君がこっちに手を伸ばしたんだよ。   作:大日陰山

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Centrism

 玉川なな。

 自分の名前を「平凡だな」と感じたのは、いつの頃だっただろうか。

 少なくとも小学校低学年の頃にはそう感じていた気がする。ちょうど、世間にキラキラネーム、と呼ばれるものが流行り出していた時期で、けれど私はそれを恥ずかしいものだとは認識せずに、羨ましいものだと羨んでいた。

 普通。普通が、嫌い。嫌。

 思春期の、更にその前の段階。普通よりも特別に憧れて、みんなとは違う事をしたくて。

 私は、ゲーム配信、というものに手を出した。

 

 お母さん達にばれないように、というのは無理だった。だって小学生だ。自分でパソコンを買うとか、カメラを買うとか、出来るはずもない。

 だからちゃんと相談して。

 カメラはダメだったけど、マイクは買ってくれて、キャプチャーボードも買ってくれて。

 そこから私のゲーム配信……実況者の道は始まった。

 

 けれど。

 

 まぁ、伸びなかったのだ。

 全然。これっぽちも。

 声が幼すぎた、というのは大きいだろう。加えてゲームもあまり上手ではなく、横の繋がりも無い。若さゆえの過ち。恐らくは親にもそう捉えられ、"やりたいだけやらせておけば飽きるだろう"と、そんなつもりだったのだと思う。

 そしてそれは的中で。

 早々に、私に特別な才能なんてなかったんだと気付いた。

 せっかく買ってもらった機材は一年と経たずお蔵入り。ただパソコンは与えられたままで、そこから私はインターネットの泥沼に浸かっていった。

 泥沼。それは比喩表現だけど、でも、もっとも正しい表現だと思う。

 悪意悪意悪意悪意悪意悪意。誰もが現実では晴らせない鬱憤を吐き出していて、それは腫れた膿のように集い、溜まり、破裂しては周りに膿を撒き散らして。

 大人は汚いものだと学んだ。大人になるのは悲しい事だと学んだ。大人になっても良い事なんか一つもないと、誰もが言っていた。

 自我を潰し、自分を隠し、出る杭にならないように努めて、傍観者でいる。

 それが最も適した生き方なのだと──そう、学んだ。

 

 どこもかしこもがそう、というわけではない、と学んだのは、ある掲示板に辿り着いてから。

 掲示板──正確には、Nixiという小規模コミュニティの群体。そこは同好の士のみを集めた閉鎖コミュニティの羅列された場所で、言ってしまえば「好き」を、あるいは「嫌い」を語る空間だった。

 閉鎖コミュニティだ。公の場──誰もが見る事の出来る場所ではないからこそ、悪意の密度も高いし、正直小学生の見て良いモノではない妄想の類も垂れ流されていた、そんな場所。

 どこに入っても特に失うものは無いし、煙たがられたらキックされるだけのこと。

 そんな思いで、本当になんでもなく、本当にどうでもいい気持ちで──そこへ入った。

 

 コミュニティの名前は、「おはな」。我ながらよく入ったと思う。

 

 そこで、私は。

 自分の人生を変えるものと出会ったのだ。

 

 

 

 

 ГГГ

 

 

 

 

「こんばんはー。こんばんわー。はいこんばんわー」

 

 私が口を開くと、アバターも口を開く。

 私が手を上げると、アバターも手を上げる。

 トラッキングという技術で、種類はいくつかあるけど、私に与えられたものは赤外線でキャプチャーをする仕組みのもの。身体にいくつかのトラッキングボールをつけての撮影……はスタジオの機材がないと出来ないけど、こうして卓上で、ほとんど上半身だけしか映らない状態であれば、トラッキングボール無しのトラッキングが可能だ。よくバグるけど。

 

「はいはいアミちゃんですよー。可愛い可愛いアミちゃんだよー」

「は?」
「どこに可愛い子いる?」

「は?」
「知らん人つれてこないで」
「草」
「いつまでそのノリでやるん」

「キッツ」
「だれ?」

 途端、「は?」「どこ?」「知らんぞ」なんてコメントで埋まるチャット欄。

 酷い話だ。このモデルはちゃんとした3Dモデラーの人が作った可愛い可愛い私の分身(アバター)。可愛くないはずがないのに。

 ……まぁ、中身がこんななので。

 一部界隈では36歳のオバサン、とか言われてるくらいには、スレちゃってるので。はい。

 

