なんで。
頭の中は、疑問と驚愕、困惑でぐちゃぐちゃになっていた。
目の前に、同じく驚いた表情を浮かべる立香がいる。
違うのは彼が心底喜んでいるような面持ちで、私の心は沈んでいるという点。
なんで、私はここにいる?
決まっている、サーヴァントとして召喚されたから。
なんで、彼がここにいる?
決まっている、彼が私を呼んだから。
なんで、奈落の虫を倒した後の記憶が、残っている?
決まっている、あれは『私』が直接、アヴァロンより出向いたから。
では、ここにいる私は『私』なのか。
ーーー否である。
この身体は、あの頃とは別の物。
記憶と経験を引き継いだ、サーヴァント体のアルトリア。
藤丸立香に恋をした一人の少女の、謂わばコピー。
手に触れた感触も、笑い合った思い出も、キスの温かさも、立香への好意も、全てがペーストされた偽物。
「アルトリアっ」
弾んだ声が、『私』の名前を呼ぶ。
それによって湧き上がる嬉しさも、偽物で。
「・・・っ」
彼が近づくと、私は同じ歩幅で後退った。
「え、っと・・・?」
何が起きたのか分からない、といった立香の顔は、呆気に取られている。
私の行動に対してなのか、それとも心底恐怖している私の暗い表情に対してなのか。
両方なのかもしれない。
「どうしたんだ?」
来ないで。
近寄らないで。
量産される自分の中の幸福が、マイナスに変換されていく。
「い、嫌・・・」
私は『私』じゃない。アルトリア・アヴァロンでも、ましてやアルトリア・キャスターでもない。
それを裏付けるのが、脳内にある異物だ。
楽園の妖精として育った16年の記憶。
立香と過ごした50日の記憶。
ここまではいい。
けれど、なんだ、これは。
こんなのは知らない。
騎士王の記憶なんて、知らない。
汎人類史のブリテンで生を受けた、村娘の物語なんて、屍の丘で虚空を見上げる記憶なんて、知らない。
「いや、いやぁ・・・!」
今の私は、あらゆるアルトリアの記憶を植え付けられた悍ましい人形。
気持ち悪い。
彼を見る眼球が、声を発する口が、顔を覆い隠す両手が、立っている両脚が、全てが気持ち悪くて仕方がない。
(こんな、こんな紛い物なんかが・・・っ)
恋なんて抱いてはいけない。
彼を好きでいてはいけない。
「ーーーっ!」
その場にいるのが耐えきれなくなって、私は出口であろう扉の方へ駆け出した。
「あっ、アルトリア!?」
逃げる。
立香から、好きなヒトから背を向けて。
ただただがむしゃらに、入り組んだカルデアの施設内を走り続ける。
途中、何人かスタッフか在住のサーヴァントらしき人とすれ違ったが、今はそんなのにかまけている暇は私にはなかった。
「はっ・・・はぁっ・・・!」
辿り着いたのは、明かりの消えかけた廊下の片隅にある部屋。
中に入ってすぐの隅っこに、膝を抱えて座り込む。
膝の中に顔を埋める。
そこで初めて、私は自分が泣いていることに気がついた。
「ぁ・・・」
あの時は最後まで堪えられたのに。
いつからだろう。
走ってる時だろうか、だとしたら気づかずに泣き顔を晒していたのか。
「けど、これも偽物なんだ・・・」
悲しみから溢れた雫が、無機質なガラス細工のように見えてしまう。
地面に滴る様も、割れて砕け散るかの如く。
「・・・やだなぁ」
もうここにいたくない。
せっかく立香が、運命を引き寄せて私を召喚してくれたのに。
消えてしまいたい。
思考すらも億劫になる。もう何も、考えたくない。
「ごめん、ごめんなさい立香・・・」
本当にどうしようもない女だ、私は。
好きになっておいて。キスまでしておいて。
再会したら尻尾を巻いて逃げるなど、相手に対して失礼にも程がある。
