胡蝶家の長女 作:厨二柱
しのぶが生まれた。
カナエは
縁壱の髪型に憧れ伸ばし始めた髪も、今では腰の長さまである。
伸びた髪を後ろでひとまとめにして縛っても、手入れが良い所為で炎のように広がりはしなかったが。
元々の髪質の問題だろうか。まあどうしても縁壱の髪型に近づけたいわけでもなし。
この頃になると、呼吸法を完全に理解した私は、
日常生活の運動だけで何時間ものトレーニングの効果を得られる非常に効率の良い鍛錬だ。
更に痣者の回復力のおかげで一晩で体が治るため、筋肉痛などとは無縁の生活。
ただ、その分腹が減るのが難点だが。うちの家庭は裕福なので、9歳の幼女が
今は、日中は体に負荷がかかるような間違った呼吸法を使い、睡眠中にだけ正しい呼吸法をしていた。
そこらに落ちていた枝を振って、型と呼吸を体に染み込ませる。
日の呼吸は、神楽舞として伝承されているだけあって見世物としても一級品だった。
したがって───
「おねえちゃん、すごい!」
そのような舞踊を演じる私に、カナエが興味を抱くのは必然だったのかもしれない。
確かになんでも興味の出る幼児にこんなものを見せるなど私も不用意だったが。
「わたしも、やってみたい!」
「……カナエ。これはとても難しいものなんだ。」
「頑張って覚える!」
「……駄目だ。」
よくよく考え抜いた結果、私はカナエとしのぶを鬼殺隊に入隊させないことに決めた。
両親を殺されなければ、2人が鬼を殺す理由もないだろう。
カナエがしのぶに願ったように、私も2人に人並みの幸せを
「どうして?おねえちゃんは、カナエのこと嫌いなの?」
「そうじゃないよ。
「だったらどうして踊りを教えてくれないの?」
「大好きだから、危険なことをさせたくないんだ。」
神楽で呼吸をしていたため、世界は透き通り、カナエの不安に音を刻む心臓を透視した。
私はカナエをひしと抱きしめる。
「お願いだ、カナエ。」
「むー!」
ジタバタと暴れながら、カナエは抱きしめ返してくれた。
彼女達が痣を発現させる可能性は低くない。かと言って高いとまでは言わないが。
「カナエには他にももっと教えたいことがたくさんある。そうだ、今日は一緒に華道を学ぼう。」
「うん!」
私は苦し紛れに話を逸らす事にした。幸い、
この調子では、おちおち型の練習もできないな。
どうやらカナエには華道の才能もあるようで、華道の師でもある母はカナエの作品を絶賛していた。
一方私の作品は少し前衛的すぎるようで、それでも母は褒めてくれたが。
まあ明治時代の人間が令和のセンスに追いつけないのは当然のことで。私は別に悲しくはない。
カナエは何事もそつなくこなせる非凡の才を持っている。それこそ、呼吸を教えたらあれよあれよと柱になってしまう程に。
私はできる事はとことんできるが、できない事は人並みにすらできない天才肌タイプ。
ちなみにしのぶは、できない事でも突き詰めて上手になる努力家タイプになるだろう。
夜。
赤子の夜泣きや夫婦の営みの事もあり、数年前から両親のとは別にあてがって貰った寝室で寝ていると。
隣の布団で寝ていたカナエが、もぞもぞとこちらの布団に入ってきた。
「お姉ちゃん、抱きしめて。」
「どうしたんだ、カナエ。今日はいたく甘えたがりじゃないか。」
「私はしのぶのお姉ちゃんだけど、でもお姉ちゃんの妹だから……」
そんな可愛いことを言うカナエを、どうして突き離せよう。私は強く抱きすくめた。
「どうしてかな。お姉ちゃんが遠くに行ってしまいそうな気がするの。」
「カナエ……」
「私怖いよ。お姉ちゃんは、どこにも行かないよね?」
腕の中で小さなカナエが震えている。子供とは、どうしてこう鋭いのだろうか。
