ジャイロボールに夢見て   作:神田瑞樹

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遅くなりました、16話です。今回の話は本当に悩みました。何か無駄に長くなってしまったし……


16話

                Ⅰ 

大阪桐生と青道による二つの練習試合は、結局のところ二試合とも桐生の勝利で幕を閉じた。大会まで一月を切ったこの時期、同じ学校相手に二つ続けての敗北は応援に来ていた青道ファンに一抹の不安を抱かせたものの、ベンチの厚さや打線の好調ぶりなどポジティブな要素を感じさせる試合でもあった。

 そして試合が終わったその日の夜、日付が変わるおよそ2時間前。

 本来無人である筈の青道のAグラウンドには一つの影があった。

 

……今日の試合、山城の奴は9回投げて4失点。一方の俺は9失点。

 

 腰に巻いたゴムバンドでタイヤを引きずりながら、沢村栄純はただがむしゃらに走っていた。本来試合に登板したその日の夜は早めに休息を取り、疲れを翌日に残さない様にしなければならない。ならないのだが、

 

……寝れるわけねぇよ!

 

 瞼を閉じると浮かび上がる、昼間の試合。

 午前の試合で好投を見せた山城に負けるかと意気込んで臨んだものの、結果は散々。

 甘く入った球は尽く弾き返され、守備ではエラーに悪送球とミスを連発。

 もしもバックの助けがなければもっと悲惨な展開になっていた、そのことがわかっているからこそ栄純は悔しかった。

 

「うぉおおおお!!」

 

 登板後の決まりなどまるで無視して、栄純は雄叫びと共に足を動かすスピードを上げた。ただでさえ疲労の溜まっている身体での全力疾走は泣きたくなるほど辛いものだが、それでも栄純は走り続けた。

 

……次は、次の試合では絶対にこんな情けねぇ結果にはしねぇ!

 

 コントロールもスタミナも、守備もバッティングも全て足りない。

 けれど諦めはしない。

 諦めれば、きっと追い付けないから。

 今はまだ遠い。

 けれど、いつかきっと。

 

「待ってろよ山城! 絶対、絶対に追いついてやる! エースになるのは俺だっ!!」

 

             ◇

 

「お~お~。沢村のやつ、ついに叫びながら全力で走りだしたぜ。登板後だってのにいいのかよ。流石に止めた方がいいんじゃねェのか?」

「かまわねぇよ。明日はあいつ出番ねぇし、むしろここで止めて変に寮で騒がれる方が面倒だろ?」

「ヒャハハ。違いねぇ」

 

 栄純の性格をよく理解しているが故の御幸の言葉に、倉持は笑った。

 就寝前の軽い運動にと、ランニングで土手を走っていた二年生のレギュラーコンビがグラウンドで一人タイヤを引く栄純を見つけたのがつい5分ほど前のこと。

 その頃からペースが変わらず、それどころかペースを上げて走り始めたルーキーに「やっぱバカだな」と倉持は口元から白い歯をのぞかせた。

 

「それで。今日実際に沢村のボールを受けてみてどうだったんだよ?」

「球自体はそんなに悪くねぇよ。甘くなることも多かったけど、いいとこに行ったボールは殆ど打たれてない。まぁ、バックの助けがあったとはいえあの桐生相手に疲れた体で9回まで投げ切って二桁失点してないんだ。一年にしちゃあ上出来だろ」

「へ~。珍しく褒めるじゃねぇか」

「あくまでも『一年』にしては、だけどな。内と外の投げ分けをしようとしてたみたいだけどコントロールは随分とアバウトだったし、フィールディングも拙い。打者を揺さぶる変化球もねぇし、正直あのままじゃ大事な場面は任せれねぇな」

「だよな~」

「でもまぁ、入学当初のことを思えば大した成長だと思うぜ?」

 

 タイミングの取り辛い変則フォームから繰り出されるムービングボールに、それを活かした四シーム(真っ直ぐ)。更に今では未熟ながらも内と外の投げ分けさえしようとしている。まともに練習にすら参加させて貰えていなかったつい二か月前を思えば、随分な進歩の速さだった。

 当時の栄純のことを思い出したのか、確かにと倉持は御幸の言葉に深々と頷いた。

 