「……はぁ」

「どったん?」
「話なら聞くよ」

「つかLONEやってる?」
「てかどこ住み?」
「運転免許持ってる?」
「ちょっとパチで刷っちゃってさ」

「愛してる」
「倍にして返すからさ」

 こいつら。

 いやまぁ、そういうスタンスを築き上げたのは他ならぬ私であるのは間違いないし、そういう、どんな時でも一切親身にならない所は大好きなのだけど……時たま、クるものがある。

 なんていうのかな。

 凄く端的に言うなら──もっとちやほやされたい、みたいな。

 

「V始めてからさ、もう一年半なんですよ。なんですわ。デスワ~」

「せやな」
「はい」

「草」
「本題を言え長い寒い」
「せやな」
「せやかて服部」

「もろたで和葉」
「じゃあお前誰だよ」
 

「こう……どう? 私、ちゃんとV出来てる? なんか……最近停滞気味だな、って。そう思うんだよね」

「わかる」
「別におもろいよ」

「真面目な話やめて」
「まずおっぱい見せて」
「真面目な話きちぃんだけど」
「真面目アレルギーだからやめてほしい」

「変わらず愛してるぜハニー」
「真面目なのヤなんだけど真面目に」

「ちったぁ座って話も聞けねえのかおめーらはー」

「んだんだ」
「わがぁ」

「配信タイトルに真面目な話をしますって書いてくれたら……」
「真面目な奴は見に来てねーよ」
「V見てる奴に真面目な奴なんかいるワケ」
「真面目ってなんだ……?」

「逆にね?」
「おめーらって言う方がおめーらなんだぞ」

「……まぁ聞いてなくても話すんだけど。いやさ、なんか最近……これじゃダメだな、って思う事が増えてきちゃってて。歌然り、ダンス然り、企画然り……。こう、私らしさ、みたいなのがさー。ないな、って」

 

 VTuberになる、という行為は、私の中では特別な部類だったはずなのだ。

 だというのに、続けてみればそれらは全て普遍化し、普通となり……今もまた、停滞を恐れている。

 本末転倒というか、なんというか。

 結局私がしたかった事ってなんだったんだろ、と。良く思うのだ。

 

「私のいいとこ羅列してってよ君達。出来るでしょリスナーなら」

「貧乳」
「運動神経の鬼」

「バランサー」
「ぺったんこ」
「36歳」
「ぶん殴ってもへこたれないとこ」

「いいとこなんかねーよ」
「ゲームがそこまで上手じゃないとこ」

「ありがと。聞いた私が馬鹿だった」

「えへへ」
「えへへ」

「照れる」
「嬉しい」
「褒められた」
「でれししし」

「げへへ」
「どういたしまして」

 悲しいかな、ちやほやしてくれるようなリスナーは集めてこなかった。

 美少女のアバターでやっておきながら、こういうスレた言動でそこそこの人気を集めた私には、全肯定リスナーというのがあんまりいない。勿論こういう事言ってくる奴らが否定してきている、というわけではないのはわかっているけれど、もっとこう……「配信開始出来て偉い!」とか「今日も可愛いね!」とか。言われたい。実際に私が言われているわけじゃないとしても、可愛いと言われて喜ばない女の子はほとんどいないと思う。全員ではない、という昨今の時代への配慮。

 

 私は今年で15歳。

 中学三年生だ。受験シーズンではあるけれど、別段苦労はしていない。

 正直、もうやめようかな、とは思っている。VTuberを。

 いや辞めるまではいかなくとも、配信の頻度とか下げて、もう少しリアルの方を充実させようかな、みたいな。

 だって、正直、ツマンナイのだ。

 なんか。

 やってること、結局昔のゲーム実況の時と同じだし。

 目新しい事が何も無い。それはやっぱり、ツマンナイ、という事だと思う。

 

 全然、良いと思う。今を続けるのが楽しい人達は、それで、別に。

 でも私は嫌だった、っていうだけで。

 

