ジャイロボールに夢見て   作:神田瑞樹

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少し遅れましたが9話です。
ようやく関東大会までこぎつけた……


9話

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 関東地区高等学校野球大会。

 その名の通り、関東の8都府県の代表校が出場する地方大会である。

 毎年春と秋の年二回行われるこの大会は地方大会でこそあるもののその認知度は高く、特に事実上春の選抜予選となっている秋季大会(東京都は除く)の重要度と盛り上がりは夏の本戦に次ぐとさえ言われている。

 しかしそんな選抜のかかった秋季大会の一方で、春季大会の重要度というのはさほど大きなものではない。優勝したからと言って夏の本戦が有利になるわけでもなければ、全国大会に出場できるわけでもない。あくまでも夏の本戦前のエキシビジョンマッチというのが正直なところである。しかしそんな大会だからこそ、多くの高校が新戦力を試しそこから新たなヒーローが生まれもする。

 春季関東大会一回戦。横浜北学園VS青道高校。

 横浜北学園の先行で始まった試合は当初投手戦の様相を見せ、一進一退の攻防が続いたものの終盤にして形成は横学へと傾き始めた。

 8回表、それまで横学打線を2点で抑えていた青道の先発丹波が先頭打者にヒットを許すと、続くバッターにフルカウントからのフォワボール。ノーアウトランナー一二塁と塁が埋まった所で横学がエンドランを仕掛け、見事二番川崎がそれに応えてライト前へタイムリーヒット。

 これにより点数は2対2から3対2へ。

 勝ち越しを許した丹波は続く三番を何とか内野フライに打ち取るものの依然ランナーは残り、一アウト一、三塁。

 次が四番ということを考えれば、一気にビッグイニング―――それこそ勝負が決まりかねない重要な局面。

 当然、そのことは一塁側青道ベンチとてわかっていた。

 

「か、片岡監督、やはりここは投手を変えた方がいいのでは……」

 

 ベンチの中で唯一ユニフォームではなく、白いカッターシャツにスラックスという異なった出で立ち。裏方の事務を本分とする野球部部長としては監督の領域に余り踏み込むべきではないと知りつつも、太田一義は口を出さずにはいられなかった。

 

「丹波にも疲れの色が見えますし、次は前の打席に丹波からヒット打っている四番。やはりここは丹波に代えて川上を出すべきでは……」

 

 既に川上の準備は出来ていますと、監督である片岡に川上をアピールする太田だったが当の片岡は無反応。難しい表情で腕を組みながらマウンドに集まる青道内野陣を見つめると、その重い口を開いた。

 

「……確かに丹波はそろそろ限界だな」

「おぉ! ではやはり川上に交代を!?」

 

 いやと、片岡は太田の言葉を否定した。

 

「―――山城で行く」

「えぇっ! 山城ですか!? いや、初めての公式戦でこの局面からというのは幾らなんでも……」

「……行けるか、山城」

 

 それまでマウンドに向けていた顔を片岡は右斜め後方へと回した。

 その視線の先にあったのは一人の戦士。

 直前までブルペンで投げ込み、既に臨戦態勢を整えていたその少年は待ち侘びたとばかりに頭にかぶっていた白いタオルを放り捨てた。

 

「いつでも」

 

 

 

 

       Ⅰ

 

 ――――青道高校、投手の交代をお知らせします。8番、丹波君に代わりましてピッチャー山城君。ピッチャー山城君。

 

 場内に流れた交代を告げるアナウンス。

 そこに出てきた名前に球場は大きくざわついた。

 

―――山城空? おいおい。この場面で一年とか、青道は試合を諦めたのか?

―――ばかっ、知らねぇのかよ! あいつ、全中で優勝した山城だぞ!

―――丸亀シニアの山城か……もしかしたら出てくるかもしれないとは思っていたが、まさかこんな場面で出てくるとはな。

―――いや、いくら何でも公式戦初登板でこの場面はねぇだろっ! 青道の監督はいったい何考えてるんだ!?