「けどよ、いくら沢村のやつが成長したとしても夏の大会であいつの出番はあるのかよ? ウチには丹波さんに山城、それにノリだっているんだぜ」

「出番があるかまではわからないけど……準備しとくに越したことはねぇだろ。大会じゃあ、いつ誰が怪我したり不調になったりするかわからないしな」

「それもそうか……ところでよ」

「ん?」

「ぶっちゃけ、お前は丹波さんと山城のどっちがエースに選ばれると思ってるんだよ?」

 

 今年の夏のエースは一体誰なのか。

 それは四月から青道野球部の中で囁かれ続け、今ではその話を聞かない日はないというぐらい日常的にかわされている話題だった。

 

「みんな気になってるぜ。どっちがエースになるのかってな。成績からいやぁそりゃ山城だろうけど、丹波さんも最近調子を上げてきてるし何より三年からの信頼がある。その辺、捕手としてどう思ってるんだよ?」

「別にどうもねぇよ。どっちにも資格はあるし、逆に足りないものもある。誰がエースになるのかは監督が決めることだろ」

「ちっ。優等生みたいな返答しやがって……でも山城がエースになったらお前は危ないんじゃねぇのか?」

「うん?」

 

 にやりと、倉持は人の悪い笑みを浮かべた。

 

「だって山城のヤツ、クリス先輩にべったりだろ? 今日の試合見ててもお前と組んでた時よりもずっと伸び伸びと投げてたし。実力があって三年からの信頼が厚いあの人が戻ってきた以上、お前のレギュラーの座も終わりかもな」

「……本人目の前にしてズケズケ言うなぁ」

 

 事実は事実だが、それでも笑いながらいうことではない。

 まぁその辺りがクラスで浮いている理由なのだろうと、同じくクラスで浮いている自分を棚に上げて御幸は苦笑した。

 

「確かにポジション争いはキツクなるけど……正捕手の座を渡す気はねぇよ。クリス先輩にも、それに勿論ミヤさんにもな」

「ヒャハハハ。丹波さんに嫌われてるやつが良く言うぜ。エース候補二人から避けられて正捕手になれるのかよ」

「なってやるさ。どれだけ嫌われようと、避けられようとグラウンドに入ったら同じバッテリーだからな。先輩も後輩もねぇ。全力で投手の力を引き出して見せるさ」

「まっ。それだけ言えるならお前は大丈夫なんだろうけどよ……」

「何か気になることでもあるのか?」

「いや。なんつーか最近、丹波さんおかしくねぇか?」

 

 あんま上手くはいえねぇんだけどと前置きし、

 

「丹波さんって難しい人だし、あんま後輩には心開いてねぇけどその分三年には心開いてるだろ? 特にクリス先輩とは仲良さそうだったし」

「あぁ。俺もクリス先輩が丹波さんのフォームを確認していたのをよく見たな」

「だろ? だからクリス先輩が一軍に上がった時に最も喜ぶのは山城を除けば丹波さんだと思ってたんだけどよ。それが……」

「どういうわけか丹波さんがクリス先輩を避けている……か?」

 

 そのものズバリの回答に、倉持は目を見開いた。

 にやりと口元に弧を描いた御幸に、倉持は面白なさげに口を尖らせた。

 

「気付いてるなら、何かしなくていいのかよ?」

「別にいいんじゃねぇか?」

 

 丁度今年の四月ごろからだろうか。

 クリスと丹波が一緒にいることを見る機会が少なくなったのは。

 何となく丹波がクリスを避けるようになった理由を知りつつも(というかあからさま過ぎて)、御幸は自分から動く気はなかった。

 

「丹波さんの問題は、丹波さん自身で解決しなきゃいけねぇことだろ。俺達が変に出張ることじゃねぇよ」

「……お前時々つめてぇよな」

「俺達は野球をやるためにこの青道に来たんだ。そりゃ仲が良いに越したことはねぇけど、かと言って他人が―――特に後輩の俺達が手出してまで無理やり馴れ合う必要はねぇよ」

 

 正論と言えば正論、冷たいと言えばそれまで。

 御幸の考え方は実に捕手らしい、プロのそれにも繋がるプラティカルなものだった。

 倉持ははぁと息をついた。

 

「お前、それゾノには絶対に言うなよ。あいつ、仲間とかを大事にするヤツだし」

「あぁ」

「しかしまぁ、大会まで後一か月だってのに色々問題も多いよなぁ」

 