「……なんかカラオケするかぁ」

「お」
「リクあり?」

「権利確認ちゃんとしてけー?」
「アーカイブ残りますか?」
「お」
「演歌?」

「亜美の歌割と好きだよ」
「リクいいですか?」

「リクはとりあえずなしで。今歌いたいの歌い終わったら開始すると思うー」

 

 嫌なのに、結局。

 今日も──おんなじことの、繰り返しなのだ。

 

 

 

 ГГГ

 

 

 

「ななさん。おはようございます」

「おはろー。あれ、誰もいない?」

「ぽいですね。姉も今出払ってて、二人きりです」

「んぃー。湊元ちゃんは何してたの?」

「歌みたの直しと、……宿題から逃げに」

「ありゃま」

 

 一応、私が演じるVTuberは、ユニットという形を組んでいる。

 個人スタジオを借りているし、スタッフという名のクリエイターがいるので企業勢に間違われがちだけど、どちらかというと同人サークルの色合いが強い。中学生なのでサークルなんか参加したことないけど。

 表でファンを集める私達Vと、それを支えるクリエイター。

 個人勢じゃない、というだけで、結構な楽をさせて貰っていると思う。

 

 で、この眼前の子。

 

 神原(かんばら)湊元(みなも)ちゃん。

 初めてその本名を聞いた時、素直に「いいな」と思ったのを覚えている。

 苗字からして特別だし、名前もすっごく可愛いし。

 大きな眼鏡をかけていて、死ぬほど運動音痴&方向音痴で、笑い方が可愛い。

 ナチュラル可愛い子ってホントにいるんだなぁ、と。第一印象はそんな感じ。全然スレてないし、真面目だし。私とは凄く違う。歳は同なじのに。

 

 でも嫉妬はあんまりしなかった。私は運動出来るし。地図読めるし。

 そもそも、もっともっと強烈に嫉妬してしまう人が近くにいたから、全然。

 私のそういう"汚い部分"は、けれど決して表に出さずに、湊元ちゃんとはお友達になった。

 

「小雪さんいつ来るかわかる?」

「多分17時以降かと……大学、忙しいらしいので」

「あーね」

 

 北向小雪さん。大学生で、本人は否定するけどお嬢様な人。

 お嬢様……というか箱入り? が正しいかな?

 深窓の令嬢って感じの人で、けど何でもできて……私の、メラメラ燃える嫉妬の対象。

 あれは紛う方なき"トクベツ"だ。生まれも、才能も、何もかも。その人格さえも。

 私には決して真似のできないトクベツ。私がなりたかった特異。

 

「ななさん?」

「あ、何? ごめんごめん、私もテストの事考えてた」

「ああ、ななさん受験ですもんね」

「そそ。で、なぁに?」

「もし時間があるのなら、一緒に配信どうですか……と。あんまり一人でやりたくないゲームがここにありまして」

 

 湊元ちゃんがズズイと出してきたそれ。

 トラステ5のソフトパッケージには、なんだかおどろおどろしい絵と、鏡に映った少女の姿があった。

 

「『鏡の奥の私』……あ、知ってる。これ昔出た傑作ホラーのリマスター版の奴じゃん。よく手に入ったね」

「いえ……某匿名骸骨仮面さんから、"これ、めっちゃ悲鳴上げられるらしいからオヌヌメ"と……半ば強制的に渡されまして」

「アイツ、自分でやらないクセに人にばっか押し付ける癖まだ直ってないんだ」

 

 某匿名骸骨仮面。まぁ、そういう奴がウチのファンにいるのだ。

 いやファンというか、厄介勢というか。

 で、ソイツから送られてきたゲームは数知れず。もれなく手に入りづらいものだったり、どこで見つけてきたんだって言うインディーズゲームだったりするのだけど、例外なく面白いから腹が立つ。

 自分ではプレイしていない癖に、余程優秀なスコッパーが近くにいるのだと思われる。

 単純ムカつく。

 

「やりませんか?」

「いいけど、3Dでやるの?」

「あ、はい。ええと、私を縛り付けてもらって」

「え゛」

 

 ……そこからの事は、筆舌に尽くし難いけど尽くす。

 私は同年代のお友達を椅子に縛り付け、VR対応ではないにもかかわらずVRヘッドマウントディスプレイを装着させ、縛り付けた事で可動域の少ない両手にコントローラーを握らせ、部屋の電気を消し、その他諸々色んな準備をして──配信開始。

