君がこっちに手を伸ばしたんだよ。 作:大日陰山
温泉。
それは夢の国。全オタクの希望。湯煙と共に行われる数々のアレコレ──。
都合、それはすべて妄想である。
「誰もいないね」
「ああ、まぁ時間が早すぎるからな……。そもそもの宿泊客も少ない様だったし」
「ふぃー……」
「湊元、おっさんくさいぞ」
「でも本当に良いお湯で……」
今いるのは、沙月さん、湊元ちゃん、心さん、そして私。
小学生らしく泳いだりなんだり、ってのは特にない。私はこんなだし、湊元ちゃんもしっかりしてるからね。
「足、大丈夫? 染みない?」
「はい、大丈夫です。ちゃんと絆創膏貼ってあるんで」
「痛かったらすぐに言うんだぞ」
「……」
「心さん?」
ぽけーっとした表情の心さん。
逆上せるには早すぎるから、なんぞやかを見ているのだろうと視線の先を追うけれど、特に何かあるわけでもなく。
どうしたんだろう。
「や……不思議だなぁ、って」
「何が?」
「ほら、私達は知り合ってからまだひと月くらい、でしょ? それが……一緒に温泉旅行をするまでの仲になってるのが」
「知り合ってからはそうですけど、直接会ってからなら二週間くらいだよね」
「うん。だから、不思議。私学校の友達とも旅行なんか行ってなかったから……」
イワレテミレバ。
というか、"仲になっている"かどうかも怪しい。カリンの感覚は正しかった……?
私とて、沙月さんも小雪さんも色々焦りすぎ、というのはちょっと感じている事だ。
来年の3月にデビュー。今は11月。ざっと四か月もあるわけで。
ただし2月から3月にかけてはそれぞれが忙しいだろうし、1月は1月で実家周りの事があるだろうから、今年中にやっておくのは確かに間違いじゃない。
今年。
あと一ヶ月で、今年も終わりかぁ。
「来年から中学生かぁ」
「私も、来年からは高校生……」
「それはなんだ。学生という身分から卒業している私への当てつけか」
長いなぁ、って感じる。
中学校生活は三年間。その後に高校生の三年間があって、大学は行くかどうかわかんないけど二年ないしは四年。その後に会社に入って、って……。
来年デビューする私達だけど、いつまで続けられるのだろうか。
いやまぁ沙月さんがその歳でデビューするんだから、いつまででも続けられるんだろうけど。
「心は受験勉強、どうなんだ?」
「それは大丈夫そうです。特に……やりたいこともないから、地元の学校行くので。あんまりランク高いとこじゃないし……」
「そうか。ま、勉強に困ったら"オネエサンガタ"に聞いとくれよ。私は……まぁ、教えられるといえば教えられるけど、なんせ学生時代なんて昔も昔だからね」
「これは自慢だけどもう中学の教科書読破した」
「えっ、すごい!」
隙あらば自分語り。
けどまぁいいだろう。これから身内になる人達の集まりなんだし。
心さんの手放しの称賛が自尊心をくすぐるゼ。
「偉いな……。湊元は宿題さえサボりがちなんだ、指でも舐めさせてくれないか」
「それはキモくないですか沙月さん」
「爪の垢を煎じて飲ませる方がキモいだろ」
「……タシカシ」
確かに。
いやどっちもどっちじゃね?
