【WR】虹ヶ咲RTA_称号『虹の楽園』獲得ルート   作:一般紳士君

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この話はPart58のサイドストーリーです。そちらをまだ見ていない方は、先にそちらを読むことを推奨します。


サイドストーリー Part33/m

「元樹さん、お腹が空きました!」

 

 練習終わり。机に突っ伏した元樹さんの袖をつまみ、約束のラーメン屋さんに連れて行ってほしいとアピールをする。

 

「せつ菜先輩……」

「えっと、大丈夫ですか? 声が疲れてますが……」

「侑先輩が、厳しくて……頭がパンクしちゃう……」

「え~、今日はそんなに厳しくしてないと思うけどなぁ」

 

 侑さん、こう見えてもスパルタタイプなのでしょうか。ですが元樹さん自身が望んだことですから、私は応援することしかできません。頑張れ、元樹さん!

 

「それで、何の用でしたっけ?」

「お腹が空きました! ラーメン屋さんに連れて行ってください!」

「それって昨日もと君が言ってた話?」

「そうですよ。璃奈とせつ菜先輩でラーメン食いに行くんです。行きつけのお店なんですけど、今週末で閉店しちゃうらしくて」

「ですので、閉店する前に連れて行ってほしいとお願いしたんです」

 

 ところで『昨日』というのは何の話でしょう。まさか一緒にお出かけでもしていたのでしょうか……もしそうだったなら少し嫉妬してしまいます。当日に誘ってしまったとはいえ私はデートを断られてしまいましたから……。

 

「いいなー。私も連れて行ってほしいかも」

「え……」

「いいですよ。座席には余裕があると思いますし。せつ菜先輩もいいですよね?」

「……はい、大丈夫ですよ。侑さんも一緒に行きましょう」

 

 璃奈さんも一緒に行くことになってますし、どのみち2人きりになれないですから。元樹さんの優しいところは好きですし、2人きりがいいと言い出せない私にも非はありますが、もっと乙女心を理解してほしいです……。

 

「侑せんぱーい! 3人で何の話をしてるんですかー?」

「もと君行きつけのラーメン屋さんに行こうって話をしてたんだよ」

「もと男の? かすみんも行きたいですぅー」

「わたしも行きたーい!」

「エマ先輩もですか? ラーメン好きなんです?」

「実はまだ食べたことなくて……元樹君の行きつけのお店なら間違いなく美味しいだろうから、これを機に挑戦したいなぁって」

「なるほど。味は保証するので、エマ先輩も一緒に行きましょう」

 

 段々と人が増えていく……ここまで賑やかになると逆に嬉しくなってしまいますね。私が壊してしまった場所をこんなに賑やかな場所に戻してくれた元樹さんには感謝しかありません。

 

「歩夢ー! 歩夢も一緒にラーメン食べに行く?」

「食べに行きたいけど……カロリーが気になるかも

「大丈夫ですよ。結構あっさりしたスープなので。歩夢先輩にも俺のオススメの味を堪能してほしいです」

「もと君がそう言うなら……私も行こうかな」

もと君、歩夢の扱いが慣れてるなー

 

 歩夢さん、羨ましい……私もあんな風に元樹さんから甘えられたいです。

 

「しず子とりな子も一緒に行く、よね!」

「もちろん!」

「私はもともと行く予定だったから」

「果林ちゃんと彼方ちゃんも一緒に行かない? 元樹君のオススメだって!」

「もと君のオススメなら彼方ちゃんも行こうかなー」

「私は遠慮しようかしら」

「えぇ~……果林先輩も行きましょうよぉ~」

 

 今の流れだと果林さんも一緒に行くと思ったのですが……元樹さんが一緒に行こうと泣きついている。果林さんの腰に抱きついて。果林さんも平然と受け入れていますし……何なのでしょう、この圧倒的敗北感は……。

 

「……あら? せつ菜が抱きしめてほしそうにしているわよ」

「えっ!? そ、そんなことは……」

「そうなんですか? 言ってくれればよかったのに。はい、ぎゅー」

「ひゃっ、も、もときさん……」

 

 すぐ隣に元樹さんの顔が……私もぎゅっとし返していいのでしょうか……いえ、恋する乙女ならここで行かないといけないですよね! 頑張れ、優木せつ菜!

