ジャイロボールに夢見て   作:神田瑞樹

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27話

 夏の高校野球は残酷だ。プロ野球のように次はなく、一度の敗北で全てが終わってしまう。偶然だ、次やれば勝てる、負けたけど内容は向こうよりも良かった。どれだけ言い繕うとも意味はない。勝ち抜きのトーナメントにおいては結果こそが全てであり、負けを喫した瞬間にその年の夏は終わりを告げる。

 夏の予選が始まっておよそ二週間。様々なドラマや波乱を乗り越えて西東京のベスト4に名乗りを上げたのは、青道、仙泉、稲城実業、桜沢の4校。例年初戦敗退の桜沢の躍進には多くの野球ファンが驚いたものの、他の三校に関して言えば概ね下馬評通りの結果となった。

 全国でも指折りと噂される強力打線を有し、怪物ルーキーをエースに据えて5年ぶりの甲子園を狙う名門青道。成宮鳴という絶対的なエースを抱え、高い総合力と隙のない野球で連覇を目指す西東京の大本命稲城実業。先の二校に比べれば一枚格は落ちるものの、堅実な野球で近年その名を上げつつあるベスト8の常連仙泉。

 復権を目指す名門、連覇を使命とする王者、下克上を狙う実力校、全く無名のダークホースとバラエティー豊かな組み合わせは世間の注目を大いに集めたが、その中でも一際大きくメディアに取り上げられたのは王者奪回を狙う青道―――というより山城空だった。

 投球回数21、奪三振49、防御率0.00  WHIP 0.2

 さほど多くない投球回数とは言え準決勝まで稲城の成宮と並ぶ無失点にして、西東京大会トップの奪三振率とWHIP。そのふざけたセイバーメトリクスは野球関係者を大いに興奮させ、ルーキーながらにあの成宮と同格だという話題性が数字を見てもピンとこない野球素人の心に響いた。現代の名勝負とメディアが謳った轟との対戦を真っ向勝負でねじ伏せたこともあり、薬師を制した後の空は全国ネットでも取り上げられるほどの注目ぶり。

 そのため青道と仙泉の準決勝では話題の山城を一目見ようと薬師戦に負けず劣らずの観客が神宮球場に詰めかけたが、青道のマウンドに噂の黄金ルーキーの姿はなかった。

 代わりにそこに立っていたのは背番号20。

 同じルーキーながらも全く話題に上がらない、無名のサウスポーが準決勝という大舞台のマウンドに上がっていた。

 

             ◇

 

 準決勝第一試合、青道VS仙泉。

 この準決勝まで稲実と並び初戦から無失点記録を更新してきた青道だが、以外にもこの試合では中盤の時点で既に二点を奪われ仙泉にリードを許していた。今大会初となる青道の劣勢に不安の声をあげるファンは多かったが、所詮はイニングを多く残す中での一点差。

 まだまだどう転ぶかわからないというのは両校ベンチの共通する認識であり、お互いに流れを掴むための機を伺っていた。

 そしてそのチャンスが先に訪れたのはリードする仙泉だった。5回の裏、仙泉はラッキーなヒットで先頭バッターが出塁するとすかさず送りバントで攻撃の形を作り、続く六番の小川がじっくりボールを選んで四球。

 一アウトランナー1、2塁。一打追加点の大チャンスで打席を迎えるのは仙泉の絶対的エース、大巨人真木洋介。自分の手で勝負を決めてやるという意識が強いのか、ネクストサークルでは長い腕を使って豪快にバットを振り回している。

 一方守る側の青道はこれ以上の点はやるまいと、先発マスクを被る御幸が立ち上がりチームメイトに指示を送った。三人の外野手がじりじりと前進するのがダグアウトの中からでもわかって、強気な陣形だなとクリスは小さく声を漏らした。

 

……まだ回も残るこの場面でライトはともかくレフトも前進。なるほど、御幸はここが勝負だと読んだか。

 

恐らくその読みは間違っていない。六回の表の青道の攻撃はこの試合三順目となるクリーンナップから。同点、そして逆転へと繋げていくためにもここは是が非でも真木を抑えて反撃に勢いをつけていきたい。長打のある真木に対する前進守備はその覚悟の表れ。絶対に抑えろと、お前にはそれが出来るのだと投手に示している。

 

……まったく。実力を認めているのならもう少し普段から口にしてやればいいものを。

 

 まぁ、そうなればきっとあの問題児はすぐに調子に乗るのだろうが。お互いに子守は大変だと目じりを緩め、クリスは隣に座るもう一人の問題児に目を向けた。

 ムスッとした顔に不機嫌そうな目。クリス同様、先の薬師戦を私物化した罰則として本日のスターティングメンバーから外された青道の怪物エースは己に代わってマウンドに立つ同輩を睨み、苛立ち気にスパイクを鳴らしていた。

