君がこっちに手を伸ばしたんだよ。 作:大日陰山
コミュニティ「おはな」で話されていたのは、とある企画についての事。
それはVTuber……VirtualUTuberを仕立て上げるための事業。他の場所で募集をかけ、興味のある人はNixiに来てください、として、集まったのが八人。
ハンドルネームをそれぞれスイレン、スモモ、サボテン、モミジ、カリン、アジサイ、ヒマワリ、そして私、セチア。その後追加でクヌギとカレキが入って来たけど、最初にいたのはこの八人だ。
VTuberとしてデビューするのはスイレン、スモモ、サボテン、モミジ、カリン、セチアの六人。
その始まりは、お世辞にも仲の良いモノとは言えなかった。
二人。死ぬほどソリの合わない美人がいたのだ。
私と、ではない。その二人が、だ。
私はまぁ、綺麗な顔してVTuber、っていうのがそもそも気に入らないので、ソリの合わない所じゃないということで割愛。
とかくその二人……モミジとカリンが、あまりにも仲がよろしくなくて。
コミュニティ「おはな」は結成三日目にして解散の危機に陥りかけていた。
ГГГ
「だからさぁ、イチイチ突っかかってこないでくれない? 無理だって無理無理。一目見てわかったでしょ。わたしとあなたは気が合いません、ってさ。別にVTuberのキャラは仲良くするから、プライベートは線を引いといていいでしょ」
「裏で仲が悪かったら透けてしまうわ。視聴者というのは、経験の浅い貴女の想っている百倍以上目敏いものよ」
「あっそ。別に良くない? そもそも目に見えてる情報が全てだって思い込む方がどうかしてるよ。みんなわかってるよ、"こいつら裏では冷え切ってんだろうな"ってことくらいは。女六人ユニットで全員仲良い、なんて。ありえないって、現実的に考えて」
「貴女以外は良いのよ。和を乱しているのが貴女というだけで」
「だからさ、それならそっち五人で仲良くやってればいいじゃん。別に良いよ、話しかけられたら返すし、相談されたら受ける。けどお手て繋いでニッコニコ、なんてやらなくていいって話」
「もう……これから仲間になるのだから、親睦を深める、なんて単純な事も出来ないようでは、先が思いやられるわ」
「親睦どころか溝が深まってるけどね」
顔の良い女二人がキッツイ表情でいがみ合っている様、というのは……中々、エンターテイメントとしてよいものがあるな、と思った。
どちらも同い年の大学生らしいのだけど、絶望的に性格が合わない。
ビジネスと割り切っているカリンvs仲間なんだから手を取りあおうというモミジ。
しょーじき。
正直な話をすれば、私はカリン側だ。これはあくまでサークル活動で、プライベートにまで踏み込まれたら溜まったものではない。
だから、今回モミジの提案した「旅行に行きましょう。お金は私が出すわ」という打診は、受けるかどうかを悩みに悩んでいた。タダ飯vs自由時間。
そんな折のこの喧嘩である。
おどおどとしながらも見守るしか出来ないスモモと並んで、ため息をつく。最初から「スマン仕事がある」、「女の子達と旅行とか妻にどやされるわアホ」なんて言って断ったクリエイター陣が羨ましい。私も断ろうかな、でも断ったらああいう風に喧嘩になるんだろうな。それは面倒臭いな、と。
色々な思いが巡る。
「まぁまぁ、ヒートアップしすぎだお前さんら。ちょっと頭冷やしてきた方が良いぞ」
「諭されても行くつもりないんで。存分に楽しんできて、スイレンさん。最近ちゃんと寝てないでしょ、丁度いい機会だよ」
「あ、待ちなさい! ……もう!」
手をヒラヒラして去っていってしまうカリン。協調性がないといえば全く以てその通りなのだけど、彼女の言い分もわかるからなぁ。
なんなら一応私とスモモは小学生なので、親へのアレコレも面倒臭い。
モミジが思っている程すんなりいく話じゃないのだ。
「お前さんもだよ、モミジ。私達はまだ会ってから日が浅い。初めの内に親睦を深めておいた方が後が楽になる、という気持ちも勿論わかるが、まずは互いを理解してからでも遅くはないはずだ。アジサイさんが全員分の3Dモデルを作り終わるまでにあと七ヶ月あるんだ、その頃には旅行なんて簡単に行けるようになっているさ」
「……それでは、少し遅いです。せめて……一週間後くらいには」
「高い理想だなぁ、それは。首が折れてしまう。というかな、私やお前さんらのような大人、大学組はともかく、小中学生もいるんだ。そんな簡単に旅行なんて行けないさ。未成年だってわかってるのかい?」
「スイレンさんが保護者枠で各々の親の許可があれば問題ないはずですが」