 倉持は空を見上げた。

 さっきまで澄み切っていた六月の夜空には、徐々に暗雲が立ち込めようとしていた。     

 

 

 

             Ⅱ

 雨が降っていた。

 昼間の快晴とは打って変わり、陽が落ちると共に降り始めた予報にない豪雨。

 激しく窓を打ち付ける雨音と、時折聞こえる雷鳴が音のない監督室を包んでいた。

 そんな自然の音だけが聞こえる室内で、片岡は灯りもつけず来客用のソファーで瞼を閉じ静かに腕を組んでいた。

 コンコンと、雨音に紛れながら戸が叩かれる音がする。

 片岡が瞼を開くと同時に、扉が開かれた。

 

「ただ今戻りました」

「あぁ、二人ともご苦労だったな」

 

 ほんのりと雨に濡れた太田と高島にねぎらいの言葉をかけると、二人はそのまま片岡の対面のソファーに腰を下ろした。

 口を開かずとも雄弁に語る二人の浮かない表情に片岡は眉間に皺を寄せた。

 

「……それで丹波の状態は?」

「重症です。顎の骨に罅が入っています。幸い骨折には至らず脳にも影響がないとのことですが、しばらくは動かせないためそのまま病院で入院に……」

「……復帰の見込みは?」

「それが、その……医師によれば投げられるようになるのは早くとも7月の下旬。少なくとも予選にはまず間に合わないと」

「そうか」

 

 それだけ言うと、片岡は口を閉ざした。

 大阪桐生との練習試合の翌日、合宿最終日。

 青道高校は昼間に稲実と修北の二校を相手に合宿の締めとなる練習試合を行った。

 本来ならば今頃、その二試合の結果を踏まえて夏の予選ではどのようなオーダーを組むかを考えている筈だった。

 けれど、修北との練習試合中打席に立った丹波にまさかの顔面デッドボール。

 これまでチームを支えてきたエースの負傷に首脳陣も穏やかではいられなかった。

 高島はハンカチでスーツについた水滴を拭い、眼鏡のテンプルに手をかけた。

 

「先程ちらりと見ましたが、既に選手達の間でも少なくない動揺が広がっているようです。速めに対応しなければ手遅れになる可能性も」

「えぇ。特に今年の三年は絆が強いですから……」

 

 精神的にも成熟したプロとは違い、まだまだ未熟な高校生では気持ちの切り替えというものが難しい。そして不安定な精神状態はプレーにも影響を及ぼす。

 当然そのことは片岡とてわかっている。

 

「明日にでも選手を集め、丹波のことを言うつもりだ。無駄に隠せばそれだけ動揺も大きくなるからな。また三年に対しても状況を見ながらそのつど手を打っていく」

「はい。それがいいかと。しかし不幸中の幸い……とも言えませんが、ウチにはまだ山城君がいます。彼を主軸にし、沢村君と川上君で支えれば」

「あぁ。それしか方法はないだろう」

 

 丹波という信頼を得ていたエース候補が離脱したのは大きな痛手だが、それでもまだ青道には山城空というもう一人のエース候補がいた。

 チームを背負うというエースに不可欠な自覚が欠けているという不安もあるが、それを差し引いても実力という面では文句のつけようがない。

 誰にも期せぬ形で青道の夏を任せる実質的なエースは決まったが、そうなるとまた別の問題も浮上する。

 

「しかし片岡監督。だとすればエースナンバーもやはり山城に?」

 

 そう。

 エースとしての象徴であるエースナンバーまでも山城に託していいのかという問題が。

 続きを促す片岡からの視線に、太田は背筋を伸ばした。

 

「丹波がこうなった以上、山城を主軸にすることに私も異論はありません。けれどやはり、その、三年生と丹波の気持ちを考えればエースナンバーは丹波に託した方が……」

「仰ることはわかりますが太田部長。予選の間に戻ってこれるならともかく、間に合わないならやはり実際にマウンドに立つ山城君にこそエースナンバーを託した方がいいのではないでしょうか? エースナンバーを背負うことでエースとしての自覚が芽生えるという事例も多々あることですし」

「しかし高島先生。これまで三年はエースである丹波と一緒にこの夏を闘うことを夢見て、そして丹波はそんな仲間の期待に応えるために頑張ってきました。それが純粋なエース争いで負けたならともかく、こんな形でエースの座を奪われれば三年の士気に影響が……」

