ジャイロボールに夢見て   作:神田瑞樹

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既存キャラの口調って難しいですね。違和感があったら訂正するので、報告お願いします。


7話

         Ⅰ

 空を見上げれば、ほとんど雲一つない快晴。

 ここ最近では見たことないほどご機嫌な青空からはポカポカと気持ちのいい日差しが笑顔の如く降り注ぎ、爽やかな風が優しく頬を撫でていく。

 4月21日。

 日曜日のこの日はまさに春の休日をキャンバスに描いたかのようなピクニック日和。

 こんな日に公園のハンモックとかで寝たら気持ちいいんだろうな~などと、昔絵本で読んで憧れた男子の理想に思いを馳せてみるが所詮理想は理想。

 現実はそう甘くない。

 空はちらりと左右に顔を動かす。

 左手には子供達に明るい笑顔をもたらす遊具の代わりに部員達の汗と涙を吸った野球道具が仕舞われた倉庫が見え、右手には子供達の憧れハンモックの代わりに二軍投手の憧れ第一ブルペンが見えた。

 

……んで座った地面に広がっているのは緑の柔らかな芝生じゃなくて、固い茶色のグラウンド。

 

 まぁ、所詮そんなものだよなと一人で勝手に納得しながら空は顔を元の位置へと戻した。

 昨日の昇格試験で有無を言わせぬ結果を示し、本日付けで一軍に昇格を果たしたスーパールーキー山城空。部の内外問わず注目を集めるルーキーはグラウンドの端で練習着に身を包んだまま、ポツンと一人寂しく寮の自販機で買った飲み物に口をつけていた。

 ぼんやりと前を眺めるその表情は誰から見ても退屈そうで、ともすれば夢の世界に旅立つ前にも見えた。

 ふわぁと大きく欠伸を行う空の耳に、じゃりっとスパイクが土を踏む音が聞こえた。

 

「―――なんだなんだ? こんな昼間に欠伸なんかしやがって」

「あっ。御幸……さん」

「てめぇ。今呼び捨てにしかけただろ?」

 

 あんま上級生を舐めてんじゃねぇぞと、額に青筋を浮かべたのは二年の御幸一也。

 普段練習中にかけているスポーツサングラスではなく、普通の黒縁眼鏡にフォルムチェンジした青道の正捕手は左手にはめていたミットを外すと空の隣に腰を下ろした。

 

「沢村のアップは終わったんすか?」

「あぁ。ギラギラした目でさっき一年のベンチに走っていった。この試合展開でやる気を失わないのはある意味才能だな」

「ふーん。じゃあ、この試合も少しは面白くなるか……」

 

 むしろそうなってくれないと困るとばかりに、空は僅かばかりの期待を込めて呟く。

 御幸はそんな後輩の姿にやれやれと肩をすくめた。

 

「随分と退屈そうだな。人の試合を見るのもまた勉強だってクリス先輩から習わなかったのか?」

「シニアの時、耳たこになるぐらい言われましたよ。今日もこの試合をよく見とけって強く言われましたし……でも、退屈なものは退屈でしょ? 特にこんな試合は……」

 

 空は眼前に広がる光景に目を細める。

 そこで行われているのは試合。

 いな、これを試合と呼んでもいいのだろうか。

 一年VS二、三年。 

 昨日急遽として組まれた練習試合は、最早一方的と呼ぶことすら生易しかった。

 初回の表、一年生チームの攻撃の前に立ちはだかったのは三年、丹波光一郎。

 最近の不調によりエースの座を下ろされたとはいえ、それでもこれまで青道を支えてきた大黒柱。エースの座を取り戻そうと気合の入ったピッチングの前に一年生はボールをバットに当てることすらできず、ただただ三つの三振を献上しただだけだった。

 逆に守ってはその裏。一年生側の投手東条が投げたボールは軽々と弾き返された。

 一軍主力陣を欠いているとは思えない強力打線が火を噴き、次々と鋭い打球が外野の間を抜けていく。

気が付けば一回終了時にして既に0―14。

 勝ち目などない、余りにも絶望的な力の差をまざまざまと見せつけられ、攻撃時だというのに一回生のベンチはまるで通夜のような静けさだった。

 

「実力差があるから点差が開くのは仕方ないにしても、こんな序盤から逆転を諦めた試合を見て何が面白いんすか? 俺、やる気のない相手を一方的に嬲るのってあんま好きじゃないんですけど」