 

「ったく。四隅に投げ分けるコントロールもねぇのに変にコースを狙おうとするから歩かせることになんだよ。まともには打たれてねぇんだからドンドン攻めろよ」

「珍しく荒れているな。ピンチを迎えているとはいえ仙泉相手にここまで四安打二失点。公式戦初先発だと考えれば今日の沢村の出来は上出来だと思うが?」

「それはそうかもしれないっすけど。変に意識してランナーだしてるのがむかつくっていうか、ランナー出たぐらいで慌てんなよっていうか、外野の野次なんて気にしてんじゃねぇよっていうか、いつもの強気はどうしたっていうか……」

「なるほど。つまりは沢村が心配だと?」

「いや別に心配ってわけじゃ。ただその、俺の代わりに先発してんだから無様なピッチングを見せるんじゃねェって思ってるだけで」

 

 拗ねたように、そしてどこか照れたように顔を背ける空。

 少し前までならば自分以外の投手―――それも同世代の投手に対してこうまで強い感情を見せることはなかっただろう。だが明確な実力差があっても腐ることなくひたすら前を向き続ける沢村(ライバル)の姿は、これまで頂点に君臨することが当たり前であった空の心にも決して小さくない影響を与えているらしかった。

 本当に環境に恵まれたなとクリスは目を細め、目の前の試合へと向き直った。

 

……沢村はよくやっている。だが山城の言う通りここに来て少し慎重になり過ぎているのも確かか。

 

 とはいえ、それも無理はなかった。

 ただでさえ公式戦初先発のマウンドは緊張するというのに任された試合は準決勝という決勝をかけた大一番。絶対に負けられないという責任感、ここまで先発として完璧な結果を残してきた空に負けたくないという意地、何で山城じゃないんだ等と無責任な言葉が飛び交う観客席からのプレッシャー。様々な重石がこれ以上点数はやれないと意気込む沢村の心に重くのしかかり、いつもの思い切りの良さを押し殺している。

 

……外野が前進守備をとっても沢村の表情が変わらない。不味いな、御幸がシフトを敷いた意味を理解していない。

 

 恐らくはそれだけ余裕を失っているのだろう。このまま投げれば最悪自滅しかねない。

 クリスと同じ危惧を抱いたのか、御幸は外野に前進シフトを指示すると主審にタイムを申し入れマウンドへと向かう。バッテリーの間で何やら会話がなされているが、依然として沢村の表情は硬いまま。

 

……この試合のことだけを考えるならここで山城と交代させるのが最善策だが。

 

 薬師戦から中一日とは言え、今の空ならばキッチリとこのピンチを0で切り抜けるだろう。しかしそれでは例えこの試合に勝ったとしても次の決勝に疲労を持ち越すことになる。わざわざ監督が罰という名の休息を空に与えた意味がなくなってしまう。

 

……それに何よりここでの交代は沢村の成長を妨げることになりかねない。

 

 投手とはピンチを経験することで成長していくもの。一年先、二年先の青道を思うならば間違いなく続投。しかし今の沢村をこのまま投げさせれば取り返しのつかない事態に陥る可能性が高いのもまた事実だった。どれだけ先のことを見据えようと、今この試合を勝てなければ決勝も甲子園もあり得ない。

 

……こういう時はベンチの采配がものをいうが。

 

 続投か、それとも交代か。

 全ての権限を握る片岡はじっとマウンドを睨み、そして空の名を呼んだ。

 

「山城」

「えっ? はい」

「出番だ」

 

          

           Ⅱ

 5回の裏、1アウト1.2塁。

一打出れば試合の流れが大きく傾くこの場面。沢村の様子が普通ではないということで一度タイムをとった御幸だったが、間を開けても沢村の顔には依然として硬さが残るままだった。どんな声をかけても大丈夫っすとしか言わない後輩に、御幸は表情にこそ出さないものの内心で苦い顔をした。

 

……まずいな。沢村のヤツ、気負い過ぎてやがる。

 

 変則フォームからのムービングボールが沢村の武器であることに間違いはないが、やはり最大の長所は何と言っても物怖じせずに打者に向かっていける強気なマインドにこそある。ごちゃごちゃと余計なことを考えず前を向いて全力で腕を振るからこそ持ち味である癖玉を活かすことが出来る。

 

……初回に打たれたお蔭――ってのも変だが、いきなり2点を失った沢村はここまで余分なことに気を回す余裕はなかった。

 