終いには自己を慰めるために空気に謝るなんて。
ーーーそれでも、
「助けて・・・っ」
救いを求めずには、いられないのだ。
******************
「よォマスター!今から先生達と模擬戦なんだが一緒にどうだ・・・ん?アルトリア顔の、地味目な格好した嬢ちゃんを見なかったかって?いや、わかんねぇな」
「マスターマスター!どうです?この後一緒に、縁側でお団子でも・・・え、新しく召喚されたキャスターさんですか?見てませんよ?」
「ああ、主人殿。急がれてどうしたのですか?・・・いえ、存じません」
「うわっ!?ちょっと後輩危ない、って・・・なに、誰か探してんの?」
「むむっ、如何されましたかマスター。この呂布めになんなりとーーーああ、それなら先ほどあちらの廊下を走っていくのを見かけました」
「アルトリアさんに似た人?ほえ・・・ごめんね、ちょっと見てないや」
「あっセンパ〜イ!慌てた様子でどうなさったので・・・いやちょ!BBちゃんを無視しないでくださぁい!」
「金髪二つ結びで、アルトリアさんに似た顔の方ですか」
「俺たちは見ていない。用はそれだけか?」
「もうっ、兄様?」
「マスター、そんなに急いでどちらへ?ーーーなるほど、でしたらこちらかと。我が王に似た、とても麗しい方が走っていかれましたよ」
「セイバー顔の少女?ごまんといるがそうだな、見ない格好をした娘なら見たぞ。早く行ってやりたまえ」
サーヴァント達の誘いを申し訳なく断りながら、オレはアルトリアを探すのに奔走していた。
こんな時、自分に対する強化の魔術さえ使えないことに歯噛みする。
英霊である彼女の足は、近接戦闘タイプのサーヴァント程ではないにしろ、常人のオレなんかよりはよっぽど速い。見失うのは当然だった。
「・・・ああもうっ!」
無い物ねだりしても仕方がない。
構わずに足を動かして、アルトリアを探すのだ。
『いや、いやぁ・・・!』
なぜ、彼女は急に取り乱し、走り去ってしまったのか。
理由は・・・不甲斐ないが、わからない。
ただ、ブリテンにて最後に交わした行為は、間違いなく関係している。
「アルトリアアアァァッ!!」
声を枯らしながら、走りながら、ひたすらに彼女の名前を叫ぶ。
道中別のアルトリアがひょっこりと顔を出していたが、違うと分かるなり残念そうに引っ込んだ。
(オレだったら、多分こっちに行く!)
すれ違った面々からの情報は勿論糧にして、しかし主軸は自身の推論で捜索をする。
オレと彼女は似ているから。
彼女がそうしていれば、自分もそうする。思考パターンも行動パターンも、大体が一致しているのだ。
気持ちが沈んで独りになりたい時はどこへ行く?
きっと、施設の中でもずっと隅の、誰も使わないような部屋で小さくなって、己の無力を噛み締める。
「・・・クッソ、なんだよ!」
告白された。
一点の曇りなき、真っ直ぐな好意を、彼女なりの精一杯でぶつけられた。
彼女が消えた後、オレの中でそれは拭うことのできない拠り所となっていて、もう会えないことが悔しくて仕方がなかった。
召喚室に行ったのは無意識のうち。
サークルを回したのも悲しみを紛らわすためであって、少女との再会を望んだ訳ではない。
表の、うちは。
『サーヴァント、アルトリア。召喚に応じ参上しまし・・・えっ?』
しかし根底では、彼女の到来を誰よりも願っていたみたいだった。
その結果が彼女の召喚。
ーーーねぇ、アルトリア。
(どうして、君は・・・召喚されてから泣き続けているんだ?)
互いの目と目が合った時、ホロリと、彼女の双眸から光のスジが伝った。
もう一度出会えて嬉しいのは、オレだけなのか?
だとしたらすまないと思う。
ーーーけれど、それでも、さぁ!