「んなもん、別に上級生達だって好きなわけねぇだろ……ただ、必死なんだよ」

「必死?」

「まぁ、お前―――いや、俺達には理解し辛い感覚かもしれねぇがな。山城、お前レギュラーになるのに苦労した経験ってこれまであるか?」

 

 御幸の問いかけに空は自分の記憶を探った。

 探って、首を横に振った。

 

「……いや、特には」

「だろうな。俺もほとんどねぇ。シニアじゃ割かし楽にレギュラーとれたし、青道に来てからも正捕手争いをする前にクリス先輩が怪我しちまったから殆ど自動的に俺が試合のマスクを被ってた。だからレギュラーになることの重みって口では言えても、その本当の重さまでは理解してねぇ。ただ自由に野球を楽しんでいたら自然とレギュラーに選ばれていた……お前もそんな感じだったろ?」

 

 それはかなり極端な話ではあったが、おおむね間違いでもなかった。

 空もまた御幸と同じくシニア時代はレギュラーを取ることに苦労したことはなく、この青道でも昇格試験こそあったが他の部員に比べれば非常にすんなりと一軍に昇格した。

 無言を肯定ととったのか、御幸は話を続けた。

 

「けどな。あそこにいるやつらは俺達とは違う。2、3年のチームにいるのはウチの1軍半から2軍。丹波さんとか川上とかの一部を除けば、その殆どがこれまでレギュラー所か控えにすら入れず試合を観客席から見ているしかなかった部員達だ。そんなやつら―――特に後のない三年生にしてみれば、今日の練習試合は監督にアピールする絶好の機会。野球を楽しもうとか、実力の差があるから少し手を抜こうかとか、そんなことを思ってる余裕は欠片もねぇんだよ」

「余裕がない……」

「そうだ。特に昨日、ぽっと出の新入生にあっさりと一軍の枠を一つ奪われたからな。そりゃあ気合も入るだろ」

 

 試合に“勝つ”ことではなく、そもそもその試合に“出る”こと自体に必死になる。

 それは百名近い部員を抱える名門だからこそ生まれる、熾烈な競争。

 空は改めて目の前の試合を見た。

 試合内容自体は余りにも一方的で、やはり面白いとは言えない。やる気のない一年生を全身全霊で叩きのめす上級生の姿はそれこそ大人げないようにさえ見える。

 試合に出るために必死になるという気持ちも、御幸の言うとおり正直言って空にはあまりわからなかった。

 

……でも。

 

 何となく、そう何となくこの試合は例え退屈であっても最後まで見届けなければならない。そんな気がした。

 

「もしかしてクリス先輩がこの試合をしっかり見てろっていたのは……」

「一軍の投手ともなれば試合に出られない選手の想いを背負ってマウンドに上がることになる。そんな上級生達の気持ちを知っとけって意味合いもあったんだろ。お前、クリス先輩のことしか考えてなさそうだし」

「うっ」

 

 図星を突かれて言葉に詰まる空に、御幸はけたけたと笑った。

 

「最初は別にそれでもかまわねぇよ。俺も青道に来た理由の一つはクリス先輩と正捕手争いがしたいって思ったからだしな。でも、少しずつ視野を広げてみろ。シニアじゃあ単純に実力のあるやつがエースだったが、高校ではチームを背負えなきゃエースにはなれねぇぜ」

「……それ、入部して1か月の新入生にいうことっすか?」

「普通は言わねぇよ。けど、お前にはそれだけの力があるだろ? まぁもっとも、そう簡単にはなれねぇだろうがな」

 

 ほれと御幸の促しに従い、空は視線をマウンドへと向けた。

 そこにはバッターを三振に仕留め、気合に満ちた叫びを上げる丹波光一郎がいた。

 練習中では比較的物静かなイメージがあるだけに、空が少々意外そうな顔をしてその姿を眺めているとふと、丹波と空の視線が交差した。

 ギロリ。

 そんな擬音が付きそうなほど鋭い眼差しが、空の全身へと突き刺さる。

 

「おぉ……」

「丹波さんも今年が最後。エースナンバーを渡す気はさらさらないようだぜ? まぁ、あの目には何か別の意味合いも含まれているような気がしなくもねぇが……さて、どうするルーキー?」

