君がこっちに手を伸ばしたんだよ。   作:大日陰山

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Osteomalacia

 昔から運動だけは得意だった。

 男子に混じってサッカーをしたり、女子ソフトボールの助っ人に呼ばれたり。テニスとか卓球とかバレーとか水泳とか、ジャンル問わず色々やって、どれも出来て。

 最終的に辿り着いたのは体操部。道具を使わないで自己表現をする、自分の限界に挑む、というスタイルが面白かった。

 ただ。

 その体操部の中では、イチバンにはなれなかった。ううん、ニバンにもサンバンにもなれなかった。

 大会に出る事もなく、小学校六年生まで来てしまって、そのまま。

 

 私はリアルでも自分がトクベツではなかったと思い知ったのだ。

 

「そんなことないよ。亜美ちゃんは凄い子だよ。私が保証する!」

 

 ……とは、当時中学生のリーダー、サボテンさんの言葉である。

 大人組がいたにも関わらず、というかこの「おはな」企画の発起人でもないにも関わらずリーダーに抜擢されたサボテンさんは、ひたすら前向きで元気な人、という印象だった。

 曰く学校で委員長も生徒会長もやったことは無いとのことだけど、それでも委員長然とした、まとめ役然とした子。歳が近いのと、上二人……モミジさんとカリンがちょっと頼りづらいのもあって、一番信頼しているメンバー。色々含めて、やっぱりリーダー。

 とはいえ。

 そんなリーダーの言葉とはいえ……やっぱり私は、一番じゃないんだろうな、と思ってしまう。

 

 ユニットのVTuberとしてデビューするにあたって収益の関係上、私と湊元ちゃんが小学生であるのは不味いと、中学生になる……正確には小学校を卒業するその日が私達のお披露目の日になった。

 2018年03月24日。その日に向けて、「初めから歌って踊れた方が良い」と、既に練習……といっても体力づくり程度の事……が始まっていた頃の事。

 

 モミジさんの提案した旅行より少し前に、私とサボテンリーダーは郊外の公園へ来ていたのだった。

 

 

 

 ГГГ

 

 

 

「ちょっと肌寒いね」

「え、そうですか?」

「あー……もしかしてセチアちゃん、暑がり?」

 

 10月24日。

 昨日の内から全員のVTuberとしての名前決めが始まっていて、私とサボテンさん、スイレンさんはもう提出済み。

 そろそろ連絡のプラットフォームをNixiからLONEに移しましょうか、という段階で、カリンが死ぬほど機械音痴である事が発覚した。それはもう大変なほどに。新しいサイトに触れるのが嫌で仕方がない、といった具合に。

 なので今頃スイレンさんがつきっきりでカリンにあーだーこーだを教えている事だろう。

 あんな大人、いるんだなぁ。

 

「暑がりですね。めちゃくちゃ。新陳代謝が良いんですよ」

「へー、小学生なのにそんな難しい言葉知ってるんだ。……あ、ご、ごめんね? 馬鹿にしたわけじゃないんだけど……」

「いえいえ。小学生らしくない、って言われるの、慣れてるので」

 

 低学年の時分からインターネットに浸かってりゃそうなる。

 ……というよりは、私が自らそういう……大人のキタナイ部分、が集まる所へ、好んで参加しに行っていただけ、とも言う。小さい頃からインターネット使ってるけどピュアなまま、なんて人はいくらでもいるだろう。

 

 私に寒くないかどうかを聞いてきたサボテンさんは、それはもう寒そうだった。

 ので。

 

「じゃあ、くっついてみます?」

「えっ……あ、でもそれだけじゃ多分そんなに……」

「これはヌクモリティ」

 

 私は小学生なので、小学生の愛らしさというのを熟知している。

 ちょぉーっと上目遣いでおねだりすれば、大人はお小遣いをくれるのだ。ぐへへ。

 尤もサボテンさんは中学生なのでそこまで愛らしくは感じないだろう。同性だし。

 