「別に……テストとかは点とってるし……」
「小学校のテストなんか取って当然。これから中学に上がってもっと大変になるぞ」
「うるさいなぁ。折角の旅行なんだからそういうの忘れさせてよ」
「まぁまぁ、お二人とも……」
勉強は好きでも嫌いでもない。
ただあらかじめ勉強して頭に詰め込んでおけば、授業中に眠る事が出来るのだ。
インターネッツの悪い知識から、中学は然程内申点とか気にしなくていい事を知っている。高校は寝てたら内申点下がるらしいんだけど。
だから今の内に勉強するだけして、中学は寝て、あるいは動画見るとかして遊ぶ。
これが完璧な中学校設計図。
「……そうだな。今日くらいは許してやろう」
「もう……。でも、自分で話蒸し返すけど、ホントにすごいねななちゃん」
「亜美ちゃんと呼びなされ」
「もう中学校の勉強しなくていいってことでしょ? ななちゃんは頑張り屋さんなんだなぁ」
「亜美ちゃんと呼べェェェエエ!」
脇の下に人差し指を入れて、親指で大胸筋の付け根を抓む。
これが割と痛いんだコレがワリと。
「いたたたたっ!」
「まぁ、どちらもでいいだろう。というかこれからもっともっと有名になった時、V名で呼ぶのは身バレの危険性があるから、本名呼びでもいいと思うぞ。……ああでも、配信中にぼろっと、という可能性もあるから……」
「沙月さん、心配しすぎ」
「そうでもないと思うがなぁ」
だからHNで呼びあおうと。
セチアちゃん。可愛いじゃないか!
「有名になれますかね」
「なんだ、突然弱気な発言を」
「だって……私みたいな、普通なのが」
「ァ?」
「問題ないだろう。今は普通でも、これから普通じゃなくなるんだ。特別になるんだよ。そのためにこれから体力づくりもするし、ダンスの練習もする。そうだろう?」
「……はい。そうですね」
そうだ。
私からしたら心さんも十二分に普通じゃないけど、そういう話じゃなく。
今は普通な、どこにでもいる女の子である私達が、これからトクベツになっていく。
そもそも私はそのトクベツが欲しくてあのコミュニティに入ったし、何が何でもそれを手に入れるつもりだし。
そうだ。
今が、普通でも。
トクベツになればいいんだから。
「ただ、努力は必要だろうな」
「え」
「いるだろう、ここにいない、とびきり変な二人が」
「……ああ」
そうだ。
当面の壁はあの二人だ。
あの二人は絶対人気が出る。まだ聞いたことがないけど、歌が得意だと……そう、胸を張って言っていた。加えてあの性格だ、絶対コアなファンがつく。
私はそれに勝てるだろうか。あるいは、肖るだけ肖ってついていくだけの存在に成り下がるのだろうか。
「小雪さんには勝てるビジョンが……」
「はは、カリンには勝てると?」
「アイツには負けたくない」
完璧超人には追い縋るに終わってしまうかもしれない。
けれどあのニヤニヤ芸人にくらいは勝ちたい。
「自分で話題振っといてなんだけどな? 私達は仲間、だからな」
「あ、はい。それはもちわかってます」
でも、絶対登録者っていう数字が出るので。
このロリあざとい甘声を利用して、ガンガン登録者を増やしていくゼ!!
ГГГ
「と、いうことが昔あったんだよね」
「へぇ。私達を除け者にして、そんなことを」
「除け者って……。自分達が来なかったんじゃん」
「そうね、ごめんなさい。言葉が過ぎたわ」
連続二泊三日生活二軒目。
北向小雪さんの家へやって参りました。
以前来た時も思ったけど、やっぱり結構な豪邸。
お屋敷、ってほどじゃない。敷地面積がでっかい、ってこともない。
ただ金持ちなんだろうなぁ感の伝わってくる家、って言えばわかるかな。
わかんないだろうなぁ。
「それで、ソファで寛がせてもらいながらの雑談。いやぁゴクラクゴクラク」
「声に出ているわ」
「出してんノス」
比べるのはアレなんだけど、カリンの家と違って何もかもの質が良い。
私此処に住みたい。亜美ちゃんこの家の子になるー!