「状況が状況ですからみんなわかってくれるはずです。それにエース不在で予選を戦うとなれば、無意識のうちにエースの姿を求めてチームの中に緩みが生まれる恐れがあります」

「そうは言いますが……」

 

 白熱するやり取り。

 三年の気持ちを大事にして試合に出られない丹波にエースナンバーを渡すべきだという太田、出れない選手よりも実際に投げる山城にこそ託すべきだという高島。

 どちらも青道を思うが故の意見のぶつかり合いは平行線を辿っていた。

 片岡はそのどちらに加勢するわけでもなく、無言で腕を組んだまま二人をやり取りに耳を傾けていた。

 その時、コンコンと再びドアが叩かれる。

 思わぬ来訪者に高島と太田が議論を切り上げて口を閉じる中、片岡が入るよう促した。

 開かれたドア。

 そして現れたのは、

 

「結城君……」

「それに御幸とクリスも、いったいどうしたんだこんな時間に?」

「いえ、お二人が帰ってきたら監督室に来るようにと監督から言われていたので……」

 

 結城の言葉に高島と太田は揃って視線を対面へ。

 組んでいた腕を解いた片岡は顔を呼びつけた三人へと顔を向けた。

 

「明日全員に伝えるが、チームの要であるお前達には先に言っておく。今しがた丹波の怪我の状態がわかった。……丹波は夏の予選には間に合わない」

『っつ!?』

 

 はっきりと、三人の間に動揺の色が走る。

 片岡はサングラスの中の眼を僅かに伏せた。

 

「……こんなことになるまで、俺は丹波をエースに据えるつもりだった。しかし丹波が予選に間に合わない以上、この夏は山城を主軸にして闘っていく。だがエースナンバーを山城に渡すかどうかを正直きめかねている」

「か、片岡監督もやはり迷っておられて……」

 

 だからこそと、片岡は語気を強めた。

 

「お前達の意見が欲しい」

「自分達の……ですか?」

「あぁ。丹波と山城、どっちにエースナンバーを託すべきだと思う? 俺のことは気にしなくていい。率直な意見を聞きたい」

 

 片岡がこのような誰を選ぶかということで選手に意見を求めるのは極めて異例だった。

 異例だったが、それは裏を返せば現状がそれだけ切迫しているということでもある。

 突然のことに戸惑う三人の中で、最初に口火を切ったのはやはり主将だった。

 

「率直な意見で構わないんですよね?」

「あぁ」

「自分個人としては、丹波にエースナンバーをと思っています。けれど例えどちらであろうと、監督の出した答えに従うだけです」

「うむ。御幸は?」

「そうですね……自分も監督の結論に従いますが、チームの士気を考えればやはり丹波さんに託すのがいいかと」

「わかった。クリスはどう思う?」

 

 片岡は残った最後の一人へと目をやった。

 

「三年の中で山城と丹波の両方を最も良く知るお前の意見を聞きたい」

 

 クリスは未だに答えを出しかねているようで、口元に手を当てていた。

 そして答えが出たのか、ふぅと息を吐き出した。

 

「自分は―――」

 

        ◇

 

……お前にエースナンバーを託す、か。

 

 つい一時間ほど前。皆の前で監督から言われたことを思い出しながら、空は自販機で買った馴染のスポーツ飲料を傾けた。

 何となくわかってはいた。

 丹波が怪我をした段階で、自分を投手の中心にして闘っていくということは。

 わかっていたけれど、

 

……こんなに早く背番号を渡されるなんて思ってなかったな。

 

 監督から手渡された背番号1は、今頃マネージャーの手によって試合用のユニフォームにつけられていることだろう。

 レギュラー発表もまだの時期に一人だけ早くエースナンバーを渡されるという意味。

 沢村などは贔屓などと騒いでいたが、

 

……エースの自覚を今から持っておけってことだよな。

 

 はぁと空はため息をついた。

 シニア時代も財前やクリスの世代が引退して以降、空は常にエースナンバーを背負っていた。けれどそれは単純に投手の中で最も実力があることを示す符号に過ぎず、決してチームを背負う意味合いは含まれていなかった。

 

……チームを背負う……か。

 

 一体それが何なのか。

 どうすればチームを背負ったことになるのか。

 

……もともとクリス先輩を甲子園に連れて行くために青道に来たのになぁ。

 

 エースの座に全くの興味がないといえば嘘になるが、それでもクリスとさえバッテリーを組めるのなら背番号に執着はなかったというのが正直なところ。

 それがどうして、いきなりチームを背負うという立場にいるのか空にはわからなかった。

 

……とりあえず自己啓発本でも読めばいいのか?