「……ホントに体温高いんだね」

「これでも運動部なので」

「部、って……あ、そっか。今は小学校も部活動とかあるんだっけ」

「サボテンさんは無かったんですか?」

「ん-と、高学年くらいから少しだけあったくらいかな。球技Cって言って……テニスもやるし、ソフトボールもやるし、卓球もやるし、みたいなクラブ活動」

「へぇ」

 

 学校によって色々違うものなんだなぁ。

 ……しかしサボテンさん……中学生にしてこの発育ですか。ほほぅ。

 

 とかいうオヤジ思考が出てきちゃうの、確実にネットの悪影響だよね。

 

「来年の三月にはデビューだよ」

「ですね。……なんか実感わかないですけど」

「まぁ会社の、とかじゃないからね。まだ有名になれるかどうかもわかんないし。でも……」

 

 はふ、と白い息を吐くサボテンさん。

 そんなに寒いっけ? と私も真似してみれば、白い息がゴヒューッと出た。

 

「もし、色んな人が私達を見てくれて。沢山の人の前で歌って、踊って……みんなを笑顔に出来たら」

「……」

「どれだけ楽しいんだろうなぁ、って。思っちゃった」

 

 ……えぇ。

 え。え? これ私がおかしい……んだろうなぁ。

 こんな……こんな万感の思いを込めてるんだ。そんなに人生賭けてるんだ。

 いやもっと、女の子六人でキャピキャピしてりゃオタクがわんさか集まるでしょ、程度の考えだった。所謂アニオタみたいなのが集まってペンラ振ってお金落として、アイドルって楽な仕事だな、みたいな。顔出ししない分現実のアイドルより気を付けなきゃいけない事少ないし、音楽もステージも何もかもクリエイターさん達が作ってくれるしで……。

 カワイイ声で笑って、カワイイ声で喋って、カワイイ絡みをして、ちょっとえっちに振舞えばいい。

 

 そういう、トクベツなのかと。

 その程度のものとしか、捉えてないんじゃないかと。

 そう思っていた。

 

「……なれますよ。サボテンさんなら絶対」

「んー? 私なら、じゃなくて、私達なら、でしょ?」

 

 そういうキズナ、みたいなけったいなものじゃなくて。

 アナタみたいなトクベツなら、自ずと、自然と、誰もが付いていくと思うから。

 私みたいなのにはない光が、アナタにはあるから。

 

「……ね、これは相談なんだけど」

「え、あ、はい。なんでせうか」

 

 その、目の前のキラキラした生物に恐れ戦いていたら、彼女の顔に少しだけ影が差したのを感じた。

 キラキラを陰らせるもの。これは払わねば。

 

「カリンさん、いるじゃん」

「あー」

 

 無理かもしれない。

 

「あとモミジさん」

「はい。いますね」

「セチアちゃん、二人と仲いいからさ……どうやったら()()()()()()()()()、教えてくれないかな……って」

「はい?」

 

 What?

 

「お近づきになれるか、……というのは、どういう」

「私ね。まだ中学生だから、何を言ってるんだ、って思われるかもだけど……ああいう、"お姉さん"って感じの人に憧れてるの。ああなりたいなぁ、って」

「ならないでください」

「えぇ、なんでよう」

 

 ダメだ。この清廉潔白にして清純にして純真無垢なサボテンさんを、あの二人に近づけてはならない。

 モミジさんはギリ良い。あのクソ高い目標部分さえ真似なければ良い。それ以外は完璧超人だし、頼れるお姉さんだから。

 カリンはダメだ。アレは真似をして良い部分が一つもない。本人も言ってるけど歌以外ゴミだから。劣悪だから。

 

 ……ムム。

 もしかしてだけど、サボテンさんは……天然、なのか?

 私が守ってあげなきゃ、か?

 

「セチアちゃんは、憧れないの? ああいうお姉さん、みたいな人」

「私は別に。……強いて言うなら、憧れてるのは貴女ですよ、サボテンさん」

「え」

 

 ……おや?

 何か変な事を口走った気がする。

 これキマシタワー立つ奴?