 

 ざわざわと収まるどころか波紋の如く広がり続けるスタンドからのざわめき。

 好奇の視線を一身に受けながら、山城空は丹波と御幸が待つマウンドへと上がった。

 

「お疲れ様です、丹波さん」

 

 ねぎらいの言葉に丹波は何も返さなかった。

 悔しそうに俯き、無言のまま空のグローブにボールを入れるとそのまま一塁側ベンチへと体を向けた。

 

「……後を頼む」

「はい」

 

 ぼそりと呟いた言葉を最後に、丹波はベンチへと戻っていった。

 丹波の後ろ姿を見送ると、空はさてと御幸の顔を見た。

 青道の正捕手は半ば苦笑気味に肩をすくめた。

 

「随分と派手なデビュー戦になったな」

「いいじゃないっすか、派手な方が。ほら、これ抑えたら俺ヒーローだし」

「……緊張はしてないみたいだな。ルーキーのくせに相変わらず可愛げがないっつーか……やることはわかってるな?」

 

 空はコクリと頷いた。

 

「力で捻じ伏せる」

「わかってるじゃねぇか。ランナーは気にしなくていい。だから全力で投げ込んで来い」

 

 ぽんと空の胸をミットで叩き、御幸はキャッチャースボックスへと戻っていった。

 それから数球の投球練習を終え、バッターが右バッターボックスに入るのをもって試合が再開する。マウンドで御幸のサインを待つ間、視界の端にバッターの力の入った顔が入り空はくすりと心の中でえくぼを作った。

 

……一年が舐めんなよって顔だな。

 

 まぁ実際バッターにしてみれば、こんな試合を決めかねない場面で一年投手が出てくれば舐められていると感じてもおかしくない。

 意地でも打ってやると言う気持ちがバッターの顔から簡単に読み取れた。

 

……でも悪いっすね、先輩。

 

 出されたサインに頷き、空はセットポジションへと入る。

 同時、世界が変わる。

 かつて、武士が刀を抜くことでその身体を戦闘用へと作り変えたように、山城空もまた15歳の少年から投手へと変貌する。

 

……高校に入ってから初めての試合。キャッチャーがクリス先輩じゃないなのは残念だけど……。

 

――――打たせるつもりはねぇ!

 

 セットポジションから投げられたのは空の基本にして決め球、ストレートという名の四シームジャイロ。唸りを上げて突き進むそのボールは打者にバットを振らせることなく、インハイに構えていた御幸のミットへと突き刺さった。

 

―――ストライク!

 

 審判のコールと共に一段と大きくなるざわめき。

 けれど最早外野の余計な騒音は空の耳には届いていなかった。

 御幸からボールを受け取ると、空は殆ど間を置くことなくモーションへと入った。

 二球目も初球と同じストレート。

 同じようにインハイへと投げられたそのボールは、打者を嘲笑うかのように振りぬかれたバットの上を通過してミットを鳴らす。

 

――――ットライク・ツー!

 

 打者の顔がさっきまでとは逆の意味で強張っていくのが、マウンドにいる空にはよくわかった。こういう場合、打者に考える時間を与えてはいけないことも。

 ボールを受け取ってすぐ空がセットに入ると、「タ、タイム」と打者が間を明けた。

 バッターボックスを離れ、大きな軌道でバットを振る横学の四番。

 一見四番らしい長打狙いのスイングながらも、ちらりとその眼が横学ベンチに向いたことに空は気付いていた。

 ふぅ吐息を吐いた打者がバッターボックスに戻り、プレイが再開する。

 

「こいやおらぁ!」

 

……叫んでる割にはさっきまでの何が何でも打ってやるっていう感じがねぇな。

 

 一アウト一、三塁で一点差。守備がいい横学にしてみればここはどんな形でもいいから後一点追加点が欲しい場面。そして御誂え向きに三塁ランナーは俊足の一番。

 空がキャッチャーの判断を仰ぐと、御幸は一つ頷いてサインを出した。

 その強気なサインに空の顔に笑みが零れる。

 特に牽制を入れることもなく、空がセットポジションから左足を前方へと踏み出すと同時、塁を埋めていた二人のランナーが一斉にスタートした。

 

「スクイズっ!!」

 

 サードの増子が声を上げる。

 バッターは既にバットを寝かせ、バントの構えに入っていた。

 

……やっぱりな!

 

 やっぱり来たかと、空は自分の読みが正しかったことを悟る。

 ボールは未だリリース前であり、その気になれば強引にでもウエストすることは出来た。

 けれどあえて、空はウエストしなかった。

 投じられたボールはほとんどど真ん中。

 ホームベースへと一直線に突き進むそのボールは待ち構えていたバットに当たる――――ことはなく、その直前で鋭く下方へと進路を変えた。

 

「なっ!?」

 

 打者が声を上げ慌ててバットの軌道を修正しようとするが時既に遅く、バットの下をくぐり抜けた白球はキャッチャーのミットへと収まっていた。

 

――――ットライク! バッターアウト!