「……正直、クリス先輩と甲子園に行くことしか考えてなかったから余りエースとかには興味がなかったんですけど……少し興味がわきました」

 そういって、空は楽しそうに笑った。

 

 

 

        Ⅱ

 日曜日の昼間に行われた一年生VS二、三年生の練習試合。

 天と地ほども実力の差があるこの試合は、概ねの予想通り上級生の圧倒的優位で進んでいた。

 五回表終了時にして1対38。

 仮にこれが公式戦であれば裏の上級生の攻撃を待たずに試合は終了しているほどの点数差だが、劣勢というのもおこがましい立場にある筈の一年生チームには絶望の色はなかった。むしろ、これから逆転してやるぞとばかりに声がグラウンドに響き、闘志が前面に押し出されている。

 初回の時とはまるで異なるその姿に傍から観戦していた空は「へー」と声を漏らした。

 

「随分と声が出てきたっすね」

「まぁ、部員見習いって見下してた沢村が形はどうあれ一点もぎ取ったわけだからな。そんなあいつにあそこまで言われて何も思わないようじゃ、ウチではやっていけねぇよ」

 

 一度は監督によって打ち切られそうになった試合。

 それを覆したのは、チームに初の得点をもたらした沢村だった。

 

――――こんな結果で終わっていいのかよ!

――――次にいつチャンスがくるかわからねぇ、それなのにいいのかよ!

――――自分の力を出し切ったって本当に言えるのかよ!?

 

 見下していた沢村に言われたのが悔しかったのか、守備で迷惑をかけまくったお前が言うなよという怒りなのか。

 何にせよそれまで諦めていた一年生はやる気を取り戻し、試合は続行となった。

 それも投手沢村栄純という形で。

 面白くなってきたと、空は目をセカンドへと向けた。

 そこには先の得点の立役者の一人が淀みない動作でファーストから投げられたボールをさばいていた。簡単なゴロとは言え捕球から送球までの動きには一切の無駄がなく、まるで一連の動作として組み込まれているかのような流麗さがそこにはある。

 えてしてああいう動きができる選手は厄介だということを、空は経験から知っていた。

 

……小湊春市か。

 

 一年生チームの中で唯一の打点をあげた一年生。

 特徴的な髪色をしているだけに空もその名前を憶えていたが、金属バットが主体の高校野球で木製バットを使ったことといい、アウトコースの球をライト方向へと綺麗に運ぶそのバッティング技術といい、特徴的なのはどうやら髪の色だけではなかったらしいと空は小湊への評価を改めた。

 同じ一年にこんな選手がいることに驚きつつ、けどやっぱりと空は視線をセカンドからマウンドへと変えた。

 

……一番注目するのはあいつだよな、やっぱ。

 

 マウンドで子供の様に笑って投球練習を行う部員見習い、沢村栄純。

 マウンドに上がるまでついていた外野の守備は他の一年生からも言われた様にザルの一言だし、バッティングも小湊のようなセンスは感じられない。先の回の立役者の一人とは言え、塁に出られたのも振り逃げであって決して沢村が打ったからではない。

 けれど形はどうあれチームに得点をもたらし、更には既に諦めていた一年チームのやる気を引き出したのは間違いなく沢村だった。

 

……俺にはあんな風にはできねぇな。

 

 投手として自分のピッチングを見せることでチームメイトを鼓舞することは出来ても、それ以外の方法でチームの雰囲気を明るくさせる方法を空は知らない。

 また知らなくても問題なかった。

 中学時代空が所属していた丸亀シニアは全国でも有数の強豪シニアチームであり、所属する選手全員が広橋大地という絶対的なキャプテンの下でチームとして統一された高い意識を持ってプレイしていた。

 そんな恵まれた環境ゆえに空に求められたのは純粋な投手としての能力であり、それ以外のことについては考える必要すらなかった。

 

……もしかしたらムービングじゃなくて、沢村が本当にすごい所はその辺なのかもな。

 

 そんなことをぼんやり思っている時だった。

 ザッと、スパイクが土を踏む音が聞こえ、続いて複数の声が空の耳に届いた。

 

――――オラ、何じゃこの試合は~!?