 

ぎゅ……

「せつ菜先輩、体小さいですね」

「……大きい女性の方が好みですか?」

「いえ、どちらも好きですよ。せつ菜先輩は守ってあげたくなるし、果林先輩には甘えたくなるし」

「私も……元樹さんの傍にいると安心します」

 

 ドキドキして心は落ち着きそうにないけれど。元樹さんの体温が、頬に当たる吐息が、私の鼓動を加速させる。

 

「ところで、果林先輩はどうして来てくれないんですか? 何か予定でも?」

「カロリー制限よ。体型を維持するためには必要なことなの」

「果林さん、ストイックですね。私も見習わなければ」

「せつ菜も十分ストイックだと思うわよ」

「そうですね。練習とかめちゃくちゃ頑張ってますし。たまぁに暴走するのだけ困りものですけど。必要以上にランニングしたり」

「そうね。せつ菜が体を壊したりしないよう、部長の元樹君がしっかり見張っててあげないとね」

「もちろんです。せつ菜先輩のことは俺がしっかりと見ておきますよ。絶対目を離しませんから」

「ぁぅ……」

 

 ぎゅっと力強く抱きしめられる。そのうえ耳元で『絶対目を離さない』なんて……嬉しさで口元が緩んでしまう。愛の告白みたいだ。もちろん元樹さんにそういうつもりはないのでしょうが。

 

「カロリーのことならあんまり気にしなくていいかもです。ラーメン屋ではあるんですけど、野菜炒めとか、ラーメン以外のメニューも結構あるんです。なんなら定食屋の方が近いですね。どれも美味しいので、果林先輩もぜひ」

「そうね……そこまで言うのなら私も行こうかしら」

「やりぃ!」

「結局全員で行くことになりましたね」

「こんなに大勢で行っても大丈夫なの? 座席とか足りる?」

「んー、まぁ大丈夫なんじゃないですかね。席自体はあるので、混んでたりしたら待てばいいでしょ」

「お店は結構広いから大丈夫、なはず。昔と内装が変わってなければだけど」

「璃奈は小学校の時以来? その時からレイアウトは全く変わってないぞ。数年前にテーブルが新調されたくらい?」

「なら大丈夫。10人くらいなら問題なく座れる」

「璃奈ちゃんもそう言うなら大丈夫だね。じゃあ皆の準備ができたら行こっか。私達も片付けしないとだね」

「そうですね。よいしょっと……せつ菜先輩、片付けしたいので離してもらってもいいですか?」

「あ、すみません。心地よくてつい……今離れますね」

 

 名残惜しいけど、元樹さんから離れてすぐ隣の席に腰を下ろす。今更ですが、私と元樹さんが抱き合っているのを見ても璃奈さんは何も言いませんでしたね。ハグくらいでは動じないという余裕の表れでしょうか。私だったら取り乱してしまいそうです……。

 

「じゃあ各自片付けと帰宅準備をして、全員が準備完了したらお店に向かいましょう」

「「「「「はーい!」」」」」

 

 

 

「ここでーす」

「懐かしい。のれんも看板も、何も昔から変わってない。料理は増えてる……かも?」

 

 古びた外観のお店、入り口にはこれまた古びたのれんがかかっている。

 

「まさに昔ながらといった感じのお店ですね」

「でしょ? もう30年? 40年くらい? 経営してるらしいです」

「そうなんだぁ」

「へいっ、おじちゃーん、空いてるー?」

「おぉ、元樹君じゃあないか。いらっしゃい。今日は1人かい?」

「ううん、学校の友達と一緒。11人いるんだけど空いてる?」

「これはまた大勢で……4、4、3に分かれれば座れるね」

「わーい、じゃあ適当に分かれますか」

 

