「ルミコ。私は、ポケモンに対してやってはならない行いをしたんだ」
フジ老人は語り始める。
「好奇心の塊だった。自分が解き明かしたい、目指したいと思うその目的地に辿り着くためには、手段を選ばなかった。ルミコは、ハナダに住む狂暴な生き物の話を知っておるか?」
「ええ、まあ。噂程度には聞いた事があります。ハナダ北西の山には、誰も見た事のない狂暴なポケモンが住み着いていると」
「そのポケモンを作ってしまったのが、私なんだ」
「フジさんが、ですか」
まだどういう顔をすれば良いのか、自分の中の感情に整理がついていない。ルミコは無表情で頷き、フジの次の言葉を待っている。
「本当にひどいことをした。私の興味関心だけでポケモン達をいじくり回し、命を命と思わない行為を繰り返した。人間としての禁を破った。昨今のポケモンを捨てる人間達の代表格が私だ」
「名前を、教えて下さい。ハナダに住み着いた、ポケモンの名前を」
「ミュウツー、という。私が名付けた。幻のポケモン、ミュウの子どもだ。私がその子どもに遺伝子操作を繰り返し、狂暴なポケモンにしてしまった。手がつけられなくなって、研究所を飛び出したミュウツーを見て、自分の間違いに気付いた」
「その罪滅ぼしとして、自分が傷つけたポケモン以上のポケモン達を救えれば良いと、そう考えておられると」
「そう、なのかもしれない」
「フジさんらしくありません!」
ルミコは怒った。それまでどういう態度を取るか決めかねていた様子だったが、立ち上がって、フジの行いを責めた。
フジは驚いていた。ルミコがどういう反応をするか、フジもある程度予測はしていたに違いない。優しくされるとでも思っていたのだろうか。慰められるとでも思っていたならば、それはやはりあまりにも甘えている。許されたい、という思いに、とらわれすぎだ。事情を知る瀬良でさえも、ルミコと同じように憤りを感じずにはいられない。怒りを表出するのは彼女に任せるとして、瀬良は黙ることにした。
「私はフジさんに自分の身体を大切にして欲しい。でも、自分がどうなるのかも考えず、ロケット団のポケモンへの扱いに抗議するために乗り込んで行ったその気持ちを、何故ミュウツーに向けないんですか? やれることはないんですか? 遺伝子を組み替えたなら、それを元に戻すことは出来ないんですか? 暴れてしまって手がつけられなくなったから、もう出来ることはないって逃げるんですか? そんなフジさん、見たくありません!」
一気に言い切って、その場はシンと静まり返る。ルミコにここまで言われたことは当然なかったのだろう。フジ老人は呆気にとられ、口をポカンと開けてルミコを見ていた。
「いや、あ、すいません。全然内情も知らないで、知ったような口を」
少し頭が冷えてきたルミコは、座ってペコりと頭を下げた。ここいらで口を挟んだ方が良いだろう。
「ルミコさんのご意見にも、同意出来る部分があると俺も思います。ミュウツーが住み着いてからというもの、ハナダ北西に住んでいた元々強い力を持つポケモン達は、さらなる大きな力を身に着けています。ミュウツーという飛びぬけた力を持つ存在に引っ張り上げられるように、狂暴になっている。これはこのままで良いはずがない。かといってカスミさんもどうすれば良いのか分からず、協会側でも決めあぐねているようですが、何か出来ることはないのでしょうか」
「そうだな。ルミコの言う通りなのかもしれん。歳ばかりとって、情けない話だ」
ルミコもそこまで言っているつもりはないはずだ。今フジがやっている行いは、これはこれで褒められるべきものだろう。実際、ミュウツーに手を出して暴れ出したりでもしたら、近隣の住民に被害が出かねない。フジ老人が何かしようとしても協会側は止めるだろうし、フジ老人自身も自分に出来ることがないのをよく分かっている。
ルミコが言うのももっともだが、現実はそう簡単な話ではない。
「だが、私にはあいつを傷つけることはもう出来ん。再び遺伝子組み換えを施すなど、そんな行為は、もう二度と」
「あの、ミュウツーがどうして暴れ出してしまったのか、分かっているんですか?」
「実際には細かい原因は分からん。調べる前に、出て行ってしまったからな」
「では、ただ暴れるだけの怪物ではない可能性もあると」
「そうかもしれんが、暴れたのもまた事実。溢れ出る力に、ミュウツーの身が持つのかどうかも分からない。それを抑える理性を持っているかどうか、それすら」
「近隣の住民を考えればそう無理は出来ないのでしょうが、可能性はまだありそうじゃないですか」
「そうだな。今日の君の話からすれば、その可能性もあるのかもしれない」
言いすぎてしまったのを気にしてか、俯いていたルミコがぱっと顔をあげる。前向きになったフジに、期待の表情を向けた。
「君がこの世界へやってきた技術は恐らく存在する。恐らく、あの山にある洞窟が、君の世界のどこかと近いのだろう。あとは途方もない巨大なエネルギーが得られれば、その道のりを作れるのかもしれない」
