

 一体何が語られるのか。ルミコは緊張した面持ちで固まっている。瀬良もまた、内容を知っているとは言え、自分の恥を晒そうとする老人を前に身を固めると共に、その行動に敬意を抱いた。

 中々、出来るものではない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。