 

 良い感じに迷走し出した空の思考を止めたのは、頭上からの声だった。

 

「さすがに戸惑っているようだな」

「クリス先輩……」

 

 Tシャツにスウェットというラフな姿で階段を下ってきたクリスは自販機で缶コーヒーを購入すると、そのまま空の隣でプルトップを空けた。

 

「シニアでノビノビと野球をやってきたお前が、いきなりエースになってチームを背負えって言われた所で戸惑うのも当然だ。エースという称号を煩わしく感じるのもな」

「……はい」

「だがそれでも、俺はお前にチームを背負ってほしいと思っている」

「えっ?」

 

 驚きの声を上げた空に、クリスは優しく微笑んだ。

 

「昨日、監督に呼ばれてな。丹波とお前、どっちにエースナンバーを託すべきかを聞かれたよ。一緒に呼ばれた結城と御幸は丹波に託すべきだと言っていた」

「……先輩は。クリス先輩は何て答えたんですか?」

「悩んだがな。丹波の思いは知っているし、お前がエースという称号に息苦しさを覚えるのもわかっていた。俺自身正直まだ早いとも思う。だがそれでも山城にエースナンバーを託してほしい……監督にそう言ったよ」

「なんで……ですか?」

「そうだな。色々あるがやはり一番の理由は―――単純に見てみたいと思ったからだ」

「見てみたい?」

「あぁ。俺がまだ現役である内に、お前が日本一の投手になるのをな」

 

 戸惑いの表情を浮かべる空の前でクリスは一度缶コーヒーに口をつけた。

 

「少し甘いな……山城。初めて出会ってからこれまでの三年間でお前は急激に力をつけた。それこそ単純な実力だけで言えば、既にお前と互角に渡り合える投手は全国でも五人といないほどにな」

 

 だがと、クリスは目を細めた。

 

「そんな彼らにあって、お前にないものが一つある」

「俺にないもの……」

「あぁ。これだ」

 

 とんと、クリスは握った拳を空の胸元―――丁度心臓がある位置へとあてる。

 空はゆっくりと視線を下へと落とした。

 

「チームを背負っているという、エースとしての自覚。プライドと言い換えてもいい。どんな状況であってもノビノビと自由に野球を楽しめる、確かにそれはお前の長所だ。けれどそれではやはりチームを背負った相手の気持ちに呑まれてしまうこともある」

「気持ちに呑まれる……」

「俺からお前に出す、最後の課題だ。チームの想いを背負い、本当のエースになれ。そうすればお前は日本一の投手になれる」

 

 日本一の投手になれる。

 空は半ば呆然としながらそれを聞いていた。

 けれどすぐに我に帰り、

 

「でもクリス先輩。チームを背負えって具体的にどうすれば……」

「特別なことをする必要はない。今まで通り練習し、毎日を過ごせばいい」

「それだけですか? いや、ほらもっと上級生と会話する時間を増やすとか……」

「チームを背負うというのは本人の自覚と、仲間からの信頼で成り立つ。上辺を取り繕った所で意味はない。既にお前はその力でチームからの信頼を勝ち取りつつある。後はお前の気持ちの持ちようだ」

 

 持ちようだと言われても空にはイマイチピンとこなかった。

 それが顔に出ていたのだろう、クリスは苦笑を浮かべた。

 

「そう不満そうな顔をするな。実際、お前は無意識の内にその一歩を踏み出しているんだぞ?」

「えっ?」

「チームを背負うためにどうすればいいかを自分の意志で考え、悩む。入学当初のお前では考えられなかったことだろ? それこそが自覚の第一歩」

 

 未だ入学から二カ月と言う短い期間ではあるが、その間に空は様々なことを知った。

 試合に出ることに必死な選手の飢え。

 夏を迎える前に終わりを迎えた三年生の無念。

 それらは空の内面を劇的に変えることはなかったが、着実に変化をもたらしていた。

 

「大会まで確かに時間はない。だが焦るな。答えは自ずとお前の中から生まれてくる」

「答えは俺の中から……」

 

 こうしてまた一つ、夜が更けていった。

 




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