「まぁ、何も無い家だけれど。ゆっくりしていって」
「ゆっくりしていってね……?」
「べ、別にそういうつもりで言ったんじゃないわ」
前にも述べたけど、小雪さんはサブカルアンダーグラウンドにも造詣が深いので、結構ネタが通じて楽しい。カリンもそこそこ勉強しているみたいだけど甘い甘い。こういうのは身体に馴染んでなきゃ。
……だからと言って、日常会話でそれを使うのは恥ずかしいのだと、中学生になってから気付きました。
小学校の頃のことは黒歴史です。
「今日配信する?」
「するつもりだったけど……嫌ならやめるわ」
「嫌じゃないよ。なんならお泊りに来ている事も言って良い」
「じゃ、やめとくわ」
「えぇ~なんでよ~」
逆張りオタクか?
とうとう小雪さんまでソッチに行ってしまったのか?
「お休み中なのでしょう? この一週間は、水鳥亜美から玉川ななに戻るといいわ」
「──」
あれ。
そんなヘンなこと言われたかな。
こんな、言葉に詰まるような事。言われたっけな。
「そ・れ・よ・り」
「あ、はい。先にカリンの家に行ったのはごめんなさい。伝言ですけど"アミちゃんが
「今度人中をボールペンで突くわ」
「それはしぬのでは?」
伝える気の無かった伝言を伝える。
案の定小雪さんは怒って……そのまま、肩を竦めた。
「でも、私のところへ一番に来ないのはわかるから、なんともいえないわね」
「え。わかるん? 私でもわからないのに」
「わかるわよ。疲れてしまったのでしょう? 配信でストレスが溜まる、というのは……そこまで気にすることじゃないわ。普通のことよ」
誰しもそうだから、気にしなくていい、と。
小雪さんは言う。
「そういう時は、可憐のような毒に触れたくなるものよ。自傷行為に似ているわね」
「カリンはリスカだった……?」
「その単語を出したくないから自傷行為と言ったのに」
「同じでしょ別に」
自傷行為。
成程、確かに。カリンといると……価値観が合わな過ぎて、あとアイツが嫌な奴すぎて、色々と感情がぐちゃぐちゃになる。にもかかわらず言う事やる事的確だから、嫉妬心も覚える。
休む宣言をしたあの日より、確実に。
私の心はぐちゃぐちゃになっている。それは100%カリンのせいだ。そして今それを自覚させられて、250%ぐちゃぐちゃになった。小雪さんのせい。
「小雪さんは、ないの? 配信疲れたなーって思う事」
「ないわ。だって私、言いたい事言っているだけだもの。疲労を覚えるほど努力していないし、労力もかけていない」
「そうかなぁ」
小雪さん……VTuber南雪の配信スタイルは、お世辞にも可愛らしいとは言えない。
集まりに集まってくるアンチや荒らしと真向にぶつかって口論し続ける……視聴していると、善良なリスナーは心が疲れてしまうような配信だ。
だというのに、小雪さん自身は疲れを覚えていないというのか。
「自分を否定されるのって、疲れない?」
「認めさせてやる、って思うわ。出会い頭に殴りかかって来られているのよ? カウンターで懐に入って顎を打つ、くらいはしてあげないと気が済まないでしょう」
「そういえば最初の旅行の日も目潰しとかしようとしてたね……もしかして」
「元ヤンなの? という問いをすると、もれなく可憐と同列になるわ」
「じゃやめとく」
多分、反骨精神が凄まじすぎるんだろう。
疲れとか感じてる暇がないくらい、見返してやる……否、認めさせてやる、という思いが強いのだ。泣く暇があったら仕返しに行くし、不快を覚える暇があったら不快を倍にして返す。
強い。強すぎる。というかアツすぎる。
小雪なんてものじゃない。ブリザードだよこれは。