 

 主審の三振を告げるコール。

 けれどそれを聞き終えるよりも早く、御幸はマスクを投げ捨て三塁へと走っていた。

 スクイズのためスタートを切っていた三塁ランナーは慌てて三塁に戻ろうとするが、させんとばかりに矢のような送球が三塁へと走る。

 

「ショート!」

「ヒャッハー!」

 

 三塁ベースカバーに入っていた倉持が御幸からの送球を受け取り、タッチアウト。

 一アウト一、三塁というチャンスは一瞬にして三アウトチェンジへと変わった。

 ダブルプレー。

 それも何かも殴り捨てた四番のスリーバントスクイズを阻止しての三振ゲッツーに、球場は大きな興奮と歓声に包まれた。

 

――――うぉおお! まじかよっ!? スクイズ失敗の三振ゲッツー!?

――――しかも四番! これはでかい!

――――なんで横学は強硬策で行かなかったんだ? 

――――これは青道に流れが行くぞっ!

 

 ざわめくスタンドを耳に入れながら、小走りでベンチへと戻る空。

 そんなスーパールーキーを先輩達は手荒い祝福で出迎えた。

 

「ヒャハハハ。三振ゲッツーとか出来過ぎじゃねーかコノヤロウ!」

「ナイスピッチ」

「出来過ぎだオラァ! でも調子に乗るんじゃねぇぞコラぁぁ!」

「純さん痛い! まじで痛い!」

 

 いててと叩かれた背中をさすりながら空がベンチに入ると、一足先にベンチに戻りヘルメットを被った結城が出迎えた。

 

「よくやった山城。後は俺達に任せろ」

「お願いしま~す、キャプテン」

「あぁ。任せておけ」

 

 バットを片手に、結城はバッターボックスへと向かった。

 この八回裏、四番から始まった青道打線は横学の投手を捉え逆転に成功する。

 そして最終回、マウンドに上がった空は五番から始まった横学打線を三者連続三振という文句のつけようのない完璧なピッチングを持って完全にシャットアウト。

 結局、横浜北学園VS青道高校は3対4という結果を持って青道の勝利に終わった。

 同時にこの勝利は、多くの観客達、そして関東の猛者たちに対し“山城空”という名前を刻みつけることとなった。

 山城空の公式戦デビューは、こうして華々しいものとなった。

 

 

 

 

 

             Ⅱ

 9回表2アウト、打者のバットが空を切り三振のコールが審判から告げられる。

 そしてそれは同時に、この試合の決着をも表していた。

 マウンドで勝利を喜び合う青道ナインと同じく、スタンド席でもまた関東大会初戦の勝利に大きな歓声が沸き起こっていた。

 耳をつんざくような音の中、その勝利の歓声に交じることもなく沢村栄純はただただ茫然とスタンドからグラウンドを見つめていた。

 

「見たか? あれが山城空だ」

 

 背後からかけられた言葉に、栄純はゆっくりと振り返った。

 そこにいたのは栄純と同じく、スタンドから試合を見ていた滝川・クリス・優。

 

「最速152キロの真っ直ぐに、140キロオーバーの落ちる球。多少コントロールが甘くなる場面もあったが、それでもほぼきっちりと御幸が指示したコース通りに投げていた。殆ど文句のつけようがない完璧に近いピッチングだったな」

「あいつ、練習の時と……」

「迫力が違うか?」

 

 栄純はゆっくりと首を縦に振った。

 これまで栄純が空のピッチングを直に見たことは数えられる程しかなかったが、それらと比べても今日の試合で見せたそれはこれまでと違っていた。

 特段球速が上がったわけでも、コントロールがよくなったわけではない。

 けれどスタンドから見ていてた栄純がはっきりとわかるほど、練習で見せた空の投球と試合のそれとでは格が違っていた。

 

「本人曰く無自覚らしいがな。試合のマウンドに立つと、自然とギアが上がるらしい。わかるか沢村? 青道でエースを目指すということはこれから三年間、そんなあいつと競い合うということだ」

「あいつと……」

 

 栄純の脳裏に浮かび上がる、圧倒的な力。

 相手チームの心をへし折り、仲間を鼓舞するピッチング。

 それは正に、栄純が思い描く『エース』のピッチングそのものだった。

 ぐっと拳を握りしめる栄純に、クリスは小さく息を零した。

 

「この際だからはっきりと言うが、俺はこの先三年間お前がエースになることはないと思っている」

「っつ!」

「お前に才能がないとは思わない。むしろ、投手としてだけ見るならいい素質を持っている。例年の青道ならばいずれはエースになれたかもしれない。けれど、山城がいる限りそれはありえない」

 

