胡蝶家の長女   作:厨二柱

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胡蝶カナエより。

 

 

 

私のお姉ちゃんは変わった人だ。植物のような、感情の起伏が殆ど無い人。

私は、お姉ちゃんの怒った顔も泣いた顔も見たことがない。

声を出して笑うことはなかったが、私を見ると、優しくふわりと笑う。

そんなお姉ちゃんの笑顔が、私は大好きだった。

 

───それは、とても綺麗な演舞だった。

木の棒を手に持ち、まるで炎のゆらめきのように体全体を使って舞う。洗練されたその型は、私の心をを魅了し続けた。

一通りの踊りが終わると、私はお姉ちゃんを褒め称えた。そして、自分にも教えて欲しいと頼み込む。

しかしお姉ちゃんから返ってきた答えは良いものではなかった。

優しいお姉ちゃんから、突然突き放されたと思って悲しくなった。まるで私がお姉ちゃんから嫌われてしまったようで、怖くなって泣いた。

お姉ちゃんはそんな私をいつもと同じ微笑みで慰めてくれた。それでも、私に舞いを教えてはくれなかった。

 

その日の夜、どうしても寂しくなった私は、お姉ちゃんの布団の中へと潜り込んだ。

お姉ちゃんは私を優しく抱きしめてくれた。ポカポカとした温かい気持ちになった。

しかし不安な気持ちが拭いきれず、私はお姉ちゃんに自分の不安を打ち明けた。

 

すると、お姉ちゃんは家を出ていくつもりだと言う事を聞いた。

お姉ちゃんがいなくなることもそうだけど。お姉ちゃんが1人でつらい思いをしているのがとても悲しかった。

私は何度も考え直すように訴えたが、お姉ちゃんは折れなかった。

どうしてもお姉ちゃんと離れたくなくて、私は自分とどちらが大切なのかと聞いた。

結果、その答えは私が想定したものとはかけ離れたもので。お姉ちゃんが私より別の事を優先するのは初めてで。

私は泣いた。お姉ちゃんが離れていくと聞いた事より、私よりも大事なものがあることが悲しかった。

これまでの前提がひっくり返る。世界が一変したようでとても恐ろしかった。

生まれてから1番心が痛かった。どうしても言うなら、私も連れて行って欲しいと懇願した。

お姉ちゃんは渋りに渋った結果、稽古で強さを身につける事を条件に折れてくれた。

 

初めの半年は、呼吸をするだけの練習だった。

呼吸をするだけなのに、心臓が苦しくて、頭が痛くなって。

それでも、どれだけ痛くても弱音を吐いたらお姉ちゃんに見放される気がして、休憩を求めなかった。

お姉ちゃんは毎日苦しければいつでもやめていいと勧めてきた。

 

とても苦労したけれど、一ヶ月ほどでどうにか呼吸を30分くらいなら続けられるようになった。

お姉ちゃんはとても褒めてくれた。これはすごいことなんだと。大人でも難しいのだと。

努力が身を結んだようで、私も嬉しかった。お姉ちゃんが、「次は一日中できるように練習だな」と言うまでは。

 

そこからはこれまでの訓練と違って、お姉ちゃんは私の呼吸の練習を止めることがあった。

上手に呼吸ができていないと、最悪肺や血管が破裂してしまうそうだ。

きっと嘘では無いと思う。長く続けている時は、それくらい痛いし苦しいから。

同じ呼吸を、毎日毎日毎日繰り返す。とても苦しい訓練だったけれど、少しでもお姉ちゃんに追いつきたくて一生懸命頑張った。

そのおかげか、お姉ちゃんは私にやめて良いと言うことは無くなった。

私の本気が伝わったような気がして、嬉しかった。

 

痛みを感じることも徐々に少なくなり、半年でお姉ちゃんから呼吸を止められることは無くなった。ついに私は呼吸を自分のものにしたのだ。

お姉ちゃんが言うには、肺が呼吸に順応して大きくなったのだと言う。

 