 だからこそ打者を抑えることだけに集中できたのだがある程度試合の展開が落ち着いたことで気持ちの余裕が生まれ、雑念が入り込む隙ができてしまった。そしてその雑念がこの5回、得点圏にランナーを出してしまった沢村の心をキツク縛っている。

 

……流石にこうなると長打の可能性があるインコースは要求しずれぇな。

 

 とは言え沢村の持ち球は全て真っ直ぐ系統。まだキッチリと外角に決めきれるだけのコントロールがない以上、配球を考える上で強気なインコース攻めは必要不可欠。

 こんな時タイミングを外せる変化球でもあればなという願望が一瞬御幸の脳裏をよぎったが、すぐにないものは仕方ないと切り替える。

 

……今の沢村じゃあ怖くてインコースのサインはだせねぇ。けどインコースなしじゃ真木を抑えるのはハッキリ言って無理だ。

 

 つまり今御幸がしなければならないのは、目の前の硬くなっている後輩から余分な雑念を消し去ること。しかしそれが簡単に出来るようなら世の捕手は苦労などしない。

 最悪交代も視野に入れた御幸がベンチの判断を仰ごうと振り向いた時、そこには丁度ダグアウトから飛び出す人物の姿があった。

 

―――おい、あれ山城じゃないのか。

―――ほんとだ。何だよ、ようやく投げるのか。

―――けど、肩作ってたか?

 

 スタンドのざわめきを浴びながら青道のエースは帽子を取り、ペコリと頭を下げる。

 その足が向かう先はマウンド。小走りで近寄ってくる山城に御幸は怪訝な表情を浮かべ、沢村は驚きの声を上げた。

 

「なっ、山城と交代!?」

「バカ、よく見ろ。監督が動いてねぇし何よりグローブを持ってねぇだろうが」

「グローブを持ってない……ハッ、まさか俺のグローブを使う気か!?」

「どこの世界に利き手と逆のグローブを使う投手がいんだよ……伝令だ、ありゃ」

「伝令? ……つまりはボスの遺言っ!」

「お前実は結構余裕だろ? もう面倒くさいからしゃべんな」

 

 はぁと溜息を洩らしつつも、御幸は疑問を隠せなかった。

 

……伝令を使うってことは沢村の続投。それはいい。けど何で山城を伝令役に?

 

 ルール上ベンチにいる選手であれば誰が伝令役であっても構いはしない。しかしクリスや春市といった人材を差し置いて、なぜ山城なのか。どう考えても向いてなさそうな人選に御幸が首を捻る中、その当人は「ども」と緊迫した場にそぐわない軽い声で帽子の唾に手をかけた。

 

「なんか随分と手こずってるみたいっすね」

「まぁ相手もベスト8常連だからな。そう一筋縄じゃいかねぇよ。んで監督は?」

 

 そう問いかけると、山城はきょとんと眼を瞬かせた。

 

「え?」

「えじゃねぇよ。伝令で来たんだから監督から預かった言葉があるだろ?」

「いや、ないっすよ」

「は?」

「だから。監督からは伝令に行って来いって言われただけで、肝心の中身は何も言われてないんすよ」

 

 一体どういうことなんでしょと山城は不思議そうに呟くが、そんなことは御幸の方が聞きたかった。山城をメッセンジャーに選んだことといい、肝心のメッセージを預けなかったことといい。

 

……いったい監督は何を考えて……。

「まぁ。その代わり俺が言いたいことは山ほどあるんすけどね」

 

 御幸が疑念と困惑を深めている一方で、山城はくるりと身体の向きを変えた。

 やや鋭くなった瞳が向かう先は今日の青道のマウンドを託された同級生。いつになく思いつめた顔をしている沢村に山城は更に目つきを鋭くした。

 

「な~に一人前面してプレッシャー感じてんだよ沢村。半人前なら半人前らしくいつもみたいにバカやってろよ」

「んなっ!?」

「ビビって勝負を避けるなって言ってんだ。ったく、余計な頭使って外角でかわそうとする沢村とか見ているこっちの方が気持ち悪いぜ」

 

 やれやれと大げさに首を振る山城。ともすれば溜息すらつきかねないその姿に、沢村はギリッと奥歯を噛みしめた。

 

「テメェ、好き放題言いやがって!」

「事実だろうが。点取られたくないからインコースを攻めきれなくて、大したコントロールもないのに外のコース狙ってカウント悪くして歩かせる。弱いピッチャーの典型なんだよ、今のお前の投球は」