「その許可取りが大変だ、って話をしているんだよ。私達がどこで集まり、どういう活動をしているのか、なんて言えないだろ? だってまだ始まってすらいない。そんな状態で旅行に行ってくる、なんて……親目線、心配でしかないだろう」
「……それは、そう、です……」
正論パンチ。
モミジはどこか焦っている様子だったから、そこを突いたのだろう。
スイレンは大人だ。年齢的にも最年長。正直アイドルやるにはキツいんじゃないか、って年齢だけど、まぁそういうのが関係ないのがVTuberだ。声で年齢はバレるだろうから、ソッチの路線で売っていくんだろうし。
まぁなんだろうね。絆(笑)とか友情とか仲間意識とか、そういうキラキラしたものは私達には似合わない……というよりかは、まだ至っていない、というべきか。
まだ無理だと思うよーん、と。
心の中で思っておくのです。
ГГГ
スタジオの二階は事務所の様になっている。
数台のPCとデジタル化されていない紙の書類、人をナメクジにするクッション。
雑多、の一言に尽きるココでは、日夜クリエイター陣が精を出している。
「お疲れ様です、織部さん」
「おう、お疲れさん。収録は終わったのか?」
「はい。でも凄いですね、砂川さんのトラッキング技術。バク宙を完全にトラッキング出来るって、業界でも結構な奴なんじゃないですか?」
「バク宙したのかよオメー。危ないだろーが」
「別に、学校でもやってることだし……。忘れたんですか? 私体操部ですよ」
「あー。……ま、にしてもだよ。モーキャプスーツ動きづらいだろ。あんまあぶねーことやんなよ」
「はーい」
織部さん。
最初の八人にはいなかった、追加で来たクリエイターさんの一人。
イラストレーターで、アニメーションの現場にいたこともあるのだとか。といっても一人でアニメを作れる、ということはなく、ただ知識だけを蓄えた木偶の坊だよ、とは本人談。
私達のユニットの告知イラストとかキービジュアルとかを一手に引き受けてくれていて、その仕事量は半端じゃない。速筆過ぎて怖いまである人。
「今何描いてるんですか?」
「ん、ん-。まぁ仕事絵じゃないんだけどな」
「趣味絵?」
「まーそーなる。ほれ、この前くそみてーなサメゲー送ってきたアイツに、ちょっと依頼されてよ。曰く"違う人の絵柄が欲しいのでヨロ"らしいんだが……」
「じゃあ仕事絵じゃん」
「いや、それはもう納品したんだ。が、その時にサンプルで送られてきた絵が……ちょいとティンと来るものがあってな。見るか?」
「是非是非」
くそみてーなサメゲーが送られてきたのは三日前。
仕事速っ。ジョバンニジョバンニ。
「……泉、だけど……空に繋がってる?」
「すげースピリチュアルでファンタジーな絵だろ? 入水自殺のようにも、投身自殺のようにも、昇天していっているようにも、堕天していっているようにも……色々な解釈が出来る。だー、ずりぃよな。こういうのオリジナルで思いつくアタマが欲しい。俺は……結局、お前さんらの二次創作をしてるに過ぎねえからよ」
「いやそれも十分凄いと思うケド……」
何か譲れないものがあるらしい。
確かにこの絵は凄い。どこが天でどこが地なのか、どこまでが水でどこからが空なのか、重力の方向さえも掴めぬ幻想絵。
そして落ちていっているのは──涙を流す、骸骨。
「骸骨の造形グッロ」
「本物に忠実だよな」
「え゛。見た事あるんですか」
「むしろないのか? ガッコとかに人体標本くらいあるだろ」
「あー。そういえばそんなものも」
落ちて行く骸骨。
骨だけが落ちて行くのなら、肉体はどこにあるのだろう。
下の泉? それとも上の空?
もしかして、元々肉体なんて無いのかな。
「そういえばおめー、今日から休むらしいな。一週間だったか?」
「え? ……あ、はい。特に予定とかないけど、一週間休む」
「まぁここ最近働きづめだったもんな。どうせならメンバー全員で休んで旅行にでも行ってこい、と言いたい所だが……」
「リーダーは絶対休まないと思フ」
「そりゃそうだ」
熱が40℃あっても配信する人だぞ。
その時は無理矢理家まで行って強制終了させたけど。
配信中毒だ。アレは。ストリームジャンキー。
「それこそ、織部さん達も休まないんですか?」
「あン? そりゃーおめー、ちゃんと休んでるよ。つか、俺達はコレ趣味だからな。休日でも絵ぇ描いてるし、参賀も一生ピアノ弾いてるし。砂川と八尋はまぁV○Cに一生潜ってるから休んでるっちゃ休んでるんだろうが」
「……うーむ。これ絶対一週間暇になる奴。トゥイッターも更新しないって言っちゃったし」
「考え無しの発言が過ぎんだろ。……あー、じゃあよ。まぁ俺の考え一つでどうにかなるとは思わないが」
──誰かの家に転がり込むッてのは、どうよ?