私が呼吸を無意識下で行えるようになった時、この呼吸法を全集中の呼吸。一日中繰り返すことを常中と呼ぶ事を教わった。

この呼吸法は、身体能力を引き上げ、自己治癒力すら高めることができる、と。

現に私は、山の中にあった私の身の丈はある大きな石を持ち上げることができた。

自分の体がちょっと怖かった。

 

ここから先は、私の人生には全く必要のない技術だと断言された。

遊びでやっているなら、ここまでにしなさいと諭された。私に剣術を学ぶなら命を賭ける覚悟をしろと脅された。

言ってしまえば、剣を学ぶだけなのに。お姉ちゃんがどうしてそこまで真剣なのか疑問に思った。

 

お姉ちゃんは鬼について話した。

鬼は人間を殺し、食べる。その鬼を殺すために剣の腕を磨いているのだと。

突拍子のない話だと思った。でも、それと同時に本当の話なんだと悟った。

お姉ちゃんは私に、一度も嘘をついたことは無かったから。

 

鬼の事は、怖いと同時に、可哀想だと思った。

元は人間なのに、鬼になった事で人間を食べなければならない。

人を食べなければならず、苦しんでいる鬼もいると思う。そう話すと、お姉ちゃんは私を抱きしめた。

 

次の日から、お姉ちゃんとの木刀の打ち込み稽古が始まった。

この日、わたしは初めてお姉ちゃんが声を荒げるのを聞いた。

その剣幕はお母さんが心配するくらいだったけど、本気で向き合ってくれてると思って頑張った。

やっと私は、お姉ちゃんの足元に立つことができたんだ。

お姉ちゃんは、正しく呼吸ができていれば、どんなに激しい運動をしても疲れる事はないと言っていた。

絶対嘘だと思った。

 

全集中の呼吸を使って、見様見真似でお姉ちゃんの持つ木刀に木刀を叩きつける。

最初は私に合わせていたのかゆっくりだった剣戟も、どんどん早くなっていき。お姉ちゃんは私が反応できるギリギリの速度で攻撃をしてくる。

守ることに必死で、私から攻撃する暇はない。目に捉えた攻撃を木刀で止める。

それを何時間と繰り返し、流石に集中が途切れてしまった私が一本貰った事で打ち込み稽古が終わった。

ようやく私は、頭はとても疲れているのに、体の疲れが一切ないことに気がついた。

やはりお姉ちゃんの言うことに間違いはないのだと思った。

 

夜中に来客が来た。出ようとしたお姉ちゃんをお父さんが止めて、少し嫌な空気になった。

不安になった私は、お姉ちゃんに縋ろうとした。私が手を取る前にお姉ちゃんは台所に入って行った。

お父さんが扉を開けようとした所で、お父さんを巻き込んで扉が外側から爆発したみたいに壊れて飛んだ。

 

それを見て私は、最初人間だと思った。しかし姿形は人間でも、どこか違う。

血走った目。大きく伸びた爪。小さな角が2本。そして腐った果物のような嫌な匂い。

私は怖くて腰が抜けてしまった。初めて鬼を見て、恐怖で身がすくみあがった。

 

いつの間にかお姉ちゃんは、玄関にいたお父さんをこっちに投げ飛ばした。

玄関の破片が深々と刺さり、お父さんは片足から血を流していた。

鬼はお姉ちゃんと何かを話した後。次の瞬間にいなくなっていた。

ううん、いなくなったんじゃない。切り刻まれたんだ。

 

「……カナエ。これが私が戦わなければならない化け物だ。」

 

お姉ちゃんの手には真っ赤に染まった包丁が。その足元には赤い塊のようなものが落ちていた。

私は初めて、お姉ちゃんのことを怖いと思った。

 

「カナエ。お前は幸せに生きてくれ。心配する必要はないよ。私は強い。」

 

塊が、うぞうぞと動き回って気持ちが悪い。私は必死に吐き気を抑えた。

そんな私を見て、お姉ちゃんは悲しそうに微笑んだ。

 

 

 

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