「っつ! お、俺だってこれ以上チームに迷惑をかけないように色々と考えて……」

「それが余計だって言ってんだよ。自分がチームを背負ってるとか、自分が何とかしなくちゃいけないとか。沢村がそんなちゃんとした投手みたいなことを考えてんじゃねぇよ」

「ちゃんとした投手だっ! 俺はっ!」

「だったら証明してみろよ」

 

 こつんと、山城は己の右拳を沢村の胸元にあてた。

 

「本物の投手だっていうんなら変に意識して腕の振りを緩めてんじゃねェよ。思いっきり腕振ってきっちりインコースに投げ切って見せろ」

「山城……」

 

 目を見開く沢村に、にやりと山城は口元を歪めた。

 

「まっ、それが出来なきゃ所詮お前はそこまでだったってことだけどな」

「んがっ!?」

「安心しろ。例えお前が打たれても続くバッターは俺がキッチリ抑えてやるから。4点差ぐらいなら何とかなんだろ。だから安心して散ってこい」

「誰が散るかっ!? つーか4点差ってホームラン前提かよっ!? って、もう帰ってるし!」

 

 好き放題言うだけ言ってベンチへと戻っていくライバルの後ろ姿に沢村はムキーと地団駄を踏んだが、マウンドを降りて追いかけようとはしない辺りまだ多少なりとも自制心は残っているらしかった。一方、半ば蚊帳の外だった御幸は煽るだけ煽って先輩に断りもせず勝手に帰って行った生意気な後輩に青筋を浮かべつつも、その効果だけは認めざるを得なかった。

 

……沢村の顔から硬さが消えた。監督はこれを狙ってあえて山城を伝令に。

 

 まぁだからと言って山城の行動が許されるわけではないが。この試合が終わったらあの糞生意気な後輩を〆ることを心に決め、御幸は未だ怒り心頭の沢村の肩を叩いた。

 

「おら。今は試合に集中するぞ」

「わかってるっす!」

 

           ◇

 

 伝令という役目を終えてベンチへと戻ってきた空を出迎えたのは一年生トリオの一角の春市だった。お疲れ様とわざわざねぎらいの言葉をかけてくれた友人に右手を上げて応えると、空はクーラーボックスを開き自分のドリンクを手に取った。

 

「小湊もいるか?」

「僕はいいよ。それよりさ山城君。栄純君に何を言ったの?」

「ん?」

 

 ペットボトルを傾けながら目線を向けてみると、春市はどうやら困惑しているらしかった。はてと首を捻った空に春市はベンチから見ていた人間の疑問を口にした。

 

「栄純君、山城君の言葉を聞いて怒ってたでしょ? いったい何を言ったのかなって」

「あー。別に大したことじゃねェよ」

「ほんとうに?」

「あぁ。天気の話とかとそんなんだ」

「いや絶対嘘だよね! 天気の話で栄純君あんなに怒らないよねっ!?」

「まぁ何でもいいじゃねぇか。どうやら肩の力は抜けたみてぇだし」

 

 そう言った空の顔には随分と余裕があった。どう考えても状況に不釣り合いな表情を見せる青道のエースを、春市は心底不思議そうな眼差しで見ていた。

 

「なんか随分と余裕そうだね。リードされてピンチだっていうのに」

「まっ、沢村がいつも通り投げればこんな局面ピンチでもなんでもねぇしな。それに」

「それに?」

「……いや、なんでもねぇ」

 

 それ以上の追及を避けるかのように空は指定席であるクリスの隣へと戻り、ふぅと短く息を吐き出した。寸前のところで耐えた自分を褒めてやりたかった。

 

……あぶねぇあぶねぇ。危うく言っちまう所だった。

 

―――最悪俺とクリス先輩が出ればなんとでも何だろ。

 

 自然と心に浮かんだその一言をうっかり漏らしてしまう所だった。

 口にすれば敵はおろか味方すらも侮辱していると思われかねない危うい発言。

驕りや傲慢と言ってしまえばそうなのだろう。けれどそれに見合うだけの実力が二人に備わっているのもまた事実だった。

 

……試合の過程はともかく結果はもうわかってる。

 

 監督に聞かれれば怒鳴られること間違いなしだが、空の中では青道の勝利は決定事項だった。故にむしろ今はと、勘ぐられないよう肩を解すふりをしてチラリと目線を左斜め後ろへ向ける。じろりとした目と合った気がして空は慌てて顔をグランドへと戻した。

 

……やっぱ見てるよな?