ГГГ
「で、ウチにきたんだ? へぇ、度胸あるね」
「だめ?」
「別にいーよ。ただ日中から午後にかけて基本私いないから」
「え」
「あのね、わたしは社会人なのサ。日中は仕事してるし、午後からはもう一つの仕事をしているわけ。チミ達学生みたいに自由な時間なんてほとんどないのだよワトソン君」
「……もしかして、ド迷惑?」
「いや? いいよ、別に。アミちゃんと長い間過ごす、なんて昔でさえなかったし。一週間って言ったっけ?」
「あ、いや、二泊三日を繰り返そうかなって」
「わお贅沢」
来たのは、カリンの家。
一軒家。一人暮らしらしい。車が一台あって、でもそれだけ。ペットも飼っていない。
予定している次の家は小雪さんの家と心ちゃんの家。神原家はその、多分行ったらダメにされる。織部さんとの相談の結果、満場一致で神原家は除外された。
「それじゃお邪魔します」
「うい」
何気、カリンの生態はよくわかっていない。
多少不思議ちゃんのきらいはあるし、ポンコツだし、性格がドギツイ事くらいしかわかっていないのだ。
そんなカリンの部屋。御開帳──う。
「うわ」
「ひっどい反応」
「え、いや……うわ、でしょ」
うわ、だった。
ほぼ殺風景なリビング。二人位しか座れないようなソファに、シンプルなデザインのテーブル。壁際には埋め込み型のテレビと棚があって、その棚の上には。
「……フィギュア」
「そそ」
「しかもこれ最近の……もしかして買ったの?」
「え、もちだけど」
そこにあったのは、私達のユニットのファングッズだった。
フィギュアにアクリルスタンド、キーホルダー各種。マグカップや畳まれたTシャツ、ケースに入れられたイヤホンジャック、シール類にお誕生日おめでとうハガキ……。
えぇ……。
「一つ確認したいんだけど」
「ん」
「貴女はカリンであってるよね?」
「へぇ、アミちゃんは私の顔忘れちゃったんだ?」
「いや、そんなことはないんだけど……なんで? 別に会おうと思えば本人に会えるじゃん」
「馬鹿だねえアミちゃんは」
ムカ。
馬鹿って言う方が馬鹿なんだよバーカ。
「今こうやって話しているアミちゃんと、VTuberの亜美ちゃんは、同一人物ですかーって話だよ」
「そうだけど」
「いやー違うでしょ。容姿も声も性格も。別人別人。ちなみにこの部屋には無いけど抱き枕とかもあるよ」
「ひぇぇぇっ」
「引くな引くな」
抱き枕ってあの!?
ユニット全体のイラストを担うイラストレーターの織部さんが、「すまんみんな……俺エロ絵だけはッ、エロ絵だけは上手く描けねえんだッ!」って言ってたから仕方なく外部に発注したら全員が全員ドン引くレベルのえっちな絵が納品されてしまったあの抱き枕(定価9,980円)!?
「何度も言ってるけど、わたしみんなのオタクだからさ。どんだけ時間経っても愛情は変わらないよ」
「……ダトシテモヤン。あんまり聞きたくないんだけど、私達の同人誌とかも買ってたりする?」
「んや、そこはまだ手を出してない。なんか"いいですか貴女は手を出してはならない禁忌の領域です"とか言って買わさせてもらえない」
「よくやったその見知らぬ人!!」
都合、中学三年生玉川なな。
流石に購入はしていないけれど、ドウイウモノが売られているのかは知っています。
正直どうなのよ、と思う。私達VTuberってナマモノですよ。それを二次創作して、あまつさええっっっな妄想するのは……どうなのよ。倫理観。
買える年齢になったら一冊くらい買ってみたくはある。
「ほいじゃそろそろ仕事行くから」
「え、こんな時間から」
「夜9時には帰ってくるよ。夕ご飯何が良い?」
「え。えー……何か作ってくれるの?」
「他人に振舞えるほどの腕は無いのでなんか買ってくるよ」
「じゃあカレーで」
「おっけソコイチね」
カリン。
モミジこと小雪さんが完璧超人自分の首絞め理想高すぎ芸人なら、カリンは超絶ポンコツ俯瞰超越不思議ちゃん毒舌芸人だ。
昔に比べたら丸くなった方だとは思うけれど、それでも根っこの部分は変わっていない。
私も相当毒舌だし斜に構えているのは自覚している。が、私なんかの数億倍、カリンは斜に構えている。価値観に毒がありすぎるのだ。彼女と会話していると、彼女のいう事がなんでもかんでも正しく、理想的な在り方に聞こえてくる。宣教師とか煽動家とかの方が向いていると思う"トクベツ"。
……先ほど言われた、玉川ななとVTuberの亜美が別人、という話。
凄く、心に刺さった。
私はどちらも普通だと思っているけれど、少なくとも玉川ななよりVTuber亜美の方が人気だ。知名度もある。
結局。
VTuberになったところで──玉川ななに変化は無いのだと。
そう、突きつけられた気分だった。