――――うおっ!? 一年相手に点数とられてるっすよ。

――――まったく恥ずかしい試合してるな~。上級生として情けない。

 

 空と御幸がそろって首を回せばそこにはぐっしょりとアンダーシャツが濡らした一軍レギュラー陣、一番から四番までの四人の姿があった。

  あちら側も空と御幸に気付いたようで、「あっ」とその内の一人が声を上げた。

 その学生の身分で髭を生やした三年生、吠えるセンター―――伊佐敷純は目尻を釣り上げると、どすどすと大股で空達の元へ歩いてきた。

 

「おら山城!! いいとこであったなコぅるアぁ! 昨日ちょっと抑えたからって調子に乗ってんじゃねぇぞ、今度こそテメェのボールをバックボードに叩き込んでやるから今すぐマウンドに上がれやコラぁ!」

「ちょっ!? 純さん無茶っすよ! 身体苛め切った後だし、そもそも俺らは出るなって……」

「るせぇ! 無茶でもなんでも出る!」

 

 俺が代打で出ると、全身からやる気を溢れさせ打席に向かおうとする伊佐敷に慌てて後輩の倉持が待ったをかけた。

 しかしそれでも尚打席に向かおうとする伊佐敷を制止したのは、それまで沈黙を保っていた男の言葉だった。

 

「監督が俺達に出るなと言ったんだ……黙って見ていろ純」

 

 青道高校主将にして四番、結城哲也に鋭い眼差しを向けられた伊佐敷は舌打ちしながらもそれに従った。見事にチームメイトを抑えたその手腕は流石。

 しかし、伊佐敷をなだめたチームのドンは、どういうわけかその鋭い目を空へと向けた。

 

「山城」

「えっ? はい」

「昨日は完敗を喫したが、次はそうはいかない。今度打席で対峙したならば必ず打つ!」 

 

 ごぉっと結城から炎の様な何かが吹き上がっているのが空には見えた。

 一体何だと空が目を点にしていると、二塁手小湊亮介がニコニコといつもの笑顔でポンと空の肩に手を置いた。

 

「ははは。先輩らがこんな感じでごめんね。でも、俺も次やる時はそのすかした顔を叩き潰すからそのつもりでいてね」

 

 優しそうな顔からは想像もつかない毒舌をまき散らすだけまき散らして、小湊はレギュラー陣の輪の中に戻っていった。

 次から次へと迫りくる怒涛の展開。

 半ば呆然とする空に、御幸がこそっと小声で耳打ちした。

 

「昨日お前に三振食らったのがよっぽど堪えたらしくてな、明日試合だっての三人とも調整メニューガン無視して朝からずっと練習してたんだよ」

 

 何だそりゃと空は言いたかった。

 ギラギラと空に降り注ぐレギュラー陣からの視線。

 沢村と言い、丹波光一郎と言い、

 

「……青道って面白いとこっすね」

「だろ?」

 

 少しだけ、空は青道のことを知った気がした。

 

 

 

 

   Ⅲ

 一年生VS二、三年生。

 その試合は結局のところ一対42という圧倒的な大差で終了した。

 まるで大人VS子供。

 得点結果だけみれば草野球も霞むような大差だったものの、まったく見所がないわけではなかった。青道のエース候補筆頭丹波光一郎の復活を初めとして、かつてのクリーンナップ増子透のホームラン、味方のミスから一点は失ったもののきっちりと一年生打線を封じ込めた川上憲史のピッチング。

 その他にも試合の随所において上級生チームから素晴らしいプレーが飛び出し、見ている者達にあらためて青道の強さを知らしめる結果となった。

 またそれにともない、本日の試合により何人もの選手が上への切符を勝ち取った。

 そしてまたそれは上級生だけではなく、一年生にも同じことが言えて―――

 

「ほぉ。この時期に一年が二人も昇格したのか」

「はい。まぁ二人とも二軍ですけど」

 

 クリスの少し驚きの混じった言葉を肯定し、空はボールを投げた。

 様々な思惑が交錯し、熱気を帯びた部内同士での練習試合からおよそ数時間。

 明日の練習に備えて生徒達がそろそろ就寝に就こうかという頃、青心寮の隣にある室内練習場には未だ灯りが灯っていた。

 山城空と滝川・クリス・優。

 投げ込み前のキャッチボールを行う中で空が話題にあげたのは、クリスから見ておけと言われた昼間の試合。昼間とある理由からその試合を見ることができなかったクリスは、興味深そうに空の話に耳を傾けていた。

 

「それでお前はその二人についてどう思った?」

「小湊はとりあえず上手かったです。守備もよかったし、バッテイングセンスも一年の中じゃ飛びぬけてました。カットとか小技もできそうだし、タイプ的には白河さんに近い感じっすね」