 

「リーダー」

「え、あ、はい」

「私もスモモも、リーダーの背中見てるんで。困ったら頼ってくれていいし、相談事も受け付けますけど……私は、リーダーの事"お姉さん"だって思ってるので」

 

 ぽぅ、と頬を染めるサボテンさん。

 ええいなんだこの展開は。私はそういうイチャコラをしたいのではなーい。

 

「これから、よろしくお願いします。サボテン……いえ、千幸さん。千幸リーダー」

「う、ぁ、……なななんか、照れちゃうな……」

「なんか私も寒くなってきたんで適当なファミレス行きましょう」

「私はアツくなってきたカモ……」

 

 ええいうるさい!

 ちょっと真面目に話すとすぐ絆されるとか、どこのマンガの住人だ。

 わかった。わかったぞ。

 この子アブナイ。

 将来絶対悪い男か女に引っかかるタイプだ。

 

 リーダーの事は私が守らねば。

 

「よろしくね、セチアちゃん……ううん、亜美ちゃん」

「はい。よろしくです」

 

 そんな、初冬の記憶。

 

 

 

 ГГГ

 

 

 

「フン。何用かと思えば──今更許しを乞いたい、だと? 失われたワタシの国は戻らぬ。失われたワタシの民は戻らぬ。なればその償いなど、何を以て──」

「いやいや、許しを乞いに来たわけでも、謝りに来たワケでもないぜ。今日オレ様が来たのは──スカウトだ、オウサマ」

 

 カリンの家in二泊目。

 明日には出て行くこの家を堪能せんと、テレビ横の棚に入っていたBDの一枚を再生している最中である。無断で。

 内容はいつぞやのMVらしく、4分46秒の間奏にセリフパートが挟まるタイプの歌系のソレ。

 顔の見えない影法師。イライラしているような口ぶりで、そんなエフェクトは出ていないのに画面越しに威圧感さえ覚える声で。

 対するは山賊みたいな赤髪のヒト。勝気な笑みと身長よりも大きい斧? みたいなものを背負っていて、なんだかアニメでも見ているんじゃないかって気分になる。

 

 前後のストーリーを知らないので、これは多分秘蔵の……というか、まだ世に出ていないMV。知らない歌だし。

 試供品とかかな。多分私が見ちゃいけない奴なんだけど、見ちゃったので許してちょ。

 

「ムダだ。ワタシの悲しみは癒えぬ。ワタシの怒りは絶えぬ。……ワタシにはもう、この感情しか、残されてはいないのだ」

「馬鹿言っちゃいけねぇぜ、オウサマ。感情はただ感情であるだけで万に色合いを変えんだよ。悲しみと怒りがある以上、歓喜も幸福も持ち合わせているはずだ。俺様はな、オウサマ。アンタを光へ連れ戻しに来たのさ」

 

 どちらかというとミュージカルなのかな。

 音の地平線っぽいつくりだな、と思った。作曲者がそういうの好きなんだろうか。あるいは映像クリエイターや企画者が。

 

 しかし、というか、いやはや。

 改めて恐ろしいな、と思う。

 

 この影法師。オウサマ。実はカリンなのである。

 画面越しにわかる威圧感も、怒気も悲哀も、普段のカリンから感じられる事は無い。

 

 それがこうも。

 これがそうも。

 

「──宣うな、小僧。ワタシを光へ連れ戻す、と。……なれば、まず、己が光を取り戻してからにしろ」

「嫌だね。俺様はコッチが気に入ってんだ」

 

 そんなセリフで、終わり。

 前後を知らないとマジで意味わかんないMVだったな、と。いや歌は良かったんだけど。

 

 

「何してんの」

「うわっ!?」

 

 めっっっっちゃくちゃ驚いた。

 なんだって突然自分の顔の横に他人の顔が現れてうんにゃらぴーひゃら。

 もとい、本当に驚いた。

 

「これ、まだ発表してない奴なんだけど」

「ごめんて。ダビングもしてない。録音もしてない。この事は発表されるまで口にしないから許して」

「……ダビングて何」

「あ、知らないならそれでいい」

 

 これがジェネレーションギャップ……!