「ちなみに貴女も含まれているわ、ななさん」
「へ?」
「貴女初めの頃、私と可憐に敵意むき出しだったでしょう。絶対仲間だと思ってやるもんか、って気持ちがひしひしと伝わってきていたわよ」
「マ?」
「マジよ。大マジ」
……胸に秘めている事って、透けるもんだなぁ。
二人の事をサイコメトラーだと思う事が多かったけど、そもそも私がわかりやすいという可能性が出てきた。
「まーね。今だから言うけど、ケッ、って思ってた。綺麗な顔してVTuberとか、馬鹿にしてんのか、って」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒めてるよ。けど、デビューしてから……小雪さんに関しては、"あ、そーゆー次元にいないんだこの人"ってなって、敵意は薄れたかな」
「それも褒め言葉?」
「いやこれは呆れ」
美人の癖にガワ被ってチヤホヤ、身バレしても美人だから大丈夫、みたいなこと考えてんだろどうせ、とか。そういう悪態を心の中で突いていたら──デビューして、すぐ。
VTuber南雪は炎上した。
言っている事は間違っていないけど、歯に衣着せぬ過ぎて、そしてアンチを煽りすぎての、荒らし祭り。
その余波が私達の方にも届いてしまったがために、私達のファンになってくれた子たちも苦言を呈しに行く始末。
さしものカリンも小雪さんを諭したけれど、小雪さんは一切耳を傾けず。
そのまま余波が鎮まるまで……鎮まっても尚、そういう配信スタイルを取り続けた。
違うのだ。
この人は、そもそも。
"カワイイ側が欲しくてVTuberになった"んじゃなくて、"人目について自分の言いたい事を言うためだけ"にVTuberになった人。アイドルもやろう。歌も歌おう。ダンスもしよう。けれどそれはそれとして、自分の言葉を世に通すために、そのためだけにインフルエンサーにならなければいけなかった。
私達メンバーの誰とも見ている場所が違う。完全にVTuberという土台を利用する気しかなかった人。
それが分かった時、私は敵対視をやめた。
だって嫌っても仕方がない。この人は私達の人気とか境遇とか、そういうものなんかに一切の興味が無いのだから。
「今は一応アイドルの自覚あるんだっけ?」
「多少は、よ。その、アンチや野次馬と呼ばれる人たちに対しての妥協は一切するつもりはないけれど、VTuberとしての本懐は果たすわ。ゲーム実況もそうだけど、3Dの方をね」
「VTuberとしての本懐、ねぇ。そういう話すると、カリンがニヤ付いた顔で"なんか履き違えてない?"とか言ってきそう」
「私とあの子のLONE履歴は大体それよ」
「うわぁ」
凄いや。この二人まだ仲悪いんだ。
……険悪であり続ける、も疲れそうだけど。
「仲が悪い、とは少しだけ違うのよ」
「ナチュラルに心を読むな」
「貴女がわかりやすいだけ。それで、可憐だけど。私は別に、仲が悪いとは思っていないわ。尊敬できる部分もあるし。出来ない部分が大部分ではあるけれどね」
「じゃあ仲良しなの?」
「少なくとも、デビュー当時よりは良くなったと思うわ。私とあの子はライバル同士。手は取り合わないけれど、肩は並べられるの」
「エモいヤーツじゃん」
ライバル。
ライバルか。
いないな、そういえば。そういう……競い合う人。
湊元ちゃんがそうなるか、と思ったら、あの子はポンコツ過ぎたし。
カリンもそっち系かな、と思ったら、アレは変人すぎたし。
心さんは頼れるリーダー。沙月さんはあったかいお母さん。小雪さんは……なんかすんごい人。
箱外とコラボしてもなかよしこよしだし……あれ、私ってやっぱり普通?