「小湊春市……なるほど、中学から定評があったそのセンスは兄譲りと言うわけか。それでもう一人の方はどうだ?」

 

 ふむと頷き、クリスはボールを投げ返した。

 空はボールを受け取ると、「沢村ですか?」と頭を悩ませた。

 

「沢村はえーと、何て言えばいいのか……」

 

 良い表現が見つからないのか空は言葉に詰まった。

 そして考えること十秒弱。

 ぽんと、空はグローブを叩いた。

 

「とりあえずバカです」

「……それをお前が言うのか?」

「いやいや。俺はあそこまでじゃないっよ」

「そうか? シニアでは野球の知識が足りないお前に随分と苦労させられたがな」

 

 くすりと、かつての空を知る先輩は柔らかな笑みを浮かべた。

 まるでからかうような口調に、空はばつが悪くなって頬をかいた。

 

「まぁとにかく、中々ひどいもんでしたよ。まともに外野フライはとれないし、バットはボールに当たらない。マウンドに上がってもフォームはばらばらだしボールは全部真ん中、その上変化球は投げられない……正直、あれでまともに打たれたのがホームラン一発とヒット一本ってのが信じられないです」

「ナチュラルなムービングボーラーのボールはそれこそナックルにも近い不規則な変化をするからな。打者にとっては対戦経験が殆どない上に、変則サウスポーとなれば打ちにくさは更に増すだろう」

「傍から見てたら簡単に打てそうなんすけどね……」

「打ち辛い球というのは所詮バッターの主観によるものだからな。お前の投げるボールの様に客観的に見ても打ち辛い球もあれば、またその逆もある」

「そういうものっすか……まぁ、ともかく良いものは持ってますけど今の時点じゃ投手として抜けてることが多すぎてあんまり使い物にはならないと思いますよ―――ただ」

「ただ、何だ?」

「誰よりもミスが多くて誰よりも下手でしたけど、今日の試合の中で最も印象に残ったのもあいつでした」

 

 それは嘘偽りのない、空の心からの言葉だった。

 クリスは無言で続きを促した。

 

「周りが諦めてるのに一人声を出して、点差が開いてるのに一点取るために必死でプレイして、やる気のない一年チームを立ち直らせて…………ムービングなんかよりもそっちの方がよっぽどすげぇと俺は思いました」

「……何か思う所でもあったのか?」

「思う所というか……まぁ俺にはないものですからね。チームを背負うならそう言うのもいるのかなって何となく思っただけです」

 

 チームを背負うという言葉が空の口から飛び出たことにクリスは目を丸くし、その目尻を柔らかく緩めた。

 

「その口ぶりだと俺が試合を見ておけと言った意味がわかったようだな」

「御幸さんに聞いて少しは。けどやっぱ、チームを背負うってよくわからないですけどね。三年生達の気持ちとかも正直あんまりピンときませんでしたし」

「今はそれでいい。これから青道の一員として練習を共にする中で知ることも多くある。そして時が来た時にお前なりの答えを出せばいい」

「はい」

 

 まるで母親が子供を諭すかのような優しいクリスの言葉を空はしっかりと胸に刻んだ。

 しばしの間静かな閉じられた空間には、ボールが行き来する音だけが響いた。

 そして肩が徐々に温まってきた頃、「そういえば」と空は昼間クリスが試合を見れなかった原因について尋ねた。

 

「そういやクリス先輩。まだ聞いてませんでしたけど昼間の検査はどうでした? 確か今日が一応最後の検査でしたよね?」

「あぁ。今日、ようやく医師からOKが出た」 

「それって……」

「あぁ。明日から本格的に練習に参加していいとのことだ」

 

 クリスの話によれば、まだしばらくはこれまで通りリハビリトレーニングを続ける必要があるもののとりあえず肩の怪我自体は完治したとのこと。

 目下は錆びついた感覚を取り戻すことに重点を置き、ある程度感覚が戻り次第試合の中でブランクを取り戻していくつもりらしい。

 長い長い治療生活が終わったためか、そう語るクリスの顔はいつもよりもどことなく明るく見えた。

 

「ではそろそろ始めるか……山城、マウンドに立て」

「はい」

「一昨日も言ったが、今のお前の課題は……」

 

 こうしてまた一つ、夜が過ぎていった。

 




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