「もしかして、そのエネルギー源がミュウツーであると? でも、そうなると」
「そう。君の父親は、ミュウツーを頼って別空間へ飛んだ可能性がある。今回、レッド君を飛ばしたのも同じかもしれない」
道筋が見えて来た。後は、どうやって人に協力してもらえるか。そして、この世界に生きる者として、ミュウツーをエネルギー源として利用するという行為そのものを、どう考えるか。
瀬良とレッドからすれば、それはもう是が非でも力を借りたいが、協会はそれを許さないだろうし、マサキも今のままでは協力してくれるとは思えない。
瀬良は、何かまだピースが足りない気がしていた。
レッドは落とし前として飛ばされたとラムダは言っていたが、本当にそうなのか。レッドがただロケット団に捕まったというのも、本当かどうか怪しい。
まだ瀬良には知らない何かがある。マサキやランスがセラ・ヒサシと会うなという言葉からも、何かがまだある。
「実行するのは難しい。けれども、不可能じゃない。それが分かっただけでも、凄くありがたいです。今まで、何も前が見えなくて不安ばっかりでしたから」
「少しでも手伝えるよう、善処しよう。君が戻るためにも、レッド君が帰って来るためにも」
「本当、助かります」
父がどうやってミュウツーのエネルギーを得られたのか、それが分かれば技術的には解決しそうだった。
瀬良が想像するに、協力者がいるに決まっている。研究者一人の力でどうにかなる範疇ではない。ではその協力者とは誰なのか。
靄がかかって分からない部分は、まだ多い。
「瀬良君。一つ確認したいのだが、君は、一刻も早く戻りたいのかい? それとも」
「戻してやりたい、とは思います。俺がここでレッドをやっていると、彼のイメージが悪くなるばかりだ。そう誘導されていると言えなくもないですが、戻って彼自身の判断で自分の人生を決めるべきだと思います。父にしたって、何故そうまでして別世界へ飛びたかったのか。そもそも父も飛ばされただけなのか、俺は知りたい。戻って直接確認すれば良いのかもしれませんが、直接的な要因がここで確認出来るなら、そうしたい」
「そう思うのも致し方ない、というところか」
フジ老人は一つ頷いた。
「私も私なりに、ミュウツーに対して出来ることを探そうと思う。ルミコの言う通り、逃げているばかりではだめだ。落とし前は、つけられるなら自分でつけるべきだな」
「そうは言っても、フジさんに危ない目に遭って欲しくないとも、私は思ってしまいます。どうか、無理はなさらないで下さい」
小さくペコリと頭を下げて、ルミコ言いづらそうに口を挟む。
「ありがとう。だが、目を背けないのが大事だろう?」
「私はそうです、と偉そうには言えません。言えませんが、そのご判断は、素晴らしいと思います」
二人の邪魔をしてはいけないなと思うほど、微笑ましい光景だった。レッドにも、こうやって心配してくれる人がいる。その人達に心配をかけないためにも、全てを明らかにする必要がある。瀬良が今ここにいる意味は何か。レッドに落とし前をつけるためのただの被害者では、やりきれない。
自分にも出来ることがあるはずだ。そうでなければただ嫌な目に遭っているだけ。
「俺の知りたいことを探りつつ、俺に出来ることを探って行こうと思います」
「困ったら連絡するといい。あまり手伝えなくても、愚痴くらいは聞ける」
小さく微笑んで、瀬良は軽く頭を下げる。いても良い場所が増えた気がして、単純に瀬良は嬉しくなった。
「長々とお話ししていただいて、ありがとうございました。父の件もそうですが、レッドに何があったのか、もう少し調べてみようと思います」
「いいや、こちらこそ、良い機会を貰った。長年喉にひっかかっていたものが、取れた気分だよ」
それでは、これで失礼します。
立ち上がり、再度礼を言って部屋を後にする。日が落ちたのに、まだ子ども達は下で遊んでいた。
さっきフジ老人達が帰って来る前にガーディの少年達に聞いた話だが、親の迎えが仕事で遅い子ども達や、事情がある子ども達に遅くまで屋敷を解放しているらしい。
フジ老人の言葉に甘えて、子どもを預かっている屋敷まで親が迎えに来るそうだ。
彼がこの町に受け入れられ、皆に愛されているのは分かっている。瀬良が巻き込めば、彼を危ない目に晒してしまうのかもしれない。
部外者が余計なことをしたのかもしれないな、と思いつつも、こうやって人に絡み着いて行きながら情報を得て、全ての靄を晴らすしかない。
そうするしかないんだ、と瀬良は自分に言い聞かせる。
瀬良が一階に降りるのに合わせて、部屋から出て来たフジ老人とルミコも見送りのため一階へ降りて来た。
入口の前で一度立ち止まり、見送りの二人と子ども達をもう一度眺めた。
「あ、そうだ。最後に、俺がここを出た後、レッドが次どこへ行ったかご存じですか?」
「タマムシだったと思う。ジムを巡っている最中だったはずだからな。君こそ、あまり無理をするんじゃないよ」
「ええ、ありがとうございます」
二人の会話に、子ども達は首を傾げる。
小さく笑いかけ、瀬良はポケモンハウスを後にした。