 これは……戦争ですね。ちらりと璃奈さん達に目をやる。全く同じことを考えていたのか、向こうもこちらを見ている。特にかすみさんなんて完全に獲物を狩る目をしている。

 

「おやぁ? もしかして璃奈ちゃんかい?」

「そうだけど……覚えてくれてるの? 最後に来たの小学生の時なのに?」

「もちろんじゃないか。小さいのにほぼ毎日来てくれてたからねぇ」

「そっか。覚えててくれて嬉しい」

 

 運よく、と言っていいのかわからないけど店主さんと話が弾んでいるようで、璃奈さん達の意識が元樹さんから逸れている。今がチャンス……!

 

「元樹さん、一緒に座りませんか?」

「ん? もちろんいいですよ」

 

 やりましたっ! 抜け駆け成功です! あとは1人か2人、元樹さんに恋愛感情を抱いてない人と一緒に座ることができれば一番いいのですが……。

 

「果林ちゃん、一緒に座ろ?」

「いいわよ」

「……エマさん、果林さん。よければ私達と同じテーブルに座りませんか?」

「私はいいけど……せつ菜はいいの? 折角元樹君と一緒になれたのに」

「いいんです。2人きりで座れるわけではありませんし、それなら……」

「ふぅん、なるほど。璃奈ちゃんよりは、ってことね。ちゃっかりしてるわね」

「えへへ」

 

 果林さんは察しが良くて助かりますね。当の本人の頭にはハテナマークが浮かんでいますが……むぅ、どうしてこんなに鈍感さんなんでしょう。

 

「りな子ってばそんなにラーメン好きだったんだ」

「好きだけど、お店に行きたがってたのは元樹の方」

「元樹に連れてこられてたってこと? そんなにりなりーと一緒にいたかったのかな」

「ううん。むしろ私が連れてきてあげてたというか……」

「そうそう。1人じゃ怖いからって、いつも璃奈ちゃんにべったりだった記憶があるね」

「昔の元樹は人見知りだったから」

 

 昔は内気だったと、元樹さんのお父さんもおっしゃってましたね。何度考えても今の元樹さんからは想像できません。誰とでもすぐ仲良くなって、言いたいことは堂々と言う、そんな元樹さんしか私は知りませんから。

 

「元樹君、昔はそんな感じだったんだね。いろいろ昔話聞きたくなっちゃった」

「私も気になるわ」

「わーわーわー! さぁさぁさぁ、入り口にたむろしてると邪魔になっていますから、早く席につきましょう」

「あの、元樹さん、何も見えないです……」

 

 昔のことを知られるのが嫌なのか、話を打ち切るように着席を促す。それに合わせて、一番近くにいた私の耳と目を塞ぐ。耳はともかく、目を塞ぐ意味はないのでは……? ま、まぁ密着できて嬉しいのが本音ですが。

 ぜひ昔の元樹さんのことも知りたいのですが、聞いても教えてくれないでしょうね。璃奈さんに聞くのはフェアではありませんし、そもそも璃奈さんは元樹さんの嫌がることはしないでしょう。

 

「うふふ、元樹君ったら人見知りだったのね」

「違いますよ。おじちゃんの記憶違いです」

「でも璃奈ちゃんも言ってたよ?」

「璃奈の記憶違いです」

「人見知りだったとしても、私は元樹さんのこと好きですよ?」

「だーかーらー……はぁ。はいはい、俺もせつ菜先輩のこと大好きですよー。なのでこの話は終わりにしましょー」

 

 軽くあしらわれてしまいました……結構勇気を出して言った言葉だったのに……。

 