 おや、私の方が幾つも年下のはずでは。

 

「まったく……」

「め……珍しく、カリンさんオコテマスカ?」

「ん……怒ってるというか、呆れてるというか。人の家にあるもん勝手に視るな」

「か、カリンにあまりにもごもっともな事言われてショックを受けている」

 

 カリンはあんまり怒らない。

 小雪さんとの喧嘩はしょっちゅうしていたし、セクハラコメントとかには割合キレていたけれど、こういう何かやらかした、みたいなことでは怒らない人だった。

 それが……呆れている、といいつつも、オコテマスよね。チャッカしてますよね。

 

「で、どうだった?」

「なにがでせうか」

「MV。歌」

「それは、凄かった。超良かった」

「……んじゃそれで許しとく」

 

 何がカリンの逆鱗に触れたのだろう。

 ちょっとばかり興味がある。カリンがこうも不機嫌になるの、中々見られないから。

 

「アミちゃんは、視聴者に相応しく無いからね」

「え……それ、どういう」

「わたしのこと知ってるでしょ。わたしのことを知らない人だけを視聴者っていうんだよ。私の方はいいし、ワタシだけでもいいけど、わたしの事を知ってるアミちゃんはダメ」

「口語だと分かりづらいけどなんとなく言いたい事は分かった」

 

 この人はヘンに拘りあるからなぁ。特に演技面に関しては。

 ここはわかったと言っておくべき。

 

「明日、雪ちゃんとこいくんでしょ」

「あ、うん」

「アイツに伝えといて。"アミちゃんが()()に頼ったのはわたしでした~残念だったねぇ~"って」

「いやンなこと伝えないけど」

「今LONEで送った」

 

 コイツ。

 ……ふう。ダメだ亜美、落ち着け、コイツのペースに乗せられてはいけない。

 

「……」

「な、何?」

 

 薄い目で。

 少しだけ、睨みつけるように。

 カリンは私を刺すように見る。

 

「ま、自由にしなよ。んじゃ私はそろそろもう一個の方行ってくるから」

「夕ご飯はハンバーグステーキ弁当がいいです」

「はいはい」

 

 手をヒラヒラ振って。

 カリンは自室の方へ行ってしまった。

 

 ……これ、続きみたら怒られるかな?

 

 

 

 ГГГ

 

 

 

「はーい配信二回目にして麻雀やるよー」

「通 過 儀 礼」
「中学生設定どこいった」

「きちゃ」
「草」
「草」
「こんあみー」

「初見です」
「初手麻雀は草」

「何こんあみって。わこつとかでいいよ」

「隠す気なくて草」
「枠取りお疲れ様です」

「あっ」
「こんあみこんあみ」
「草」
「投げパン?」

「草」
「草」

「ちなみに麻雀は私結構得意だから。部屋作るから入れる人入ってきて」

「makasero」
「画面見ても良いんですか!?」

「天○でやってほしい」
「あみちゃんさんじゅうさんさい」
「草」
「ラスったらセリフ読みして」

「脱衣ですか?」
「えっちじゃん」

「はいはい勝手に言ってろ勝手に言ってろー。まけねーからさ」

「デビュー時の亜美ちゃんを返して」
「あの可愛い子はどこへ」

「天○でお願いします」
「もう少し設定守れ」
「草」
「無名のくせになんでこんな人いっぱいいるんですか?」

「誰?」
「麻雀わかんないからつまらん」

「無名の癖になんでこんなに人がいるのか。それは──私が、可愛いから……!!」

「草」
「キツ」

「萌え声なだけじゃん」
「ばばあだろ絶対」
「草」
「声が可愛けりゃいい」

「うざ」
「4」

「やだなぁ、中学生ですYO」

「ダウト」
「中学生は初手麻雀配信なんかしない」

 

 デビューしてから二回目の配信の記憶。

 何故今これを思い出したのかはわからない。

 

 ただ、少し。

 心に誰かの棘だけが、チクリと突き刺さっていた。

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