 それぐらい山城は特別なのだと、クリスは言った。

 突き放す宣告に、でもと栄純は声を荒げた。

 

「でも、俺だって努力すれば!」

「努力すればいずれは追い抜けるか? なるほど長い目で見れば確かにその可能性は0とは言えない。けれどそれは、少なくとも青道でではない」

「なんであんたにそんなことがっ!?」

「わかるさ。キャッチャーとして山城の才能を誰よりも知るからこそ、俺にはわかる」

 

 かつての天才捕手は何かを思い出すかのように瞼を閉じ、ゆっくりと開いた。

 

「短い期間ではあるがお前のエースに対する意気込みは俺もある程度理解しているつもりだ。そのためにオーバーワーク気味の努力をしていることもな。けれどそのままエースの座に固執し、山城に追いつくために無茶な努力を続ければ未だ土台が出来ていないお前の体は間違いなく壊れる。下手をすれば二度と取り返しがつかないほどにな」

 

 それは栄純を思っての言葉。自身の体験を踏まえ、才能ある後輩には己と同じ様になってほしくないからこその忠告だった。

 

「沢村は沢村、山城は山城。何もエース一人で野球をするわけじゃない。エース一人ですべての試合を投げ切ることが出来ない以上、控え投手の存在はチームにとって重要なものとなる。それにお前の野球人生は未だ始まったばかり。これからゆっくりと体を作り、焦らず自分のペースで成長していけばいい」

 

 わかるなとクリスは後輩の肩に手を置いた。

 栄純は俯き、返事をしなかった。やはりそう簡単に心の整理はつかないかと、返事はまた後日に改めようかとした時だった。

 ぽつりと、俯いた栄純の口から音が零れた。

 

「……クリス先輩」

「なんだ?」

「先輩が俺のことを思って言ってくれたのは本当にありがたいっす。中学じゃあ俺が野球部の皆を引っ張ってたから、こんな風に言ってくれる人もいなかったし」

 

 でも、やっぱすみませんと栄純は深々と頭を下げた。

 そしてゆっくりと頭を上げた時、クリスの顔を見つめるその瞳には強い意志が込められていた。

 

「俺、やっぱりエースになりたいです」

「……さっきも言っただろう。下手に山城に追いつこうとすれば怪我のにしかならないと。もしも変な憧れでエースを目指しているようなら……」

「そうじゃないっス! 確かに、最初は田舎のみんなを置いて青道にきたからエースにならなきゃって……でも今日あいつが試合で投げてるのを見て、クリス先輩から話を聞いて。俺、わかったんです」

「何をだ?」

「俺、みんなの想いとか関係なしにエースになりたいんだって。エースじゃなきゃ嫌なんだって。って、俺何言ってんだろ」

 

 問いの答えになっていない答え。

 栄純自身も自分の言った言葉の意味を理解していないのだろう。

 あれ、あれ?と頭を抱える後輩に先輩捕手は助け舟を出した。

 

「つまり、自分のわがままな思いだけでエースになりたいと?」

「え、えっと、その……はい」

 

 しゅんと小さくなる栄純に対し、クリスは苦笑せずにはいられなかった。

 

「随分と自己中心的な考えだな。気持ちだけならエース級かと思っていたが、まさか超エース級だったとはな。先輩捕手の忠告を無視とは恐れ入る」

「うっ」

「だが、山城も含めウチの投手に欠けているものであるのもまた確か。監督が見込んだのもその辺りか」

 

 そう言って何やら思案を初めてしばらく。

 観念したとばかりにクリスは息をついた。

 

「……いいだろう、ブルペンで投げさせてやる」

「へっ? 今何と?」

「関東大会が終わり次第、ブルペンでボールを投げさせてやると言った」

「よっシャアアア!」

 

 もうこれ反対側の三塁側スタンドにも聞こえているんじゃね?といわんばかりの歓喜の叫びが、スタンド中に響き渡った。

 それまで勝利の余韻に浸っていた一塁側スタンドはがやがやと別の意味で騒がしくなり、近くにいた青道野球部員のみならず関係のない一般の観客までもが栄純とクリスを振り返った。新入部員紹介の時とは比べ物にならない数の視線を浴びながら、早まったかもしれんとクリスは今日何度目になるかわからないため息をついた。

 羞恥心で仄かに頬を赤く染めつつ、クリスは試合の終わったグランドに視線を落とした。

 

「……待っていろ山城。俺も必ずそこに行く」

 

 しかしその前に隣の後輩を黙らせようと決心したクリスなのであった。

 




ちょっと文章に納得いってない部分も多いので、また後日書き直すかもです。

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