「おじちゃん、俺はいつもので。せつ菜先輩達は何にします?」

「うーん、いろいろあって、どれも美味しそうだから迷っちゃうなぁ……元樹君のオススメを教えてほしいな」

「ラーメンと餃子。腹に余裕があるならチャーハンも」

「では私はラーメンと餃子を……」

「じゃあわたしはラーメンに餃子にチャーハン!」

「大盛じゃなくて大丈夫ですか?」

「……餃子とチャーハン、大盛で!」

 

 相変わらずエマさんの胃袋はすごいですね……私は大盛どころかチャーハンをつけることすらできません。

 

「野菜炒めも美味しそうだけど……折角だしペペロンチーノにしようかしら」

「同じ麺料理ですからね」

「……誰も言わないので私が言いますが、ラーメン屋さんにパスタがあるって不思議ですね」

「そうね。でも元樹君が連れてきてくれたお店だもの。それくらいの不思議ありそうじゃない?」

「まぁそれは……」

「あの、果林先輩もせつ菜先輩も俺のことなんだと思ってるんですか? 俺はいたって普通の感性をした、いたって普通の男子高校生ですよ」

 

 普通、なんでしょうか……? 異性の友人はほぼいませんが、それでもクラスの方達と比較して元樹さんが少し変わっているというのは分かります。それが悪いというわけではありませんし、そういったところ含めて元樹さんのことが好きなんですから。

 

「しいて普通の感性な部分を挙げるとすればエッチなところ、でしょうか。一昨日も……」

「そうだね。元樹君はスケベだね」

「そうね。私も心当たりがあるわ」

 

 エマさんどころか、まだ出会って日が浅い果林さんにまでそう認識されてるなんて、私の知らないところで何か起きているのか少し怖いです……。

 

「失礼な。魅力的な皆さんに非があるんですよ」

「酷い責任転嫁ですね。魅力的と言っていただけるのは嬉しいですが」

「……それで、元樹君は私たちのどこが魅力的だと思うのかしら。ぜひ聞きたいわ」

「顔。それから胸、おっぱい」

「はわわ……そ、そっか……そっかぁ……」

「……」

「ふふっ、2人ともウブね」

 

 元樹さんがお胸好きなのは何となく察していましたが……素直に口に出しすぎですし、果林さんは落ち着きすぎだと思います。

 

「おまちどうさん。ラーメンが3人前に餃子3人前、それからチャーハン大盛! お嬢ちゃんはペペロンチーノね」

「あざーす」

 

 注文した料理が届く。早いですね。メニュー表の写真も美味しそうでしたが、実物はもっと美味しそうです。

 

「いただきまーす」

「いやー元樹君も隅に置けないね」

「ずるずる……ん?」

「久し振りに璃奈ちゃんを連れてきたと思ったら、他にもいっぱい美人さんを捕まえてさ」

「ただの部活仲間だって」

 

 ただの部活仲間……そ、そうですよね、付き合っているわけではありませんし、ここにいる皆を指して言った言葉ですし……でも私とはキスをした仲なんですから、特別扱いしてほしいです……。

 そんなことを思っていると、対角の果林さんからにこやかな表情で見つめられる。心の内を全て見透かされているようで、とても敵いそうにありません。果林さんが恋敵でなくてよかったと思います。

 

「……それで、誰が本命なんだい?」

「っ! ごほっ、ごほっ」

「せつ菜ちゃん? 大丈夫?」

「は、はい。少しむせてしまって……」

「ほら、お水飲んでください」

「ありがとうございます。ごくっ……」

「本命って……そういうのじゃないって言ってるのに……」

「いいからいいから」

「えー……じゃあ……」

 

 ごくりと固唾を呑んで元樹さんの答えを待つ。どういうわけかエマさんも同じように緊張をしているようだ。逆に果林さんは笑みを浮かべており、この状況を楽しんでいるように見える。

 