「まだ、何も返事を返せてないだろうッ!?」
今のままでは、一方的な彼女からの好意の押し付けだ。
彼女だけで完結しているものだ。
オレにとってキミとの関係は、まだ続いている。
だってどうしようもなく、胸が苦しいんだ。
キミのことを、ずっと考えていた。
奈落の虫から抜け出す時も、崩れゆくブリテン島をマシュと共に見下ろしている時も、作戦終了を告げられ、ベッドで横になっている時も。
苦しくて、苦しくて。
頭がどうにかなってしまいそうだった。
ーーーこの苦しさを、頼むから払拭させてくれよ。
(オレの返答を、応えを聞いてくれよ)
「うわっ!?」
「うわぁ!」
と、考え事をしていると。
曲がり角で人とぶつかってしまう。
オレよりもだいぶ小柄で、アルトリアよりも背が低い・・・カルデアの大黒柱。
「ご、ごめんダヴィンチちゃん」
サーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチがそこにいた。
「もう、危ないなぁ藤丸くん。余程急いでいたんだろうけど」
「ほ、本当にごめんっ。ーーーって、ダヴィンチちゃんはどうしてここに?」
今オレと彼女がいるのは、カルデアの区画の中でも人通りの少ない場所。
資材の保管庫や、使われなくなった部屋が彼処に存在する区画だ。
「いやね?ここから一番奥にある予備のシュミレーションルームに誤作動が発見されてね。その修繕に向かおうかと思ってたら部屋の前の灯りが消えかかっていたんだ。面倒だけど、替えの電球を取りに行こうとしたところで君に鉢合わせたというわけだ」
「一番奥の・・・」
もしかしたら、
「ありがとう、ダヴィンチちゃん。お詫びにその電球替えやっとくよ!」
「え、なんの話・・・って速っ!おーい、替えはそっちにはないよぉ!?」
「規画を見てくるー!」
「それなら今教えて・・・もう行っちゃったし。あ、そこの二人!彼に付いていって貰えない!?もしシュミレーションの誤作動が及んだら、彼の身が危ない!」
******************
「・・・どこ、ここ」
蹲って暫くして、私は自分がいつの間にか部屋から移動していたことに気づく。
いや、移動ではないな。
転移でもない。これは・・・部屋自体が私に幻に似たものを見せている。
「わぁ・・・」
目の前に広がるのは、広大な草原。
緑一色のグリーンカーペット。
空は妖精圏のような黄昏色ではなく、清々しいほどに晴れ渡った青空。
「綺麗だなぁ」
入った部屋は恐らく、カルデアのメンバーがトレーニングに使うための、実戦を想定した場所を提供するための機械が設置されている場所だったらしい。
人工的に作り上げられている青空と草原なのだろうが、故郷の空なんかよりはよっぽど美しい。
「立香のいた世界の色、か」
・・・っ。
思わず彼を想ってしまった。
いけない。偽物の私なんかが、彼のことを・・・。
「ん?」
ふと、視線の先で蠢めく何かを見つけた。
生き物、かな。
黒い小さいトカゲみたいな物体が、のそのそと歩いている。
向こうもこちらに気づいたのか、ギョロリとした目を向けると威嚇態勢に入った。
しかし、いくら牙を向けようと所詮はか細い爬虫類に過ぎない。
無視を決め込もうとした、その時だった。
「ーーーえ?」
トカゲが突如、断末魔を上げたのである。
ボコボコ、ガチャガチャと、体の仕組みを無理矢理組み替えられるように、嫌な音を響かせながらソレは徐々に巨大化していく。
大きな二対の翼が広げられ、胴体と頭を繋ぐ首は長く伸び、頼りなかった手足は永年鍛えた戦士の持つ筋肉のように力強い見た目をしている。
そこにいるのは、最早トカゲではなく。
「ガアアアアッ!!!」
竜種の頂点、ファフニールであった。
咆哮が鼓膜を揺らす。
視線が私の身体を射抜く。
足が、動かなくなる。
「あ、あ・・・っ」
その場にへたり込んで、呆然とドラゴンを見上げる。
なんでただの爬虫類が竜種へ変貌を遂げたのか、なんてどうでもよかった。
そんな疑問よりも、恐怖の方が勝っていた。
ゆったりとした、けれど確実に命を刈り取らんとする意思を持った分厚い爪が振り上げられる。
(このまま、終わっても・・・)
誰にも知られず朽ちるのは、それはそれでありかな。
その攻撃、甘んじて受け入れよう。
彼とまた会ってしまう前に、消えてしまおう。
覚悟は決まった。
覚悟は、決まったのだ。
ーーーなんで。
「なんで、涙が・・・」
ポロポロと、こぼれ落ちる雫。
「りつ、か・・・」
振り絞るように口から漏れた、彼の名前。
「・・・たすけて」
誰に届くこともない、救済を求める四文字。
「キシャアアアアッッッ!!!」
無慈悲に振り下ろされる爪。
目前に迫る、直撃する。
「令呪をもって命ずる!!」
その、寸前。
「こい、キャスター!!」
彼の声が、聞こえたのだ。
クリアした勢いでキャストリアをレベル100にした者です。
評価、お気に入り、感想、ありがとうございます!
短編日刊のランキングにも載せてもらいまして、嬉しい限りです。
頑張って書きましたが、違和感があるようでしたらそれは本当にすみません。
・・・キャストリア、ネガティヴすぎないかって?すみません。
一応次回で最後です。