鬼を殺した後、私は胡蝶家を出て行くつもりだ。そして、鬼殺隊に入隊する。
鬼とはいえ、人型の生き物を目の前で刺し刻むのだ。恐れられて当然だ。
もし、奇跡的に受け入れられたとして。私は家族からの視線に耐えられないだろう。
「それは、約束できない。」
カナエの脈拍が速くなったのが見えた。
そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
「カナエ。私には成し遂げなければならない、大切な使命があるんだ。」
「それは私よりも大事な事?」
「カナエの方が大事だよ。大事だから、危ないことをしてほしくないんだ。」
「お姉ちゃんは危ないことをしてるんだよね。私も、お姉ちゃんが大事だよ。」
その場逃れで、嘘を言った方が良かったかもしれない。これは私の間違いだ。だが、私はカナエには嘘を吐きたくなかった。
「お姉ちゃんがいなかったら、私悲しいよ。」
「わかってくれ、カナエ。」
「わからない。わからないよ。」
「どうしても、殺……倒さなきゃいけない相手がいる。これは、私が生まれた瞬間から決まっていた事なんだ。」
「じゃあ、私もする。私も、お姉ちゃんと一緒がいい。」
「とても怖くて、辛くて、痛くて、悲しい事がいっぱいあるんだよ。カナエは、どれも知らなくて良い事だ。」
「それでも知りたい。2人で悲しかったら、悲しい気持ちも半分だよ。」
なんて優しい子だ。人喰い鬼にすら慈悲をかける、底抜けの優しさ。
そんな優しいカナエだからこそ、私は幸せな道を選んで欲しかった。
鬼に関わってほしくなかった。剣など持たないで欲しかった。長生きして欲しかった。
「私はこの家を出て行くんだ。カナエは母さまや父さまと離れ離れになってもいいのか。」
カナエの体が硬直した。4歳相手に言う事ではないだろう。
しかしこれは脅しでも何でもない。家族の幸せを、自ら断ち切りたい者はいない。
「良くない……良くない、けど……それだと、お姉ちゃんが1人になっちゃう。お姉ちゃんが泣いたら、誰もギュッてしてくれない。そんなの、私いやだな。お姉ちゃんが泣いたら、隣で私がお姉ちゃんがしてくれるみたいに、いい子いい子してあげるから。私も、連れて行って。」
「……いつからそんなに頑固になったんだ、カナエ。お前はよく言うことを聞くいい子だと思っていたのに。」
「お姉ちゃんの、マネ!」
「言ったな?」
「あはは!」
脇腹に指を立て、わしゃわしゃとまさぐる。
体を透過させ、神経が集まっている部分を見て集中的に責め立てる。
くねくねと身体を捩らせるカナエ。しばらく笑わせてから、私はカナエに向き直る。
「……カナエ。お前の気概はわかった。だが連れて行く事はできない。」
「お姉ちゃん!」
「だが。」
「──修行をつけてやる事はできる。もし、お前が私の想定以上に力をつけたのならば、その時は考え直そう。でなければ。力が無ければ。私について来ても死ぬだけだ。」
「……!」
「どうしても私の務めを手伝いたいのなら、強くなれ。カナエ。強く無ければ、何もできない。何も守れない。」
剣士にすると決めたわけではない。実力が足りなければ、潔く諦めてもらう。
だが、カナエはきっとやるのだろう。
「努力が足りなくとも、才能がなくてもダメだ。それでも良いのなら、稽古をつけるだけつけてやる。」
「私、頑張る。お姉ちゃんを、悲しませないために。」
「……私は厳しいぞ。」
「……うん。」
どうしても鬼殺隊に入隊したいと言うのなら、
最悪の場合、殺されるくらいなら痣者になってでも生き残ってもらう。痣者の寿命の解決策は、生き残った後で考えればいい。
そもそも、痣者の寿命の件は私にも言えることで。どうせ調べなければならない事だ。