「……じゃあ果林先輩で」

「えっ!? わ、わたし!?」

「果林さん! 元樹さんと何したんですか!」

「何もしてないわよ! いや、正確には何もしてないことはないけど……」

「や、やっぱりそうだったんだ……昨日果林ちゃんの部屋で……」

「エマ! 余計なこと言わないでちょうだい。ややこしいことになるから」

「果林さんの部屋で!? 部屋で元樹さんと何してたんですか!」

「何もしてないってば! 元樹君には部屋の片付けを手伝ってもらったの! 元樹君からも何か言ってちょうだい!」

「もぐもぐ……え? なんですって?」

「ちょっと、こうなってるのも全部元樹君のせいなのよ! 呑気に食事してないでちゃんと誤解を解きなさい!」

「ぐぇー……いふぁい、いふぁいです……」

 

 果林さんが元樹さんの頬を引っ張る。元樹さんの言葉が冗談だったとしても本気だったとしても、こんなに親しい関係なのには嫉妬してしまいます。部屋に連れ込んだこと自体は全く否定しませんし……ほ、本当に何もなかったのでしょうか……?

 

「痛いなぁもう……言います、言いますよ。果林先輩の慌てた表情が見たくて、からかっちゃいました。てへっ」

「まったく……からかうのはいいけど、せめてちゃんと誤解は解いてちょうだい」

「だってご飯美味しいんですもん。ねー、エマ先輩」

「えっ!? あむっ、もぐもぐ……そ、そうだね。美味しいね、チャーハン」

「ですよね、美味しいですよね。ほら、せつ菜先輩と果林先輩も食べてください」

「まったくもう……はむ……あらっ、想像以上に美味しいじゃない」

「んっ、そうですね、すごく美味しいです!」

 

 先程のやり取りを忘れてしまうくらい美味しいラーメンだ。もうすぐ閉店だなんて……もう食べられなくなってしまうのが残念で仕方ありません。もう一度、叶うことなら今度は2人きりで食べに来たいです。

 

「……ちなみにですけど、さっきの果林先輩すごい可愛かったですよ」

「ごほっ、けほっ!」

「なっ」

「わぁ……」

「い、いきなり何言い出すのよ!」

「ほら、その表情、可愛いですよ。いつもは美人さんって感じですけど、照れた表情は可愛くて最高です」

「っ! ふぅ~……そう、ね。褒めてくれて嬉しいわ」

 

 深呼吸をして落ち着いた果林さんに対し、元樹さんはつまらなさそうな顔をしてる。まだからかうつもりだったんですね……元樹さんらしいといえばらしいですが。

 

「元樹君、元樹君」

「ん?」

「わたしは?」

「エマ先輩は~……ほんわか可愛い、です! いつもほんわかしてるので」

「えへへ~、ありがとう」

「……その、私は……?」

「せつ菜先輩はカッコよ可愛いですね。いつもカッコいいので」

「あ、ありがとうございます! 元樹さんもいつもカッコいいですよ」

「ありがとうございまーす。ずずっ」

「むぅ、もっと真面目に聞いてくださいよー」

 

 私に対してはちゃんと目を合わせて可愛いと言ってくれたのに、私からの愛の言葉はラーメンを啜りながら聞き流される。

 

「真面目に聞いてますよ。ずずずっ、せつ菜先輩の話は特に。生徒会長からのありがたいお話と同じくらい真面目に聞いてます」

「それも私の話じゃないですか……」

「んー……うーん、やっぱりここの餃子は美味いなぁ」

「もう! 言ったそばから適当じゃないですか!」

「まぁまぁ、せつ菜先輩も食べてください、よ」

「んむっ」

 

 強制的に口に餃子を放り込まれる。その、元樹さんのた、食べかけを……。

 

「美味しいですか?」

「……美味しい、です」

 

 好きな人の食べかけの物を食べる。ラノベでよくあるシチュエーションで、『ドキドキで味がわからない』といった表現をされがちですが、現実ではちゃんと美味しさを感じられるんですね……意外な発見です。噛むたびに溢れる肉汁がたまりません。