 コメント欄は「い つ も の」とか「亜美ちゃん初めてじゃね?」とか「とうとう亜美ちゃんまでSMホラー実況の波に呑まれたか……」とか、なんだか私の所とは多少毛色の違うコメントが流れて行く。

 何、SMホラー実況って。

 こわいんだけど。

 

「いやぁああああああ!」

「おー」

「ひゃああああああ!?」

「おおー」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!!」

「アイシテル」

「ギャアアアアアア!?」

 

 縛り付けられた椅子ごとガッタンゴットンしながら爆音で悲鳴を上げる湊元ちゃんに、悪戯心から耳元でそんなことを囁いてみればさぁ大変。

「てぇてぇ」
「ナイスです!」

「天才かよ」
「えっっっっ「」
「タイミング神すぎ」
「背中に手とか入れてほしい」

「お腹触ってほしい」
「キース! キース!」

「なにここ変態しかいないの?」

「正解」
「そう」

「おいひかれてるぞ」
「でもりーちゃん喜んでるし」
「変態なのは俺達じゃないんだよなぁ」
「自分から縛ってほしいっていう変態近くに居ませんか?」

「キモいの自覚してます」
「照れる」

 ……リスナーは配信者に似る、らしい。

 私、湊元ちゃんがこんな変態だったなんて思ってなかった。やっぱ少しくらいは他の配信覗くべきだな、という反省点。

 素直にキモいけど、まぁ湊元ちゃんが喜んでいるなら良しとしよう。教育には絶対悪いけど。

 ちなみにアカウント名匿名骸骨仮面は「セクハラやめとけなー」とか死ぬほど他人事みたいなコメントを残している。おめーのせいだよ。

 

「く、蜘蛛!? わたわた私蜘蛛ダメなんです!! 亜美さん変わって、代わってお願い!」

「えー。別にいけど、私怖いの怖く無いから一瞬で進んじゃうよ?」

「いいから! 蜘蛛……ヒィィイィ! こ、こっちこないで、来ないで!」

 

 VR対応ゲームではないから、ヘッドマウントディスプレイに映し出された映画館みたいなスクリーンを見ているのだと思うのだけど、そうも臨場感あるものだろうか、という疑問。

 まぁ余程無理そうなのは理解できたのでコントローラーを奪取。ふつーに画面を見て、パパっと蜘蛛を避けてゲーム進行。途中いくらかの脅かしがあったけれど、まぁその辺に出てくるだろうな、って所に出てきたので問題なくchapterクリア。

 あの時代のゲームであると考えるとクオリティは高いけど、やっぱりギミックが単調かな、って。ストーリー自体はめちゃくちゃ面白い。傍らで見てて面白いって思うくらいには面白いけど、肝心のホラー部分がなぁ、という印象。

 

 超絶ビビリな湊元ちゃんには強すぎる刺激みたいだけど。

 

「し、死ぬかと思った……」

「ゲームだよ」

「ゲームでも蜘蛛は死ぬんですぅ!」

 

 ……やっぱり、この子もトクベツだ。

 ここまでの拒絶反応を示すものがある、というのがトクベツだ。リアクションもそうだし、悲鳴も綺麗で、なるほどこのコンテンツは人気が出る、と思わせてくれる。私には無いもの。ちょっと、やっぱり、ずるい。

 

「私蜘蛛触れるから、その辺から捕まえてきて肩とかに乗せてあげようか」

「お、鬼? もしかして鬼? え、私亜美ちゃんになんかした!?」

「なんもしてないけど、もっと悲鳴上げたら可愛いかなって」

「ゲームよりよっぽどホラーなのが隣にいるうううううううう!?」

「ドSだった」
「あみりじは新しい」

「こわ」
「いいぞもっとやれ」
「流石亜美サンわかってる」
「これは女王様(36)」

「おでの尻も叩いてけろ」
「ウチクソ田舎だから15cmくらいの蜘蛛いるけどいる?」

「ふーっ」

「うひゃあああああああ!?」

「おもろ」

 

 いいなぁ。

 コレ、欲しい。

 欲しいなぁ。

 

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