 

 この試合中背後から常に感じ続けてきた視線。グラウンドから最も遠いダグアウトの最後列、そこには試合に出ることはできないものの今日からユニフォームを着てベンチに入ることを許された丹波の姿があった。

 

……薬師との試合後からな~んか見られてんだよな。

 

 気のせいか偶然かとも思っていたのだが、試合中もとなれば流石に勘違いではすまされない。見られている理由は不明。本人に聞ければいいのだろうが、結果的にとは言えエースの座を奪った一年が元エースの三年に対して気軽に話しかけられるわけもなく。

 

……く、空気が重い。

 

以前のように露骨に避けられるよりかは幾分ましとは言え、それでも居心地が悪いことに代わりはない。空はむずむずとする背中を誤魔化すように応援の声を張り上げた。

 

 

            Ⅲ

準決勝第一試合、青道VS仙泉。

 色々な意味で注目を集めたこの大一番、結果として観客の度肝を抜くことになった試合も遂にその決着がつこうとしていた。9回の裏、2アウトランナー3塁。

マウンドに立つ川上は心を落ち着けるように息を吐き出してからその右腕を振った。サイドスロー独特の角度のついたスライダーが内から外へと逃げていき、力んだ打者のバットを回す。鈍い音を上げて打球が転がった先はセカンドの正面。

あぁという悲鳴は仙泉の応援席から。しっかりとグラブにボールを収めた小湊亮介がいつものようにファーストへと送球し、ゲームセット。

今年の夏の二強の一枠が埋まったその瞬間を、峰富士夫と大和田秋子の記者コンビはスタンド席からしっかりと見ていた。

 

「最後に仙泉も意地を見せたが、やはり決勝に進んだのは青道か」

「はい。ですが随分と点差のついた試合になりましたね」

「9‐3。序盤の流れを見ていればもっと接戦になるかとも思ったが、後半青道が突き離したな」

「そうなった原因は一体なんなんでしょうか?」

「やはり5回の攻防だろう」

 

 パチンと音を鳴らして峰は持っている扇子を閉じた。

 

「5回の裏、1点リードの仙泉は1アウトランナー1、2塁と突き離す大きなチャンスだったが、結局沢村君から追加点を奪うことはできなかった。次の回に青道が逆転したことを見てもあそこで試合の流れが一気に青道に傾いたことは間違いない」

「5回の裏……確か山城君が伝令に行ったのもその時でしたよね?」

「あぁ。そしてあの伝令の後から明らかに沢村君の投球が変わった。どこか逃げ気味だった四球から一転しての強気なインコース攻め。それが真木君に自分のスイングをさせず、ゲッツーという青道にとって最高の形を呼び込んだ。一体山城君が何を伝えたのか気になる所ではあるが……」

「ウチの雑誌、取材メンバーからは外されましたもんね」

 

 はぁと心底残念そうに溜息をつく大和田に、それを言うなと先輩の峰はベレー帽を深く被り直した。

 

「ただでさえ今日の試合を見に来た記者は多いんだ。試合後にできる取材には限りがある以上、新聞や大手出版が優遇されるのは業界の常識だ。覚えとけよ、新人」

「世知辛い世の中ですよね……しかし峰さん。今日の試合、結局山城君は最後まで出場しませんでしたね? てっきり調整のために最終回には登板するものだと思っていましたが」

「ここまで大事に投げさせて来たとはいえ山城君はまだ一年だからな。試合勘よりも肩を休ませることを片岡監督は優先させたんだろう」

「それは次の決勝を見据えて、ということですか?」

 

 こくりと峰は頷いた。

 

「まだ決まってこそいないが決勝は青道と稲実でほぼ間違いない。投手戦が予想される以上、少しでも山城君を万全な状態にしておきたいんだろう」

「なるほど」

「だからこそ今日の勝利は青道にとって大きい。山城君を休ませ、更には不安要素と目されていた控えの投手に経験を積ませることが出来たわけだからな。これは決勝に向けての大きなプラス材料だ」

 

 9得点と奮起した打線も明るいニュースではあるが、青道にとって今日の試合最大の収穫は何より沢村に使える目途が立ったことだろう。山城の代わりに先発のマウンドに立った一年サウスポーは初回に2点こそ失ったものの、その後は無失点で切り抜けて結果7回2失点。接戦時に登板した明川戦での内容も含めれば十分に合格ラインを超えている。

 また後ろの二回を任された川上君も一点は失ったが、大量リードを上手く使い仙泉に流れを渡さなかった。リリーフに信頼がおければ采配にも幅が出る。

 山城目当てに見に来たファンにしてみればいささか不満が残る試合かもしれなかったが、青道ベンチにしてみればこの上なく価値のある試合であった。

 

「決勝は明後日。いったいどんな試合になるのか……」

「楽しみですねっ!」

「あぁ」

 

 決着の時は、もうそこまで迫っていた。

 




お待たせしました、準決勝です。

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