 

「うーん、ボーノ。この餃子美味しいね」

「でっしょ~?」

「……」

「なんですか? 餃子を見つめて……あっ、果林先輩も食べたいんですね! いいですよ。はい、あーん」

「た、食べさせてほしいなんて言ってないじゃない!」

「……」

「ほら、せつ菜が拗ねてるわよ」

 

 袖をちょいちょいと引っ張って、果林さんにはあーんしないでほしいと伝える。

 

「まったく、しょうがないですねぇ。甘えん坊なんだから……あーん」

「はむっ……美味しいです!」

「果林ちゃんにはわたしが食べさせてあげるね」

「分けてくれるのは嬉しいけど、自分で食べるから大丈夫よ」

「果林ちゃん、あーん」

「だから……もう、しょうがないわね。はむ……」

「美味しい?」

「……美味しいわね。元樹君がオススメするのもわかるわ」

 

 果林さんだけでなく、他のテーブルに耳を澄ますと、皆さんラーメンや餃子に舌鼓を打っているようだ。口には出さないけど、元樹さんも得意げな表情をしている。

 

「よかったですね、元樹さん」

「何がですか?」

「皆さんに喜んでもらえて」

「当然の結果ですね。このお店のことは誰よりも知ってますし」

「昔から来てるんですもんね。……やはり、閉店してしまうのは寂しいですか?」

「まぁ……そうですね。もうこの味を食べられないってのは寂しいです」

「元樹さん……」

 

 こんなに寂しそうな顔をした元樹さんを見るのは初めてかもしれない。私は今日は始めてきたからずっと通っていた元樹さんの気持ちすべてを理解することはできないけど、少しでも寄り添ってあげたいと手をギュッと握りしめる。

 

「元樹君、これ、あげるよ」

「おじちゃん? これ、何?」

 

 店主さんが分厚い紙束を元樹さんに手渡す。何だろうと隣から覗き込むと、材料やら工程やらが書かれていて、どうやらレシピのようだ。

 

「もしかして……」

「そう、うちの全メニューのレシピ。これでうちの味をいつでも食べ放題だ」

「いいの?」

「いいよいいよ。息子が継いでくれるかと思ったんだけどねぇ、どうしても継ぎたくないそうなんだ。というわけでそのレシピの使い道はもうないからね。捨ててしまうよりは、こんな味を愛してくれてる元樹君にあげた方が何倍もいいから」

「よかったね、元樹君」

「はい! ありがとう、おじちゃん。一生大事にするよ!」

「そりゃよかった。そのレシピも喜ぶだろう」

 

 無邪気に喜ぶ姿はまるで子供のようで、見ていると微笑ましい気持ちになる。しっかりした大人びた姿も大好きだけど、年相応にはしゃぐ姿はもっと好き。ずっと隣でそんな姿を眺めていたい。私だけに、その姿を見せてほしい。

 

「元樹さん。今度、元樹さんの手料理を食べさせてください。私もこのお店の味をもっと食べたいです」

「いいですよ。味を再現できるくらい上達したら、いの一番にせつ菜先輩にごちそうしますね」

「約束ですよ? 私以外に振る舞うのはヤダ、ですからね!」

「あの、抱きつくのはいいですけど……早く食べないと麺が伸びますよ?」

「それは困りますね。では食べ終わってから抱きつきます!」

 

 顔をほんのり赤くしながら何か言いたげな元樹さんを横目に、少し伸びてしまった麺を啜る。私を意識している元樹さんのことをあえて無視する……グイグイ行くだけでなく、こういった振る舞いも大事かもしれません。押してダメなら引いてみろ、です!




活躍の濃淡をつけているとはいえ、全員を動かすのは大変です。でも全員出したかったんだから仕方がないじゃない。箱推しなんだもの。なお、時折最推しは変わるし、最推しを登場させがち。
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