「中学校にはお友達、いないの?」
「結構いるけど、親友とかライバルみたいなのはいないかなー。なんというか、サッカーとか野球して遊ぶ仲、みたいな?」
「……男の子?」
「半々くらいだよ。私がちょっと運動好きなだけ」
体操部に入ったからと言って、そういう助っ人的な事はやめなかった。
とはいえ頻度も減ったし、そんなに大活躍も出来ないんだけど……まぁ、楽しいし。
ただ、そうやって色んな部活に行くたびに思う。
私はイチバンにはなれないんだなぁ、って。
「ななさんは、理想が高いのね」
「はぁ~? 小雪さんに言われたくないんですけど」
「私は
「──……うわ、すっげぇ」
あ、思わず声に出しちゃった。
そうだった。
そうだ。
違うんだ。この人と、私は。
「ああ……そういう風に受け取らないで。ごめんなさい、私の悪い癖で……」
「いや、その通りだから全然いいんだけどさ。いつか必ずできると知っているから、理想じゃない、ってことでしょ?」
「……まぁ、そういうことよ。ああ、いえ、実現可能かどうか、ではないわ。そこまでぶつかり続ける燃料があるか、という方が正しいかしら」
「燃料?」
「……これは可憐に感化された部分もある言葉だから、あんまり好ましくは無いのだけど」
小雪さんは。
自分の掌を見ながら、半目で……ちょっとだけ、影を帯びながら。
「初期衝動、だそうよ。やりたかったこと。やりたいこと。したかったこと。したいこと。そういうのの根柢。自分が何をしたかったのか──それを初期衝動と呼び、火を付ける事で爆発的に消費されていく。そしてそれは、火炎放射のように一方向に放射されていくわ。だから、沢山の目標を持てば一つ一つの炎は小さくなってしまうし、目標がブレにブレたら照射先に火が届かなくなるかもしれない」
そういえば、カリンはロックが好きだった。
それで初期衝動とかなんとか、確かに言っていた気がする。
「私の場合は、初期衝動が"私の言葉を通したい"だから……通されるまで、尽きる事のない燃料が心にある。一人でも私の言葉をシャットアウトする人がいたら、私の初期衝動は補充される。目標も定まっているし、一つだけ。だから私は、この配信スタイルにおいてのみ、疲労はしないのよ。無限の体力──そういって過言ではないわ。とはいえ、だからこそ、他の……ほら、『学園』の収録とか、ダンスとか、そういうのはちゃんと疲労するのだけど」
自分が初めに何をしたかったのか。
小雪さんの行っている、自己表現と言う創作。相手をぶん殴ってでも認めさせる、という"創作"。故に小雪さんは疲れない。暗い炎を爆炎が如く練り上げて闊歩している。
なら、私はどうだろう。
トクベツになりたい──それが初期衝動だった気がする。
ちやほやされたい、だとか。年相応に扱ってほしい、だとか。嫉妬するとか、嫌うとか、揶揄するとか邪険に扱う、とか。
そういう寄り道が、私の初期衝動を削っているのか。
私の中の炎。放射する程の炎は──あぁ、確かに、無いかもしれない。
そもそもがリスナーに向けた動機じゃない。
トクベツになりたい。トクベツにしてほしい。
──
「初期衝動という燃料の無いままに燃え続けるのは、疲れてしまうらしいわ。燃え残った灰だけが、煤だけが、自分を大きく見せようと宙を舞う。でもそんなのは勿論吹けば飛ぶような塵同然。些細な何かで散り散りになって、バラバラになって、もう戻っては来られなくなる」
「……私、煤になってた?」
「なる前に休めた──そう考えるべき、じゃないかしら? 自分で休む判断が出来ただけ、まだ大丈夫よ」
あ、いや。
休んだ方が良いと言ってくれたのは沙月さんだし、そもそも休むつもりなんかなかったし。
……疲れていたのか。
初期衝動を、失くしていたのか。
じゃあ私は今、何がしたいんだろう。
「ななさん。明日、ちょっと出かけましょう」
「え、どこに」
「Ailaさんの所」
「──え゛」
小雪さんの軽いノリから出た名前。
それは、VTuberなんて小さな小さな業界とは比べ物にならない──歌手界隈の大御所の名前。
一度会った事はある。けれど、そんな簡単に。
「断ったけれど、あそこの社長さんからスカウトを受けていて。その時に丁度いたから、連絡先を交換したのよ」
「情報量情報量」
……やっぱり敵意は薄れただけだ。
このトクベツめ。このっ、このっ!
「行くでしょ?」
「行く」
ちょっとだけ緊張するけれど。
何かが変わる予感だけは、しているのだ。